第35話 彼の不穏と、彼女の不穏と、

「……そんなものは存在しない」

 懐かしい経歴を、そのかつての仲間から聞かされ、少し昔を思い出すが、ノーカは、それを否定する。

 そしてその最中、キースから視線だけでその手首――袖で隠した腕輪の端末から手を放せと指示され、仕方なしに罠の起動をやめた。

 ただの会話、気を使う必要が無い相手とのそれで上官の指揮を離れ発砲する様な兵士は要らんだろうと、少しだけ痛い目を見せようとしたのだが。

 キースが、部下を止めた瞬間、両者が自身から意識を外すであろうそのときを狙ったのだが、しかし元同僚の視線はノーカから外れず、現役の観察力はやはり鈍っていなかった。

 そこで彼の上官としての顔を立て、彼の部下を一度だけ見逃すことにした。

 大艦隊に囲まれた状況、その狂人染みた精神に、しかしやはり手首の端末から指先を放さないノーカに、キースはまだ彼の中身が全く兵士を引退していない事実に冷や汗を掻きながら、溜息を一つ吐き、

「テメエ、まだその言い分通してんのかよ」

「承認された指令書も無しに作戦行動を取らせる部署は事実ないだろう」

 そういう体制で仕事を行う非合法部隊、とも言えなくもないが。結局のところただの人殺しの集まりだとノーカは自覚している。

 軍内部の噂、都市伝説のような話になっていたが、どこの上層部の認可、指示でも動いていない――つまり軍という組織の後ろ盾、支援もないそれは、いわゆる非合法活動員ですらなかった。

 その殺害対象は、真っ当な処分が下されない軍関係者――重犯罪を犯した軍人や、非道な兵器開発企業などで、それらを始末し、軍とその関係各所の正常化が目的だった。その手口が、死んだ人間の身分証を使っての潜入工作、それによる抹殺や破壊活動だ。後日、その周辺には既に抹消された軍籍――死体のそれがちらほら確認される為、『動く屍リビングデッド』や『幽霊ゴースト』などと軍内部で呼ばれるようになったが。

 本来、本当に名前すら存在しない、単なる殺人集団だ。

 それを、いやに誇らしげにキースは、

「しかしまあもう十年、いや、二十年近く前だったかぁ? あの頃は腐敗が特にひどくてよぉ、それを俺らが処分して……その中でもテメエが一番のキレてやがって、人を殺すってのに悪意も殺意も善意も無く……人間辞めてやがったんだよなぁ?」

「知らんな」

 鼻に付くからと処分していただけだと、ノーカは無駄にへらへらとした口調を一蹴する。

 確かに、この人を殺しても気に病まない精神性と技能を買われてのことだが、それもそれ目当てに先任の殺処分の現場に巻き込まれ、その場でその人員として組み込まれただけである。

 決して善意や義憤に駆られたのではない……だが、同じ軍にそんな不穏分子が居ると迷惑だという点には共感し協力していた。そんな奴らが身内に居たらおちおち寝ていられなかった為、暗殺に異論は無かった。タガを外した軍人を野放しで抱えていればいずれ自軍は破滅する、おかげでそういう輩を処分した日は深く眠れた、ある意味その為にやっていたとも云えるが。

 キースも巻き込まれた口で、彼は電子戦での支援を担当し、ケリーは作戦立案と現場指揮、マリーとノーカがそれぞれ戦場でそれを実行していた。クライウッドは処分の対象それ自体を選定し、部隊で死体・・を運ぶ際、その処分場を手配する役割だ。

 生きる為に、邪魔なものは排除する。

 やるかやられるかなら、やる方を選ぶ。それが誰であろうと。

 そう選択し、そう行動した。

 違和感なく、依然と同じ思いが渦巻くノーカの――変わらないその表情を見て、キースは鬱陶しげに頬を歪める。

「――、……まあその経験を買われて、俺様もこの新しい特殊制圧部隊に召集されたわけなんだがよぉ……、――今遂行中の任務がそいつの確保――もしくは処分ってわけなんだがよぉ……それが元チームの嫁さんとはなあ……」

