第三話
二輌の銀色を輝かせるM1A3エイブラムスは地面の破壊もものともせず、微速前進し砲塔を回す。
さて帰還できるかなとぼやきつつ、そろそろだとノエルは息をのんだ。メアリーとレッティが訓練通りに遂行できているのならば。
刹那。雷鳴の様な轟音が、耳を破壊するかの如く響き渡る。
来た、ノエルはそう感じた。
『やりすぎだね……』
「だな」
一輌のT288が数十トンの重量があると考えられないほどに、物理法則を無視したかのほどに、宙に浮き焔を抱きながらビルに突き刺さった。
「GOOD JOB〈ラングレー〉。〈エンタープライズ〉、共に来い。全速力で敵の前へ、二輌で全滅させるぞ」
無線のチャンネルを〈エンタープライズ〉との二輌だけに限定し、ノエルはインカムに向かい冷徹にそう言った。
『了解』
やらかさないでくれよ、ミリーさん。
「任意で撃て」
発砲、発砲、発砲。
120mmの
今敵は恐らく、そこにいるはずのないエイブラムスが急に現れて驚いていることだろう。それか味方の戦車が吹き飛ばされたことに対してパニックになっているか、戦闘機から戦車に変形した兵器に対して恐怖しているか。
そのどれにしても、複数人の搭乗員が必要な戦車で一人が死ぬか怖気づいてしまったらその時点で終焉だ。
操縦手が動けなかったら反撃してくる的。それが砲手であったら動く的。そんなもの自動装填装置があれば、二輌で殲滅するなど容易い。
敵の混乱が視覚的にはっきりと伝わるというものは、悪趣味ではあるが中々に面白く、そして楽しい。
この部隊は初の戦闘であるが隊員はみな戦闘経験がある。元々孤児で、行く宛がなかったところをアメリカ陸軍に飼われ、今に至る。
だからそんな、客観的に見たら狂気的な感性も、当たり前に持ち合わせているというわけだ。ただただ憎らしい敵に、慈悲のひとかけらもなく。
「ロシア兵は練度が低い代わりに数が多いとよく言ったが、それが通用するのはせいぜいヒトラーまでだったな。現代戦は質が物を言う。お前たちロシア人に勝利は無い」
ノエルはそう独り言ちた。
別れの言葉を囁きながら、
「停止」
二輌のエイブラムスは履帯を止め、葉擦れの音に聞き耳を立てながら、敵の姿をガンカメラを回転させ捜索する。
『敵影無し』
「こっちも敵影無し」
おかしいと思いつつ、ノエルは無線のチャンネルを変更する。
「〈ヨークタウン〉、〈ランドルフ〉。敵飛翔体を撃墜後、送信した位置情報をもとに救援を」
『了解』
『エースの小隊長が救援って、どんなヤバいやつ来たんすか』
「Shut up! 早く来い!」
ノエルは顔を真っ赤にしながらそう叫喚し、彼の応答も介さずまたチャンネルを回した。
やはりここが落ち着く。自らの僚機とのチャンネルが。閉塞感のある車内の雰囲気を和らげてくれる気がするからだ。
「コードネームに慣れたと思ったら、次は忠誠心の不足か。どう教育すればいいものか……」
『きっと冗談で言ってるんだよ。気にしないで、穏便に、ね?』
「はぁ……」
『――それにしても、見当たらないね』
左耳の向こう、操縦桿の折る金属音が聞こえる。ボタンを押して、機関銃を発射する音も。
「ちょっと、機関銃撃ちすぎ。手軽だからって何発も撃たないで、弾の無駄だよ」
『で、でも索敵を……』
「〈ヨークタウン〉と〈ランドルフ〉が来てからでも遅くない。壁に沿って微速前進、エンジン音を響かせないように、ゆっくりと」
『了解』
とは言ったものの、エイブラムスのガスタービンエンジンでは不可能に近い。
排気温度が非常に高いため、熱源目標になりやすい。もし一方的に捕捉されていたなら、一巻の終わりだ。
残り三輌のはずだが、一向に敵戦車の影は無く、ただビルの合間をエイブラムスはゆっくりと這う。
敵の航空支援は無いだろうが、万が一に備えてM2ブローニングを空に向ける。
『撤退したのかな。どこにも見当たらない。〈ラングレー〉も、敵影は確認できないって』
あのロシア人が撤退だと?
コミュニストどもに撤退が赦されるわけがないだろうに。
なのだから、確実にいる。
「目視では駄目だ。偵察ドローンは?」
『航続距離が足りなくて無理』
〈エンタープライズ〉の誘導装置は優秀と聞くが、基地からマッハ3を超える速度で飛んできたのだから、追いつけるわけないか。
『こちら〈ヨークタウン〉。これより着陸準備に入る』
〈ヨークタウン〉の、静寂な冷たい生真面目な声音。
二機のエクシード。合計四基のジェットエンジンが鳴り響く音が聞こえ、ノエルらの対称、前方一キロほどのビルの向こうに着陸する。
エンジン音を観測していない以上、そう遠くへ消えたわけではない。ここで包囲し、完全に息の根を止める。
『こちら側に敵機の存在は確認できない』
〈ヨークタウン〉から追って通信。本当に逃げたのか? そう思いながら照準器から目を離し、ハッチを開けてひょいと顔を上げる。ガンカメラや車載カメラを十割信用しているわけではないが、流石に大丈夫か。
だが、およそ十メートル。そこには緑色の鋼鉄が鎮座していた。こちらの車体に向く、おそらく125mmの砲身。
「Shit…!」
轟音。
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