第4話 ノーカ、農家になる。

 人型重機動農具を操り、畑を耕す。

 キャノピー型の頭部、コックピットに座り、ズガン、ズガン! プシュ、ププシュ~! と、15mを超える巨体を、後付けされた各種シリンダーにピストンの圧力で安定して支える、ややずんぐりむっくりの巨大な体躯。

 その半ばほどの長さの、鋼の棒、先端には半月型の刃先をつけた立鎌を、前後に動かして、人型の巨大重農機具は土を耕しうねを整える。

 外付けされた機械的構造の安定性、加えて、内部骨格フレームに張り巡らされた人工筋肉が、生物様の俊敏且つ柔軟な動作で四肢を微細に動かし調整する。

 それを使って。

 巨人種用の野菜畑――ノーカはその手入れをしていた。

 同じ惑星に住むご近所農家の畑である。先日から旅行に出かけているので、その間の手入れを任されていた。たかが種まき、されど種まき、ほんの一週間違うだけで、気温や湿度、特に季節の境目ではその後の生育と収穫時の出来栄えが大きく変わる。特に芽が出るまでの間は地温と水気には気を配らなければならない。

 なので繊細な者はほんの二泊三日の小旅行にすらなかなか出られない、そんな熟年夫婦がようやく生まれた孫の顔を見に旅行に出るというその間の代役だ。


 ノーカは出来上がった畝に、ラグビーボールほどになる巨大な野菜の種を、鋼の農業巨人の手の平、その上では砂粒ほどに見えてしまうそれをその指先で抓み、数粒だけ落ちるよう調整し、等間隔で畝の上に蒔いていく。

 鋼の農業巨人の指先から、数粒ずつ、数粒ずつ、蒔いて、蒔いて、終わると立鎌で畝の脇から柔らかな土を掬い、優しく被せていく、これが最後の列だ。

 終わると、肩に担いだ長砲キャノンに巨大なシャワーノズルのキャップを被せてキュッキュと固定する。そして、畝の端から、コックピット内、取り付けられたダイヤルを回し長砲の圧を調整し背嚢のタンクから発射した。

 肩から伸びる長砲が先端、極細の水の線が、シャワワ~と、美しい弧を描いた。

 鋼の農業巨人の背の高さもあって、それは更に霧雨状に細かく散りながら馬鹿デカい野菜畑に降り注いでいく。水気を与えすぎないように、勢いで土がめくり返され種が露出し流れてしまわないように。……圧力弁が壊れているのか途中から少々水の出が悪く、ほんのりお辞儀させ如雨露のよう物理的な角度で水を出してやる。

 何度も、何度も、お辞儀をする。

 他の畝で既に育った野菜は、葉物、根菜に限らず、全て一つで巨大な樹木か人間の家程のデカさで、少し離れた土地に育つ果樹に至っては概ね50mは優に越えながら等間隔で整列している。

 非常に遠近感が狂う光景だ、等身大の人がミニチュアにしか見えない。

 その一通りの育成状況を確認し、新しく種を撒いた畝はその日付と気温、地温、湿度、水やりをデータとして記録し、老夫婦が持つ情報端末にも画像付きで送った。

 同じ惑星に住む近所のよしみ、ノーカが、現在の仕事を通して生まれた、平和な付き合いである。


 十年前、ノーカは軍を退役し、宇宙辺境で開拓業に従事した。

 そこで開拓した土地をノルマの割合に応じて譲渡され、以降は農業を営んでいる。

 作っている野菜は多様で、主に通常の人種――純人類種ノーマルと呼ばれるそれ向けが多い。量は自分で食う分と近所に分ける分、それから近隣の宇宙農協に卸す分に、そして個人的に取引しているお得意様の分という、本当に必要最低限しか生産していないが、万が一、取引先含め不測の事態に備えた余裕ならある。

 が、それで世帯収入としてやっていけるのかといえばそうではない。農業だけでは、貯金は減りもしないが増えもしない。

 なので他にも個人事業に手を出している。

 一つは狩人。当初、星域の開墾作業こそ、各種作業機械や艦船を操り人より早く順調にこなしていたのだが、ノルマを達しそこから農地を持ち農業を始めてからは、作る野菜はまともに育たず、実っても売れず、貯金が一方的に減るばかりだったそこで始めた仕事だ。……いや、仕事というより無駄な出費を抑え食料を得る為、持ち前のサバイバル術を活かし山に入り獣を狩り、食える草を栄養として確保するようになった、その延長で得た食肉ジビエや惑星固有の山菜を卸しているだけだ。

