第20話 新婚生活⑦ 夫婦の常識とは。
午前の半ばから開始されたジャンク品の修繕は、一時中断し。
昼休憩、自宅のキッチンでテーブルを囲み男一人が見守る中、女二人がテーブルの対岸で仲良く並び、朗らかに会話をしている。
「――だから、隕石には希少な金属類も混じっていることもあれば毒も在って薬にもならない岩塊の場合もあるんだよ? で、それを分別して単なる土の場合は処分場で殺菌して、適合する各惑星の土壌に入れる――ほら、宇宙を渡航するとき、惑星内で循環している各資源を運び出すでしょう? そうでなくともその惑星で作った商品を惑星外に持ちだして売るなら、必ずその補填が必要だしね」
「なるほど、あれはそういった事業だったのですね?」
「そうそう――何気に大変なんだよ? ていうのもね? ……」
……それはバイト社員(非正規)が新入社員(正規雇用)にマウントを取り講釈を垂れるというありがちな光景だが。
ノーカは食事中という名目でそれを半ば聞き流していた。
内容に誤りがあれば訂正するつもりだがバイト社員は優秀で、自身より学習力も意欲もあり、基礎学力という意味ではノーカを遥かに凌いでいる。
決して、今は藪を下手に突きかねないからではない。
彼女が小さい頃から十年近くも間近で過ごし合った間柄は、それなりの厚みにもなる。それはもう恋も愛も無くとも、お互い少々の“合わない”程度でなくなるものではない関係だ。
ただのレナはレナで。ノーカはノーカだ。
これまで通りに接する以上のそれが無い中で、約束通り、女として扱うというのは、マナー以外でどうすればいいのかと少々その扱いに困る程度だ。
女として接するということは、逆に、一人の女性として、節度ある距離を保つべきだろうかと悩みもする。
子供が大人の階段を上る度、子供は大人への態度を改め、周りの大人も接し方を変えていくそれと変わらない――ノーカが今悩むそこを、既にレナは務めてこなそうという、精神的にはもう自分を越えた大人である彼女を意識すると、なんとも、自分がどれだけ不格好な大人なのかと感じはしていた。
それを素直に言葉にするなら、ちょっとだけ寂しい、であるノーカは、食卓を挟んでレナを見る。
彼女は、見た目年上の同じ雌を相手に無邪気に絡んでいる、その姿は、楽しそうだ。
表面上、立場としてアンジェはレナの恋敵だが。
実情の立場、野良犬傘下の群れの末端――自分と同等の女ではない、敵じゃないと見ているのか。
本当にそうか、我慢をしていないか。
だがウンチクとした講義を垂れるその姿は、どことなく、年下の後発に取る健全な態度に見える。レナはこの星系内では唯一の若手らしい若手で、歳の近いそれがおらず、他は四十五十は鼻垂れ小僧というタイプの若手しかいない中、もっとも歳が近い同性、それも真っ当に面倒を見れる相手というのはやはり希少な縁なのだろうが。
他人との出会いこそ、この年頃の少女がこのド田舎で最も餓えるものかもしれないと思っていた。
と、
「――だよねノーカさん!」
話題を振られ、ノーカは脳内の議事録をうろ覚えに遡り、さらには自身の脳内教科書を参照して、
「……ああ。輸出入をする際――それが宇宙規模になって生まれた問題だな。惑星規模でも存在していたが、資源の移動がその中に納まっている内は問題なかった。……そこで生命の生まれる可能性のない、資源採取用のそれと、居住用の惑星を分ける様になって、誰のものでもない惑星や隕石に対する所有権それらの管理法が制定された。……もっとも、そう
早くても年に一度、普通は五年か十年に一度。輸出入申請のあった、資源を持ち出した土地に散布する。惑星環境に影響を与えない範囲に収まっている内はそれほど大々的にやらなくていい、が、まとまった量になると大変なので必ず月一度は補充をした方がよいとされている。
最悪、これを放っておくと土壌問題どころかいずれは生命の枯渇や惑星重量の変化からの地軸の歪み、自転公転にも影響する。真っ当な人間が棲んでいる星でそこまで行くのは稀だが。
そして、とノーカは繋げ、
