第3話 新天地はいずこ。

 同僚たちと別れて来た街には、ほぼ見覚えが無かった。

 高層ビルに巨大な看板、訳も分からないファストフードや個人店舗、その裏道に建ち並ぶ雑居ビルに、人混み、人混み、そして人混み。

 飛び交う反重力車両。犬耳の宇宙人、猫耳の宇宙人、虫の宇宙人、トカゲのそれ。

 軍に所属し何年だったか、現部隊に配属されてから長いようで短い時間だが、その間にこの街でまともに訪れていたのは、付き合いで同僚に連れ出された酒場Barと如何わしいストリップ劇場、あとは、マリーに服屋に連れまわされ一緒に一通りの私服を買い揃えさせられたことぐらいだ。

 そんな数少ない思い出だけ残す風景にも、やはりノーカは何の感慨も持たずに。

 歩き、途中でバス停を見つけてそれに乗り、そのままどこにも立ち寄らず街外れにある宇宙港へと向かう、平和な街中にある仕事が出来るとは思わなかった。

 基地以外に寝床はない、帰る家か家族があるならそのどちらかに向かうものだが、そのどちらもなかった。仕事も無いのだから安宿でも連泊するわけにはいかないだろう。

 やはり、どこかの戦場か、フリーの傭兵として身を立てるか。

 なら武器を調達するか、戦地に近い星系を目指そうかと思ってのことだ。

しかし、親代わりの言い分では自身は軍人に向いていない――兵士に向いていないということだった。それなのにこれを続けるのか。

 軍人という職業を捨てるだけでなく兵士という生き方、生きる手段、それも捨てるべきではないのか。

 ノーカはそう冷静に鑑みながら、空港のロビーに着いた。

 そこに居るまばらな人を避け受付へ行くと、カウンターとディスプレイの向こう、ノーカに気付き、顔を上げた受付嬢に、彼は声を掛ける。

「――すまない」

「――はい、どうかなさいましたか?」

 とりあえず、これからどうしたものかと半ば考え事をしながらの、うわの空でありながら、その考えを整理し、とりあえず、これからどうするのかを探そうと、

「……ああ。暇が出来てしばらく旅をする予定なんだが、今何か薦めのプランはあるか?」

「――畏まりました。ですがそういったご相談でしたらそちらの旅行会社がお勧めですよ?」

 手の平を仰向けに、受付嬢はロビーの片隅にある観光会社の看板と、その下の小さなブースを指し示す。ノーカは振り向きそれを確認するが、

「ああ……すまない。正直に言うが、旅というより定住先、移住先を探していて観光目的ではないんだ。……あそこはそういう類ではないと思うのだが」

 つまり転居を目的とした現地の下見だろうかと受付嬢は想定する。同時に、ありきたりだが暇って失職のことかと。

 分からないよう鼻で溜息を吐く。なんともな無計画ぶりだ。そういうのは実際に足を運んでから考えるのではなく、事前に下調べをしてそれから現地の視察にいくものだろうと。急のやけっぱちか、それとも本当は傷心旅行なのではないかと疑う反面、どこか困った様子も無く真面目に思案している顔に、情緒的な不安定さは無い、逆に本当のバカの気配を感じつつ、

「……左様でございましたか。そうですね、確かに。…………失礼ですがご失職なされたのですか?」

 受付嬢は思案しつつ、敬意を払うかのような朗らかな笑顔の元、訊ねる。

 苦笑いや嘲笑に表情を崩すどころか、経緯を知らない相手に無礼にならないよう努めた一流の笑顔だ。

 業務マニュアル外だろうに、真摯に、行先を決める手伝いをする様子。

 それにノーカも敬意を払い、誠実に話し始める。

「そうだな。理解ある上司に提案されて、自分も以前から気に掛っていたことではあったので円満にな。……急な話だったが同僚も概ね同意し快く見送ってくれた。今ついそこまで丁重に送ってもらったところだ」