 気を遣っているのか、既に慙愧ざんきの念でも持っているのか。

 声だけで笑いながら務めて表情を変えないキース、怜悧にも煮え切らないその視線に促されるよう、ノーカは隣のアンジェに振り向いた。もはや自分の一部となりつつあると認識しているそれを――これから、どうするのかと。

 自身に、そして、周囲を取り囲んだ軍に問おうとはせず。

 いつものよう何でもない様子で、

「理由は?」

 キースはやはり怜悧な視線を向け、

「……ああ。最近宇宙のあちこちに、『神』を自称するカルトな宗教団体の教主様が、『天使』を名乗る生物兵器を送り込んでその銀河を消滅して回ってるんだよ」



「世界の救済としてこの宇宙に存在する知的生命体とそれが創り出した文化や文明を滅ぼすとか言いやがってな。……もう既に幾つもの星域、銀河との連絡が途絶し、その瞬間が記録されてやがる……」

 軽く肩を竦めながら、キースはあたかも頭が煮え切った様子で生え際が後退し薄くなった頭髪をごりごりと掻いた。

 なるほど面倒な手合いだと、おかしな宗教団体とは何度か軍時代に当たったがためノーカにも分からないでもなかった。少し変わった生活観を推奨する程度ならともかく、狂気のそれは特に厄介だ――

 ノーカが出会った団体だけでも、人間をその場で核爆弾に変える電波や、人を液体素子に変換し巨大な仮想新世界を作り出す計画やら、生きた人間の体と記憶をナノマシンで上書きして疑似的に生まれ変わる自称・旧人類派など、どれも正気とは思えないものばかりだったが。そこで扱う思想から武器まで、その多くが常軌を逸している。

 武力的実行力を持つカルト宗教は警察機構レベルでは手に負えず、それでも一応一般人なので対応に困るのだ。明確な犯罪者と認定されていない、思想の自由、非認可の科学実験では、制圧時に生死問わずではなく、人権やら人道やらからできるなら殺すなという指示の元、更生の道を要求されるのである。

 ただ、そこで生まれた生物兵器――などにはそれも当てはまらない。よほど有益であれば接収され、再利用などもされるが。

「……その天使とやらの特徴は?」

 その、狂気のカルト集団――アンジェがその兵員、いや生物兵器であるというが。

 これをどう扱うつもりなのかと。

 証拠はあるのかと。

 巧妙に、ノーカの立ち位置を曖昧にしたままの質疑に、キースは頬を歪め警戒心を引き上げつつそれを話す。 

「……物理法則ガン無視した肉体強度で、一個体単独でのワープ能力と重力、空間、時間兵器、軍最新のそれを上回る能力を所持してやがるとんでもねえ生物兵器だよ。嘘でも誇張でもなくそいつ一個で銀河一つ一瞬で滅ぼせる。――見た目は背中にそういう・・・・綺麗な翼を生やして、頭の上に光る輪っかを乗せてる」

 そこまで聞いて、ノーカはゆっくりアンジェに振り返る。

「……確かに羽は生えているが」

 だがそこではなく、微妙に、心当たりがある。

 大気圏外から落下してほぼほぼ無傷だとか、宇宙害獣を素手でミンチより細かく吹き飛ばしたり、重力を無視して飛んだり、ワープその他の超能力は未確認だが。

 かなり、それっぽい、ノーカとしてもその感想を抱く。

 しかし、自分とこの田舎で農作業をしながらのんびりクリエイティブに生きているその生態は、破壊活動とは真逆に思える。

 何より、飛んで、落ちて、殴る蹴るで銀河を消滅可能とは思えない――が。もしかしたらその能力を田舎暮らしで使う場面が無かっただけかもしれないが。

 頭頂部。

「……光る輪っかが無いんだが?」

「私にそのようなものは存在していませんが?」

 お前、そんなのどっかに隠し持っているのか? というそれへの妻からの返答に、ノーカはふんぞり返って元同僚を蔑むように、

「――だそうだが?」

「おいそれ! 容疑者の証言だぞ!?」

 まあ確かにと。

 ならと、そこでその場で念入りに、ノーカは手品の種を確認するようその手で自らアンジェの頭頂部で右、左、縦、横、斜めと、手の平で何かをどかすよう横切るように動かした。どうも光学迷彩で隠蔽されている様子ではない。

