第14話 新婚生活① SF的野菜の世話をする。

 ――新婚生活、一日目。

 遅い朝食の後、ノーカは自身が手掛ける畑に向かった。

 家の隣の実験用の畑ではない、出荷用の製品畑だ。

 アンジェはノーカに指示され部屋着から、白の長袖シャツ、紺のオーバーオールに頑丈なブーツ、それに帽子の野良着に着替えていた。

 農機具を動かす際、刃や飛礫が跳び、急所に当たってしまう可能性もあるので、見た目の野暮ったさに反してしっかり坊刃、防弾繊維の、件の生体保護服ライフジャケットと合わせての着付けだ。

 正味、過剰なまでの万が一の命の保障であるが、そこだけはノーカは徹底していた。

 その印象は、アンジェの美貌を上から芋臭さと土臭さで完璧に塗り替え、背中の妙に神々しい翼ですらも小川で泳ぐアヒルに見える。

 二人は畑の前に立ち、

「……それでこれからなにをするのですか?」

「……ああ、昼の作業は野菜の生育状況の確認と収穫のめぼしだ。目立つ虫がついていればその駆除作業をし、野菜が病害に罹っていないか、茎、葉に根の一部を見て、土の状態を確認する。それと合わせて収穫できそうな実があればそれの位置、形を見ておき、朝市に合わせての収穫――夜中の作業で明かりを着けずに採れるよう覚えておく。今日のところは一先ず目立つ虫や、卵のようなものが付いていたらそれを駆除するだけでいい」

 アンジェに駆除用のピンセットを渡し、本日の作業ノルマである野菜畑へ歩き出す。害虫駆除のナノマシンは規制が厳しく、この惑星の自然由来の薬効によるそれらでは除き切れないものだ。

「わかりました。しかし――」

「なんだ」

「すべて手作業なのですね」

「ああ――自律機械ドローンを使う事も出来るがな」

 大量生産をする農家であれば自律機械での収穫や管理も効率がいいだろうが、生憎、ノーカは少数生産だ。大昔は畜産用のそれが故障し他人の家畜から勝手に血と内臓を抜き取る事故が多発したそうだが、今は間違いも起こらず円盤型の飛行物体フライングオブジェクトによる反重力牽引トラクタービームは、人の手でやるよりずっと素早く繊細な収穫を可能としている。

 ただそれだけでなく、育成の管理もAI搭載のロボットに任せた方が間違いも無い。それぐらいの文明への理解はあるのだろう、アンジェは無表情ながら疑問げに、

「……どうしてなのですか?」

「この規模の畑だと整備、維持費で足が出る。だが一番の理由は、自分で作るものを自分で良く知る為だ。そうでなければ他人に説明できない」

「説明、ですか?」

「ああ。物は作って終わりというわけではない。それを売って、金を得るところまでが仕事だ。その為には自分で作った物の売り込みが必要不可欠になる……それには最低限、自分で作ったそれを隅から隅まで……出来るならカタログに書かないようなところまで説明できるくらいでないと、他人からの要望には答えられない」

 人が生産、流通、商売、それらに全く関わらずにはいられない、その理由の一つだ。

 農作物でいうなら、収穫時から甘みはどれくらい持続するのか、鮮度、調理時の色味、食感の変化、味にどんな個性があってそれはどんな料理に向いているのか、どんな加工品なら行けるかなどは必須項目で、ノーカもその辺り、野菜の調理だけは勉強している。

 茹でる、焼く、蒸す、煮る、揚げる、干す、漬ける、料理人が野菜をどのような調理をするのか、その技法について、工場業者が大量調理、加工技術や、料理だけでなく調味料についてなどもある。

 それらを知らなければまず相手の話を理解できない。

 まして相手は仕事として食品に携わるそれを選んだ者だ。

 自分で作りたいものや、コストを抑える為に、生産者や卸売業者と直接話をする。甘みの強い品種はあるか、酸味を抑えたそれはあるか、値段を抑えて量をそろえやすいモノや、色、形に拘った物。全く新しい味、風味。珍しい香り。

 それが無ければ――今ある商品その場でのやり取りだけでなく、発展性についても話し合う。やれ『こういう事は出来るか?』『こういう商品はないか?』というそれに応える為には、自分で創意工夫した制作過程の詳細を知らなければ答えようがない。特に新品種の開発では機械では起こり得ない予期せぬイレギュラーの方こそが必要とされる場面もある。無ければ無いで人を紹介できる人である必要もある。

