第八章 命

第47話 病魔

あれから数ヶ月が経ったある日、まぁやんが康二の事務所を訪れた。

「あら、まぁやんさん。どうしました?」

受付の女性が対応した。

「…康二…いますか?」

「えぇ、少々お待ち下さい」

いつもの元気がない感じだった。

「こちらへどうぞ」

まぁやんは応接室へ通された。

「よう!どうした?突然。」

「康二、今日仕事何時におわる?」

「今日はもう予約もないし、いつでも抜けられるけど…どうした?」

「ちょっと付き合ってもらいたいところがあるんだ」

「あぁ。いいけど。どこだ?」

「病院なんだ。この間精密検査して今日結果が伝えられるんだけど…」

「そっか。今日か」

「家族の方と一緒にきて欲しいって」

「…そっか。わかった。ちょっと待ってろ」

「悪りいな」

康二はそそくさと雑務を終わらせて、まぁやんと一緒に病院へ向かった。


受付を済ませると、しばらくして診察室に呼ばれた。

「あっ…どうぞ」

医師に促されて、椅子に腰掛けた。

「はじめましてですね。私は消化器外科の杉山と申します。よろしくお願いします」

「お願いします」

医師はパソコンの画面に画像を出した。

「まずは、こちらをご覧ください」

「これってなんですか?」

「これはMRIの画像で、高崎さんの腰の部分です。日頃から腰が痛むとおっしゃってましたよね?」

「えぇ。数ヶ月前からでしょうか」

「なるほど。それでここを見てもらいたいのですが」

「これってなんですか?」

「高崎さん。これは膵臓がんです」

「え…がん…?」

「はい…しかもかなり進行していまして…いわゆる末期の状態なんです」

まぁやんと康二の頭は真っ白になっていた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないじゃないか!」

まぁやんが声を荒げたがすぐに我に帰った。

「す…すみません…」

「いえ…お気になさらず」

康二が杉山医師に質問した。

「ちょっと待って下さい!手術で取り除けば、大丈夫なんですよね?」

杉山医師は俯いたまま。

「手術は…無理です…」

「どうして…」

杉山医師は別の画像データを出した。

「これは肺の状態です。肺にも転移が確認されました」

「そんな…じゃあ…」

「率直に申し上げますね。もってあと1年…いや…それ以下でしょう」

まぁやんは言葉が出なかった。

しばらく沈黙が続き

「俺…死ぬんか…」

「高崎さん。気をたしかに持ってください。あくまで余命宣告は医学的根拠に基づいてのものです。ですが、医師がこんなことを言うのもなんですが、余命宣告よりも長く生きている方はたくさんいます。だからまずはお気を確かに持って、今後の治療について相談していきましょう」