 もう一つは、宇宙塵スペースデブリの駆除業者にしてそれに混じった使える文明ゴミを再利用する、廃品再生リサイクル業だった。こちらも同じく当初、食うに困って仕事だが、これは歴とした役場から紹介された仕事だ。

 総合して、土を掘り返し、ゴミを拾い、近所の害獣を寄せ付けないそのおかげで、周囲の住民から人の形をしたほぼ犬と認識されている。

 しかし二十五歳の夏、親代わりからの「職業適性無し」との最後通告に従ってからの――極力・・人を殺さない生活だった。

 今では数少ない、現地民としてその暮らしを営んでいる。

 移民当初は、酷かった。

 開拓は軍に於ける工兵の経験もあったのでともかく、寄りにもよってその後の主軸と選んだ農業が知識ゼロ、経験ゼロのずぶのド素人なのだからそれも当たり前なのだが。

 その野良犬染みた生活と姿が噂になった。何か、変なのが居ると。

 その実情を確認しに来たご近所さんが先達の農業従事者たち、そこでようやくプロの指導が入り、まともな農業を知り、まともな一般人との付き合いを知り、ようやく住民との繋がりが出来、収入も多少まともに入る様になり――

 おおよそ十年、農業、土いじりの太鼓判を貰ったのはつい最近だった。

 とりあえず、もうバカな生活サバイバルはしないで済むだろうと、同業者としての独り立ちを認められたのだ。

 それまでは単に腕のいい狩猟者ハンター、か、自分の縄張りを守るご当地犬だ。何せ放っておいても害のある獣を狩ってくれ、更には土地に入ったまで自主的に撃退する、非常に便利な野良犬だ、まかり間違ってもまともな農業従事者には見えない。

 事実、今もまだ本業はそっちで農業がおまけという認識の方が大きい。

 しかしそういう利潤もあって、募集要項にあった指導ではなく、田舎の善意的にノーカのまだ未熟な農業を指導してくれたのである。

そう、近所との良好な関係を築いた。

 特に波風が立つことも無く、トラブルも無い十年だったのだ。



 ノーカは頼まれていた他人の畑の面倒を終えた。

 畑と野菜のスケールが違うが、基本は同じだった。ならば太鼓判を押された以上下手は打てない。

 慎重に慎重を重ねた丁寧な仕事に、画像とデータを送った老夫婦も満足していた。

 そして自宅の格納庫に、巨大人型重農機具の収納し、今度はその外に置いた古びたピックアップトラック型の宇宙船に乗り込んだ。

 陸上車両でいうやや大型の普通車――その運転席から後ろを全て荷台にした車両は、丸みと角張りが両立したぽってり頑健な躯体だ。

 見た目は普通の自動車だ。しかし、タイヤ部分がアダムスキー型のUFOであるが、これが原動機・推進機・駆動系を兼ねたホイールで、その底面の白い半球が三つ、三角形に配置された反重力・慣性制御ユニットになっている。

 年代物の骨董品クラシックカーだ。反面、フレームその他のパーツの耐久性や互換性が高く、修理と改造が容易でしぶとく長生きする車種である。

 だからノーカは気に入っていた。その半生で培った価値観と合わせて、田舎で暮らすには経済面でも最適なのである。


 エンジンに火を入れ、ハンドルを握る。

 車体のロックを外す。

 車体底面に設置された四つのホイールが、反重力機構を作動させ、車体全体が重量を失い、マイナスに傾き、フワッと浮かび上がる。

 それから、アダムスキー型UFOの底面が車体側面へと移動し、ややタイヤらしくなり、慣性制御を働かせはじめる。


 地上を離れ、惑星表面から宇宙空間へ――空へ飛び立つ。


 秒も要らずに成層圏を突破し、真空の宇宙を走らせる。

 近所の食堂へと、ノーカは、真っ暗で静かな空間を飛んだ。

 愛車のハンドルを握った車内、無言で運転するそこに亜空間波ラジオが響く。

 古臭く、古めかしくスローテンポなサックスとピアノが奏でる曲だった。それにはいつの時代のどこの国の言葉かも分からない歌が付いていたが、翻訳機で、言葉は分かっても、意味が分らず、それらが表現することに心が響くこともないが……リズムとしては聞き心地の良い筈だった。

 音楽の良さは分からない。その気持ちが投影されたよう、車体は静かに、しかしゆるゆると真空と無重力に支配された空間を真っ直ぐ進んでいった。

 ややあって。

 真っさらな宇宙の中にポツンとネオン風のビーム看板がデカデカと浮んでいるのを目視する。

 その下に、ポツンとあるのは見た目はくたびれた食堂だ、壁なんて所々に錆が浮き出ている。近付けば、派手なオレンジとも赤とも付かない屋根の上、ビームの看板と同じ文字が、小さくピンク色のネオン文字で『Dinerダイナー・ Jerryfishジェリーフィッシュ』と掲げている。


