第五話 神隠し B
〝B〟
僕こと深崎司の意思は天を貫く一本の塔のように一貫したものであった。それは偉大というべきか、あるいは
下心──と言っても僕はただ単に何かの拍子で手を繋ぐことになったり、抱きつかれたりといった低レベルなものである。いきなりそういったことに及ぶことほど、僕は節操なしではないのでご安心を。
僕は一度帰宅し、先日のような時間を過ごした。母の作ってくれた夕食をおいしくいただき、それから入浴。そのあとで歯磨きを済ませて、寝る準備を整える(ふり)。自室に戻ったあと僕は宿題を終わらせたのち読書をした。するともう十時前であった。僕は慌てて部屋を飛び出たかったが、慌てるわけにもいかない。ばたばたと足音でバレてしまうからである。
この時間帯になると両親はもう寝床につくころであった。わずかながら寝息も聞こえる。今回も余裕そうだった。僕は薄く笑みを浮かべて両親の寝室を通った。階段をそろりそろりと降りて、玄関の前に立つ。
僕の頭のなかで、エレクトリックギターが奏でる荒廃的かつ暴力的な曲が流れてきた。それは僕が最近聴き入っている洋楽で、その曲のイントロなのだ。
僕は歌詞を口ずさんで、玄関を開ける。外へ。生暖かい風に吹かれ、僕の髪はなびく。
まただ。僕はまた興奮している。
緩んでいた口元はさらに緩み、歪んでいく。
どくん、どくん、どくん。
ビートを刻んでいく鼓動。
動悸の音はまさにドラムそのもの。
張りつめた神経はギターの弦。
心のなかの渇いた叫びはドームに鳴り響く荒々しいシャウト。
──チューニングは十分だ。さあ、最狂の音楽を奏でよう。
先ほど僕はあるニュースを見た。それは食事時のことであるのだが、父がたまたまそのニュースを見て、ひどく肩を落としていた。ひどいな、と低くつぶやいていたのが印象的だった。
そのニュースというのはある事件の報道であった。見出しはこうだった。
【連続女生徒失踪事件】
僕自身、それは何度か耳にしたことのある事件であった。連続と言っても場所は限定されておらず、僕が住むこの地の近辺で起こっているらしい。もっと詳しく言えば、僕の学校を含めいろいろな学校で女子生徒が行方不明となっているのだ。あるサイトではいろいろな考察がなされているのだが、まあ、一定の場所ではなく複数の場所で起こっている事件なのだから、そう簡単に納得できるような説はない。面白そう、で言えば話は別。
たとえばこの失踪事件自体、誰か──つまり首謀者による企てだとか秘密結社のなんとかとかそんな大層なものじゃなく、ただネットで知り合っただけの訳あり女子高生たちが集まる。そしてどこか誰にも見つからない場所で心中……というもの。
あくまで面白い、という条件に絞って厳選しただけなので、信ぴょう性がどうとかの話は勘弁。
まあ、事件名にもあるとおり、〝連続〟失踪事件なのだ。もしこの説どおりであるのなら、そこに連続性は皆無であるべきだ。もしそれにあやかるなら、本来〝集団〟失踪事件ということになる。
行方知れずの女子高生たちの情報は公的には発表されていないので、いまいち情報量が乏しいのがネック。
──霧咲沙月を待つあいだ、僕はそんなことを考えていた。
そのときようやく沙月ちゃんがやってきた。かなり息が切れている。走りでもしてきたのだろうか? 僕は正門のほうに顔を向けた。そこに、永井さんの車はない。とすると彼女は徒歩で来たというところだろう。わざわざ徒歩だなんて、律儀な人だと僕は感心する。
「よし、じゃあ入ろうか」
はい、とやはりしゃがれ声で喋る彼女。そのときの姿は昼間のときと変化はない。根拠もない違和感が僕の胸を駆け巡る。
裏口に入る。たった今時刻を確認してみると、十時五分ほどであった。この時間帯は警備員が活動している。なぜ皐月はそんな危険な時間帯に彼女をよこしたのか、僕には気がふれたのかとしか思えなかった。
警備員は一人。反対方向の校舎に懐中電灯の白い光が見えた。〝障害〟と僕らの距離は歴然。しかしいつ見つかって距離を詰められるか、わかったもんじゃない。
僕は足音に注意して歩く。彼女は僕の背中に続いて歩く。ささやき声で僕は彼女に尋ねた。
「で、具体的にはどこらへんを調べていけばいいのかな」
「……え、えっと。その、まず教室に入ってもらえませんか。たしか、二年四組」
二年四組、ね。
僕はうなずく。が、問題発生。ちょうどその二年四組があるのは警備員が巡回している反対側の校舎にあるのだ。
ごくり、と固くなったつばを呑み込む。
もし見つかってしまった場合、どうするべきだろうか? 素直に白旗を掲げて降参? それとも警備員に向かって悪質タックル? 公正な選択をするならば前者。でも残念。僕ら未熟な少年少女は公正とは近いようで遠いアウトローなので無理。それに従って後者? それも残念。僕ら臆病な少年少女は絶対悪とは程遠い存在なので不可能。
