第17話 宇宙廃品《ごみ》回収と農業の関係。
「今日は廃品回収に行く」
「廃品、ですか」
例によって朝から午前の畑仕事が終わった後、ノーカはアンジェにそう告げた。
「ああ、この辺りの宇宙潮流――重力や引力、恒星風などの影響で漂う隕石や文明が排出した宇宙ゴミだが――その要所に回収用の網を張ってある」
「どうしてそのようなことを?」
「近辺を行く宇宙船の邪魔になるからな、それと
「……つまり環境事業ですか?」
「いや、そんな高尚なもんじゃない。元は農業だけでは生活費が稼げないときに役場から貰っていた仕事なんだが、ここの入植者の数が足りず、役場の人間だけでは手が回らず、継続して手を貸すならと網の設置と中古販売業の許可をまとめて貰った」
本業で食えない時代のアルバイトである。もっとも、それが足りる様になった今でもしているが。
それで週に一度、恒星系に流れ着く宇宙漂着ゴミを収集して、自分ではどうにもならないものを処分場に送り、利用できるものを修繕し売り物にしているとノーカはアンジェに説明した。
それから二人は、一番大きな格納庫に鎮座する、お魚型の宇宙船に乗り込んだ。
ノーカの手持ち車両の中で最も高出力のエンジンに、積載量も大型の船、貨物船でもある魚の顔、側面のエラ――重力エレベーターの搭乗口を遠隔操作で起動し、ドア型の光柱が二人を捕らえ、フワリと浮き搭乗口に吸い寄せた。
搭乗用のトラクタービームに乗り、中、船内は――正面の狭い十字路を挟んで頭側の運転席に、ノーカはアンジェを伴い入るとさっそく座席に着き、シートベルトを着けると、アンジェが同じようにするのを待ち機関部に点火した。
船体の鳴動に合わせて格納庫の管理ソフトとリンクした制御パネルを開き、巨大格納庫の天井を中央から両開きに開放する。
頭上、青い空が見えた。そこで鋼の大魚はその鱗で重力を歪め、背びれ、尾びれ、腹びれ、それぞれに慣性の力場を展開し、それが水の中のよう船体周囲で幽かに光を屈折させ、ゆらりと宇宙へ泳ぎ出した。
ノーカは、この星系を取り巻く宇宙潮流、その流れが交差するいくつかの要所に向かっていた。
宇宙潮流は、恒星を中心に、自転、公転する惑星、天体同士が持つ重力、引力、斥力――加えて現役の
宇宙に存在する波――この流れを知ることで宇宙航海は効率的に行える。恒星風、重力波、電磁波など、それぞれの波を捕まえられる力場の
ノーカはお魚型の、個人で所有するには大型に類する貨物船の操縦をしながら、更にアンジェに説明する。
「これから漁場に向かう」
「漁場、ですか?」
「潮流に乗ってやって来る、獲物を捕まえやすい場所だな。だから同業者はよく回収ポイントを漁場に喩える」
多くは潮流が合流する辺りで、これを放置すると、下手なビリヤードのよう隕石の玉突き事故であちこちに飛び散り航行の邪魔になる。
そこでゴミの種類ごとに引っ掛かり易い力場を置き、それを排除しながら分別をして有用なゴミのみを回収しているのだ。
ノーカが網に使っているのは、同じくゴミとして流れて来た宇宙船の廃品――それを利用して作った各種力場の網だ。
重力の干渉によって、段階的に大きいゴミ、小さいゴミを。磁力のそれで金属、非金属、または金属の種類ごとの分別を。それぞれ出力を調整し該当のそれのみを自動で分別している。厄介なのは惑星が壊れた際の有機物の残骸……特に遺体などで、その身元の確認の為船内に入れざるを得ないところだった。
「……そろそろだな」
と、宇宙空間、その潮流の交点その寸前あたりから、操縦画面、船体前方の景色の四隅に、ノーカが置いた力場の網が浮いている。
十字の力場発振器に推進器、恒星風で発電する風車を有線で取り付けたそれだ。
網一つに着き四つのそれらで作る、眼に見えない正方形の力場の面に、吸着した隕石、人類が出した文明ゴミが点々と浮かんでいる。
文明ゴミはそのほとんどが宇宙船か宇宙
潮流の上下左右に、堤防のよう並んでいるそれを、正面モニターが船外映像として順次映し出していると、ノーカが設置した網にかかった隕石群に――何かが蠢いているのをアンジェは見つけた。
そこで副操縦席から慣れた様子でノーカに問う。
「……あれは?」
「ああ、例によって宇宙害獣だ」
