第15話 新婚生活② 果樹園で、一狩りいっとく。

 新婚生活、二日目。

「今日は見回りだな」

「見回り、ですか?」

 自宅の隣、三つ並んだ格納庫の内一番大きなその中――人型重農機具を指す。

 頭部にキャノピーが付いたずんぐりむっくりの胴長短足。

 格納庫内には他に魚の形をした大型の宇宙船と、未仕分けになるジャンクパーツの山、そして壁際にその他何台かの作業用重機が並んでおり、それぞれに対応した運搬車両も鎮座しているのだが。

 その説明はそれを使用するときでいいだろうと、ノーカはアンジェの視線を無視して、

「これで惑星内の農園を見回り、そこにある柵と罠の点検をする――壊れていれば補修し、害獣が居れば駆除する」

 アンジェも、ノーカの隣に立ち、自分より遥かに背丈のある人型の重農機を見上げる。機体各所に設置された接続ソケットや、ボルトの穴、そしてその堅牢な装甲と筋肉質の太ましい躯体を確認し、

「……兵器、のようですが?」

「……よく分ったな。これは元は宇宙を漂流していた極めて古い時代の宇宙漂流物で、ゴミの中朽ちて佇んでいたそれを回収したんだが、買い手が付かず自分で修理し農作業に使っている」

 何かしらの星間戦争の中で撃破され乗り捨てられたか漂流したのだろうとノーカは中りを付けている。発見時は片腕の片足で、頭部コックピットも剥き出しでキャノピーは存在していなかった。

 おそらく、ノーカがご近所まわりに使う愛車の骨董品どころではない年代物で、その装備品はそれぞれ巨人用の農機具の流用か同じく宇宙を漂流してきた機器を修繕し取り付けたでっちあげのお手製である。

 杭打機パイルバンカー高馬力の掘削腕パワーショベルアーム散水大砲ウォーターキャノン、単分子・伸縮枝切狭、高周波片手斧アックス、ふくらはぎの装着型の無限軌道キャタピラは土を耕すトラクターの刃に変形する。それ以外にも害獣撃退用の高熱ヒートスコップなど武器らしい武器も一応あるが、どれも兼用の農具だ。

 それらをシンプルな円盤型の空飛ぶ運搬車に収納、固定し、近所の畑を含めこの惑星上を回るのだが、

「じゃあ、これから普段から管理している区画に行くぞ? ……今から運搬車の操縦を教えるから見ていて、覚えられるなら覚えてくれ」

「――畏まりました」

 ノーカは頷きを返すと、仰向けに寝そべった人型重農機具を格納庫の外へ、床にあるリフトを起動し移動させる。

 屋根の下から外――光の下へ。そこで腕の端末から操作画面を開き、遠隔操作の固定パターン機動で人型を直立させると、数歩移動させリフトから降ろし、こんどは四つん這い姿勢にさせる。

 同時に倉庫内へ自動で戻って来るリフトも確認し。

 それから、運搬車両であり収納箱コンテナボックスでもある空飛ぶ円盤の搭乗口ハッチを開け操縦席に二人して乗り込み、アンジェに軽く手順を説明しながら起動すると軽いエンジン音が響きフワリと機体を浮かせた。慣性制御で慎重に低空飛行し倉庫の外へ出ると、四つん這いの人型重農機具の背部接続部、それから肩、胴、腰、それぞれに、運搬車底面の接続棒とボルトとで固定し、合体ドッキングが完了した。

 重力制御機構を人型重農機具側のそれと同調させ、運搬車両と力場を共有し、重さを失したしたところで再度空中へ。そこで四つん這いの四肢を自身の胴に沿うよう真っ直ぐ揃えさせ空力的抵抗を極力減らす。その姿は巨大なクレーンゲームで確保されたロボット――もしくは巨大な編み笠を背負った信楽焼きのタヌキだ。

 そして、その巨大質量と重量を無視し空を軽やかに飛び去った。


 アンジェは、ノーカが管理している土地の一つに連れて来られた。

 距離にしてノーカの自宅から惑星を四分の一ほど飛んだ場所で、五分も掛らなかったが、それでも骨董品の宇宙速度より断トツに遅い。

 南国の密林――自宅のあった場所が純人間種にとって過ごしやすい気候で、作付けも平均的な品揃えであるのに対し、高温多湿の熱帯地域である南国ならではの芳香豊かで甘い果樹やコーヒーにカカオ等の類似品が植えられている。