 と。その周囲、半透明の丸い泡バリアの中に浮かぶ、そこに車体を突っ込む。隕石とも浮遊大陸とも取れるごつごつの隕石、その半球の円に均された敷地――その上にある白線が引かれた駐車場、そこに車を着け、ノーカは地上と同じ服のまま、そのままドアを開けた。泡の中、空気はある。

 それでもその透明な薄皮の向こうは、常人であれば死ぬ真空の世界である。

 にもかかわらず、ノーカは剥き出しの肌に、眼と口、鼻も肺もノーガードで外に出られた。――航宙ライフジャケット、周辺環境を認識してその急激な変化から着用者を保護してくれる、色はオレンジのベスト型をいつも着ているからだ。

 万が一の備えに、憂いはない。ライフジャケットのその下には、更に生体保護服――宇宙以外の極地にも対応した生命維持装置を身に付けていた。

 金魚鉢を頭にかぶる必要はない、極度の着膨れをする必要も。

 最悪、どんな攻撃を受けても本人そっちのけで下着アンダーウェアだけ残るような代物で、世界一頑丈な着る宇宙船といっても過言ではない。

 多少値は張っても、それが単なる衣服レベルで標準化されるくらい、宇宙活動をする上で必要な安全確保の為の様々な手順は見事に簡略化されていた。そうでなければ銀河間すら容易に渡航する宇宙文明なんて発展しえなかったのだが。

 全周天に星空が光る――宇宙空間の真っただ中――とてつもなく小さな食堂に、ノーカは荷台からクーラーボックスを取り出し肩に掛けその店内へと向かう。


 外から食堂の窓を覘き、中には他にも客がいることを確かめながらドアを開ける。

 チリンリンリンと、呼び鈴が鳴る――錆び付いたガラスと金属の取っ手が軋みながら、扉の片隅に取り付けられたそれが収まり切らない内に。

 ノーカは中へ入ると丁寧にドアを閉めた。それに合わせてカウンター席奥の厨房で、クラゲ型の宇宙人が笑顔の皺も馴染んだ顔で振り向く。

「――おや、随分早いじゃないか。もうランチかい?」

 温和な老人の声、店名入りの赤いエプロンをした水色ゼリーのクラゲが、この宇宙食堂の店主だった。休憩中、それが簡素な椅子に座り天井から下げた薄型テレビからノーカへと視線を映し、新聞を畳む。

 新聞は正真正銘の紙だが、そこにインクを垂らしたよう次々と文字が映る、新聞という機能に特化した雰囲気重視の端末である。これ一つで宇宙のどこに居ても契約した新聞社から情報が手に入る。広い宇宙、情報の鮮度を気にする人種には必須のアイテムだった。

「いえ。丁度いい獲物が取れたので、肉を卸しに」

 そしてカウンター席脇の入り口からもう一人、店主の妻である、同じクラゲ型宇宙人が出てくる。

「ありがとうね? ノーカちゃんは指定された期限までに必ず卸してくれるから、いつも本当に大助かりよ」

 柔らかい声をした壮年の女性――いわゆる年代物の看板娘は、聞くモノの心を癒すよう穏やかな音色だ。

「数少ない取引先ですから」

 夫婦共々の、それ自体が憩いの場となっているそこで、ノーカは慣れた様子でクーラーボックスを差し出した。

 クラゲ夫人はいつも変わらぬ優しい笑顔を浮かべて、触腕の一つでそれを受け取りながら、既に別の触腕でその蓋を開け素早く中身を検品し、更にもう一本、背中側のカウンター席で用意した受領書にサインを入れ、触腕から触腕へパスし、ノーカへと手渡した。

 その仕事は途轍もなく早い。熟練の仕事だ。彼女が受け取ったノーカの宇宙ジビエはこの店で料理に使うのではなく、別の依頼者からのそれを、この近辺を走る運送業へ引き渡すまでここで集荷物として預かってくれるのだ。

 郵便局や食肉業者とは別として、クラゲ夫妻は食堂だけでなく、この近辺の物流を幾らか取り仕切っていた。この周辺を航路にする宇宙の運び屋トラッカー達と食事がてら世間話をして、そこで様々な話を聞き仕事を取り付けてくるのだ。

