冬 不揃い品評会

 煌びやかな衣装に身を包まれてもなお、晴れることのない小春の表情。

 それでも、気遣う、などという芸当を志眞に期待する気はない。

 無遠慮に「似合っているよ」と笑う優しい顔を、頬を撫でる手を、拒絶できたらどんなに良いだろうか。

 手を引かれて席に座れば、厳めしい顔の老人が目の前に座している。

 改めて、あれが現当主だと志眞が囁いてきた。

 周りをぐるりと囲うのは、ふてぶてしい相貌の男たちが大半に、老人と似た顔つきが数人。志眞に似た若い顔もあるが、どれも何かに怯えるような目をしていた。

 志眞が再び小さく、彼らは春野宮財閥の重鎮だと告げる。

 少しばかり目を見開けば、志眞が爽やかに微笑む。

「すごいだろう? 現当主の叔父上とあの中の数人以外、全員使えないときたものだから。私の兄たちも、見ての通り、ぼんくらばかり」

 身内を紹介するにはあまりの言い草。

 だが、確かにそうなのだろう、と小春は納得してしまった。

 生き様は顔に出る、とはどこかで聞いた話だが、ここまで如実に出ている面々を前にしては、志眞の言は的を射ていると頷かざるを得ない。

 とはいえ、ここで小春はふと疑問に思う。

 小春がこんな格好をして志眞と並んで座らされ、当主や重鎮たちを前にしているということは、正式にこの場で婚約、あるいは婚姻が結ばれると推測はできる。

 だが、そんな場に果たして志眞が、彼らのような人間を置きたがるものだろうか。志眞の性格上、世間的に祝い事とされる婚姻には、それが自分のものであるならなおさら、決して己の益にならない者を同席させないはずだ。この男ならば、肉親や重鎮と呼ばれる者たちであっても、この場に同席させない方法はいくらでも思いつき、実行する手立てはあるだろうに、何故――?

 自分の感情を一先ず置き、あるいは、逃避するようにそんなことを不可解に思っていれば、目の前から聞こえてきた咳払い。

 意識を前に戻したなら、当主の隣で信貴が渋い顔をしていた。

「えー……今回皆様方にお集まりいただきましたのは、先代のご子息である志眞様と、我が娘、小春との…………婚姻について、ですが」

 馬鹿げた集まりだとは父とて思っているのだろう。

 あまり聞かない歯切れの悪さに、小春は内心で苦笑する。

 ――状況は全く笑えないのだが。

 すると内の一人が、

「良いのではないですか? 優秀な幸乃君の娘御だ。申し分はない」

「ええ。手伝いどもの話では、所作に不審な点はないとも聞きましたし?」

 と、次々小春の批評がなされていく。

 縁談というのはもう少し色気のあるものでは?

 これでは本当に、新商品か、使い勝手のよい道具を品定めする雰囲気。

 人としての尊厳など得られない、不躾な視線が小春の気を徐々に滅入らせる。

 やがて、口々に交わされる意見が婚姻を過ぎ去り、相続にまで及びだす始末。

 しばらくして、それまで沈黙を保っていた当主が口を開いた。

「して、娘御や。お前さんはどう思われるかね?」

「…………………」

 自分事とは捉えられず、完全に他人事と見ていた目が、一瞬揺らぐ。

(どう…………とは?)

 姉を盾に婚姻を迫りながら、今更意見を尋ねるのか。

 爆発しそうな思いに駆られ、立ち上がりかけた肩を押し止める手がある。

 振り向けば志眞が、小春ではなく当主を見て言う。

「叔父上。しばらく時間をいただけませんか? 小春は今、混乱しております故」

「ほ、時間とな?」

「ええ。こんな品評会染みたもの、彼女は始めてですから」

 物怖じしない志眞を、当主はジロリと睨む。

 隙のない鋭い目に気圧されるばかりの小春は、志眞に手を引かれて庭へ出た。



「さて、小春。どうする?」

 集った人間なぞ忘れた素振りで小春に尋ねる志眞。

 ここに来ての問いかけに、小春は理解できないと眉を顰めた。

「どう……とは、どういう意味ですか? 姉様を治す代償だと、貴方は仰って……」

「そうだよ。けれど叔父上は見た目通り、厳しい方だからねぇ。下手な覚悟で嫁がれて、将来有望な私の足を引っ張るような気概じゃ、納得してくれないだろう?」

「将来、有望……?」

 確かに彼の打算的な考え方は、あの老人の瞳と連なっているとわかる。

 もし小春が春野宮の者で、先代の子息の中で誰が次期当主となるべきか選べと言われたなら、確実に志眞を選ぶだろう。少なくとも、今日の顔ぶれの中では。

「つまりは覚悟だよ。この際、君のお姉様は放ってさ、もう一度、よく考えてご覧?」

「ですが、断れば姉様は……」

「もちろん、治療は受けられないだろうねぇ」

 残酷なまでに優しい顔で志眞は微笑む。

 退路は完全に断たれているのに、なおも聞くのか。

「私はねぇ、小春? 私の下にあろうと、君があの人形師殿を想い続けても、良いと思っているんだよ?」

 人形師殿――その言葉に小春の心が軋む。何故今更、久紫のことが出てくるのだろう。彼はさつきとの婚姻を結んだはず。さつきが望むまいと親には逆らえるわけもなく、久紫とて幽藍にいる以上逃げ道はない。

「君の姉様のように、叶わない恋に焦がれ続ける女ってのも、中々面白そうじゃないか。ただ傍に置いておくだけでも、見ていて飽きないだろう?」

 完全な侮辱。けれど怒る気力さえない。

 ここに居れば姉は救われ、志眞を嫌って去れば姉はあのまま――あの瞳のまま。

 志眞に毒される不快さから忘れていた。

 募っていた久紫への想いが、急速に気味の悪さへ変貌を遂げる。

 例え己の意に沿い、幽藍へ、世話役へ帰ったとて、さつきと婚姻を交わしてなくとも、久紫のあの目を見なければいけないのだ。

 あの、何者かに焦がれる瞳を――。

「小春?」

 打算に満ちた瞳には決してあの色はなく、ただ小春を映している。

 どう転んでも報われない想いを自覚し、頷けば頬を包み込む両手。

 払えば逃げられるものを、小春は構わず、挑むように顔を向ける。

 にやついた志眞の笑みが下りてきても、近い呼気が唇へ触れても、そのまま。

 そして――見守る者たちからのどよめきを聞く。

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