異世界帰還後(2日目)
「あら?」
異世界から帰ってきた後、洗面所で洗顔をしていると、手のひらに触れる頬の感触がいつもと違うことに気付いた。鏡に映る肌は滑らかで、ワントーン明るい気がする。
「もしかして、きのこの効果かしら」
確か、ビハダケ(マッシュルームもどき)には美肌効果が、ビハクダケ(白トリュフもどき)には美白効果があったはず。だとしても、こんな即効性があるものだろうか。とりあえず、明日もたくさん食べよう。
そう心に決めながら、スキンケアを終わらせると洗面所を出る。
帰ってくる時に、一番最初に訪れた白い部屋で弟と会った。そこで、リュックの使用許可をもらい、オイルポットやスニーカーなど、いくつか置かせてもらってきた。ゴミも、こっちで処理すると引き取ってくれた。
弟とのやりとりを思い出しながら、たすたすと階段を上っていく。
こっちに戻ってくる前、帰ってくる場所を指定できるのか聞いてみた。弟の部屋に直帰するのは楽ではあるのだけれど、『会社から帰ってくる』となると、不自然さは否めない。幸い、昨日、靴を玄関に戻しにいく時も、今日も見咎められることはなかった。でも、いつの間にか帰ってきていた私に母も父も不思議そうにはしていた。
せめて、近所の公園に送ってもらえればよかったのだけれど……現状では無理とのことだった。
なんだか色々と言っていた気はするけど、私の脳が理解を拒否したのか、細かいことは覚えていない。とりあえず、一回でも帰還したい場所から召喚されれば、繋がりができるからいいらしい。
ドアを開け、自分の部屋に入る。
ドアのすぐ隣にある机の上には、段ボールが置いてある。昨夜、ネットで購入したキャンプグッズが無事に届いたようだ。
段ボールを抱えると床に下ろす。時間も遅いし、ざっと中身を確認してからリュックにしまっていく。ただ、焚き火台だけはちゃんと組み立てられるか不安だったから、一通り設置してみてから畳んで、ポーチにしまう。それをリュックに入れる。
「あと、足りないものってあるかしら?」
今日届いたものと百均で買ったものもあるし、道具はある程度揃っている。実際使ってみないとわからないところもあるが、まあ、ひとまずは平気だろう。
「あとは食べ物ね」
きのこもりんごもおいしかったけれど、それだけだと飽きがくる。他には主食系が必要かしら。
そんなことを考えながら、ふと壁にかかった時計を見る。気がついたら、二十四時をとっくに過ぎている。
「いけない。もう、寝ないと」
業務は落ち着いているけれど、まだ明日も仕事はある。
私は段ボールを片付けると、リュックを机の上に置き、ベッドに潜り込む。
明日(もう今日だけど)の夜は、何を食べようかしら。
漠然とそんなことを考えながら、眠りについた。
「神束さん、メイク変えた? あ、それともスキンケア?」
翌朝、出社して早々に、隣席の同僚が私の顔をじっと見てそう聞いてくる。
「いや、何も変えてないですよ」
実際、メイクもスキンケアもいつもと同じようにやってきた。でも確かに今朝のメイク時、化粧ノリはとてもよかった。
「えー、ウソだー。なんか、いつもより肌がつやつやしてるもん」
同僚はなおも疑わしげに私のことを見ている。
「まあ、強いて言うなら……いや、やっぱりなんでもないです」
言いかけて、言葉を止める。
ただ、いつもと違うのは、昨日の夜にきのこを食べたことだ。昨夜も思ったけれど、やっぱり、あのきのこたち効果があるのね。
でも、それを伝えるのは憚られた。第一、異世界で食べたきのこのおかけです、なんて、どう伝えればいいかわからない。
「え、何それ。ちょっと、気になるじゃん。ねーねー。どこの化粧品使ったの? スキンケアでもいいし。……あ! それとも恋とか?」
「有り得ませんから」
あらぬ方向に思考が飛んだ同僚の言葉を即刻否定する。
「いや、でも、神束さん、昨日から雰囲気違うし」
なおもぶつぶつと呟いている同僚の隣で、始業の準備を進める。仕事が始まると質問攻めの同僚も落ち着いたから、少しだけほっとした。でも結局は諦めていなかった同僚に、強引にランチに連れ出された。
お昼を食べている最中も止まない追及に戸惑いつつも、言葉を選んでなんとか会話を重ねていく。途中、うっかりきのこの名前を零してしまったけれど、同僚には「神束さんもそんな冗談言うんだね」と流されてしまった。
……まあ、普通に考えて、そうよね。
現実にそんなきのこは存在しないし、ネット検索にも出てこない。本当にあるなんて、誰も思わないだろう。そもそも異世界のきのこだし。
同僚に押されっぱなしのランチタイムを終えたその帰り。コンビニに寄って、なんとか欲しいものも最低限、購入できた。
そして何事もなく仕事を終えた、十八時過ぎ。本日も異世界へと召喚された。
とりあえず、今日も絶対、きのこはたくさん食べよう。
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