 ノーカが言う、これらは機械任せにしていてはできないこと、というそれを理解したのか、アンジェは無表情に、それを咀嚼するよう一度瞬きをして、

「……人と人とのやり取りを懸念して、ということですか?」

「そうだ」

「……かしこまりました。自分の目で見て、確認するのですね?」

「ああ。……他に何か質問は?」

「いえ、ありません」

「なら、始めようか」


 ノーカはアンジェを伴い、自身が手掛ける野菜畑に入った。

 一列一列整えられた畝、ざっと見まわしながらその隙間を歩き、病害の症状、白い粉のようなものや茶色い斑点が無いかを確認し、その手で土を触り、そこの水気、温度を体感で確認した上でガンカメラを使い数値として記録していく。無論、育成の度合い、先日と比べての背丈の伸びや、実の大きさも目で計り明日の朝収穫するそれの目星を付けておく。

 その間、アンジェはノーカの背に付きながら、言われた通り野菜に着いた虫――それを食い荒らしているものや産みつけられた卵を探そうと、時折り、他より重くしな垂れている葉などに眼を向けながら歩いた。


 ……。

………………。


黙々と、黙々と、ひたすら地味な作業を続ける。ノーカが野菜の育成状況を確認する傍ら、特に目立つ害虫、芋虫、毛虫の類を抓み、取り除いてはつぶしていく。

 穴のあいた葉を見つければ、その近くの葉を裏側まで入念に。

 それでも取り切れずに、既に虫食いになったそれ等を見かけながら、ひどく効率の悪いその作業を続ける。

 そんな折、アンジェは畑の中で奇妙な生き物を見つけた。

「……ノーカ」

「なんだ」

「あれはなんですか?」

 アンジェが指をさす先、足と、手の生えた――青首大根が居る。

 そこまでは奇形の根菜として十分ある形だ、肌色の本物の人の手足が生えているのでもない、ただ単に股が割れ腕が生えているような大根だ。

 しかし……それがサングラスをかけて畝の上で仰向けで足を組み、日光浴をしている。それもガンベルトを襷掛けにし、小さなショットガンを腕に抱えてだ。

 あまつさえ明らかに自律的に、頭から生やした青菜部分を風も無いのにフサフサと揺らしている。

 野菜っぽい、しかし、野菜っぽくない。明らかに生物的な匂いがする、なんというか、ナマモノ。

 それを確認し、ノーカは平然と、

「……ああ。あれは野菜のガードマンだな」

「……ガードマン?」

「ああ。そういう商品名なんだが。畑の野菜を害獣や害虫からガードするよう野菜に自律性を与える機械を付けて動かしている――生の野菜だ。……農協から頼まれてテスターをしていたんだが……」

 発想としては、ガードロボットなどに頼らず、野菜に自分で自分を守って貰えばいいとのことだ。

 自律機械のネックである維持費を極力抑える為、簡単に被害に遭わない野菜を作ろうとのコンセプトからのとんだ飛躍である。食べに来た動物には、埋まっていたそれがいきなり土の中からアッパーをかまし、自分に着いた虫は自分の手で払うので無農薬栽培にも向き、環境汚染にも優しいという触れ込みである。

 化学的な駆除剤や忌避剤は現在、散布型ナノマシンにとって替われれているが、そのナノマシンに人体の免疫が拒否反応を示す場合もある。

 なので逆に古い技術や発想に類されるガードロボットをあえて導入しようという、そういう背景でもあるのだが、

「……当たり前だが、まず大概の獣より野菜の方がサイズが小さい、これを対抗できる巨大な品種に使うと動いたときに畑の方が荒れてしまう。そして野菜が自分で自衛してくれるのは良いが、獣と格闘して傷物になった野菜は値が下がるという致命的な盲点があってな……虫を追い払うだけならそれなりに優秀なんだが」

 どれもちょっと考えれば分かりそうなものだが、農業の現場を知らない理論屋の技術者が製作したのだろうとノーカは思う。でなければ企画そのものが欠陥だらけだったのではないかと疑う話である。それにアンジェは、

「……なぜ、そんなものを請け負ったのですか?」

「ようは接近戦をさせなければいい、と思ったらしくてな、銃器の扱いに長けた俺にそのAIの教育ができないかと依頼が回って来たんだ。……損が出るわけでもないものを頼まれたら仕方がない」