ノーカもそれに気付いていた。果樹園で遭遇したそれとは別――大きさを比較するならかなりの小型。
1、2m、人と同サイズくらいだろうと判断するそのシルエットは、
「……鳥……いえ、……水棲動物?」
「見た目はそうかもしれないな」
ペンギンぽいそれである。
だが眼球らしい眼球は無く、眼があるべき場所にトゲトゲの睫毛のよう点滅する半透明の黄色の触覚が見える。
それが各種『波』を捉えるレーダーをしている。
基本、宇宙害獣は、高感度のレーダーと反射速度、もしくは防御力に特化した外皮ないしバリアのようなものを多くが備えている。
でないと外敵から身を守れず、満足に宇宙空間を行き来することが出来ず、目的とする何かを発見することが出来ない為だと学者たちは分析している。
純粋に宇宙に適応した生物は、機能として高度な宇宙船とおなじそれを備えているのだ。モニター越しに見える手ビレと足の水掻きも、それらが宇宙船と同じよう力場を発生させ、宇宙の潮流を叩き跳ねるようにして泳ぐ為のものだ。
この宇宙害獣は極めて小型だが、しかしそれでも宇宙人類よりは遥かに強靭という実情に反し――見た目はカワイイと、一部の愛好者や子供に人気である。
表皮は白と銀、その全身は軟質の金属かシリコンのよう柔軟で宇宙ペンギンと呼ばれている、複数いるそれらが。重力の網に引っ掛かった隕石に群がり歯も無い口でパクパクと瞬間的に原子レベルで侵食し、掘削した鉱物を直接体内に取り込んでいる。
アンジェが無表情に、それをモニター越しにじっくり眺める姿に、
「……飼いたいとか、守りたいとか言うなよ?」
「いえ。どうしてあのような不自然な生き物がいるのかと。宇宙に適応するのならこのような有機体ベースの動物様にはならず、もっと原初のそれか非生物様の姿になる筈では」
その疑問ももっともだとノーカは思う。真空の世界、大気、水分、有機物を必要とせず、形状は重力下での歩行を前提としない無重力に適した形で――何かに衝突した際、その質量と速度に影響されないサイズ、微生物以下が適切だろう。推進力が存在しないことも前提とすれば、衝突時に付着し移動することもできる。
もしくは隕石などものともしない、ものすごくデカいサイズの巨大生物だ。
実際居るそれ、その最大級はまさに惑星や天体そのもの――その中で、この1、2mで惑星内、重力下の環境に当て嵌まる生き物は確かに不自然としか言いようがない。
しかし、それが何故存在しているのかという知識をノーカは軍籍時に得ており、
「……確か、大昔の文明が、
物資の確保と輸送という目的からして、微生物やウイルス等の極小サイズのそれは適切ではなく、大きすぎても扱いに困る……サイズに関してはそれを作った文明の頭身サイズに影響されているという資料が多くみられていた。
尚、古い時代の宇宙船の航行技術は、どこかの文明が作ったこれら宇宙害獣の能力の模倣から始まったと記録がある。一部の宇宙船が、製造と運用に非効率的な生物の形をしているのは、たまたま飛来したそれを運よく確保、分析し、再現できない時代はそのまま動力機関として器官を移植したというその経緯がなごりとして存在しているらしいと、過去、同僚と学んだその資料を思い出す。
それはさておき、
「とりあえず駆除するぞ」
「……」
アンジェが短い時間でノーカを眺める中、ノーカは狩人としての仕事をこなす為、操縦席、右手にあるボタンを一つポチッと押す。
すると船体、魚の鱗――装甲版の一つに偽装された魚雷菅ハッチが開き、そこから小さなサメ型の子機が射出、するりと宇宙空間に泳ぎ出たそれらは陣形を取り、宇宙をゆったり泳ぎはじめる。
また一つ、ノーカはボタンを押し、サメが出たハッチの隣、筒状に丸められた網がゆるりと放出する。それをサメ型子機が鼻先、手ビレで器用に広げ、その四隅を口で咥えると、四匹で広げながらに陣形を取り、目標の宇宙ペンギンにゆっくり、ゆっくりと宇宙遊泳をし近づいていく。
視覚的に、風船が風に流されるような速度で、
「……あれで捕まえられるのですか?」
「ああ。アレの触覚――眼は、速度の速いものほど敏感に反応するんだ。高速だと簡単に避けられ亜光速だと逃げを打たれる。あのサイズだからな、小回りの利かない船では無理だ。……だが逆にあれくらいだと危険だと判断されづらい」
