異世界帰還後(11日目)
「神束さん、大丈夫?」
翌朝。出社して席に着くなり、隣席の同僚がそう聞いてきた。
「何が?」
「なんか、いつもより疲れてない?」
「そう、ですか?」
言われて首を傾げる。
確かに、昨日はよく眠れなかった。目を瞑ると、異世界での出来事を思い出しては色々と考え込んでしまい、うまく気持ちを切り替えられなかった。……それに、皆にも迷惑をかけちゃったな。
そういえば、結局、蜂蜜も手に入れそびれてしまった。梨のレシピを聞くのも忘れていたし。
はあ、と大きくため息をつく。
「悩み事なら、相談乗るよ?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「ほんとに?」
異世界のことだし、どう説明すればいいかも分からない。同僚の申し出を断ると、疑惑の目を向けてくる。
「……まあ、神束さんが大丈夫なら、それでいいんだけど」
同僚は納得してないみたいだったけれど、ひとまずはそう言って、パソコンの画面に視線を戻す。それにほっとしつつ、仕事の準備に取り掛かる。
ただ、業務が落ち着いた、十三時過ぎ。いつも通り自席でカロリーメイトを食べようとしていたら、同僚にランチに連れ出された。
「今日はリスの動画は見ないの? りっくん、だっけ?」
向かいの席に座って玉子のホットサンドを食べていた同僚が、不意にそんな話を降ってくる。私は厚切りトーストを食べようとしていた手をぴくりと止める。
「あー、今日は……いいかなって……」
あからさまに視線を逸らして、そう答える。どうにか誤魔化そうとも思ったけれど、結局うまい言い訳が出てこなかった。
本音を言えば、今日もりっくんの動画は見たい。元気にしているかな、とも思う。でも昨日の今日だ。流石に気まずい。私の一方的な八つ当たりだけど、今はりっくんを見る気分にはなれない。
「もしかして、ペットのリスとうまくいってないの? それとも、弟くんと喧嘩でもした?」
「いや、弟は関係ない、です……」
「ほんとに?」
同僚は疑わしげに私を見る。
「それにしても、こんなお店があったんですね」
その視線から逃れるように、店内を見回す。
会社が入っているビルの二階。飲食店が入っているフロアの隅に、このお店はひっそりとあった。
丁寧に磨かれたウォールナットの家具は落ち着いた色合いをしていて、間接照明に照らされる店内は程よく明るい。微かに有線から流れてくる音楽が聞こえてくる。
同僚は、また誤魔化したか、と小さく呟く。
「一軒だけレトロな雰囲気の喫茶店があったから、前から気になっていたのよね。店頭にディスプレイされている料理も美味しそうだったし」
「なるほど」
それ以上の追求を諦めてくれたのか、同僚はそう答えるとカフェモカを一口飲む。
かぷり、と厚切りトーストを食べる。五センチくらいは厚さがありそうなトーストは、カリッと焼き上げた表面はさっくりとしていて、じゅわーとバターが染み込む。ふわふわでもちっとした生地の食感に、ふんわりと口の中で小麦とバターの風味が広がる。
この前、皆と食べたトーストも美味しかったな。野いちごのジャム、持って帰ってくればよかった。
思い出して、沈みそうになる気分を振り払い、アイスティーを飲む。
「そういえば、この前言ってた中途採用の人、来週から来るらしいよ。ほら、異世界がどうとか言ってた」
同僚の言葉に、飲みかけていたアイスティーを吹き出しそうになる。
そういえば以前、そんな話を聞いた気がする。確か、経歴に異世界がどうとか書いてあったとか。弟の前にもいたとかいう他の神様だったりするのかしら。……そんなわけないか。
「そうなんですね……」
なんとかそれだけ返して、トーストを齧る。
同僚はどこから仕入れてきたか分からないけど、新しく来るというその中途採用の人の話題を続ける。いつも思うけれど、どこからそんな情報を聞いてくるのだろうか。
それにしても明日はどうしよう。異世界に行く日だけれど昨日の事もあるし、行くのはまだ少し抵抗がある。正直今は、異世界に関するものとすら関わりたくない。
同僚の話に相槌を打ちながらそんなことを考えつつ、その後の時間を過ごした。
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