第二話
メアリーは真っ暗なスコープを覗きつつ喋る。トリガに指をかけ、それは標的が現れるのをひたすら待つスナイパーのような。
「レッティ! レバー引いて! はやく!」
「わかってるメアリー! いまやってるよ!」
砲塔の重量が極端にある分、フォーム・オルターに対する代償が大きくなるために、ティーンエイジャーの少女では話にならないほどにそれは重い。
『こちら〈レキシントン〉、何やってるの? 早く着陸して』
「は、はい! 小隊長!」
だがレッティは一向に中層ビルの屋上に着陸しようとしない。レバーが重いのか、それとも怖いのか。
「こんなとこで怖気づいちゃだめよ、レッティ。あたしたちは、中尉を守るって決めたでしょ? たとえ命に代えたとしても」
「でも! 死ぬのは、怖いよ……」
レッティはか弱い女の子だ。メアリーよりも一つ下で、小隊の中でも最年少。だからこうやって不安になってしまうのもわかるし、肝心な時に力が入らないのも、メアリーには分かる。親友として、一番レッティのことを分かっているのだ。
「大丈夫! 死ぬのは今日じゃない。ほら言って、私にはできるって。いや、私にしかできないことなんだって」
「私にしかできないこと……」
「そうだよ、レッティ」
メアリーは優しく投げかける。きっとそれが効果的だと確信しているから可能な所業であり、本来の軍隊であれば有り得ない。
「えっと、ワイヤーアンカーを射出して、そのまま着陸するんだよね」
「そう。それがあたしたちオリジナルの即応着陸方式」
「それが、私にしかできないこと」
格好つけて言っているが、この着陸は未だに成功したことがないのである。たった二度の訓練でも、たった一度の軍事演習でも。
メアリーはレッティを励ましながら、内心照準が震えるほどに緊張していた。
「よし! ワイヤーアンカー射出!」
「り、りょうかいっ!」
機体下部から五本のワイヤーアンカーが一斉射出。中層ビル屋上に素早く強靭な刃が金切り音を立ててコンクリートに埋まった。
ワイヤーはボタンと共に巻きつき始め、エクシードが行動不能になったのと同時に、硬かったレバーはワイヤーの力か緩んで変形を開始した。
「うわぁぁぁぁぁぁ! 落ちるぅぅぅぅ!」
「大丈夫! ワイヤーで固定されてるから落ちることは……多分ない!」
「メアリー! 不安だよそれ!」
「レッティは操縦桿握ってて!」
「今はフォーム・オルターの最中だから操縦不能なの!」
「高度下げて! 高度!」
「だから無理なの!」
屋上のコンクリートがもろくなくてよかったと二人は安堵する。M1A3エイブラムスと比べて砲塔の重量がはるかに大きいから、コンクリートをワイヤーで抉り取ってしまうのではないかと心配だったが。
キャタピラはコンクリートに引きずられて転輪から外れ、ボコボコになっているがまぁ良いとする。
〈ラングレー〉は狙撃手なので移動はほぼしない。スナイパーライフルでいうバイポッドはワイヤーで代用しているのだからブレーキも必要ない。
「こちら〈ラングレー〉、着陸完了」
レッティは自慢げに、ドヤ顔でそう言った。頬には切り傷が入っているというのに、よくそんな顔でいられるな。
『了解、敵車輛の位置情報をそちらに送る。後方から嫌がらせしてる嫌なT-288を160mmの
小隊長の〈レキシントン〉からの無線は、透き通る可憐な、そして少しばかり子供のような声音を。
「了解、小隊長」
メアリーはニヤリと嗤い、スコープに映る巨大な敵戦車の影に中心のリングを被せる。通常より40mmも口径が大きく貫徹力も馬鹿が付くほどに高いM1A4エイブラムスならば、どこに当てても貫通、運が良ければバラバラになるだろう。
だがその代償も計り知れない。だからこそバンポッド、もといワイヤーで固定している。
「副砲発射」
微かな音を立てて、70ミリの弾頭が僅かな曲線を描きつつ敵戦車に向けて迫る。
「副砲の弾着を確認。垂直方向に六度下方修正、水平方向に二度右側へ修正」
レッティはそう言う。真面目な観測手モードだ。去年、初めてバディを組んだ時からしたら考えられないほどに。
主砲装填完了。
「主砲発射」
『こちら〈エンタープライズ〉。変形時に空対地ミサイルの誤発射を確認』
「オペレーションルーム了解。帰還後、原因究明と修理を急ぐ」
実験部隊の司令部にしては大げさな、そして豪勢なモニターのサイズと数だなと、そこにいる誰もが考えるだろうか。
事実そこにいる人数は三十人と破格で、六人の隊員を見守るにしては多すぎる。
「特殊作戦小隊とは名ばかりの、これが初の実戦投入となる実験部隊ですか」
「少年少女だけしかいないが、これがなかなかの練度でな。おそらく本国は、もう三カ月で量産型を完成させて本格的な導入に移るだろう」
雛壇のように連なるオペレーションルームのトップに座る初老の男と、その隣に立つまだ若い男。各車両が映し出すガンカメラを凝視して、戦況の把握をする。
「まだハイスクールにも満たないようなものばかりですよ。ペンタゴンがこれを認可するとは思えませんが」
「こうして実戦に投入されたのだ。試作機か量産型かの違いだけだよ」
「だけれどですね……」
「あれを見ろ」
とある一つのガンカメラが拡大され、巨大なモニターのほとんどをそれが支配する。戦車にあるまじき――中層ビルの屋上。
「160mm装弾筒付翼安定徹甲弾、通称『不死鳥の末路』。後方にいる自走榴弾砲よりも巨大で、二次大戦の大艦巨砲主義を彷彿とさせるだろう?」
「M1A4エイブラムス……。二年前に極秘裏で開発に着手された怪物、ですね……。まさかこの隊にいるとは思いもしませんでしたが」
「奴が火を噴くぞ、見ていろ」
〈ラングレー〉はまるで氷のように冷酷に。その巨大な砲をゆっくりとまわして、照準を目標に定める。
「あまり期待はしていませんが……」
「不死鳥が降臨したようだ」
そう食い気味に言ったかと思うと。
初老の男は悪魔的な笑みを浮かべ、モニターに映るガンカメラのリアルタイム映像を睥睨している。
不気味だと、若い男は思った。
「……まさか」
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