「……そんな規定があるからこそ、各国が合法的に自国の資源を増やそうと、新たな宙域の探索や、銀河間に存在する光の届かない暗黒宙域の調査を今も行っていて、その傍ら、それを破っての密猟、海賊行為や採掘行為、私掠、私奪……戦争も横行しているんだがな……これが中々解決しない」
ノーカは思い出す、それこそ海賊とはただの兵士として何度も相対し、場合によってはそれに偽装した非合法の正規軍とも戦端を開いたことを。
ノーカの部隊の性質上、後者の方が圧倒的に多かったのだが、
「この辺りにもたまーにやって来るんだよね、そういうの。ま、そういう時はノーカさん他大人が出張って撃退してくれるんだけど」
「ああ。……最近は静かだがな……」
そこは多分、ここを襲っても利益が無い、割に合わないと周知されたのだろうとノーカは判断している。
何分、政府が運営を投げ出し民間企業に事業として委託された程の、単に田舎というだけではないそれなりの不都合があるのだ。
普通なら資源、観光、居住まで可能な星系なんて賊の格好の餌食だが。
企業と提携した民間軍事会社や、連絡さえすれば一応上役の政府が軍を派遣される……ただやはり辺境も辺境なので、最寄りの軍の駐屯地などに通報しても来るまでに遅れが出る。そこで自衛的行動は必須だった。
そこでノーカは
結局、交渉は決裂することが多く、単なる賊退治になることが多かったが。決して自分がやり過ぎたからではないとノーカは思う。
ここにやばい狂犬がいるとかそんな風には思われてはいない。利益を求める輩の心を折るには徹底した不利益を敷くしかないのだ。
それを知ってか知らずか、アンジェは無表情ながらもどこか物憂げに、
「……この宇宙は、そんなに狭いのでしょうか……」
「ええ~? そんな真面目に悩むことじゃないってアンジェさん」
世間話に生真面目なアンジェに、レナは思いがけず笑いかけながら、食事中の明るい話題に引き戻そうとする。
一応、二人は夫婦で、その間にお邪魔している体なのだからと。
その体裁を補助する為に、そしてなにより……いい歳した男と女が一つ屋根の下に居て、本当に何も起こっていないのかと、ちょっとワクワクした親切心で、
「あっ……それでノーカさん、アンジェさん――明日はどうするんですか?」
「……明日?」
「……何か、あるのですか?」
「――え?」
レナは、耳を疑った。
そのときノーカの頭にあったのは、明日の仕事の予定、朝市への出荷や畑の手入れに、惑星上に点在する農園付近の害獣対策の見回り。今後それを二人で振り分けるのなら。そしてアンジェに次は何を教えるのか、従業員としての育成方針や自立を視野に入れた活動も今の内に彼女と話し合い見定めた方が良いだろうかと――次の生活
レナは頬を引きつらせ、そこでアンジェを見るが、そこにあるのは自分の主人の動向をただ見守る、天然、従順、清純、そして無頓着な新妻の三つ指をつくような無表情姿勢で――言うに及ばず。
レナは年頃の乙女として額に戦慄の汗を、何より常識人として嫌な予感を胃に感じ、
「……いや、五日六日くらい働いたんでしょ? 偽装……でも仮にも夫婦になって――それらしいことは?」
「それらしいこととは?」
「デートとか」
「ないな」
「ありませんね」
「これまで休みは?」
「ないな」
「まだまだ知らなければいけないことがたくさんありますので」
「――ウチ来て下さい。イイ? コレ命令ダカラネ?」
唐突に病んだ表情でレナは言った。
しかし尚も疑問げな表情を浮かべる偽装夫婦に、しまいにはワナワナと肩を怒らせ愛嬌ある瞳も激震してくるその様子に、ノーカは真面目な顔をして、
「理由を聞かせてくれるか?」
それが逆に逆鱗に触れ、
「いいから! うちのオトンとオカンにごくごく一般的な夫婦の過ごし方を教わりにき来て! ――これ最優先事項なんだからね?!」
トドメを刺したことを理解したノーカは、血相を変えて二人に迫るレナに問答無用で頷かされた。
それからもぷんすか怒るレナに、二人は似た様な顔をして目を合わせ、そして似たような仕草で首を傾げるのだった。
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