異世界帰還後(4日目)
んーんー
ふっと浮上した意識の隅で音が聞こえる。
なんの音だろう。ぼーとする頭で、ぼんやり考えていると、視界の隅がちかちかと煌めく。
寝返りをうとうとして、コツン、と硬い何かに手が触れる。そこまできて、のっそりと体を起こす。
「今、何時かしら?」
窓を見れば、カーテンの隙間から白い光が漏れている。思いがけない眩しさに目を細めつつも、大きく伸びをする。ばきばきと関節が小さく鳴る。
欠伸を噛み殺しながら、昨日の夜の行動を思い返す。
えっと、確か昨日の夜は異世界から帰ってきてから、メイクを落としたり、お風呂に入ったり、一通りいつものケアを行なった。その後にベッドでごろごろしながら、攻略本アプリに実装された翻訳ツールを聞き流しつつ、攻略本のチェックをしていた。……いつの間にか、寝てしまったみたいだけれど。
開きっぱなしになっていた攻略本を閉じて、ひとまず枕元に置く。
んーんー んーんー
その時。スマートフォンが低く唸った。あ、さっきから聞こえていた音は、この音だったのね。……いや、そうじゃなくて。
装着したままだったイヤフォンを外して、スマートフォンを引き寄せる。
「……え?」
そこに表示されている名前に、思わず二度見する。
私はイヤフォンジャックに刺さったプラグを引き抜き、ロック画面にある通話の通知をスワイプする。
『あ、やっと繋がった』
電話越しの弟の声に眉を寄せる。壁の時計を見上げれば、現在時刻は十一時。……ちょっと、寝過ぎちゃった。
まあ、それに関してはとりあえず今はいいとして、ベッドのへりに腰をかけた。
「どうしたの? 何かあった?」
『いや。今日、そっちは土曜日でしょ?』
訝しげに聞けば、弟はそう返してくる。その言葉に首を傾げる。
「そうだけど……だから?」
『暇かなって思ってさ。どうせならこっち来たら?』
「そんなことで連絡してきたの?」
失礼な弟ね。……まあ、予定はないけれど。
昨日、二日おきに行くって言ったのに、また明日なんて送り出すから疑問には思っていたのよね。なるほど、今日も声をかける気だったのね。
そっと息をつくと、こめかみに手を当てる。その場で少しの間、考え込む。
昨晩、改めて魔法に関するページを確認していて、気になるものもあった。こっちだと使えないらしいし、向こうに行くのも悪くはないかしら。でも、せっかくの休みだからゆっくりしたい。まあ、それは向こうでもできるか。
「……わかったわ。こっちだとできないこともあるし」
『よかった。いつも夜だし、たまには昼間でもって思ってたんだよね。時間はどうする?』
「うーん。そうね、準備もあるし、十三時くらいでも大丈夫?」
『わかった。じゃあ、また、連絡するね』
弟はそれだけ言うと通話を切る。私はスマートフォンを睨んで、唇を尖らせる。
一つ、息をつく。
ひとまず顔を洗うために、一階の洗面所まで向かった。
歯ブラシと歯磨き粉に試供品のクレンジングと洗顔料、それにシャンプーとコンディショナー。あとはミニボトルに小分けに入れたボディソープ。
「他に、必要なものはあるかしら」
机の上にまとめたそれらを見渡して、首を傾げる。現状並べてあるものはポーチの中にしまっていく。全部詰め込むと、リュックの中に入れる。
「あとは、食べ物かしら」
一通りの身支度が整うと、スマートフォンを取り時刻を確認する。
現在時刻、十二時四十五分。
私はリュックを背負うと部屋を後にする。途中、キッチンにあった食べ物を拝借して、リビングを抜け玄関に向かう。
「あら? どこか行くの?」
そこに母が声をかけてきた。
「うん。ちょっと出かけてくる」
「夕飯は? どうする?」
「家で食べるわ」
そう答えると、母は安心したような笑顔を見せる。
「そう。わかった。行ってらっしゃい。気をつけてね」
「うん、行ってきます」
鞄を背負いなおす。母に見送られながら家を出る。
十分程度歩いてたどり着いたのは、近所にある運動公園。土曜日のお昼過ぎだからか、それなりに人がいる。腕時計を見れば、まもなく十三時になる。
私は公園内に併設された公衆トイレに入ると、ドアが開かないように手で押さえる。そのまま弟からの電話を待つ。
そして十三時。
弟からの連絡を受けると、異世界に召喚された。
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