「それは大変良い職場に恵まれたのでございますね?」

「ああ。ありがたいことだと思う。しかし問題はこれから――これから、これまでの職業柄、前職と同じ括りには向かないと思うのだが……かといって街中での平穏な仕事は勤まらないと思ったのだが、そこから先が思いつかないんだ」

そこで改めて自分の学歴、経歴を思い返し、一先ず、金を稼げて、問題となったそこが問われないような職業はなんだろうと思い、

「多分、出来れば体を動かすような仕事で、それが溢れていそうな土地がいいんだが……なんでもいいんだが心当たりはないだろうか?」

 平穏な仕事が勤まらない、というフレーズに受付嬢は不穏なものを感じつつ、

「そうですね……微力を尽くしたいところですが、失礼ながらそういう内容でしたら市の民生課か職業案内所にご相談なさった方がよろしいのでは? 私共より、より専門的な知識と窓口を構えていらっしゃいますよ?」

「……それも考えたんだが、自分より以前に退役した同僚がそこで税金目当てに引き留められた挙句とんだ債権を背負わされてもはや身を振ることも出来ず、買わされた土地と家を取り上げられて刑務所行きになったらしいんだ」

「……そ、それは――」

 受付嬢が戦慄したエピソードは、ノーカが基地で見聞きした体験談である。

 その兵士はノーカと同じように家族も家も無く、退役前から市の窓口に次の就職口や住居の相談に行っていたのだが、退役後、国債を買えるだけ買わされて、更には高い土地と住居をグルの業者から買わされ、その預金の底まで浚うような固定資産税に、国民税と市民税を搾り取るだけ取ったあと未払いになったら即全ての資産を差押えられ立ち退きを要請されたという。

 兵士が命を懸けて稼いだ金と人生を、愛国心を盾にその名誉まで奪い取った残酷な仕打ちだ。その後、彼は見事宇宙海賊に就職し、それをノーカ達で撃沈したというちょっとした悲劇まである。

「……彼は戦場返りで、心を病んでいてな……医者に掛かりながらでは肩身が狭く職場で上手く行かなかったのもあるらしいが……そうしたやり取りに慣れていないそこを突かれたんだろう。学が無く、彼も兵士としての能しかない男だったが、それだけに自分も二の舞いになりかねん」

「……じ、人口流失はいまや地方、辺境に限らずどの都市、国も抱える問題ですからね……その市の職員の方はかなり悪質ですが、なりふり構っていられなかったのかもしれませんが……え、ええっと……」

 受付嬢は平常心を装い、自分も税金を払っている国と市へのフォローのあと、しかし正面を見られず手元の情報端末から電脳ページへと逃げ込んだ。

 とりあえず税率の低い銀河、もしくは星系をと――そこでかねてから自分も検索していた――客の来ない待機時間アイドルタイムに暇つぶしに見ていたとある雑誌ページのことを思い出す。

 そして脅威のタップ操作で瞬時にそのブックマークを呼び出し、

「……そうですね……それでは、こちらのプランなど如何でしょうか?」

 受付嬢は端末のモニターから画面を立体映像表示にしノーカへ向けた。

 それはとある辺境銀河のとある星系のとある開拓事業の広告で――人員の募集要項がそこには書き連ねてある。

 年齢問わず、職歴、経歴不問、未経験の方も大歓迎! 経験豊富な前歴者の技術指導もあります! 今なら新生活応援サービス期間! 敷金礼金無料、住居、機材及び資材貸出無料――! とある。

 それはまるで、家電量販店の安売りチラシのようなレイアウトと売り文句で、常人であれば一歩、引いて見る――怪しさだが。

「……移住者、および開拓作業員、環境観測員の募集か……」

 必要とされる技能の欄には、そこで取り扱われる機器、車両の免許や各種作業用重機に船舶等のそれがあるが、軍籍時にそれら取れる資格はすべて取っていた。

 つまり十分つぶしが効く。

「住居と合わせてのご就職をお考えでしたら、こちらなど中々のプランだと」

 受付嬢の視点からしてみれば、この募集で一番魅力的なところは開拓事業の従業員として衣食住が与えられるところだ、これなら移住の為の初期費用がかなり抑えられる。そして、開拓以降の現地で可能とされる仕事――独立した事業者としての技能も、希望すれば指導者が付けられるのなら確かに未経験者でもある程度の自立の保証が見込めるだろうと。