なら一択しかないだろう。
程よいアウトローで絶対悪とは程遠い存在──それが高校生ならばやはり。
「逃げる、しかねえよな……ハ、ちくしょうが」
無難(なのか?)ではあるにしろ、危険な香りあふれる選択。そのせいか、少し口調が荒々しくなってしまった。
渡り廊下を通り、僕らは反対側の校舎へ回る。
加えてもっとまずい状況になった。警備員が階段を降りてくる音が聞こえた。幸い、僕たちがいる一階にはまだ降りてきていないが、問題なのは警備員が二階──つまり二年生の教室が集まる場所にいるということ。
僕がまず先に階段を上り、警備員の位置を確認する。二年四組は右折したところにある。警備員はというと──よし、左方向にそれらしき人影発見。懐中電灯の光も確認。
僕は階段から顔を出して、彼女を手招きする。
彼女が僕のそばに来てすぐに、足音は立てぬよう、なるべく早くその四組の教室に向かった。扉の前に立つと彼女はポケットからマスターキーを取り出した。僕はそのことに一片の疑問が残った。
警備員の姿がトイレへと吸い込まれていったと同時に、彼女は鍵口を半回転させ、教室の扉を開けて、入った。
僕は扉付近にとどまり、警備員の存在に注意を向ける。彼女はというと、何かを探している。しばらくすると、
「あった……!」
彼女の声は囁き声ではあったものの、その声質は興奮の熱がこもっていた。彼女は窓際にある一つの机から、一枚の便箋を取り出していた。
「それはなんなんだい」
僕はそう尋ねた。
「え……ああ、これはその……」
どうやら尋ねること自体ご
「まあいい。今読むんだったらさっさと読んでくれない?」
言葉が少し辛辣になってしまったことは反省するべきか、と僕は思った。でもそれも仕方のないことなのだ。だって、
〝僕には、彼女を怒る
そのはずなのだから。
「あの」
便箋の内容を携帯のライトで照らし、光でバレないように腰を低くしていた彼女が僕に声をかけた。
「なんだい」
「〝廃校舎〟へ行きませんか」
「は?」
「おい、誰だそこにいるのは!」
くそ、見つかった……!
僕は彼女の腕をつかむ。
走る。
扉を乱暴に開ける。右折。廊下をそのまま突き進む。
するとそこに階段。僕らは転落しないように気をつけつつも降りていく。
一階に降り立った僕らは例の裏口に向かって疾駆する。
後方の彼女の、荒々しい吐息が聞こえる。我慢してくれ、とつぶやく。
彼女はたしか、廃校舎へ行きたいと言っていた。
──そう、この在間高校には、近辺の学校にはない秘密の廃校舎というものがある。よくそこは怪談話の舞台になる。
在間高校のU字型の校舎の右隣にプールと体育館がある。その反対方向、すなわち校舎の左隣には、五十年ほど前まで健在していた校舎がある。今となってはもうそのころの煌めきなどひとかけらもないわけだが。
走る。走る。走る。
呼吸のリズムは入り乱れる。
胸に熱がこもる。
さて。廃校舎。今回の裏の舞台。本命の本命。
「はあ……さて、君。この廃校舎に何があるって?」
彼女の腕から手を離す。
僕は彼女に手を差し出す。これは先ほどこの人が読んでいた便箋を僕に貸してくれ、という意味である。
「す……すいません……」
息は絶え絶え。とても辛そうだったが、それよりも他の感情があるように思えた。申し訳ない、気まずい、そんな感情。
「今確認したんですけど、どうやら落としたみたいです……」
「な……まあ仕方ないか。それより、ごめんな。だいぶ君には無理させてしまったみたいだね」
「い、いえ……そんな」
「でもね、僕は君を怒らなくちゃいけないんだ」
え、ときょとんと目を白黒させる彼女。
「さっすが、メイク好きの女子高生だね。沙月ちゃんの目元を模倣するなんて」
口をぱくぱくとさせる彼女。
「でも模倣には限界がある。たとえば声。練習すればできるかもしれないけど、結局不可能だった。だから君はマスクをつけて、いかにも風邪をひいて声が枯れ気味であるかのようにした。僕が今日の放課後にかけた電話──出たのは君だね?」
「そんな、証拠は──」
「何を根拠にするのか? そうだなあ。放課後、僕は本物の沙月ちゃんに会いに行ったんだ。そしたらね、どうやら兄の皐月はさ──携帯とマスターキーを学校に落として、母親からの罰として謹慎処分にしたらしいんだ」
つまり先日に僕と皐月が調査しに行ったとき、彼女もいたのだ、あの学校に。
「さて。聞かせてもらおうか、どうしてこんなことをしたのか」
彼女──名前は
その女子生徒は内向的かつ臆病だったため、自ら友人を作ることはなく、ましてや誰かから話しかけられることもなかったという。