通常の獣もそうだが、危険と判断される要素は、概ね自分より早いかデカいか、そして、知識としてそれを知っているかだが。これを掻い潜る為の盲点、より小さく、より遅く、警戒網をすり抜ける、という手段である。
それを証明するように、のんびり岩礁を捕食する宇宙ペンギン(仮称)だが、ゆっくりゆっくり忍び寄る狩人に気付かず、ふわ~、っと包囲した網にふわっと包まれ、それから遅れてジタバタとし、マヌケな挙動でムギュと岩礁ごと固定され、トドメに流された高圧電流でシビビビッっとし、くたりとした。
辺境故、その食い逃げの実績にはノーカの手管に対応する、累積された対策が積まれていなかった。どことなく哀愁漂うその姿だが、
「これでよし、じゃあ回収作業に入るぞ」
「……この奇怪な生物もですか?」
「放っておけば星系内の資源を他所に持って行かれるからな。各政府、自治体で駆除もしくは回収要請も出ている。……野生化しているだけで、制御チップとプログラムを打ち込めばそのまま使えるから、俺はなるべく回収し活動範囲を設定できるよう改修して売っている」
「……可哀想だったのですか?」
「そんなつもりはない」
どうしてそう思う? とノーカは問わない。
これまでアンジェが見てきたものは、概ね本来の役目から離れた――捨てられていたそれを、ノーカが自前の知恵と工夫で再利用しているものだ、彼女がそう思ってもおかしくはないと俯瞰し思う。
同情ではないし、哀れみでもない。ただ新しいものを買わなくとも済むからそうしていた。
しかしノーカは目を逸らしたようモニターを見つめ、古代魚の船を重力の網にかかった漂流物に寄せる。……廃品を再生したとき感じる微かな達成感は、もしかしたらそういう理由でもあったのだろうかと。
そこで改めて自分の心情を見つめ直し……やはり、違うな、と思う。
そんな感傷的な理由で集めたモノではない。仕事の採算とかそれ以外は無かった、そんな感受性があったらこんな生き様はしていないと。
すぐさま気を取り直し、本日の収穫物の確認を始めるのだった。
ノーカは回収作業用の立体映像モニターを操縦席脇に呼び出した。
表示されたパネルの一つ、網の絵が描かれた多数のアイコンを一括操作すると、網、各種力場を張るネット、その出力を弱まる。
と、機械やら隕石やらのガラクタが周囲にゆるやかに散乱し始める。
それに向け、ノーカは今度は船を操作しその船底を合わせる。
そして魚型宇宙船の
アームは自動で漂流物を確保し始める。
先端に着いたセンサーで、形状、材質まで判断し選別し、それが操縦席脇の映像モニターに次々と種別アイコンとして表示され、今日の日付のフォルダに溜まっていく。
船の姿勢制御をAIに一旦移譲し、そのアイコンの一つ一つを指先で捌く。
宇宙船の残骸――金属パーツは再利用可能である為、確保。
船の備品、機械類は破損状況、自身に修理可能なもののみ確保。
隕石は、含有される希少金属を、その含有部分のみ、先程と同型の宇宙害獣を改修したそれで切り出し確保。尚、作業ロボに生まれ変わったそれはカラーバリエーション化している。
残った最安値部分は恒星付近に設置されたソーラー焼却炉へ運ぶ。
それぞれセンサーで病疫検査をしながら。自分が使うものを確保した後は、近隣の住民向け――工芸品の素材として利用できる宇宙流木、宇宙漂流ガラス、色の美しい天然石、原石、それらを一通り画像として近所の芸術家、職人たちに送り……すぐに連絡、要望のあった商品だけ貨物室の特別区画に移動させ確保――。
今回、死体は無かった。面倒なそれが無いことに一先ずほっとしつつ。
作業は途中からノーカの指示の元、アンジェも参加しゴミの分別と選別を手伝った。
そこでアンジェは、いままで見られなかった漂流物のアイコンを一つ見つける。
「――ノーカ、これは?」
「コンテナだな……」
映像を、腹骨ロボアームにある外部カメラに切り替える。
ノーカは、艦船の残骸、金属類のゴミが掛った網の中――そこ紛れ込む綺麗な四角い箱を見つける。
その外観には目立つ破損はない。微かな擦り傷と衝突痕、デコボコのみ。
殺風景な黒い宇宙の中、それは酷く文明の匂いがした。
お宝の匂いとも言う。そこでノーカは表示パネルを操作し、その機能からコンテナ隅にある登録タグをセンサーで読み取り、船体の