 更には定められた期間様々なノルマを熟せば、それまで貸与していた機材や住居をそのまま譲渡とあるのもいい。これはそれまでの賃貸費用を購入費として宛がうようなものだが、それでも同額の中古物件を新たに買うより遥かにお得である。

 間取りや外観のデザインまで自分好みの新築がいい受付嬢の趣味ではないが、正直大分至れり尽くせりだ。

 なによりノーカの希望通りの肉体労働と、その片道分の旅券とその料金表も抜かりなく提示しておく。

「もちろん現地での面接や書類選考も必要ですが、こうした事業であればお客さまの経歴であればまず落されることは無いと思われますし……」

「……かなりの好条件だと思うが、なぜこんなものが?」

 それは受付嬢の個人も転職を考え探していた宇宙ウェブページ『田舎宇宙でゆったりスローライフ☆』の特集記事だからであるがそうではなくて、

「比較的新しく発見された星系ですので、長期にわたる居住の生体面での影響までは確認されていないのかもしれません。……現地惑星に存在する細菌、ウィルス等に他の銀河、または星系に生きる人種の免疫機構が馴染むかどうかや、逆にその過程で外から持ち込まれたそれと現地のそれが掛け合わさり予期せぬ変異を引き起こす可能性もあるでしょうし、固有の気候現象に天体現象、機械の予測だけでは判断できない長期的な観測も必要でしょうから」

「……なるほど。そうしたリスクも容認できるなら――ということか」

「ええ」

 受付嬢の学識、博識さに感嘆と頷きを返し、口数少ないながらもしっかり理解してみせるノーカに、彼女もまんざらではなく笑顔で頷きを返す。

 女の努力を礼儀正しく理解し、従順に返してくれる男は好きだった。

「――では、このチケットを」

「――かしこまりました。ただいま券を発行いたしますので少々お待ちください。……ですがよろしいのですか?」

「ああ、これなら十分許容できる」

 行けばどうにでもなるだろうという半ば思考放棄のそれに、

「――流石は軍歴がある方ともなれば逞しいのですね?」

「そうでもない、それが向いていないと判断されての退役だからな」

「……」

 最後の最後で詰めを誤ったかと表情を強張らせる受付嬢だが、

「すまない、気を遣わせたようだな」

「い、いえ――ではこちらを!」

その星系行きのチケットを彼の情報端末に送った。

 気を遣われた、気に病まれたというそれを気遣う、ノーカの上目遣いの忠犬のような表情に一瞬グラりと心と頬を火照らせる受付嬢だが。

 ノーカはそれを受け取るともう用はないと言わんばかりに無表情で宇宙船の発着場、その搭乗ゲートの方へスタスタと歩き出した。

「――あ、あの!」

 振り返るノーカに、

「――お客様、よい旅を」

「……ああ。ありがとう、貴女がそこに座っていてくれて助かった」

 ノーカは先立っての仲間たちとの別れから学び、丁寧な会釈と礼の言葉を送り、礼儀を通してからまた改めて踵を返した。

 そうして、この土地で最後の出会いと別れを経て新天地へと向かったのだった。



 その背中を、たまたま捌いた受付嬢だけが深いお辞儀で見送った。

 その後、不愛想に見えて、なけなしの常識と良心が籠ったノーカの挨拶に受付嬢はまだグラグラと心と体の温度を火照らせていたのだが、それを猛烈な眼で見ていた隣の同僚が一言、

「……アンタ、この仕事向いてないんじゃない?」

「えっ」

「その一目惚れリアクション、何人目よ?」

「え、ええっと……十五人目?」

「……」

 辟易とした同僚の視線に、彼女もまた、やや本気で転職を考えるのだった。

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