異世界ボイコット(7日目(1))

『神様会開催のお知らせ』


 定時間際の十七時四十五分。ディスプレイの右下に飛び込んできた、社内チャットの通知に手を止める。


「神様会……」

「ん? 何か言った?」


 思わず口に出た呟きに、隣席の同僚が反応する。


「あ、いや別に」


 言葉を濁すと同僚は不思議そうにしていたけれど、それ以上は追求しないでくれた。ほっとして、ディスプレイの右隅に視線を落とす。


 通知は既に消えていたものの、チャットツールのアイコンには未読一の表示がある。


 ……神様会ってアレよね。昨日、弟と落ち合った会社帰りに弟が山田太郎に誘われていた、謎の会合。そういえば、なぜか私も参加する流れになっていた。


 メッセージを送ってきた相手は、案の定、山田太郎だ。それだけ確認すると、中身を見ないでチャット画面を閉じる。スマートフォンから確認できるように設定しているし、後で確認しよう。

 そもそもこれ、私も行かないといけないのかしら。


 疑問に思いつつもひとまず帰り支度を整えていく。まあ今は、家にいるりっくんのことだけ考えよう。今まで離れていた分、今日は存分にりっくんと触れ合うんだから。


 そんな決意を固めた定時前。十八時を過ぎると速攻で執務室を出た。



「神束さん、お疲れ様です」


 エレベーターが来るのを待っている間、のそりと山田太郎がやってくる。


「日曜日はよろしくお願いします。妹に話したら、会えるのを楽しみにしていたので」

「お疲れ様です。日曜日……ああ、例の。……ん? 妹?」

「あれ? 言ってなかったですっけ? 妹の花子も神様だったんです。二代目の」

「初耳ですけど……」

「ちなみに三代目は妹の友達です」


 なんだかずいぶん身近なところで固めたのね。それがどうなって弟に繋がったのかしら。ネットオークションで落札した、とは言っていたけれど。


「お疲れさまー。何話してるの?」

「日曜日に、神……」

「あ、エレベーター来ましたよ」


 声をかけてきた同僚に何か言いかけた山田太郎を遮り、昇降ランプが点灯したエレベーターを指差す。ぞろぞろと乗り込めば、他の人もいたのもあって二人とも黙り込む。それに胸を撫で下ろす。


 一階に着くと早く家に帰りたかった私は、二人に一言告げて、早々に駅に向かった。




「神様会? それってこの前、太郎さんが言ってたやつ?」


 翌日の土曜日。夕方過ぎに異世界から弟が一時帰宅してきた。


「ええ。明日の十三時から軽くご飯でも食べながら話しましょう、だって」


 弟からの電話を受けた、部屋の中。白い光が収まったスマートフォンを手元に戻し、会社で使っているチャットツールに送られてきた山田太郎からの伝達事項を伝える。


「わかったー」


 了承して声を弾ませる弟は、楽しみだなーとか呑気に言って、持ってきた紙袋を机の上に置く。立ったままでパソコンを立ち上げた。


 その様子を見守っていると、たん、と肩にりっくんが飛び乗ってくる。頭を優しく撫でれば、首筋に懐いてくる。少しくすぐったいけれど、するするとした指通りが気持ちいい。


「それにしても広世。随分短い間隔で帰ってきたのね」

「こっちの方がやっぱり通信速度速いし。あとは、まあ、母さんたちとの話もまだ終わってないし?」


 率直な意見を伝えると、パソコンを操作しながら弟がそんな言葉を返してくる。……というか、母との話し合いは疑問系なのね。


 それにしても、こんなに頻繁に帰って来られるなら、今までは何だったのだろう。もっと早くこうしていればよかったのに。まあ、魔法の術式? を構築するのに時間がかかったとか言っていたっけ。


「でも、こんなにこっちに来て、向こうの……あー、やっぱり何でもないわ」

「きゅー?」


 言いかけて、途中で止める。心配そうに見上げるりっくんに気付かないふりをして視線を逸らす。


「スマホからも向こうの様子は一応確認出来るし、まあ大丈夫だよ。あっちの世界って基本平和だから、そうそう問題も起こらないしね。今回もテストを兼ねての訪問だから、明日には帰るし」

「そうなの?」

「うん、だから安心してよ」


 弟の言葉にそっと息を飲む。


「私は、別に心配してなんか……」


 そこまで言って口を噤む。首元に感じたりっくんの温もりに、背中に手を伸ばす。ふさふさの毛並みは滑らかで、少しだけ気持ちを宥めてくれる。


「それより、明日は姉ちゃんも来るんでしょ?」

「あー、あんまり乗り気じゃないのだけど、山田さんの妹さん? が会えるのを楽しみにしているみたいで」


 話題が変わったことにほっとして、そう返す。正直、私が参加する意味はわからないけれど、昨日の口ぶりだとなんとなく断りづらい。だから不本意だけど仕方なく、明日は参加することにした。


「ふーん。ま、明日は楽しいといいね」


 真っ直ぐな笑顔を向ける弟に眉を寄せる。なんとなく居心地が悪くて背を向ける。


「……とりあえず、お母さん達のところに行きましょう」

「あ、ちょっと待って。あとこれだけ……よし、これで大丈夫」


 たたん、とキーボードを打つ音が聞こえて、少ししてからこちらに近づく気配がする。

 弟の部屋を出ると二人で一階のリビングに向かう。


 弟と異世界について母と弟の妥協点を探る家族会議は途中からヒートアップして、夕食を挟んでも終わらなかった。


 夜遅くまで続いた家族会議は最終的には、週一回は家に帰ってくること、定期的に連絡を入れることが母と弟の間で締結されて閉会となった。


 そして明くる日曜日。山田太郎から招待された謎の会合に参加するべく、弟と一緒に家を出た。

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