1-2 『友達はいませんとそう言ったんです』


「ハァッ、ハァッ……ふう。失礼、取り乱しました」


 乱れた息を整える彼女に対して私は乱れた心音を整えていた。今の状態で血圧を測ったらすぐに入院させられるかもしれない。


「いいですか、あまり余計なことを言うようでしたらその口を塞ぎますからね」

「はは、できれば怖くない方法でお願いしたいかな……」


 今の雰囲気だとホッチキスでバッチンと留められそうだ。そんなことはさすがにしないだろうけど、鬼気迫るという感じ。


「……ちなみにですが、どうでしたか? その、私のコーレス」

「え、可愛かったけど」


 即答した。『あなたの心に春をお届け! ぽかぽかになってくれますかっ?』だっけ。名前と掛けていて凄くそれっぽく聞こえたそのフレーズは少し微笑ましくて、何より──


「──本当に楽しそうで、こっちまで釣られて笑顔になりそうだったよ」


 これは本音だ。花が咲くような笑顔で、心に春をお届けの言葉どおりだと思った。


「そ、そうですか。ファンになりたくなりましたか?」

「そうだね、鷺沢さん……いや、心春ちゃんかな。同級生じゃなくて、アイドルとしてなら。心春ちゃんのファンになっちゃいたいくらい」

「本当ですか……? 本当の本当です?」


 不安気に上目遣いで見てくる。可愛いなこの人。アイドルを意識しての振る舞いではなく、あくまでも自分がどう見られているか気になった素の姿でこのあざとさ。さすがはお姫様というべきか、あるいは天性のアイドルと言ったほうがいいかな。


「でも鷺沢さんがアイドル志望なんて知らなかったよ」

「当然ですね。誰かに話したことはありませんでしたから」

「どうして? 友達くらいになら話してもいいと思うけど」


「……ません」


 え、なんて言ったんだ。急に鷺沢さんの声が小さくなったから聞き取れなかった。


「鷺沢さん、ごめんさっきなんて──」

「だからっ、友達はいませんと、そう言ったんです!」


 一転してびっくりするくらいの大声だ。視聴覚室に鷺沢さんの声が響き渡った。ここは特別校舎の外れにあって今はもうほとんど使われることもない旧視聴覚室だから外に漏れることはないだろうけれど、それでもあまり大きな声で言うことでもない。

 ほら、鷺沢さん顔が真っ赤だもん。高校生において友達がいないってかなり言いづらいことだから。私は別に気にしたりしないけど、本人がどう思っているかは別だ。

 ましてクラスではお姫様と呼ばれて誰とも朗らかに笑顔で話す鷺沢さんだ、イメージからして友達の百人くらいいてもおかしくない。

 ……んー、でも確かにそっか。そうかもしれない。

 鷺沢さん、そういえば誰か一人と仲良く話しているところってあまり見たことないかも。


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