 なら下かと、アンジェのその白金プラチナの長髪、その頭皮を指先で毛根までじっくり観察する。……そこに何かが埋没しているような感じはない。

 立体映像的に、何かを形作りそうな器官も無い。

 だが、その程度の事でばれる様な隠し方はしないだろうと、

「……一先ず光る輪については置いておくか」

「ああもうそれでいいよそれで」

 その件に関しては両者ともに納得するが、キースは酷くウンザリしていた。

 ただ、そこまでされたことがやや不快であったのか、アンジェは不機嫌気な無表情でノーカの手を翼で横に除け体ごとやや距離を置いた。確かに悪いことをしたなとノーカは機嫌を窺うようそろそろとその距離を詰め、侘びるよう丁寧に乱れた髪を手の平で撫で梳き整え――どことなく念入りな他意、許しを請うような、寝室に誘うようなその優しい手つきにアンジェは翼でそっとその肩を、自身の方へと手繰り寄せた。

 そこでさりげなくお互いの腰に手を回し合い、

「……その生物兵器の遺伝子データはないのか?」

「――イチャついてんじゃねえよ!? ねえよ! 反応弾どころか陽子、反陽子砲に反物質兵器、挙句に空間兵器も超重力兵器もでも傷一つつかない頭おかしいファンタジー生物だぞ?!」

 この程度、イチャついた内にもはや入らないレベルなので無視する。

 そして、他にその決定的な証明手段は無いかと思ったのだが、

「……空想上の生物ファンタジーか」

 戦略兵器が通用しないのではそんな言い方をされてもおかしくないかとノーカは思う中、ついでに、自分の妻、というところが特に? と脳内で俯瞰したが、目の前の男にはこれも刺さりそうなので思うだけにした。

「――居もしないアンタの想像上の女かしら?」

 言わなかったのに何故とノーカは目でマリーに抗議するが、時すでに遅く、

「テメエだって未だ独身の彼氏無しじゃねえか!? しかももう四十路秒読み0.1秒ぐらいのくせに!」

「――んふふ?」

 意味深な笑みに、キースは、

「……オイ、その反応まさか」

「出来たわよ? 年上の渋くてロマンチストで高学歴で情熱的で素敵なおじさま♪がね? しかもあっちからのプロポーズ」

「――嘘だろう?! なあ嘘だろう?!」

 激しく狼狽える中、事実確認――いや、むしろそれを否定して欲しいと懇願する様な眼に、ノーカは何も言えず一度目を横に反らした。が、どうせ時間の問題だと、

「……ああ。本当だ。そうだな……映画のような? 立派な告白を受けていた。正装で大きな花束を差し出して、自分達では想像すらしないような詩的な謳い文句で堂々と口説いていた。……そのままデートに出掛けて、そしてその日――朝まで帰って来なかったな」

 ひゅ、と冷たい風が彼の喉に吹き込む音がした。

 次の瞬間、彼の胸の中で何かが確実にばくはつした。

 衝撃波と、熱波と、何かの残骸のようなそれらが吹き荒れ脳という世界を薙ぎ倒しているのは確かだった。

 そこへマリーがここぞとばかりにニヤニヤと、

「――これでお一人様はアンタだけね?」

 キースに壮絶に悪い笑みで、いや、とても良い笑顔で。

 いつ貰ったのか、懐から銀の指輪を取り出し左手薬指に填めてみせた。まさか当日の即日でそんなものまで渡していたとは、それをやってのけるラゴンにある種の尊敬の念をノーカが抱く中、

「……う、うわあああああぁぁぁぁぁ――ァァっ!?」

 キースが物凄い形相で腰の銃を遂に引き抜くも、それを部下たちに後ろから飛び掛かられ、無情にも取り押さえられた。

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