 ノーカは当時、とりあえず金が入る、の一言で決めたそれを思い出す。

 そして頼まれた通りは飛び道具の扱いを軍隊仕様での戦術から何までサングラスを掛けた根野菜に面倒見よく教えた。

 だがその結果、火薬の実弾を撃つとその衝撃で体が砕けることが判明し、持たせているのは光線銃か空気銃になり、しかしそれでもエネルギーパック代がかさむので今やバネ仕掛けにゴム弾のおもちゃの銃である。

 獣相手のガードマンとしてはほぼ役立たずの性能で、虫しか殺せない奴だ。

 アンジェは、自分の畝で武装しながら日光浴でくつろいでいるそんな大根を見て、

「……サボっていませんか?」

 呟くと、自律歩行する大根は気だるげに真っ白な手を横に振ってくる。

「……敵がいないから大丈夫だそうだ。……結局弾代その他の維持費がかさむということで計画は破棄されたんだが、その所為でこちらの仕事料が現物払いになってしまってこれをそのまま引き取ったんだが」

 ガードマンとしては計画破棄、代わって、餌は水と空気、そして植物栄養剤さえあれば糞の後始末も要らず宇宙船の中でも容易に育つ子供向けのペットとしてメーカーは試作品を含め赤字を減らそうとしたのだが、最終的に食う食わないの問題で子供が泣くとその企画も見送られたのだ。

 その末路、ノーカの畑の奇妙な住民と化している。

 野菜のくせして煮ても焼いても食えなかったというそれに、

「……知性は芽生えているのですか?」

「妙なところを気にするな……基本は装置が本体のAIの筈なんだが、試作品で行動を学習するタイプのそれを積んだ関係か、一応それに目覚めていてな。とりあえず生物ではないんだが……」

 知的生命体の定義は現在大別して自然由来か人工由来――その体の構成物や、独自の文明か文化を起こすか、既存のそれに適応するか否かなどで判断されるのだが。

 このサングラスが本体の野菜は、知性を持つがそれほど複雑ではなく文明も起こさない為、自我はあっても生体バイオボティのロボット、という辺りが妥当なところだとノーカは思う。他の野菜(仲間)を収穫しても文句を言わないあたり、人に対して反乱の兆しも無いので、今のところ怪しい動きは無い。

「他にも黄色いニンジンと赤いカブの奴がその辺にいる筈だが……見るか?」

「……いえ、構いません……仕事を再開しましょう」


 作業を再開してすぐ、アンジェはオーバーオールの裾を突く感触に振り返る。

 すると、サングラスを掛けた歩く大根が、何かを言いたげに彼女の事をじっと見上げているそれに気付く。

 その末に、指の無い両手で器を作るよう仰向けに合わせて見せて来た。

「……ノーカ」

「なんだ」

「……こちらの方が、何か」

「――ああ。なら、これを渡してやれ」

 そう言い、ノーカは自分の野良作業着のポケットから一粒の錠剤をアンジェに渡す。

「これは?」

「肥料だ。件の自発的に守る野菜の延長で、もうどうせなら育成まで自己管理し自分で自分を最高の野菜に育てる野菜に出来ないか? というコンセプトも盛り込んだそうだ」

 アンジェはしげしげと無表情にその錠剤を眺めた後、少し屈んで物乞いをする大根の手の平に載せた。すると大根は軽くお辞儀をして、自分が寝ていた畝まで持っていきそれを自分で地面に埋め、ガンベルトを外し玩具の銃を脇に置いて、からそこに足から突き刺さった。

 畝に両肘を脇に置き、穴のふちに背中で寄り掛かる。

 どことなく、風呂に浸かり湯気に揺られているような雰囲気で、青菜も気持ち良さげにし、葉の部分はパリッとしている。

 野菜がスローライフしている。

 それを見て、アンジェはすぐそこであくせく働くノーカを見つめ――また、のんびり日光浴と栄養補給を嗜む野菜を見て、

「……これでよろしいのですか?」

「お互い文句は無いんだ、それでいいだろう」

「……」

 土を耕し、雑草を抜き、虫をねのけ、肥料をくれて。

 人が働き、野菜を豊かにし、豊かな野菜が、人を豊かにする。

 アンジェの目にそれは、非常に曖昧な景色に見えていた。

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