第一章
第一話
『サンドリオン。それはシンデレラ。麗しいシンデレラは果たして、人を嬲り、風穴を開け、鏖殺することがあるだろうか?』
〈無面相〉ノエル・凛風・クルセーダー中尉
薄明の刻を告げるアンカレッジの摩天楼を見下ろすように突き抜ける五つのF-67エクシードはまるでワルキューレのようだ。
「〈レキシントン〉より小隊各位、ビルに注意しつつ全速力で飛行せよ。侵攻する敵軍の未確認車輛を迎撃する」
ノエルは操縦桿を曲げ、ディスプレイに表示されるレーダーを凝視する。未確認車輛の反応は二つ。空対地ミサイルで行けるか、それとも――。
右操縦桿のトリガ近くに添えられたレバーに手をかける。これはなるべく使わないようにしたいが。
従来のエクシードはコクピットにクラシックなディスプレイをいくつも置いていた。しかし、数年前の大改良で全てがホロディスプレイへと変貌した。
そしてガラスが廃止され、ほぼ三六〇度のリアルタイム映像がヴァーチャル・リアリティのように表示されるようになった。
規則正しいエクシードの編隊は、新設された小隊とは思えず、訓練されたオリンピック用の飛行隊のようだった。
敵の攻撃で廃墟と化し、灰の塊と化した一昔前の高層ビル群の上空を飛ぶ小隊に、続報が舞い降りる。
『こちら〈ヨークタウン〉。三時の方向から、こちらに接近する飛翔体をレーダーが観測。レーダーの機影を見るに、敵は四機でこちらより高度は低く、我々に気づいていない様子です』
少年の声はそう淡々と告げた。
周辺のロシア軍のレーダー基地は友軍が破壊済みであるため、こちらの反応速度が上がるのは必然だ。
「了解。サイドワインダーを搭載している〈ヨークタウン〉と〈ランドルフ〉は空中目標の撃墜に、私と〈エンタープライズ〉、そして〈ラングレー〉は変わらず地上目標の撃破に当たる」
『了解』
『よしきた!』
〈ヨークタウン〉と〈ランドルフ〉の隊員。
二機は編隊を離脱し、歩調を合わせながら三時の方向に向かって翔けた。
ノエルはそれを見送り、飛び去って行くジェットエンジンを眺める。
「〈エンタープライズ〉は私と一緒に来い。〈ラングレー〉は六時の方向にある青い中層ビルの屋上から援護を」
『〈エンタープライズ〉りょうかい……』
『こちら〈ラングレー〉、あの狭い屋上に着陸するのですか⁉』
エクシードは超音速機である。超音速でなくとも、飛行状態を維持しているその速度で、滑走路の五十分の一にも満たない場所に降り立つなど、これまでの戦闘機では確実に不可能だ。
「無論。任務遂行の為に、失敗は許されない」
『小隊長、それは無理が……』
「何か文句でも?」
『ひいっ!』
無線口で少女の恐れおののく悲鳴が伝わってくる。ノエルもこんな手荒な真似はしたくないのだが。
『小隊長、なかなか肝座ってますよね……』
〈ラングレー〉のもう一人の隊員だ。〈ラングレー〉のエクシードは、ノエルたち四機のE型とは違いF型で、複座となっている。
先ほどの悲鳴が前に座る操縦手。楽観的なのが後ろに座る攻撃手。どちらもティーンエイジャーになったばかりの少女だが中々に優秀だ。
『〈エンタープライズ〉より〈レキシントン〉。敵の反応が急激に増加。十、十一、十二。もっと増えてる』
「〈レキシントン〉了解。〈エンタープライズ〉、青いレバーに手を添えておけ。時間がない、即応着陸方式でいく」
二機のエクシードがゆらゆらと、摩天楼の合間をまた駆け抜ける。爆撃の絶えなかったアンカレッジのビルディングは崩れ落ち、地獄のような有様だ。
敵戦車は十五輌。二機の攻撃機でどうにかなるものじゃないし、まず空対地ミサイルが全く足りない。
こんな時に役に立つものが、やはり現代科学技術の賜物と言えばいいだろうか。
統合参謀本部直属の特殊作戦小隊にしか与えられないこの兵器。ただの兵器ではなく、殺戮兵器と形容できるほどに残虐な。
「よし、着陸する。ビルに突っ込んででもいい、敵にお見舞いしてやれ!」
『りょうかいっ!』
――フォーム・オルター。
レバーを雑に弾いたその途端、エクシードの機体が空中分解。いや、すべてのパーツが入れ替わるように、それは変形と形容できるやもしれない。
爆撃で中心から折れた高層ビルに〈レキシントン〉を突っ込ませる。敵にどこにいるかと、悟られるのを少しでも遅くするために。
ジェットエンジンは機体前方に移動し、周囲の酸素を諸々吸いよせ、青白い炎を刹那だけ逆噴射。
操縦桿を折って、そのスピードを緩めるために気休め程度だが機首を上げ、高度は上がらずも空気の抵抗を強める。
ジェットエンジンが確実に機体へ収納されたかと確認すると、刹那機体は地面へ自由落下する。ビル内のボロボロのデスクや椅子が押し出され、柱が破壊され。ガラスが悉く割れていく。
砲身が飛び出し、回転したままのキャタピラが地面を削りつつ這い蹲る。その化け物は甲高い金切り音を立てて。
慣性力はまだまだ続く。エクシードであった時までのエネルギーが、未だ残っているのだ。
二本の操縦桿は肘掛の先端から生えるように移動している。ブレーキをかけるために、体躯の筋力を総動員してそれを引いた。
「うぐぐぐぐっ……!」
数十秒後完全停止。数百キロ出ていた状態からの静止など、従来の戦車には考えられなかった。
それをこのM1A3エイブラムスは可能にしたというわけだ。
見た目はA2から操縦手用ペリスコープが廃止されただけで、大きな変更はない。
中身が全くもって違うのだ。
まずノエルが載っているコクピットは車体中央に移動し、それ以外の搭乗員は消え去った。故に、操縦と発砲は兼任し、装填は自動化された。
エクシードのコクピットとは操縦桿だけが変更され、視界はあまり変わらない。三六〇度のリアルタイム映像は引継ぎ、ガンカメラと車体カメラの切り替えが可能である。
車体カメラにもガンカメラにも、灰色に染められてしまったアンカレッジの情景が映る。痛ましい。憎らしい。
視界の右端には網膜への直接投射で、小隊全機の状態が表記されている。
〈エンタープライズ〉、その他全機異常なし。
〈レキシントン〉、車輛や内部機器に致命的な欠陥は見られず。全機健在。作戦遂行に全くの問題はない。
「〈レキシントン〉〈エンタープライズ〉、行動を開始する」
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