「治療って…治療したら治るんですか?」

「正直言いまして…根治は不可能です…いわゆる延命治療となります」

「延命…」

「延命治療とは、今の身体に負担をかけずに治療するものであって…」

杉山医師が説明してくれたが、二人とも頭に入っていかなかった。

「…まずはすぐにでも入院してもらって、より詳しい検査をして治療方針を決めましょう」

「…わかりました…」


まぁやんは黙っていた。

康二は頭が真っ白になっていた。夢じゃないかと何度も思ったが現実の出来事だった。

康二はまぁやんの肩に手を置いて

「まぁやん…」

するとまぁやんは康二に笑顔で

「まっ!しゃーないべ!人はいずれ死ぬんだし、それが早くなっただけだろ?」

「まぁやん…無理すんなよ」

「……くそ…なんで俺なんだよ…」

「俺らが全力で支える!まぁやん!病気なんかに負けるなよ…頼むよ…自暴自棄にならんでくれ…」

「康二…すまんな…すま…んな…」

まぁやんは声を詰まらせながら、康二に頭を下げた。

「まずは恋に話そう。そして夜になったら龍弥に話そうじゃねえか」

「……あぁ…」


まぁやんと康二は恋の自宅に着いた。

「まぁやん…俺から話すか?」

項垂れているまぁやんに向かって、康二が尋ねた。

「いや…俺から話すよ…」

「…わかった…」

『ピンポンー』

「はーい」

玄関のドアが開いた。

「まぁ兄!お兄ちゃんも!どうしたの!突然」

「ちょっとな…入っていいか?」

「あ…うん。いいよ」

「悪いな。突然」

まぁやんと康二が恋の家に入って、ソファーに腰掛けた。

恋はお茶を出して、まぁやんの目の前に座った。

「どしたの?二人とも。元気ないみたい」

「それがな…」

康二が話し始めようとした時、まぁやんがそれを制した。

「康二。俺から話す」

「何なの?一体」

「恋…俺な…ガンになっちまった」

「え?」

「膵臓がんってやつ。長くても1年生きられるかわからないらしいんだ」

「ちょ…なんの冗談?笑えないんだけど!」

すると康二が恋に

「冗談なんかじゃねぇよ。マジだ。今一緒に医者に聞いてきたところだ」

「待ってよ…嘘でしょ‥ねぇ?」

「恋…俺も嘘であって欲しい」

しばらく沈黙が流れた。

「…恋、俺はもう長くない…俺だって悔しい…」

「やだよ…ねぇ?わたし…やだよ…」

康二は恋を抱きしめて

「恋…みんな辛いんだ。それでな、今夜龍弥たちも含めて家族会議をしたいんだ」

「家族会議?」

「あぁ。まぁやんの今後の事を…みんなで話し合おう」

「…わかった…」

「じゃあ今夜、龍弥の家に来てくれ」

「うん…」

「恋…すまんな…」

まぁやんは恋に謝った。

「まぁ兄…なんで謝るの?まぁ兄は悪くない…だから謝らないで?それよりも大丈夫?」

「どうだべな…まだ解らん気分だよ」

「うん…わたしで出来ることあったらなんでもするから…なんでも言って?」

「ありがとうな…恋…」

まぁやんと康二は恋の家をあとにした。

二人が出て行ったあと、恋は膝から崩れ去るように座り込んだ。

そして…涙を流した。

「どうして…まぁ兄…どうして…」

神様は残酷であった。まぁやんから何もかも奪い、更には命まで奪おうとする。

恋はしばらく立ち上がれなかった。


一方、まぁやんは龍弥に電話で、今夜みんなで行くことを伝えた。病気のことは簡単に説明した。

龍弥も最初は冗談かと思っていたが、まぁやんの声色から、嘘ではないことを理解した。

そして夜になり…みんなが龍弥の家に集まった。

「その…延命治療だっけ?どんな治療なの?」

美紀がどんよりした雰囲気の中、最初に発言した。

「ネットで調べると、緩和ケアと最近は言うらしい。今の痛みもそうだけど、心の不安などにも対応してくれるみたいだな」

「…わたしはまだ信じない…」

恋は俯いたままぼそっと呟いた。

「恋…」

「まぁ兄がそんな病気になるわけないよ。それにこの前だって死の淵から帰ってきたじゃん!」

恋は涙を流しながら叫んだ。

「恋…落ち着いて…」

美紀が恋を抱きしめて慰めた。

「なぁ…俺はさぁ、諦めてないよ…」

「まぁやん…」

「俺だって死にたくないから。だから生きてみせるよ」

「そうだ。お前は生きる!恋の言った通り、お前はあの状況から生きて帰ってきたんだ」

「それでな…まずは通院しながら緩和ケアを受けてみて、症状が辛くなったら入院するという形がいいと思うんだ。出来るだけ入院しないで行けるといいんだが」

康二が案を出すと、まぁやんは深く頷いた。

「とりあえず仕事は事情を話して有給取ろうと思う」

「そうだな。それがいいと思う」

「恋…もう泣くなよ。俺は死なないから」

「まぁ兄…」

「恋、俺はお前が幸せになるのを見届けるまでは死なないと決めてるんだ!」

「わたしの…幸せ?」

「そうだ。お前は未だに甘えん坊が治ってないからな」

「なにそれ…わたしは甘えん坊じゃないもん…」

「はははは!それそれ!恋はその顔が一番だ」

まぁやんは明るく振る舞った。だが内心は一番怖がっていたのはまぁやん本人であった。それにいち早く気づいていたのは龍弥であった。

「あっ!タバコ切らした。ちょっと買ってくる。まぁやん付き合ってくれ」

「あぁ…いいよ」

「サンキュー!美紀。ちょっと出てくる」

龍弥は美紀に目で合図を送った。美紀もそれに対して龍弥が言わんとしている事を瞬時に悟った。


ふたりは車に乗り込んだ。

ふたりとも静かで無言であった。

龍弥は車を運転して、少し小高い丘に登った。

駐車場に車を停めて、外に出た。

「なぁ…ここ…久しぶりじゃね?」

「あぁ…そうだな…」

「ガキん頃よぉ、よくここで夜遊びしてたな」

「龍がタバコ吸う練習してぇって言って、ここ来たよな?」

「はぁ?俺はそんなだっせぇ事してません!」

「してました!」

「してません!」

「……ふっ…ククク…」

「はは…ははははは」

ふたりは昔の思い出話をして、互いに笑いあった。

「なぁ、龍。お前がここに連れてきたのって…」

「おめぇはよ、すぐなんでも一人で抱えすぎなんだよ」

「そんなことは…」

「もっとよぉ、俺らを頼れよ。なぁ?」

「……」

「なんだよ…黙りこくって?」

「いや…でもよぉ…」

「お前は甘え下手なんだよ。いいか!俺らをはじめとして、お前と関わったやつらは、みぃーんな!お前を助けたいって思うよ。お前はそいつらの思いを反故にする気かよ?なぁ?」

「いや…」

「お前がよ?そんな病気になっちまって、死ぬかも知れないってなって、俺の夢がパァになっちまうんだぞ!」

「お前の…夢?」

「あっ…いや…やべ…」

「なんだよ?お前の夢って」

「んなもん、良いじゃねぇか」

「言えよ!なんだよ?」

「……俺とお前とで…小さい会社を興すことだよ…」

「会社!?」

「あぁ…俺が一級建築士になって、お前が家を売る!顧問弁護士は康二だよ…」

「…龍弥さん…あなた…そんな事夢見てたんですね〜」

「おうよ!どうよ!」

「ぷっ!ははははは」

「笑うかね!」

「いやぁ〜壮大な夢だなって思ってよ!」

「わ…わりぃかよ…」

するとまぁやんの目には涙が溢れてきた。

「いや…そんな事が実現出来たら…いいな…」

龍弥はまぁやんの肩を組んで、

「やるんだよ…やってやるよ…だから…生きろ!」

「あぁ…」

ふたりはその日、遅くまでその場所で語り合った。

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ありがとうまぁ兄…また逢おうね @ktts1198

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