第7話 翼の生えたエンジェ(検閲)
診察用ベッドの上。
背中に翼を生やした宇宙人が眠るそれを傍らに、ノーカは丸椅子の上で、診察机でカルテを読み上げる女医ドローナを見つめていた。
この辺境星系唯一の医者である彼女は、体の半分が生体として機械と融合している人種で、その中でも医療に特化した義体・身体構成をしている。
自らの診断を電子カルテに背中のロボットアームで
「――成層圏外から生身で落下したにも拘らず外傷は無し、レーザー、光子魚雷、多弾頭ミサイル等の着弾痕は認められず、攻撃衛星の事故の線は無し。内臓も綺麗なもんだ……多分本当にただ居眠りかなんかで純粋に宇宙から落っこちてきたんだろうねぇ。あ、ついでに危険なウイルス、細菌等の付着も認められないよ? この分なら土地の除染作業は必要ないわね」
「そうですか、それはよかった」
その結果を聞きノーカはほっと一息。
彼女の精密検査なら問題ないだろうと思う。危険なのはドローナが言った例を含め、物理的ではない要因だ。
しかし、主に除染作業に対しての感想である。もちろん一割くらいは翼を生やした宇宙人類の安否も含まれているが、生身で宇宙から落下して人の原形を保っている時点で絶対無事だろうとノーカは思っていた。
その件の人物は今――ベッドの上で静かに眼を閉じている。
光で飴細工を練ったような
ふくりとした白桃色の唇に、高貴なワイングラスのような顎の稜線――
ノーカがそれをじっとみていると、
「――役得だったね」
「……睡眠時間の方が貴重です」
顔もそうだが、女医が示唆するそれは、ノーカが彼女を救助した時のその一糸まとわぬ肢体である。
畑の土から発掘したそれは翼の羽毛以外、肌を隠す面積が何も存在していなかったのだ、そのとき確かに女性特有の外性器の柔らかな膨らみを見ている。
もちろん下腹部の女性器も人命救助の不可抗力で目撃している。だがノーカにとっては無価値な人体のハードポイントで、その上、常識的分別ある分もう別角度で有害なものとしか映っていなかった――本人にとっては非常に迷惑な過程らしきその様子に、女医はその男性機能に疑いを掛け揶揄に、
「……ものすごい美人だよ?」
「……それに何の価値が?」
一応、美の概念はコイツの脳内にも存在しているのかと女医は感じる。が、だからこそ逆に辟易ともする。
背中から生えた妙に神秘的な翼――それと同じく輝くような白金色の髪――どこぞ宗教が絵画にしていそうな神々しい容姿で肌なんて大理石のよう滴る透明感の、同じ女としてウン十年のその目で見て羨ましくなる美貌である。
女医としてじっくり診察した首から下も、男が見ればきっと柔らかな手足のか細さは純白無垢の曲線に見え、張りの良い過不足の無い均整の取れた乳房と臀部は弾力的でいて肉感香る若さ溢れるそれだ。
目で問いかける、……何も感じないのかい? と、その肢体をチラチラと。
目で答える、……何を? と、不愛想な犬面で。
これだけの美女が空から落ちてきたのだ、古今東西、どの宇宙、どの時空、どの次元でも、それはラブとロマンスであろう、正常な男であればもう運命なり情動なり性欲なりが不必要なほど燃え滾るはずなのだがノーカはもう帰りたい、帰ってもいいか? と文字通り降って湧いた面倒事という顔をしている。
これは処置無しと、ドローナはウンザリし、
「……まあいいわ。そうそう、アンタ身体検査した?」
「――いえ、その暇もありませんでしたので」
「……まあ危険なのは何も保有してなかったし、必要ないと思うけど、接触者として一応しておくよ?」
宇宙漂着物――それもナマモノ相手にそれ用でもない生体保護服のみで触れた場合、感染、汚染の可能性は大いにあり得ると、やや真面目に職務に戻る。
掛り付け医として、ノーカのカルテに新しい電子ページを追加しながら、カチャカチャと自身の眼球カメラに外付けの
ノーカの体を精査したデータ、その網膜に直接表示される結果を見て、
「――うん、こっちも問題ないね、気を付けなさいよ? いくらライフジャケットがあるからって初対面のと生身で触れちゃ。――そう、ちゃんと
「緊急時でした」
「…………まあ女には気を付けるんだよ」
「留意します」
下品な医療ジョークが通じなかったそれも含めて胡乱にノーカを睥睨し、女医はもうウンザリとした。
こいつ、慎重に見えてその場の勢いに流されるタイプかと。いずれ意図せず女と子供を合作、診察に来るんじゃないかと。
一応ノーカもどういう冗談かは知っていたが、もはやその笑いのセンスに付き合うつもりがなく椅子から立ち診療所を出ようと、