 そして、その強烈かつ芳醇な匂いにつられ害獣被害が最も多かった。収穫の都合で整地しまとめて植えてあるので、獣たちもその利便性を見逃さなかったのだろう。

 その脇――着陸地点である密林の禿げた空き地に、ノーカは運搬車から人型重農機具をまた四つん這い姿勢で降ろし、今度はそこから体育座りをさせ、膝に肘を着け、足先から肩までを一直線にするよう腕を置かせた。

 車両をその脇に着陸させ、ノーカはハッチから出て重農機具の前に行く。

 足、膝、肘、腕の順に繋がった、その足の爪先から肩までの坂道はエッジの付いた装甲版がそのまま階段になり、途中関節で途切れるもの、道具を使わず頭部の操縦席、そのキャノピーまで登れた。

 自分が作った階段をノーカはしっかり歩いて登り、巨大な人型の肩に乗り移った。

 そして頭部キャノピーの脇、首元のパネルの中のスイッチを押し透明な天蓋てんがいを開口する。

 そして、まだ膝を抱えて体育座りしたロボットの爪先に居るアンジェに、

「――来れるか?」

「はい」

 問うと、彼女はノーカのよう機体の上を歩かず、自前の神々しい翼を広げると鳥類の羽ばたきもせずフワリと浮き、空中をスッと移動しノーカの前で停止した。

 煌めく粒子が散っている、それは明らかに空力的な飛び方ではない。

 7、8メートルほどの高さに浮遊しているそれをじっと見つめて、しかし便利そうだと思い、目元にほんの少し少年の笑みを浮かべてコックピットの席に着いた。

 アンジェがそれを空中で少し目を丸くしている間に、ノーカは幾つかボタンを操作し、

「そのまま近くで浮いていられるか?」

「はい、可能です」

「なら、操縦法を近くで見ていてくれ、これを使った仕事も徐々に教える」

「――分りました」

「……足元まで見えるか?」

「少々見づらいかもしれません」

「じゃあ、そこの縁に座れるか?」

 確認され、アンジェはキャノピーの縁、操縦桿を握るノーカの腕を邪魔しないよう跨ぐか、その下、膝との間に差し込むかを考えた後、結局靴の泥を気にし、縁から外に向かって腰掛けるようにした。

 腰を捻って機首を向く。乗馬で女性が股座またぐらを開かず座る姿勢だが、

「……長靴を脱いでしまえ、それだと腰が辛くなる筈だ」

「……分かりました」

 言われ、アンジェは片手に脱いだ長靴をキャノピーの縁と共に握り、ノーカの脚の間のシートへ慎重にその足先を置いた。

 やたらとスイッチにレバーの多いアナログなコックピット。

 それを運搬車と同じに、ノーカはその基本の操作法を教えつつ、操縦席を開放したまま人型重農機具を立たせる。

 と同時に、やはりキャノピー縁に座らせた彼女を見て、ここを複座に改装するかとノーカは鑑みる。座席後ろにはデッドスペースがあり緊急時のサバイバル道具を入れているのだが、それは他の収納空間に移しても構わないだろうと。

 そしてまたボタンを幾つか押し、操縦桿を握り、ペダルを操作する。

 すると人型重農機具は隣の運搬車から幾つかの工作装備を収納したコンテナを開放し、運搬車側の作業用工作腕で背中に固定した。

 それから果樹園として整備された密林を、人型の巨大農機具で歩いて回った。

 

 整備した柵の外側は、少し先に行くだけで凸凹とした不整地へと変わる。

 密林の地面のほとんどは腐葉土で、純粋な土塊が露出した部分は意外と少なく、日照が少なく水溜りの出来た地面には汚泥独特のカビ臭さと腐敗臭が漂っている。

 しかし、整地された果樹園と柵の周りはそうではなく、日光によって程好く消毒された土と木、草と風が、熟した果物のほのかな香りを漂わせている。

 湿度が高く蒸し暑い、そんな中、ズシン、ズシンと、キュイン、キュインという音が同居した、巨大な人型の歩く音がする。

 機体内部に配置された人工筋肉が俊敏な動作と内部での衝撃吸収を兼任し、後付けの外装がアシストスーツのよう、圧力シリンダーで作業時に機械的な持続する馬力を絞り出す。

 柵は木製だが、地面に垂直に打ち込まれる支柱は丸太を皮も剥がず先端を削っただけの極太のそれで、骨組みの横に入れる棒――横桟よこざんも、丸太を縦に割り半月型になったそれを軽く台形に整えたものだ。

