第四話 神隠し A

 あの惨い死体もとい首だけの肉塊を見てから、二日ほど経った。だというのに、僕はまだこうして平然と呼吸を続け、学校に来ているのだ。つまり図書館──発見場所には僕と皐月をおいて他には誰もいなかったということになる。なんと迂闊な殺人犯だろう。しかし、僕はその殺人鬼とやらを見つける気にはなれない。僕は警察ではないし、探偵でもない。若者の特徴である中途半端な正義なんてものもない。

 だが誤解しないでほしい。僕はただ怖いだけだ。殺人鬼を見つける、ということにおいてどれだけのリスクがあるのか、それを理解してほしいのだ。見つけたところでどうなるだろう? もしその犯人が凶器を持っているならば、いや凶器なぞもっていなくとも、間違いなく僕を襲いにかかるだろう。目的? そんなの、〝口止め〟以外に何があるというのだ。だから僕はあくまで第三者であろうとしている。もし何か役割を割り当てられるとしても、名もなき一般人こそがふさわしいだろう。常に何か目的のあるもの、意欲のあるものが主要キャラの仲間入りとなるのだ。

 さて。だから僕も一般人らしく、何かを語ろうと思う。語り部は常に一般人であるべきだからね。

 さあて。気を引き締めて、


──七不思議六番目〈神隠し〉、語り部は深崎司ふかざきつかさ


 〝A〟


 僕はある噂を耳に入れた。

 その噂というのは最近おかしな女子生徒のことである。僕と同学年の女の子、と言っても別のクラスではあるのだが、その子の頭がどうたらとか。最初はただのメイク好きな女の子だったのだが、一種の精神疾患の持ち主だとか、何かの洗脳状態であるとか、それはまあ酷いように言われている女子生徒。しかしその人は断固として首を横にふり、そのことを否定している。そう言われたことで心が揺れたという様子もないらしい。

 しかし噂好きというのは難儀なもの。それでおさまることはなかった。噂は紆余曲折あって改変され続けていく。精神疾患の話は違法薬物による影響とされているし、何かの洗脳状態というのも七不思議全てを知ってしまったが故とも言われている。どちらとも信ぴょう性もへったくれもないものだ。

 そんなたかが風によって流れてきた薄っぺらな噂話を、僕は興味を持った。または、面白がっているとも言える。どうやらその女子生徒は一貫してこんなことを言っているらしい。


〝神隠しはほんとにあるんだよっ!〟


 ははあん、と僕は思わず鼻から声をもらした。どこにそう反応したか、なんて明々白々であろう。

「神隠し……」

 のちにそれが何なのかを聞いてみると、やはり予想は的中した。七不思議六番目の項目に、その名称があったのだ。

 僕が在籍するこの高校──在間高等学校では、七不思議が存在する。今となっては七不思議と呼ばれているが、実際には六不思議である。それでつい最近、七番目である〈星の占い〉が霧咲皐月だということがわかった。その展開には肩透かしを食らったが、それでもやはり面白いものが見つかった。それは──少女の首である。これは比喩でもなんでもなく、本当の首。胴体から切り離された、首から上の肉塊。しかし犯人はいまだ不明。見つけた僕には犯人当てゲームをする気はないし、皐月は言わずもがな、あんなものを見たあとでそんな気力は湧き起らないはずだ。彼はその異端な容姿とは打って変わって、内面自体は普通の少年でしかないんだから。

 それで、僕のなかにはまた七不思議について調査したいという、知的好奇心が生まれたのだ。だがそれもきっとしばらくは叶うことはないだろう。現にその調査の中心役である霧咲皐月はあれから学校に来ていない。

「はあ……」

 教室。二年二組の教室の隅に、僕はいる。そこで席に座って、頬杖をつきながら僕は深く不満のため息をついていた。どうしても調べたいが、どうやっても調べることのできない状況。なかなかに焦らしてくれる。そういうプレイはお望みじゃないんだな、僕は。

 まあ、たしかにいざとなれば僕一人で調べることができる。ならばもう一人で調べに行けばいい。でも、やはり皐月が必要だ。彼ほど素晴らしい隠れみのは存在しない。しかし一言に隠れ蓑と言っても、たんに僕は友人と一緒に思い出を作りたいという願望のもとでもあるわけだから、僕はそこまで薄情ではない。