 あれが欲しい、あれが足りない、これがあると好い、それが何処其処にある――

 最初は運転手の欲しいものから、それが運転手の知り合いのそれに変わり――やがてこちらの欲しいものを遥か遠方から用立ててくれる。

 逆に運転手を通してこの辺りの情報が人から人へと繋がり、ここに居るこいつがこんなことをやってる、と、そこから更なる仕事が繋がる。

 辺境宇宙の数少ない住民同士、または外宇宙に住むそれらとを結びつけてくれる、いわば顔役だった。仲介料や品の管理費等で微々たる儲けだが、それ以上に信頼がコツコツと集まっている。ノーカもそのお陰で数少ないお得意様を得ていて、今回は宇宙ジビエを欲する料理人への橋渡しだったが、依頼は何かと尽きない。

 その腕を見込んでの獣駆除の依頼や、世間話程度に航路の邪魔をする宇宙海賊の噂をしたりだ。

 その取り引きを終えたのを確認して、窓際のテーブル席に陣取っていた客が、声を掛けて来る。

「……タロウんとこの世話はもう終わったのか?」

 全身、銀色の宇宙人。ノーカと同じく農業に精を出す老人だ。

 三日月の半分に折った角――のような立派なもみあげを生やし、スプーンを横に置いたような白い瞳、角張った顎も頑健な、見るからに立派な御仁である。

 名前はケンという、ノーカの農業の師であり、同じ惑星に住んでいた。

 彼は首だけで振り返ると、ゆっくりとした動作で顎をクイッと、自身が座るテーブルを無言で指し示す。

 こっち来て話せ、と。重鎮、と言わざるを得ない渋み薫る。

 そこでノーカは、腕輪型の端末で受領書から入金を確認し、その銀色宇宙人の元へ行った。そのテーブルには他にも二人、直立歩行する犬型と、エビそのまま人の手足が生えたような宇宙老人が座っていた。

 彼ら二人も同星系で農業を嗜んでいる、ノーカの先達だった。

 その前で

「――はい。畑の水気、気温、地温まで確認した上で、頼まれていた種の植え付けは終わりました。それから念の為に畑周辺の見回りもしましたが、害獣が入り込んだ様子もありません」

 一週間分の天気を環境探査機から取り寄せ、一ヶ月先までの予測に掛け、今日しかないという日取りにした。本来はそんな時期に旅行などに出掛けないものだが孫娘の出産では仕方が無い。

 実直かつ堅実な仕事は、軍籍時代以前からのノーカの性分だからだが、そこは師達も信用していた。

 ノーカが、他人に対して割と素直で裏表のない人間であるとも分っていた。

 頭のネジがどこか外れているが、それは自身に対してのみで。

 口数の少なさは、しかし仕事に関してのそれは過不足無く質問が飛び勤勉で、若さの割に落ち着いた物腰も、職人肌の年寄りからは概ね好評であった。

 なので、本当にしたいのはただの世間話なのだが、ノーカの個性上それが最も困難を伴うので、形骸的な仕事の話をしている。

「……そうか、他人様の畑だからな、自分ち以上に丁寧にやることは大切だが、勝手に手を入れるのもよくねエ……。たく、孫の顔が拝めるからってあのデレスケどもが、潔く棄てりゃあいいもんを」

 渋い顔をして言う全身銀色の宇宙老人は、コーヒーをナッツを抓みながら一杯、静かに嘆息した。すると、

「とか言いつつもテメエだって自分の孫娘にデレデレなのによぉ……」

 直立二足歩行の人間大の犬が言い、

「そいつに任せてみろって言ったのも自分なのになあ?」

 液体型の宇宙服を着たエビがニヤニヤ揶揄する。ノーカが隣の畑だった、というのもあるが、最初にその期間、畑の面倒を相談したのはケンの元である。

「……それにしても、土を掘り返してそこにただ種ぶん投げるなんてもんからよくもまあ成長したもんだ」

「ああ。ありゃなんで農業始めたんかとあんときゃみんな正気を疑ったなぁ……」

 二足歩行の犬――フライトジャケットを着た宇宙老人が、また年季の入ったニヤニヤ笑いを浮かべ言い、それに合わせてエビ型――服の所々にサンゴや貝殻を散りばめた甲殻類系宇宙老人も、つぶらな黒の瞳に、口髭染みた節足をわしゃわしゃ動かしカッカと快活に笑った。 

 テーブル上、エビがシャコシャコとその節くれ立った手足を動かし、小さな鋏で器用にカードの山から一枚手札に加える。犬はそのまま、銀色スプーンは二枚替える。ポーカー……と呼ばれる古い遊びだ。店には他にもチェスやリバーシ、将棋などの使える古美術品アンティークが置かれている。