「では後のことは――」
もう用はない、救助義務は果たしたというそれに、
「ちょいとお待ち。……アンタ、自分で連れ込んだ子だろう? 責任取って最後まで面倒見なくちゃ駄目じゃないか」
女医は白衣の背中から新たなロボットアームを伸ばし、その伸縮機能で襟首を確保し引き戻した。
ノーカは目を細めたしかめっ面でもしもの備え――万が一の急変や起きた後の本人への状況説明に付き合えということかと理解しつつ、
「……動物を拾ったわけではありません。起きれば自分で歩けるでしょう、あとは本人の問題です」
当初その通り、これから自身が寝る分の、彼女が起きるまでの寝ず番をさせるつもりであった女医だが――しかし彼女は突如その結晶繊維の柳眉を歪ませる。
「……いや、どうもそういうわけには往かなくなっちまいそうなんでね……」
「……どうかしましたか?」
雲行きの怪しい、険しい顔をしたその次の瞬間、
「……とりあえず、遺伝子の検査結果が軽く出たんだけど、この子――あ、」
女医は、患者が眠るベッドへと視線を向けた。
ノーカは女医の視線を追い目を向けると、
「――起きたかい?」
女医が声を掛ける。背中に翼の生えた宇宙人が、毛布を捲り身を起こした。
彼女は意識もはっきりしているのか、自身の体、臨時の入院患者用の衣類を着たそれを無表情に確認した後、逃げる機会を失したノーカを見て、そして診察机で白衣に手を突っ込み、そこにある何かを掴んだ女医に目を向ける。
無言で下手を打つなと祈り緊張の奔るノーカだが、幸いそれだけで彼女はドローナを無視して、更に周囲の景色、診察室の内部を見渡した。
そして誰に向け呟いたのか、
「……コこは」
「N87星雲、座標X178Y34T597の辺境恒星系、第四惑星の――、まあ一言でいうとド田舎の診療所だね。私はそこで医者やってるドローナ、そこのは第三惑星で農業やってるノーカってケチな男だよ、気前よくアンタを助けたけど」
今まで寝ていた相手にはっきり聞こえるよう女医は喉を動かすと、翼の生えた女はスッと首を横に滑らせた。
「で、アンタは?」
「……Aンje*@%6」
「――ア? ……発音がなってないね、翻訳チップも埋ってなかったし……ちょっとまちな」
ドローナはキャスター付きの椅子をスライドさせ、壁際の備品戸棚を開けると中から
そしてまた椅子をスライドさせ彼女の前に滑り込み、白衣のポケットから生身の手を出し、副椀のロボットアームからその翻訳機を手渡してもらい、
「これで話が出来る様になる筈だよ、悪いけど付けさせて貰っていいかい?」
だが聞きながら許可を待たずに彼女の首に装着させる。
そして、
「――はいじゃあもう一度――名前は?」
「アンじぇーる」
「……微妙にまだズレがあるけど、古いもんだから仕方ないね……。じゃとりあえずアンジェ、貴女の渡航目的は?」
「渡航……モクテキ?」
「そーそーモクテキ、目的。それとこの辺りに頼れる知り合いとか、家族親戚の類は居る? 元はどこに住んでたの?」
女医の質疑に、仮称『アンジェ』は無色透明な表情で、
「……私はこの宇宙の@74%&#を+‘*>}為に、=¥~+>?に、この地を訪れました。……同胞に関しては、感知できません。これまでいた場所は……」
口を開け、喉を動かしているようだが無音だ。
翻訳機の不備か、その最中にノーカもそれとなく手持ち無沙汰のよう自然を装いつつ、今の手持ちの武器と車に積んだ宇宙ショットガンその威力を頭の中でもし万が一の際に備え確認する傍ら、
「あらそうなの。……記憶障害かしら? 翻訳機も調子悪いみたいだし、他のが無かったかしら……悪いんだけどちょっと待っててくれる? ノーカ、あんたちょっと相手してやってな」
アンジェに背中を見せ視線を隠しながら、ドローナはノーカに目で頼み込む。
「……構いませんが。ドクターは?」
立ち上がり既に診療室の出口に立った女医は、
「――ちょっと裏をひっくり返してくるよ」
カチャカチャと靴――否、金属の素足を躍らせ、彼女は診療室から出て行った。
裏、バックヤード、おそらく診療所の奥にある彼女の研究施設、私生活スペースへと向かったのだろうとノーカは中りを付ける。
そこで通報か、何かをしてくるのだろうと。
そして、
「……」
「……」
その間、これと、話をするのかと。
無色透明な表情をして自身を見る、妙に神々しい翼を生やした女性に、ノーカは目を向けた。
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