第38話 天使な嫁(比喩ではない)
嫁がカルトな集団よりやばい何かだった。
ノーカは、
「――アンタ、何それ……嗤ってんの?」
「……ああ、うん……そうか?」
気付く、自身がその眼をアンジェに固定したまま、目元、頬を浅く吊り上げていたことを。
そして自身の心理状態を正確に把握する、別に異常事態に頭がおかしくなったわけではない。確かに半ば呆けてはいたが、もしまともな感情があったなら、確かに笑える、面白い……そう言っていたことだろうと。
俯瞰して見れば、アンジェが軍にとって危険であるということも明白なのだが、超常現象をやってみせた彼女を、すごい、面白い、綺麗。シンプルにそう感じていた。心が沸き踊る古き良きカートゥーンを見たそれに近いかもしれない。異常事態に、常識とか科学的論拠ではなく、見た感想を、というそれだった。
傍目に、クールぶった大人がジワジワしたニヤニヤを浮かべるそれを、マリーは流石に壊れたかとお気の毒放置を決め込むことにしたそのとき、
「――これで証明できましたか?」
「――ああ。……すごいな? ……」
アンジェが、手首に通したリングに手を置き重ねながら問うそれを、ノーカは、別段そうでもない風にいつもの顔で。
「……それだけなのですか?」
アンジェは呆れているのか感心しているのか、ほんの少し目を細めた顔で、周囲の人間が自身に恐れ
そして、嘘偽りなく“ちょっとしたエンタメ”程度にしか見ていないという変わった夫に、今度は微妙なものを見る目を向けた。それに気付いたノーカは、なら他の感想を見い出してみようかと改めてその超常の力を持つ休日の普段着姿であるアンジェを上下に見回し……その胸と尻の起伏が……何故だか最近酷く魅力的で困ることを再認識する。
まいった、最近彼女がとても性的に魅力的に見えてしまう。そこで妻の視線がまたひどく冷たげだということに気付き、
「……綺麗だぞ?」
真面目に、本気で目が窄まったので。
「……ああ。ああ、そうだな……、アンジェはその……天使で間違いないのか?」
カルトではなく本物の。ファンタジー生物のアレかと。
気を取り直して。
神とか悪魔とか、そういう神話的それがあれなのかと――。
出来る限り気を取り直して。アンジェの事を鑑み、これまでの彼女の振る舞いから別に悪戯で人を殺そうとか考えてるわけじゃないだろうと思いながら、また上下の視線移動の最中胸と尻で時々止まる。あまり懲りてないなとアンジェはそれをまた無表情に見つつ、だがその質疑に対しては誠実に、
「――いいえ。私はその権限をはく奪された個体――この世界の古い宗教上の定義で云う堕天使になるのでしょうか?」
? と首を傾げ、
「……知らんが。……天使じゃないのか?」
一先ず、このド田舎どころか宇宙時代に似合わない女性であることだけはノーカも理解できたノーカだが。
「はい。何分不具合が認められましたので」
「――不具合? ……体調でも悪いのか?」
そこで即やんわり額に手を当て甲斐甲斐しく心配する。それをアンジェはぞんざいに翼で押し退け手で前髪を整え、
「……いえ。我々、神、天使と呼ばれる存在は――」
話し始めるが、しかし心配を止めようとせず跳ね除けられた手を再び額に充て、その他、眼球運動や首筋で脈を取り念入りに、やはりと、
「ドクターに診察させるか」
唐突にアンジェをお姫様抱っこし運ぼうとするそれを、アンジェもまた問答無用で腕の中から即飛び降り拒否し、不思議と恥かしげに見える無表情で猛烈に抗議した。
さっきから、超宇宙科学を越えた超危険謎生物と重大な命の危険を招きかねない現状で、平然と会話するどころか自然にイチャついてるノーカに、“こいつまともじゃねえ”とそこにいる軍人全員に艦隊も艦内からカメラ越しに見ているが。
やはりノーカが自分の妻として世話を焼こうとするので、アンジェはもうその精神性は捨て置くとでもいうよう淡白な視線を横目に伏せ、叱るよう一瞥し――夫が若干シュンとしたその後、近所の奥様から教わった仕草で、ちょんとノーカの袖を抓み小首を傾げた無表情上目遣いで覗き込み、なし崩しにさせてから。
その場にいる全員に語り聞かせるよう、気を取り直して声を響かせる。
「我々、神、天使と呼ばれる存在は――
肉体の超越、即ち種の限界と命の垣根を越え、
精神の超越――心理、論理を越えた先の真理を得て、
世界の超越――理を越え、それを支配するに至った。
……あるいは最初からその域に立っていたモノとなります。ですが私はその内の真理に支障をきたしていました。……私はこれまで数多くの世界を、種族を、可能性を選り分け切り捨ててまいりましたが、本当にこれで良かったのかと鑑みてしまったのです。それを見かねた上位存在から、今はその権限を一時凍結し、今一度精神の超越を果たすようにとお暇と御役目を頂いております」
正直、そのイカレタ夫婦関係の方が気になる軍人たちだが。
逆に真面目に話を聞いているノーカは、
「……つまり休職中ということでいいのか?」
単なる妄想にしか聞こえない部分を捨て置き、ようするに『この仕事、間違ってないかな?』と、職場とそれが持つ役割に疑問を覚えてしまい、その態度を見咎められ処分を受けている、と意訳した。
それにアンジェは、何も恥じ入ることは無いのか堂々と、
「はい。なのでご安心ください――今の私には世界を滅ぼす力も権限も何もない、貴方の妻であるアンジェです。なのであちらの方々は、安心して退去して頂く事が賢明な判断かと思われます」
カーテンシー、というのだろうか? 改まった自己紹介のよう、背中の翼を軽く広げ、それから折り畳み、また改まった一礼を誰にともなく向け、
「……ご理解頂けましたか?」
ノーカは、やはり、理解の範疇を越えたそれはさておき、これからも彼女が傍に居てくれるであろうことに安堵した。
そして彼女に一歩歩み寄り、その無表情な顔を覗き込んで、
「……とりあえず、ここで暮らしている内は宇宙とか民族とかを滅ぼす仕事を再開することはない、ということだな?」
「――その通りです」
――ならよし。とノーカは一人納得げに頷きキース達に振り返りそして、
「一先ず大丈夫そうだぞ?」
そういう問題か? と思いつつ。マリーやキースを始めその部下達も、アンジェの言葉を自分たちなりに推考し、どこどなくホッとした気配が漂った。
「――役目に当たっている他の天使についてはそうではありませんが」
また、アンジェを危険物を見る目で胡乱に見だした。
……わざとじゃない、怒るな。
とノーカは冷静になるよう彼らにジェスチャーで伝えると、お前話ははちゃんと最後まで聞け! とキースとそして背後のエアスポーツを止めた部隊員全員から目で猛烈な抗議を受け、渋々遺憾ながらアンジェに向き直り、
「……他にも居るのか?」
「はい。ですが彼らも出来得る限りの可能性の模索をしておりますので、いきなりこの宇宙全てを消去するのではなく、各文明や人種に、対話や介入を始め部分的かつ限定的な対処の筈です」
「……なら、キース達が確認した天使――銀河の消滅、宇宙人類の殲滅は、アンジェじゃなくその仲間たちがやったのか……」
「おそらくその筈です」
と、そこでノーカはアンジェはまだ実行犯じゃないことをキースらに目で念押しするが、同じ組織の構成員だろ? と猛烈な口パクとハンドサインで訴えられた。どうも彼女に対する審議はまだ継続中らしいと――他に何か彼女のこの宇宙における法的な罪を問われない為の何かは無いかと思案した。
そして、そこでノーカはある疑問に気付く。
「……そもそもなぜ、その神やら現役の天使やらは、この宇宙を滅ぼそうとしているんだ?」
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