 その柵は、景色の中に建ち並ぶ、密林の樹木と同じかそれより若干低いくらいの高さで、支柱と支柱の幅、柵の高さは大型動物が素通りするようなスケールである。

 所々で斜めに筋交いの線が入り、強度を高め、支柱は外にも内にも倒れぬようその内外から直角の三角形に補強していた――その柵の一角が打ち破られていることを、ノーカはキャノピーから肉眼で確認する。


 柵にあいた穴に機体を寄せる。

 と、廃材と化した支柱周辺の横桟をまず左腕側部に取り付けた大バサミでバチン! バチン! と右腕で支えながら一息に切り落としてから、折れたまま地面に残った支柱を両手で掴み、腰を入れ圧力シリンダーの馬力で抜き取る。

 廃材として柵の内側、脇に積んだ後。

 装備の一つ、右腕外郭に杭打機を取り付け作動させ、近場に野晒しで積み上げられた補修用の丸太を一本手に持ち、杭打機の砲身バレルに砲口から片手で通す。と、内部で三つの球体が輪のように囲みながらせり出し、砲身内の隙間を調整、杭の軸を砲身に合わせて一直線にした。

 打つ準備が出来た。杭打機を接続し肥大化た右腕、拳より先に突き出たその砲身の先端、そこにある三本の爪で地面を掴み、しっかり垂直に固定する。

 最後、右腕肩部付近に置かれた杭打機基部――柄のないハンマーが、内部レールに沿い電磁力で爆発的に加速した。

 コーン! と ズドン! と重々しく鈍い音が密林に響いた。それは二回、三回と続き、丸太の杭がおおよそ丁度良い所まで撃ち込まれると、それからを砲身を外す為、杭打機が右腕との接合部、基部の梯子をスライドし、高さを稼いで抜き取った。

 今度は、新しい支柱と、両脇のそれとを繋ぐ横桟を、山積みの補修材から選び、支柱に新たに掘った台形の溝に横から入れる。それは一直線で統一されず、互い違いでぶつかり合わないよう不規則に入れられている。

 こうして補修を繰り返す都合、綺麗な形に拘らない方がいいのだ。

 と、アンジェはそこまでの柵の在り様と、ノーカの仕事を見て理解し、そして一つ疑問に思う。

「……ノーカ」

「なんだ」

「……なぜ、このような巨大な柵が必要なのですか?」

 それは、巨大な人型重機で作ったから――ではない。

 そのとき、木々が揺れる音がした。

 それは、開放されっ放しのキャノピー。バキ、バキ、ズシン、ズシンと、近場から響く空気の重々しい振動を、ノーカも自分の耳で感じる。

「……この惑星、いや、この星系はまだまだ未開拓の未踏地、辺境だからな……管理が行き届いていない。要するに……」

 その気配を感じる。

 それはもうすぐそこから――タシ、タシと、弾力のある足音が、密林の合間から、イヤに飛び立つ鳥類の、悲鳴と一緒に、

「……」

 ――ガサガサ、ガサガサ。

 そして、また一歩、ズシン、と、木々を抜け、地面を踏み潰す音がした。

 それはもう隠れていなかった。

「……こういうのが来る」

 ノーカとアンジェは、その顔と同サイズの高さを持つ操縦席からそれを見る。

 密林の影、その合間を縫うよう突き出た角。爪や髪と同質の繊維が束ねられ硬化した二股のそれは鼻先からカブトムシのようまっすぐ伸び、しかしその先端は鹿の角のよう更に複雑に枝分かれしていた。

