第35話 危篤

まぁやんと舞華の結婚記念日のお祝いから数ヶ月が経った。

舞華の心臓は日に日に弱まっていた。

舞華は心配させないように、みんなには黙っていた。

そしてある日。康二の法律事務所に舞華が訪ねてきた。

舞華は受付の方に案内されて、応接室へ通された。

『コンコン』

「どうぞ」

『ガチャッ』

「舞華ちゃん。どうしたの?突然」

「康二さん、ごめんね。忙しい時に」

「ううん。今日は比較的時間あったから」

「ありがとう」

『コンコン』

「失礼致します」

受付の女性がお茶を運んできた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「ご苦労様」

「失礼致しました」

『ガチャン』

「舞華さん、お茶どうぞ」

「ありがとう」

「で?俺に相談って?」

「康二さんを弁護士として正式に依頼したいんです」

「え?なに?まさか…離婚?」

「え?いやいや!違う違う!」

「はぁー!びっくりした。何かこの展開ってよくあるからさぁ。いやー!ホッとした」

「大丈夫。私たちはラブラブです」

「ふふ。そうだよね。じゃあ依頼って?」

そういうと、舞華はファイルに入れたものを康二に差し出した。

「これは!?」

「遺言状…」

「遺言状って…ちょっと!どういう事!」

「康二さん…弁護士に依頼したら、守秘義務があるから誰にも言わないんでしょ?」

「うん。もちろん」

「それが兄弟や家族でも…でしょ?」

「そうだよ」

「きちんと依頼料はお支払いします。だからこの事は秘密でお願いします」

「…わかった。引き受けましょう」

「私ね…心臓の調子が悪いんだ…もう…長くないかも…してないの」

「舞華ちゃん。病院は?」

「行ってる。医師の方も同じ事言ってる。心臓移植のドナーが現れない限り、このままではあと数ヶ月もたないみたいなの…」

「そんなに…悪かったの?」

「うん…」

「でもね、どうしてまぁやんに言わないの?あいつには言った方がいいんじゃない?」

「まぁやんに言ったら…あの人今の仕事投げ出しても、私に尽くすと思うの」

「うん…」

「でもね…あの人の今の仕事…天職なんだと思うの。すごく大変なんだけど、楽しく仕事してるみたいだから…それを奪いたくないの…」

「舞華ちゃん。気持ちはすごくわかるよ。俺もまぁやん見ててそう思うし。でもさぁ、言わないままね、もし舞華ちゃんに何かあったら…あいつ…悔やみきれないと思うよ」

「うん…それも考えた。きっとあの人はそうなると思う。でも、今伝えるのは…違うと思うの」

「どうして?」

「私さぁ、まぁやんにすっごく感謝してるんだよね。小さい頃からこの病気だったから、入退院繰り返してて、友達も…彼氏も…出来た事ないんだ。この歳までね」

「うん…」

「でも…あの時ひょんなとこから出会って、仲良くなって。そして恋に落ちて…なんか、今まで経験出来なかった青春を…一気にさせてくれた人だから…」

「だから、まぁやんの夢を摘みたくないと?」

「うん…そう…」

「……」

「だからお願い!もし私が死んだら、この手紙をみんなに渡して欲しいの!」

「舞華ちゃん…この話…1日だけ考えさせてもらっていいかな?もちろん守秘義務は守る。今念書作るから」

「念書なんていらないよ。私、康二くんの事信じてるから。だって…家族でしょ?」

「うん…ごめんね。即答出来んくて」

「大丈夫。それはとりあえず預かっておいて?」

「わかった…」


舞華が帰ったあと、康二は応接室に残った。

「くそ!こんなことって…なんで…神様はあのふたりに残酷な仕打ちをするんだよ…」

机を叩きながら、康二は涙を流して悔しがった。

ひとしきり泣いたあと、康二はトイレで顔を洗った。

そして冷静になって考えた。

「まぁやんには伝えない…でも…あいつの性格だ…舞華ちゃんの死後、これを渡すと…」

まぁやんはきっと荒れる。愛するものを失う事…彼は両親、育ての親の祖父母を失っている。そこにきて舞華を失う事になれば…

(でも…舞華ちゃんは勇気を出して俺に依頼してきた。舞華ちゃんも…相当の覚悟を持って決めた事だろう)


その夜…康二は弁護士事務所の社長と飲みに行った。

よく行く行きつけのバー。

康二は今回の件を社長に相談した。

状況を社長に全て話をした。

「なるほどなぁ〜。上田くんの立場からすると、難しい状況だよね」

「はい。自分はどうしたらよいものなのか…」

「上田くん、我々弁護士にとって大切なことって何だと思う?」

「それは…依頼者のため…全力を尽くすことです」

「そう!今回の依頼者は?」

「義理の姉です」

「そしたらさぁ、その義理のお姉さんのために、全力を尽くすべきじゃないのかな?我々に出来ることって、正直限られているんだよ。だから、依頼者が納得して、より良い人生を…悔いの残らない人生をサポートすることが大事なんじゃないかな?」