 ノーカの過去の失敗を、先達の余裕を醸し出して、しかし嫌味なく笑い、老人三人揃って午前の良い時間からトランプカードを片手に煙草を加えてコーヒーで駄弁っているが、彼らもノーカと同じく未明から午前までの仕事に切りを着けここで健全な時を潰しているだけだ。

しかし、年寄りの長話が出つつあるので、ケンはゆっくり眼と顎でノーカをいぶし銀に向こうへ行かせようとする。

 プライベートの長話は苦手である、彼のそれをよく知っていた。

 聞きに徹する置き物になることも出来るのだが、ノーカはケン以外の二人に軽く会釈で挨拶を済ませて近くのカウンター席に座った。体を動かし小腹が減っていたのでとりあえず――コーヒーと、トーストをクラゲ夫人に注文をした。

 昼が近いので腹をほんの少し埋める程度のそれを待つ。


 と――


 ノーカの背後で、三人の老人たちは、

「……ウヒヒ、じゃあそろそろ嫁取りだな?」

「……いや、それはまだ早いだろう?」

「ケヒヒ――バァカ、こいつの歳じゃむしろ遅いだろう?」

テーブルに前のめりに、犬とエビ型の宇宙人が。ケンはそれにあまり乗り気ではない様子の渋い顔だが、しかし仕事が出来るようになった弟子の今後の私生活を案じればと強くは止められず。

「いい$35&*(風俗的な文化)でも紹介するか?」

「お勧めの¥$%&#=(デリバリーなアレ)の方がいいんじゃねえか? この辺りに身軽な年頃の若い女もいい女も居ねえし」

 ノーカは、犬とエビの言葉を耳から素通りさせた。まったくもって興味が無かった。

「……いや、そこはあいつに任せた方がいいんじゃないのか」

「それだったら役所で@:=~¥・&%(宇宙が広すぎて出会いが生まれない種の保存システム)の募集に放り込んだ方がいいんじゃねえか?」

「いやいやいやあれは止めた方がいい! 種の相性しか見てねえからド偉い顔したのと鉢合わせすんぞ!」

「ならまずはアレが好きそうな女がいないか――この辺りでちゃんと探す所からだな?」

 仕事しか出来ない、わば半人前の男を――更に一人前にしようと。

 下品な何かをのたまっている。しかし、常に跡継ぎ問題に悩まされる、そんな農家達ゆえの気の利かせ方でもあるのだが。

 それを出汁にエビと犬は自分達もイカガワシイ設備に繰り出そうとしてもいた。

 本人達に悪意は本当にない。一応本当にノーカの将来を案じ家庭を持たせ家族の温かみを得させようと――精神的に、そして性的直結しているその過程の一つを上らせようとしているだけだ。

 そんな下品な老人たちを、

「――おじいちゃんたち! そういうのは別のところでやって!」


 全身銀色の宇宙人少女が叱責した。

 厨房の奥、倉庫と仕込み室から、卑猥な話に堪えかねた様子だ。

 包丁を置きそこから出て来る。

「まったく! ノーカさんが素直だからって何から何までおもしろがって! そんなことばっかしてると婆ちゃん達にブラックホールにケツから叩き込まれるからね!?」

 店のエプロンを着け、簡素ながら少女らしくも華やかな給仕姿で、袖捲りしているが。

「あーっ! レナちゃ~ん、コーヒーお代わり~」

「儂も~」

「……オレもだ」

 ケンを除いて、その剣呑な表情にも全く堪えず、若い娘とアイドル扱いでちやほや騒ぐ。

 それに彼女は食堂の床を闊歩し、まあまあと柔和な笑顔を崩さないクラゲ夫人からすれ違いざまコーヒーの溜まったガラスボールを受け取り、ホールに躍り出ると喜色満面のその口を塞ぐべく、テーブルに置かれた空のカップをそのまま。

 手に取らず、高所から三老人におかわりのコーヒーを口きり一杯の表面張力を狙い攻め乱暴に継ぎ足し、

「ちょ、跳ねて」

「あっ、ちょ、止め」

「……」

「――はいっ! おかわりっ!」

 年寄りのアイドルからの貢物を、飲まないわけにはいかない。

 揺れる黒い湖面に、両手で掬うよう慎重に持ち上げるそれに、自然と黙った。

 それを微かに振り返りながら満足げに見つめ、何も言わずに先に来ていたコーヒーを飲んでいたノーカの元へ行き、

「……ノーカさんもね? ミルクたっぷり、砂糖ちょぴっと」

 ほんのり甘い声で、丁寧に。カップを持ち上げ手ずから淹れニッコリ。――彼にだけ特別な営業スマイルを浮かべる。

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