数秒、最新のそれとの比較の結果、
「……該当無しか」
金の匂いがした。
所有権を保有する企業、団体、または主張する個人が存在していない場合、確保した者がそれを有することが出来る。
用心の為、センサーで内部を確認すると、コンテナ内には小さなものが散乱しているように見えた。小さなその形状からして貴金属品、宝石類、装飾品の類だとノーカは判断する。
「……儲けものだな」
「儲けものですか?」
「ああ。これは発見者が貰っていい物だ」
一応役場に届け出なければならないが、公的機関で中身の申告、確認をして貰うのは、それが危険物の類なら政府の厳重な管理下とする必要の為である。
その場合、一定の謝礼金は支払われる。企業や個人ではなく国の資産であった場合もだが、どれにせよ儲けものである。
宇宙漂流で劣化、傷物になり安値で買い叩かれるのだが、内容次第では本当に一攫千金であるため宇宙探索業が後を絶たない一因でもある。そして、海賊業が横行する一因でもあるのだが。
さておき、ここで面倒なのは密輸品の類で、これをうっかり未申告で所有権を主張してしまうと法律違反で確保される。それを防ぐための役場へ自己申告なのだが、
「……中身はアクセサリー類だろうから……目ぼしいものがあれば自分のものにするか?」
女性であるアンジェに問う。しかし彼女は変わり映えのしない無表情で、
「……私には必要ないものと思われます」
「そうか。……じゃあ作業を続けるぞ?」
「はい」
見た目だけなら、どんな装飾品でも返ってそちらの方が見劣りしてしまうような美人なので、そういう意味では確かに、その通りだとノーカは感じながら。
アイコンを操作し、漂流コンテナを貨物室に収容した。
それからも選別を続け、種別ごとに行いゴミを分別していけば広大な宇宙に膨大な網のゴミ袋が幾つも浮かんだ。隕石も含めたそれらを船外にワイヤーフックで係留し、金魚の糞のよう尻にぶら下げる。
牽引し処分場に持って行くと、係員のAIロボットにその量を計量させる。
――後でその結果を役場に報告し、その量に応じた代金を貰うことになる。
処分場には焼却用の建物があるわけではなく、力場の網の応用で、重力偏向で集められた至近距離の恒星の光、減衰する物の無い真空その中で、逃げ場のない熱に焼却されていく。
人はおらず、その設備が点在して浮いている程度だ。
有機物、土壌はそこで適切な温度で殺菌され。
金属類は、溶けて、気化していくそこを、比重ごとに分離、誘引――抽出し、力場でシート状になったそれを一定量で丸めて塊にしていく。理屈としてはノーカのゴミの分別と同じ、しかしより高出力で精度の高いそれだ。
燃やされた宇宙ゴミは、少し離れた、恒星の重力に引かれない位置、周辺宙域に人工の
帰り道、一連の作業の後、それを見つめてアンジェは、
持ち出し禁止、と注意書きが張られている。
「……結局ゴミの場所を移動しただけではないのですか?」
処分し切れず、責任を棚上げして、というその意図を感じたノーカは、
「いや、この焼却物の塊は、その成分に適合した惑星、人の棲むそこから持ち出された宇宙資源の補填――環境維持にしっかり使われる。……要するに星の肥料だ」
「……では、これも農業の一環なのですか?」
「ある意味そうだな。中にはもう惑星丸ごと、自然の惑星造成セットなんてものも存在しているが」
種(
「それは……」
「人工天体……機械的な衛星ではない、人工の惑星だ」
本物の生きた星を見つけることが難しいのなら、と。
「……まあそこまでいくと一種の立派な環境事業だが……手を出してみるか? うまく実れば儲かるらしいぞ?」
「……あなたがそうしたいのであれば」
「……」
ノーカは考え、まあ、自分の理想の土地、棲む世界、というそれならばと、それを求める理屈なら理解するが。
「……必要ないな」
自分の仕事に
それを持つべきなのか、自然に興味が沸くのか、甚だ疑問であるノーカだが。
しかし、そんなノーカを、アンジェは面白いともつまらないとも云わず、そういうモノなのだろうと、真っ黒な宇宙をただ彼と同じく前に見つめるのだった。
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