「……」

「キミの立場上、苦渋の選択だと思う。だけどそれは我々のような弁護士にとって、必ずぶち当たる壁なんだよ。その壁を乗り越えなきゃ」

「…はい…」

社長は康二の肩をポンっと叩いて

「義理のお姉さんは、キミを頼ったんだ。それに報いてあげなきゃ」

「はい!」


翌日、舞華が再び康二の事務所を訪れた。

「舞華ちゃん、昨日の依頼、受けさせてもらいます」

「ほんと!よかったぁ〜。断られちゃうかと思った」

「正式な弁護士としての依頼になるから、書類用意します。ちょっと待っててね」

舞華は依頼申込書に記載をした。

「ではこれで正式に受付ました」

「よろしくお願いします!」

「あと、ここからは個人として」

「え?」

「…お姉ちゃん…」

「お姉…ちゃん…?」

「お姉ちゃん!絶対に諦めないで!生きて!絶対に生き抜いて!お願い!お姉ちゃん!」

「こ…康二…くん…」

「家族だろ?まぁやんが長男なんだ。長男の奥さんは俺にとってお姉ちゃんだ!だから!おねが…い…」

康二は涙を流して頭を下げた。

そんな康二を舞華は優しく抱きしめた。

「お姉ちゃんって言われたの…すっごく嬉しかった…私もね、こんな立派な弟がいて…幸せだよ…」

「お姉ちゃん!」

「康二くん。私、諦めないからね。ありがとう…」


そして数日後…

舞華は仕事で大きい案件を担当することになった。

これが成功すれば、正式なグラフィックデザイナーとして、会社に認められる。

舞華は仕事をすることによって、自分の生きるモチベーションを保った。

だが、それが…彼女の体を酷使することにも繋がった。

舞華は家で仕事に取り組んでいた。

「なぁ、舞華。もう夜中3時だぞ。そろそろ寝ないと」

「まぁやんごめん!もうちょっとだから」

「お前の体、心配なんだよ。頼むよ」

「わかってるって」

まぁやんはがむしゃらに仕事をする舞華を見て、何か生き急いでいるのではと不安になった。


「出来たぁ〜!」

「舞華!頑張ったな!」

「ありがとう。まぁやん!ごめんね。今まで」

「ううん。お前がやりたかった事だろ!応援してるよ」

「まぁやん…」

舞華はまぁやんの胸に飛び込んだ。

「どした?疲れたか?」

「今まで甘えられなかったから…今甘えてるの」

「困ったやつだなぁ」

「えへへ〜。まぁやん…抱いて?」

「よし!おりゃー」

まぁやんは舞華をお姫様抱っこしてベットに行った。

「まぁやん…愛してる…」

「俺もだ」

ふたりは熱いキスをして…

「舞華…今日くらいは…俺と一緒に眠ろう」

「うん…でもまぁやん…仕事は?」

「一日くらい…今はお前といたい…」

「ありがとう」

ふたりは抱き合って、眠りについた。

舞華がプレゼンをする日が来た。

「舞華!頑張ってこいよ!」

「頑張る!私の渾身の出来だからね!絶対クライアントに気に入ってもらうよ」

「よし!その意気だ」

「今日は夕方には帰れると思うから」

「美味しいもの作って待ってる」

「ほんと!ありがとう!いい旦那さんもてて幸せ」

「俺もこんな素敵な奥さんもてて幸せ」

「ふふふ」

「ははは」

舞華は身支度を整えて

「じゃっ!出陣してきます!」

「よし!頑張れ!」

「うん!行ってきまーす」

「いってらっしゃい」


それから数時間が経った…

まぁやんは、舞華のためにお祝いの準備をしていた。

その時、まぁやんの携帯が鳴った。

「なんだ?知らない番号だな?」

☎︎「もしもし」

☎︎「高崎さんのお電話でしょうか?」

☎︎「はい!そうですが…」

☎︎「私、舞華さんの会社の者ですが、舞華さんが会議中に倒れてしまって…」

☎︎「病院はどこだ!」

☎︎「ひっ!○○大学病院です」

☎︎「すぐ行く!」

☎︎「ブッ」

「舞華!舞華!」

まぁやんは慌てて外に出た。

タクシーを捕まえて、飛び乗った」

「○○大学病院まで!急いでくれ!」

まぁやんは龍弥に電話したが出なかった。

そして恋に電話をした。

☎︎プルルルル

☎︎「もしもし?まぁ兄、どうしたの?」

☎︎「恋…舞華が。舞華が職場で倒れて…危篤って…」

いつものまぁやんじゃないことはすぐに察した。

☎︎「まぁ兄!落ち着いて?病院どこ?」

☎︎「○○大学病院…」

☎︎「わかった!わたしもすぐに向かう!」

恋はすぐに龍弥と康二に電話して病院へ向かった。

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