しかしひょんなことからその女子生徒は、この藤岡瑠璃子と話すような関係になれた。藤岡瑠璃子曰く、「趣味が合ったから」らしく、しかもその趣味というのは怪談話が好きといったことであった。ここに僕は、僕自身と霧咲皐月を重ねた。
しかしある日、女子生徒は日付が変わる十二時になっても帰ることはなかった。それから一日、一週間……と時間が経っても。
怪談話に詳しかった藤岡瑠璃子は思った。〈神隠し〉にあってしまったんじゃないか、と。それから彼女は夜な夜な自宅を抜け出し、友人を探すべく夜の校舎へ忍び込んだ。そんなことを続けていると、僕と皐月の二人の姿を見つけた。しかしその見つけたときっていうのが厄介で、あの図書室で頭を見つけて、必死に逃げていたときのことだったのだ。
そのときに皐月は自分の携帯とマスターキーを落とした。入りたいところがあっても入れなかった藤岡瑠璃子はたいへん感謝したそうだ。
そんな藤岡瑠璃子のもとに一つのメールが届いた。それが、
『明日、夜十時以降、二年四組の教室で、あなたの机で、あなたを待つ。名もなき者より』
というものだったらしい。相手のメールアドレスなどを見ても誰なのかわからず、警戒した独りで行くのは危険だと思った。今となっては友人からも敬遠されている彼女には、と。
だから藤岡瑠璃子は僕らに近づくための計画を企てた。それが今回の模倣である。皐月は男であるから少し不利だったため、彼の妹である霧咲沙月の模倣をした。
僕、という付き添いを手に入れた藤岡瑠璃子。そんな彼女は教室にある自分の机から、あるものを見つけた。
それが、
『荒廃たる校舎へようこそ。謎は、いつまでもあなたを待っている。画家より』
というものだった。
その荒廃たる校舎というのが、廃校舎のことだと思い至った藤岡瑠璃子は僕にそこへ行かないかと言った。
こんなところである。
「なるほどね」
僕は顎を指でさすりながら頷いていた。
「まあ、とりあえず入ろうぜ」
「え」
既視感のある、きょとんとした顔。
「どうしたんだ?」
「責めないの?」
「責める、か。そんなことしたって君の友人が見つかるわけじゃないだろ。まず捜索が第一優先。怒るのはそのあと、な?」
ぱっと目を見開かせる藤岡瑠璃子。心なしかその瞳は涙で濡れているように見えた。
「あんた、けっこう優しいんだね」
「ハ、──ただし怒られるときは覚悟しておいたほうがいいぞ?」
「おお、それはコワいコワい」
僕は思わず笑みをこぼしてしまった。それに合わせて藤岡瑠璃子も口元に手を添えて笑っていた。
僕は藤岡瑠璃子に手を差し出す。
「え?」
「ここから先は暗い。なるべく離れ離れにならないようにしないといけないだろ」
「──そ、そうね」
遠慮がちに僕の手をつかむ、華奢な手。僕はそれを離さないようにと注意を向けつつ、廃校舎へ入っていく。
木造の床は軋む。そこら中ほこりだらけの不潔な場所で、僕もマスクを持ってきていればよかったと思うほど。
予想は当たった。本校舎とは比べ物にならないぐらいここは闇に満ち足りている。加えて空は暗雲によってお月様は隠れてしまっている。本格的な暗闇。それが僕らの眼前に広がっていた。むしろその暗闇がこの廃校舎に棲みついているかのようだった。
「ところで、謎が待つ場所っていうのはどこなんだ?」
僕は尋ねてみた。
「それがわかんなくて。一つ目のメールは場所が明確に書いてあったからいいんだけど」
「……そういえば、二つ目のメールは何々よりってあったっけ?」
「え、ああ……えっとたしか、〝画家〟より、だった」
画家、より。なぜメールの差出人は一つ目のメールのときのように、〝名もなき者〟としなかったのだろう。
画家。絵を描く者。描く者? いや、絵を描く者──といったら、芸術。または、美術……なるほど。
「美術室だ」
「え、なんで?」
「画家……だからな。絵を描くっていうのは一種の芸術。つまりは美術だろ?」
「あー、そういう……」
「まあ、憶測だからなんとも言えないんだけどな」
僕らは美術室の行方を探した。それぞれの教室にある室名札を見て回る。すると二階の奥にそれらしきものがあった。
僕は扉に手をかける。開いていた。ゆっくりと開けていくが、時々扉がつっかえてもどかしい。なんとか人が入れ隙間ができた。僕はその隙間を通る。
携帯の光をそこにあてる。一つの大きな机があった。そのうえに一枚の紙が置いてあった。ワープロか何かでコピーしたらしい。
『VIC―1001 ノ、チ、ヌ、チ、ン/へ 異邦の者より』
見てみると、このような不可解な文面であった。
「これは……いったい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます