第36話 ――天使。

「隊長! 落ち着いて下さい!」

「相手はあの怪獣教官を撃墜するほどの紳士です! むしろそちら方こそを賞賛すべきかと!」

「はぁ、はぁ、はぁ……確かに、その通りだ……」

「……まあとにかく」

 部下に散々慰められ、そして彼が立ち直り、立ち上がった中。

ノーカはアンジェを生物的特徴でその兵器かどうか判断するのを諦めた。

 あとはもう、精々そのカルトに確かに所属していたという何らかの痕跡、物証や記録くらいだが、アンジェは全裸で宇宙から落下しそれ以前の持ち物から経歴まで何一つとして持ち合わせていない――というこの時点でかなり怪しいのだが、証拠不十分なのだからどうしようもない。

 となると、カルトに所属していたらしい精神性、危険思想の持ち主か否かしかもう判断材料が無いと思うノーカだが、彼女のこれまでの暮らしぶりを振り返り、

「……普通に田舎暮らししてるんだが?」


 ノーカは、自宅周りの青々とした畑を面々に親指で指す。

 そこにあるのは色鮮やかな作物の赤、黄色、白、紫と、更にはその背景にある緑が生い茂る自然の雑多で豊かな花々である。

 森と山々、そして見渡す限りの雄大な原野を歩き――

 その中で自ら耕し育て上げた収穫物を無表情で整理し、働き、働き、働き、汗水たらし働き――ゴミ掃除で地域貢献し、地元の奥様達と馴染み優雅にお茶をして。

 と、ここに来てから彼女は、食べて寝て仕事して、家事をして趣味をして、そして夜を夫となった男と毎晩のようベッドで全裸で付き合う日々だ。

 そんな彼女の生活態度、そして素行はもう、いっそ健全過ぎるだろう。

 もちろん危険なカルトの布教――世界がどうの宇宙がどうの真理がどうのと怪しい啓蒙活動をしたことや、ご近所さん相手に怪し気な商品を勧める不穏当な啓発セミナーを開いたことなども一度もない。

 それどころか、田舎のご婦人達が彼女に各々の趣味を布教している有り様である。お茶に始まりエロかっこいい服と下着、時間を掛けず工夫を惜しまない美味い料理から――夫を獣にする手段、男の鳴き声を聞く方法、心と体のマウントポジション、バブらせ、調教、などとむしろ田舎女が彼女をアグレッシブよこしまな教えに染めているすらある。

 これはもうカルトな終末的破滅的それとは――真逆の健全であろう。しかしキースは首を横に振り、

「そいつらはまず対象の宇宙文明に潜入して、そこの文化形態や文明レベル、住民性なんかを確認して、それから自分の思想に合わないそれらを根絶してやがるんだよ」

「――なるほど?」

 擬態しての潜入調査である、というそれに思い当たる節が無いわけではない。

 ノーカも、そういえばやたらと個人の価値観や生活観などを聞きたがっている様子があったと思う。他にもこの田舎生活なども何かにつけ聞き齧っていた。

 あれは彼女自身の好奇心というより、その殲滅の条件を満たすかどうかの観察であったのだろうか?

 しかし、ノーカは再度自分の自宅周辺、ひいては周辺宙域、星系を背景に見つめて、

「……この自然しかないド田舎を……調査して、何を判断するんだ?」

 やはり、見る限り畑――土。

 近くに草原、森に山のその向こうの大草原……もっと遠くに行けば海も砂漠もジャングルもあるが、それ以外何もない。あるのは田舎の人付き合いと収穫時の物々交換くらいだろうか?

 その人の数とて現宇宙で確認されている総数の1%以下から0が一体幾つ並ぶのだろうかというレベルだ。世界の為に滅ぼすべき宇宙文明の調査にしては、ここで本当に合っているのかと問い質したくなる程に――文明文化の『ぶ』の字もくそも無い。

 ずいぶんな端っぱ部分を見に来たなとしか思えない。

 確かに非宇宙文明と比べれば技術的には高水準だが、ここが現宇宙文明圏に棲む人類の標準値かと言われたら絶対に違う――

「知るかそんなこと!」

 ――の、だがと。

 自身より遥かにまともな学歴と学識、見識、何よりこの案件に先に関わりを持つキースにノーカは訊ねたのだが、返ってきたヤケクソに、 

「……まさか、そのカルトの基準もなにも分かっていないのか?」

 キースのその様子を見て、ノーカは質問の方向性を変えた。その無自覚に期待外れという態度にキースは猛烈な歯軋りをした。

 落ち着け、落ち着けと。目の前にいるバカのこのクソ生意気な反論はムカつくことに間違っていない――部下たちの手前またここでコントを曝すわけにはいかないと。

 ノーカの言うことは、カルトは思想に殉じた行動をしているのだから、それに則した合否の線引きもあるだろうという、至極まともな意味合いである。

 つまり、仮に自分の隣にいる人物がカルトなら、ここに来た理由も必ずあるんだろう? ということだ。言った本人は気付いていない様子だが、その理由があるのなら、なぜこの暢気に暮らす気しかないこの田舎を殲滅していないのかという謎も包括している。

 それは、人類とそれが営む文明社会を殲滅することが何故、世界の救済なんてものになるのか、その主張の核たる内容だろう。そしてそれは今、彼らの本拠地と並び軍情報部が血眼で調査している部分でもある。

 キースは、そのノーカが時折り見せる直感、馬鹿丸出しに見えて、要点だけは押さえる才能染みたそこだけは悪くはないと思っていた。

 そこで、それはまだ部外秘であるが、その漏れても差し障りのない情報を整理し、


「……判明している部分だけだが、


 一、精神干渉に類する技術、または超能力を持つ人種が繁栄している。

 二、あるいは高度な未来予測、もしくは予知を可能とするそれを持つ。

 三、戦争を長期に渡って継続している。

 四、自殺者が一〇〇年通して右肩上がりの増加傾向にある。


 ――滅ぼされた文明、人種には共通してこのどれかしらが当てはまる」


 それを聞いてノーカは、一と二は個か種族かはさておきその宇宙人類が持つ力、三と四は、文明もしくは生物としての傾向という意味で同じ括りになるだろうと分類するが、しかしそれら全てに共通する事柄は無いように思う。

 それぞれを細分化し鑑みれば、一と二は、概ね健常な人生を送るのに苦労する人種だと思われる。三は、カルトが滅ぼさなくとも人の数も文明も壊し文化は衰退するだけだ。ノーカがいるこの田舎はまだ平和な部類だが――所属する文明圏としては三にあたる。四は、やはり手を下さずともよいが確実性という面で実行に移す価値はあるだろう。

 それらを包括した印象は、その自称神は、そこに棲む人間が自分達の未来に絶望し自殺するその幇助でもしているのかというところだが、

「……聞く限りそいつらが勝手に自滅した可能性の方が大きそうなんだが」 

「それは俺も思ったよ、手段として武力行使するまでも無い。自らの手で滅ぼす、という思想的手段にも適合していないと思う。だがこれが徹底的に消滅させられてんだよ」

「――消滅?」

「ああ。単なる破壊ならともかく。そこにある筈の質量、エネルギー、星の欠片ぐらい見つかるはずのそれがまるっとそれがあったそこから消えてやがる。……まるでこの宇宙からすっぽり消えてなくなったみたいにな」


 単純な破壊ならその後のゴミ、ガス星雲や瓦礫がそこに散らばっているか漂流物としてどこかに流れ着いている筈で。惑星、星系、その銀河が消失した時間から近辺の宇宙潮流と、そこに漂う文明ゴミ、資源ゴミの質を調べればすぐにそれがどこの何それかが分かる。

「……それは、本当か?」

「ああ。……そこにある物質――物資が消えているなら、思想犯に見せかけた営利、略奪の犯行か? って話なんだが」

「なら、そのカルト集団の実態や本拠地、根拠地は?」

「……それなんだよ、それが見つからねえんだ。……ある日突然銀河や星域が消滅して、それだけで。だからそこにあった物質――物資が移動した何らかの形跡も、どこかに出回ったこともねえんだ。――ありえねえだろ? なら資源を保持しとく絶対デカい拠点が本拠地がある筈なんだが、まるで見つからねえ」

 犯行の末に惑星や星系を資源として確保したなら、それを持ち去り保持できる場所と規模が必要となる。だが、星系から最大銀河規模のそれが見つからない筈がない――各種経路、市場に流れたとしたら膨大な量になるのだ。仮にどこかの国がそれを隠匿しているにしても、それまでの間に誰かしら何らかの目に引っ掛かるはずだった。

 キースの言う通り、仮にそれを必要としていないというのなら、思想犯に見せかけた営利的行為――ではない可能性が高くなる。

 下手をすると、本当に人とその文明を消す・・ということだけに終始している狂気的可能性だ。でなければ、彼が言った通り、殲滅した文明、否、星系や銀河がその質量とエネルギーごとまるごとどこへ行ったのか――

 仮に、それを可能とするのなら、一体どれだけの、どのような力になるのか――

 キースが一息、肩を落とす姿を見る。

 本当に、何の痕跡も見つからないのだろう。

 流石に、それは異常だとノーカは思った。カルト集団の存在さいなければ、時代錯誤だがオカルトや都市伝説といった類として噂されただろう。

 ある日突然銀河が、そこに存在した人々が、文明が消える。

 光学的にでも、それが空間技術の何かしらでも、たとえブラックホールに呑み込ませようとそれまでに何らかの痕跡を残すものである。それなのに、一天体どころか銀河規模の隠匿を行うなんて現行宇宙文明最先端のそれですら不可能である。

 だが、もしその可能性があるとしたら、

「……未遭遇の別の宇宙文明の何か――そのとんでもない漂流物か技術に、カルト団体が遭遇して利用してるのか? ……それこそ天文学的数字になるか。仮にそうだったとしても――資源目的じゃないとしたら……」

「カルトな神様の奇跡を信じさせる手段か? ……けどよぉそのカルト、教え・・を布教をしている様子もまるでねえんだよ。……仮にも宗教が信仰も銭も集めもしないなんてあり得ねえんだが……ああっもう……っ! ……ふざけた実行力持ったカルトが目立たねえはずねえんだがなあ……」

「――そうなのか?」

「そうだよ。真っ当な宗教なら――今はそれが創作物かどうかはさておき、それを原典、神話を教材として、教義を精神学や哲学、人間学なんかに分解し修めた――生活学の集大成だぞ? 礼拝や祝詞、祈りの文言なんかも、心を落ち着かせる手段、落ち着かせた脳の状態を意図的に引き出す為の反復動作として取り入れてる程度だ。その祈りのむこう側に神様がいるからとか、届くと信じているから、なんて方便的なことも今は全く言わねえんだ。……そこで神の裁きを実力行使する連中が何かをしようもんならどう足掻いても目立たねえわけがねえだろうがよ」

「……なるほど。よくわかった」

「まあ、そこらの銀河を軽々と飛び越える時代――その神秘性は格段に薄れてるわよね?」

 若干首を傾げる犬顔をしているノーカに対し、マリーはフォローするよう要するに今の宗教はほぼ歴史的カウンセラー兼メンタルトレーナーなのであると理解してみせ、キースは犬に対する溜飲を下げた。

「――そう。だから特に神の起こす奇跡を、その背景にある精神性の尊さを通さずに説くようなことはしなくなった。……本当に残っている宗教的価値観やそれに基づく儀式的行為なんてもう冠婚葬祭と収穫祭、季節ごとの祭りやその取り仕切りくらいな挙句、それももう実質完全にエンターテイメント化されてる。……宗教家として張り切ってるんじゃなく、そのときはただの主催者業イベンターだよ」

 散々な物言いだが、事実として『神は実在している』などと言えば逆に彼ら宗教家から笑って『いけません、それは大変困難な道ですよ?』と諭すような状況に宗教はある。

「アンタって似合わないのにたまに学識的アカデミックよね」

「殺すぞ脳筋四十路秒読み、0.5――いや0.1秒くらいか?」

 同じ高学歴なれど、宗教にまではその造詣を伸ばしていないマリーが知る由もない見識への素直な評価に、またキースがイライラしているが。

 しかし、根本的なところでとノーカは思い、

「……だが要するに、重要なところは何も分っていないということか?」


 働き盛りの中年の肩が震えた。

 その様子に、立ち話でこれだけの長話をして? と、ノーカが言外に部分的柔軟体操ストレッチで自分の腰とアキレス腱を無自覚に伸ばし、アピールしながらのそれに、

「……ああそうだよ! 横道それたり長話して悪かったな! でも話が逸れたのは大体お前らの所為だからな!? ――だからそれっぽいのを見つけたから一先ず最大限の警戒をして出動、本物だったら確保して尋問か拷問でその所在を吐かせようとしてたわけだよ!」

 プンスカ怒る中年メタボリック三十代であるが、言われた通りカルトの本拠地、人類殲滅行為の判断基準、その思想の根幹、更にはアンジェが本当にその天使であるかまで確証は無かったわけである。

「――マジで!? 信じらんないわ!」

「――だからそうだよ悪かったな?! そこの脳筋ほぼ四十歳が送ってきた頭涌いてる動画になんかすんげえ似てるやつが映ってたから念の為に確認しに来ただけだよ! その異常な生物兵器の能力を想定して動かせる軍全軍動かしてなあ?!

 ……動画見て市民権調べたら経歴不詳の記憶喪失でクッソ怪しいし、あれ? 当たりじゃね? ってお前マジで結婚してるし……。はは、ってなったわ。ははッ……このままじゃ派手におまえの結婚祝福して終わりだぜ?」

 乾いた笑いが彼の心の傷と、ミスしたもうどうにもならない仕事を物語っているようで怖かった。

「ハハハッ、笑えねえ……」

 顔が、目が、笑みが壊れている。

「あれ、やばいわよ? ……ちょっとくらい協力してやったら?」

「どうやってだ」

キースは悲壮感漂わせながらしかし壊れた人形のよう部下たちに手で指示を出し自身諸共、降下部隊を撤収させ始める。

 その隊員ですら小声で何かを呟き続ける彼の事を不憫気に見つめ、そしてノーカに何かフォローして欲しいとチラチラと視線を送って来る。

「神なんて居ねえ……神なんて居るわけねえよ……どうしよ、どうしよ……これだけの規模の部隊動かして空振りって……下手すりゃ降格どころじゃねえよ……マジどうするよ……神なんて居たらこんだけ働いてる俺様のところにマジ真っ先に降りて来るよ……」

「……。……だそうだがアンジェ、神は実在するのか?」

「――はい。神は実在します。しかしそれはこの宇宙における宗教上の概念それではなく、多元世界全てを存続するための一つのシステムであり、多数存在するそれらの一個体、いわば管理人に当たる存在となります」

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