「よう」

 クラスメイト。

 こいつは高校入学時からの友人で、今年も同じクラスになったのである。

「どうしたんだ、そんなため息ついて」

「うん? そうだなあ。簡単に言えば欲求不満ってやつだ」

 僕がそう言うと驚いたかのようにぱっと目を見開かせる。

「え。おまえもう……」

「違うさ。僕もおまえと同じ未経験者だから。心配するな」

 何が未経験なのかというのはさておき。

 もうすぐでホームルームが始まる時間になってしまうところだった。担任教師が教室に入ってきたことでクラスメイトはもとの席へと戻っていった。

 その日の授業内容をどれだけ覚えているのか、というアンケートが仮にあって、それを実際に僕が受けたとする。選択肢が五つあり、左から『とても覚えている、どちらかといえば覚えてる、普通、どちらかといえば覚えていない、まったく覚えていない』という項目が並んでいる。それを教科ごとにわけてアンケートすると、九割がた、まったく覚えていないという選択肢を塗りつぶしているだろう。まあ、虚実を述べれば何らかのペナルティを付す、という条件があればの話だが。でなければ素直にその選択肢を選ぶわけがないんだから。

 では授業中、僕が何を考えていたのだといえば、神隠しのことである。詳細はまだ知らないが、おおかた予想はつく。どうせ何か用があって夜遅くまで残っていた生徒が行方不明になったとかそんなものだろう。

 僕の好奇心はずっとその七不思議にまとわりついている。先日の一件のこともあって、どうやら僕は七不思議を強く意識しはじめているようだった。なおかつ、僕は一つの矛盾を抱えている。僕とその七不思議の因果を恐れながらも、僕自身がその因果関係を信じようとしている。人の心というのは矛盾をもつことが好きらしい。

 しかし矛盾を作り、それを胸に秘めること自体は罪を問うほどのものではないだろう。むしろその行為こそが人間を象徴している。


「おい、おい」


 ならばやはり僕は正常な人間である。こういった矛盾を抱えることも罪にはならないわけで……。


「おい、司。司!」


 しかし、良識というのは厄介だ。僕があの首を見つけて思ったことは、どうしても異常としか思えないのだ。死体を見つけて悲鳴をあげるのではなく、まさかの──。


「おい!」

「うわあっ。な、なんだよ。何用ですか今度は」

「何用か、じゃあねえ。──悔しいが、どうやらおまえのご指名らしいんでな」

 ご指名? 僕は首を傾げて、友人が顎で指し示した場所に目を向ける。そこは教室の扉である。だが扉を見ろ、という指示ではないのだろう。ご指名、ということは誰かが僕を呼んでいる。ならばその扉付近に立っているあの美少女こそが──あれ。

「沙月ちゃんか?」

 僕は勢いよく席を立って、沙月ちゃんのもとへ行く。綺麗な目をぱちぱちを瞬きさせて、やってきた僕を見つめる。

「まさか沙月ちゃんが来るなんて思わなかったな。いったいどうしたっていうんだ?」

「いえ、少し伝言を」

「伝言?」僕は首を傾げる。「誰からの?」

「兄からのですよ」

 兄。というと、霧咲皐月のことだ。彼が僕に何を伝えようというのだろう。まさか七不思議のことじゃあるまいな、と心のなかで訝しんだ。

「どんな?」

「放課後、電話をかけろとのことで」

「電話を? 伝えたいことがあるなら、今でもいいのに」

「とにかく電話でお話したいそうです」

 皐月からの伝言を言い終えると、さっと振り返った。彼女が足早に教室へ帰る前に、僕は呼び止めた。

「ちょっと待った。どうしたんだ?」

 沙月ちゃんは振り返らないまま。ただ僕にその小さな背中を見せているだけ。

「──風邪でもひいたのかい?」

「え、ええ」

 そう、彼女の声はどうも老女のようなしゃがれ声で話しているうえ、彼女はその口もとをマスクで隠している。そのうえ眼鏡なんかもつけているのだから、奇妙なものだ。

「そう。お大事にね」

 特別、執拗しつように問い詰めるべきところではないと判断して、僕はそう言って彼女に手をふった。手をふり返してはくれなかった。もちろんその点はさみしかったが、そんなことより──どうも彼女の背中は小さすぎるような気がした。




 僕は霧咲沙月(なのか?)から言われたとおりに、霧咲皐月に電話をかけてみた。するとすぐに彼は出てきた。

「よ、よお……」

 少し声が高めであるうえに、沙月ちゃんと同じようにしゃがれ声である。いったいぜんたいこの二人はどうしたというのだろう。もしや二人とも風邪をひいているのか?

