第39話 科学とファンタジーが交差する週末の終末論。

 多元宇宙の維持ウンタラカンタラと言っていたが、と。

 ノーカの問いに、アンジェに視線が集中する。

 どうやら的外れではなく、周囲の期待に沿えていたようだと、やや安心し、ここに集った面々を代表するよう彼女からの返答を待つ。

 と、

「……端的に申し上げますと、強い意志を持つ知的生命体の極限まで高まった負の感情が、この多元世界を支える根源を壊死させ破滅に導いてしまうからです」

「……それはまた何故なんだ?」

「この宇宙の外側、もっと言うなら、一つの『世界』という外殻に守られたその外側では、全ての事象が曖昧で、あらゆる法則と因果、結果と過程の全てがあやふやな、確定付けられない混沌カオスの海となっております。その混沌の中では、ありとあらゆる出来事が、何物にも縛られない可能性として存在していると言っても過言ではありません。そこで事象を大きく左右するものは物事の因果ではなく、知性を持つ存在の強い意思なのですが……」

 相変わらずよく分らない、と眉間にしわを寄せつつ、話の途中、頭の中に入ってこないそれを無理矢理押し込もうとし目が渋く細まっていくノーカと、終わりなき円周率を延々と聞かされているようなマリーの顔に。

 アンジェは一旦口を閉じ、話を止めた。

 小休止、今の内に話を噛み砕いて欲しいというその視線での促しに、ノーカとマリーは直近での聞き手としてアンジェに気兼ねし、小声で、

「……ねえ、分かる? あたしファンタジーは絵本止まりなんだけど」

「俺はもっと分からん」

 率直にそう言う。が、それは脳筋派・肉体労働系のノーカとマリーだからではなく、科学で解せぬ空想的ファンタジー論文は、むしろ士官学校出のそれなりに学識溢れる多くの兵士にとって半ば首を傾げ鷹揚にお手上げのポーズを取る内容で、艦船の中にいる者など既にトイレ休憩が許されているほどだ。

 辛うじて付いて行けるのは文系寄りのアングラ趣味を持つそれだが、そういう者に限ってプライベートの趣味を口から出すものはおらず、訳知り顔でそわそわしながらグッと拳を握るくらいだった。

 そこで二人は、理論屋寄りの技術者でもあるE = mc2、E = mc2と呪文のように唱えるキースに視線を送ると、

「……要するに、法則が不確かで因果関係も曖昧だから、知性体が持つ感情や意思が現象の結果に介在する余地か下地があるって事じゃねえのか?」

 願えば叶うファンタジー魔法についてそう言及すると、即座に、いや、E = mc2は絶対だ、絶対なんだ、と小声で呟き、いや、それはこの宇宙における定理でその外側にまで適応されるかと言われればウンタラカンタラと光速の独り言でまた現実逃避しているので放置し――

 ノーカたちが認識の擦り合わせの為に、そうなの? とアンジェを見れば、

「――それで概ね間違っておりません」


マジか、とキースを見ればそれみたことかとドヤ顔で親指を立てているが、礼は言わず一瞥するだけにした。

 小石が飛んでくる中、ノーカとマリーはアンジェに視線を戻すと、彼女は小休止は終わりとばかりに知的なメガネのよう無表情を光らせ、

「――これを前提に置いて。一つの宇宙は、世界という外殻に守られ法則が確定付けられた内海だとお考え下さい。そして、宇宙の破滅の際にこの外殻は崩れ、中に納まっていた事象、法則などが混沌の海に開放され、内外が交じり合い新たな可能性の海となります。

 ……しかしこの際、強い意志を持った知的生命体が持つ強い『絶望』や『虚無』、『憎しみ』などの負の意思が多くそこに流れ出してしまうと、それに影響された周囲の可能性の海がその事象を停止、あるいは破壊、崩壊――世界が根源的なところで破滅してしまい、最悪、全ての多元宇宙が侵食され、全宇宙として滅びることになります。

