2-1『私は心春の役に立ちたい』


 鷺沢心春と友達になってから一週間が過ぎようとしていた。

 と言っても特に何か大きな変化があったわけじゃない。私はもちろん、心春にも変わりはない。

 少しだけ、些細な変化があったとするなら放課後に旧視聴覚室に心春と二人で集まることになったくらいだ。

 と言っても部活動のようなものではない。心春が歌って、コールアンドレスポンスの練習をしているところを私は見守っているだけだ。

 心春は今日もキラキラと光っている。やりたいことを楽しんでいるからだろう、笑顔はいつだって花のように咲いている。

 対して私はどうなんだろうと考えさせられる。心春が夢にひたむきに頑張って輝いているところをただ見ているだけだ。別に焦って何かをしなければいけないなんてことは思っていない。ただ少しだけ、何もしていない自分に疑問が湧くだけだ。


「心春は今日もキラめいてるねぇ。トキメいちゃうよ」

「ふふ、まったくお上手なんですから。真宙さんの褒め言葉のおかげでもっとやる気が出ます。だから私は真宙さんがいてくれるだけで嬉しいですよ」

「……うーん、私ってわかりやすい?」


 どうやら私が何もしていないなと考えていたことを見抜かれていたらしい。


「いえ、ちょっとしたクセみたいなものですよ。この人は何を求めているんでしょうって考えて、推理をするんです。この一週間で真宙さんの人柄も概ね掴めてきましたから」

「ええ、凄……もしかして心春って人の役に立つために生まれてきたとかそういうタイプなの?」

「そんなことはないですけど……そうですね、誰かのお役に立てるならそのほうがいいとは思いますよ」


 だからクラスでも頼りにされるのだろう。その行動がますます鷺沢心春を高嶺の花にさせているのだが、本人は気付いていなさそうだ。

 いや、気付いていたところでスタンスを変えたりしないだろうなとも思うけど。


「ちなみに私の人柄ってやつはどうなの?」

「明け透けなく物を言ってくれる人、でしょうか。それから結構そのときの気持ちが顔や行動に出ます。たとえばさっきですと少し手持ち無沙汰な様子で私を見てから自分の手を見て首を傾げていたので、私と自分の状況を比較して、ただ見ているだけだと考えていたんじゃないかと思ったんですが……」

「おおっ、凄い凄いっ。心春なら探偵にもなれるよ」


 本当によく見ている。というか、自分の練習をしながらだというのにそれだけわかっているということは、私の様子を気遣ってくれていたんだろうな。

 別に悩んでいたつもりはない。少し引っ掛かりを覚えていただけだ。だけど心春にとってはその引っ掛かりもきっと私にとって困りごとだと思ったのだろう。

 これも誰かの役に立てるなら──ってやつか。

 立派なことだ。素晴らしいことだ。否定すべきではないし、できるはずもない。それは間違いなく心春の美点なんだ。ただ、少しだけ大変じゃないのかな、なんて思うくらい。

 だって心春にはアイドルになりたいという夢があるんだ。

 私はまだそんなに心春について詳しいわけじゃない。だからなんでアイドルになりたいのかも聞いたことはない。ただここであの子が歌う姿を見て、心をトキメかせているだけだ。

 それでも一人で夢を追いかけるにはあの子の視界は広すぎて、手を差し伸べすぎる。


 ……だから、うん。そうだな、やっぱりそうだ。


「私は心春の役に立ちたい。そして、心春の夢を隣で一緒に追いかけるよ。私が必ず心春の夢のサポートをしてみせるよ」


 どうせ何かをするなら心春のために何かをしよう。

 まあなんだ、考えるのも少し照れくさくて胡乱な言い回しをしてみたけれど、言いたいことは簡単なことだった。

 心春一人だと夢を追いかける最中でも関係なく周囲を手助けし続けて、そのうちいっぱいいっぱいになってしまうんじゃないかってこと。

 だから心春が誰かのために何かをする分、私が心春のために力になりたい。


 ……よく考えたら友達になって一週間の私がこんなことを思えるなんてとんでもないことだ。

 つまり、私はすっかり最初からやられていたんだろう。


 鷺沢心春のとびっきりのファンになっていたんだ。

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