「おい、大丈夫なのか?」

「ああ。なんとかな……」

 いちいち語尾が弱々しく、消え入りそうなぐらい小さかった。

「そう。まあとりあえず本題を聞こうか。おまえ、僕に何を言いたいんだ?」

「あ……ああ。実はな、調査を頼みたいんだ」

 調査。彼の口から出た調査という言葉は、いったいどういったニュアンスなのか。そんなことは訊くまでもない。七不思議の調査である。しかし彼の言い方はこうだった。調査を頼みたい。つまり自分自身は調査に乗り出すことはしない、ということだ。それに関しては皐月が風邪をひいているため、仕方のない話だと言われればそれで終わりではあるのだが……。僕は少し、違和感を覚えたのだ。

「ふうん。それじゃ、なんの調査をしてほしいんだ?」

「……六番目の、神隠しだ……」

 七不思議六番目〈神隠し〉。僕はあの噂の女子生徒のことを思い浮かべた。

「それじゃあ怪談博士。今回のは、どういう不思議が詰まっているんだい」

 それから僕は皐月から〈神隠し〉の簡単な概要を教えてもらった。まあ、本当に予想どおりの展開で一瞬鼻で笑ってしまったが。そのとき、皐月が少し苛立ちを込めたような声で「なんで笑ってるんだ?」と尋ねられたときには少し驚いたが、咳払いをして彼は引き続き話してくれた。

 皐月の話をまとめるとこうである。いつの日なのかはわからないが、とにかく最近のことであるらしい。ある女子生徒はとても真面目な性格で、たいへん勉強熱心な人だったらしく、おそらくその真面目さが度を越してしまったせいだろう。教室に残り、夜遅くまで自習をしていたその生徒は、門限を過ぎたことに気づき、帰り支度を済ませ、両親に叱られながらももうすぐで家路につくことを電話で伝えた。

 しかし、日付が変わる時間帯になってもその女子生徒は自宅に帰ることはなかった。それから一日、一週間、一か月と経っても……である。

 ちなみにこの七不思議六番目が作られたのはもう三十年前ほどである。

 皐月の考察によれば、ここ最近に行方不明になった女子生徒も、この被害に遭ったのではないか、とのこと。

 二年何組だったか、すっかり忘れてしまったが、たしか一人の女子生徒が最近登校してきていないらしい。教師は一貫して病欠だと言っているのだが、実際のところ、行方不明だということが生徒たちにも知られてしまっている。

「なるほどね。で、今日はその女子生徒の捜索と銘打った身勝手な調査をするわけなんだな」

「そういうことだ……でも、悪いな。おれはこのとおり風邪なんだ……だからまあ、妹に頼んでおいたから、今夜十時……裏口前で合流してくれ」

「え……な、ん、だ、と」

 い、も、う、と?

 つまり霧咲皐月の妹(そんなことがあっていいのか?)が僕といっしょに調査(という名の夜デート)をするってことだぞ?

 霧咲沙月(あんな美少女と?)と僕は、夜の校舎でたった二人きりだって?

「わかった! 安心しろ! おまえの遺志は僕が受け継いでやる! あとついでに、というかこれが本題だけどね。妹さんください」

「……おれはまだ死んでないし、妹もそう簡単にやらん……」

「ちぇ」

 と、僕たちは互いに言いたいことを言ったあとで電話を切った。

 しかし皐月のやつはいったいどうしたというのだろう。

 まあそんなことより、妹さんに挨拶しに行けなくてはならないだろう。僕は一年の教室が集まる一階に降りて、沙月ちゃんが在籍しているクラスに行く途中で本人に会った。

「あ、こんにちは。司先輩」

「……ふうん」

「どうしたんですか?」

「いや、今日はよろしくねっていう挨拶を」

「え……は、はあ」

「あれ。もしかして皐月から言われてないかい。さっき電話で会話したんだけど」

「電話? あれ、おかしいなあ」

 ううん。何がおかしいというんだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る