 逆に、強い希望や生きる意思、喜び、楽しみ、期待、夢、そう行った前向きな心が多く解き放たれればそれを元に次の世界が生まれることになるのですが……たとえば、新しい知識や世界を求めていれば既存のそれとは異なる世界が。今までと同じ平穏なそれを望んでいれば、概ね、これに似通った世界が新生することになるでしょう。

 ただ、これとて“この多元宇宙”という視点においてのみ成立する現象かもしれず、もしかしたらこの宇宙の外側には別の法則を抱えたより大きな宇宙が存在しているのかもしれませんが。……残念ながら、そこは我々も未だ未観測の領域です」

「……………………と言われても……」

 という顔をしているのはノーカだけでなく。

 そこに居る科学的文明人は、皆、頭を捻りつつの、なあ? ねえ? な顔をしていた。

 そうして体のどこかに疑問符として浮かんでいる者はまだマシで、途中露骨にあくびをする者もいればバカバカしげに唾を吐く者が大概である。一部、卵のアレだなと呟いているなんらかの学識派らしき人間もいるが。

 それでも、なんとも壮大な話をされたということだけは分かるノーカであるが、やはり、軽く眉間に皺を寄せ、眉はハの字で、そのどこら辺でこの宇宙が殲滅対象になるのかその理由までには思い至らない。それら方々の様子にアンジェは、どうにか分るよう、現状のこの世界――そして彼女が知る大宇宙の法則を照らし合わせて、なるべく分かりやすいよう双方の視点から俯瞰し、口から出すべきセンテンスを練った。

「……この宇宙は、歴史と領土、時間と空間を合わせ全体として見たとき、長らく戦争が絶えないことはご存知ですね?」

「ああ」

「では、その先は? その先、巡り巡って宇宙の中に良き感情が、それら負の感情を越えて巡り……この宇宙を満たすだろうことは、あり得ますか?」

 ノーカはアンジェから目を逸らさず、少しだけ考え、

「……ああ、なるほどな」

 無いだろうな、と、ようやく。

 それはノーカだけでなく他の軍人たちも理解した。

「……まあ、少なくとも前向きで優しい心が息づく世界、に繋がるとは思えないかしらねえ」

 マリーも、平和というそれが、期間として、地域として部分的には存在していても、決して全く途絶えたことは一度も無く、その先に待つ未来という言葉を感じていた。

 ファンタジックに願えば叶う理論における宇宙の終末を理解した、わけではない。

 現実に、この宇宙の未来に明るい先はあるのか? という話としてだ。

 否、それは軍人たちだけでなく、他、政治家や、将来というそれを見通そうとした者達がだろうか? 皆ヒシヒシと、このままではいずれ、必ずどこかの国が、誰かが、その時が来た瞬間から、自分以外の全てを排除するために動くだろうことを。

 将来の出来るだけ長くの保障、もしくは、せめて一時の平和を、というそれの為……既にここに来るまでのどこかで経験していた。

 平和の表舞台が平穏な日常なら、ここにいる者達はその裏側に面した世界に生き、それらを行き来する者達だったからこそ。たとえ部分的平和を維持できたとしても、やがて人が理想とする精神の維持、良心を捨て置くことになるだろうと、現在ですら、平和の裏で部分的にそれを捨て生きていると言えるという実感があった。 

 特にノーカは、その半生は裏の渦中にあったと言っても過言ではなく、生き残る為となったら自分以外の全てを消す可能性があるそれを、ある意味この場でもっともよく知っていた。

 どんな命でも奪ってもいい、他人のものでもなんでも奪ってしまえばいい、という発想――その渦の中で戦って来たからこその、

「その結果――全て滅んでしまえばいい、という強い意志が残ったなら……。それこそが、神、そして、我々天使が、世界を、悪しき精神性を忌み滅ぼす理由です」

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