 色は透明で、先端にはメッシュが効いている、天然の衝角――全身は甲虫のよう甲殻で覆われた体躯はサイにも似た鈍重かつ重厚な肉厚さを纏っている、その六本足は短足だが。

 一目見ただけで分かる、突進がヤバイ、という体型――

 の、巨大生物。

 害獣、それがその鼻先、複雑な角を沈め、前傾姿勢を取った。


「……後ろ、狭いが中に入るか――もっと上空に飛べるか?」

「……仕事を見ますので、中でよろしくお願いします」

 虫とも動物とも言えない巨大生物、それが密林からその姿の全てを露わにした。

 それを見たノーカはすぐさまボタンを操作――座席後ろの収納スペースを緊急離脱装置エジェクションの名残りで吹き飛ばし、デッドスペースを開ける。

 そこにアンジェはノーカの頭上を堂々と足で跨ぎ滑り込むと、ノーカは開けっ放しのキャノピーを閉めた。コックピットは慣性制御が効いている為、多少の衝撃、転倒や衝突程度なら操縦者を完璧に保護してくれる。

 だが、もしかしたらアンジェには必要ないかも知れないと思いつつ、

「……大丈夫なのですか?」

「……ああ、あれくらいならいつものことだ」

「……いつものことですか?」

 巨大な野生の重戦車、その足は六本――短足が持つ安定性と馬力で、元戦闘用らしき人型の農機具でどこまで対抗できるかはノーカが一番よく知っている。

 その大きさは、頭頂高で十メートル程度の巨大人型農機具の前方面積を、顔と角部分だけでほぼ覆ってしまう。一見してカブトムシの甲殻と鹿の角を持った、サイのような獣――その見た目通りの剛力をもつ宇宙害獣である。

 この季節、この地方の熟した果実を狙って宇宙から飛来する厄介者で、本来燃え尽きるほどの小さな隕石に擬態し蛹がいつの間にか落下しているのだ。

 どうしても迎撃システムから駆除洩れしてしまうこれが、一気に成長してこの巨大さになり、この惑星に限らず多くの宇宙農家を悩ませている。

 しかし、

「……終わったら休憩にするか……ああ、何か食べてみたい果物があったら言ってくれ、いくつか収穫していくから」

「……大丈夫なのですか?」

「生産者だからな」

「…………」

 そういう問題ではない、と無表情なアンジェの顔を、ノーカはキャノピーの反射から読み取る。

 一先ず無視し、せっかく直した柵をまた壊されないように、機体の重力制御を利かせ足でジャンプして外に出る。着地し、鈍重な右腕の杭打機を取り外し脇に落すと、背部コンテナから補助腕で高熱ヒートスコップを取り出し両手で構えた。

 それを敵対行為とみなしたのか、外面カブトムシの角が鹿のサイ型宇宙害獣がその息を荒げ好戦的な瞳も鋭く睨みつけて来る。

 円を描くよう横に移動し、ノーカは直したばかりの柵を、標的の進路からずらした。それに合わせて宇宙害獣は、前足で何度か地面を掻きつつ頭の向きを変えていく。

 その間に、害獣はその固さを確かめた地面を、後足で何度か掻くように蹴り上げる。

 ノーカは操縦桿を軽く握り、無表情で平淡な顔をして、獣の動きに先読みを利かせ戦術を組み上げていく。

 ややあって、その六本足全てで一気に蹴り出し、機体へ突進をかまし――

 ノーカは、その鈍重な機体を前に――足元のペダルを踏み込んだ。



 ――その、互いの食い物を巡っての戦いが終わった後。


 残っていたのは機体各所から排熱の陽炎が揺らめく人型重農機具だった。

 その成果は、多数の装備の破損と損耗、そして獣の誇りたる角――

 獣のむくろは、角以外にも利用価値のある甲殻に食える筋肉部分を残して、農園隅に佇む土剥き出しの塚に、土壌に還りやすいよう特別な酵素粉末と一緒に葬られた。

 その墓に、ノーカはいつの時代の宗教か、その命に祈るよう黙祷をささげる。

 その光景を脇からアンジェは見つめ、

「こうすることに、何の意味があるのですか?」

「……意味はない。……ただなんとなく、そうするべきだと思うだけだ」

 それを聞き、それからノーカの見よう見まねで黙祷をし、アンジェはただの土塊の山を、墓標と認識を改めた。

 目を開けると塚には一つ、甘い果物が弔うように置かれていた。

 アンジェが目を閉じた間に、ノーカが置いたのであろうそれを彼女は見つめ、

「……これが、農業なのでしょうか?」

 また、誰にともなく呟いた。

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