チャプター4 V・A・A

  《観客視点(ザ・ヴィジョン)発動中・新規能力=【想征剣(ヴァーデン・アイル)・疑似継承(アクティング)】との連動開始》


 闇の中で、左目にそんな文字が表示された。そして視界が開ける。

 そこは博物館の展示ホールだ。左目の【観客視点(ザ・ヴィジョン)】が、映画を観ているかのように戦局を映し出している。

 俺は、まるで第三者の立場で戦場を俯瞰して見ているような感覚になっていた。身体の感覚が全く無いんだ。

「あいつがさっきセイヴの首を狙って投げた短剣が消えたわ! 一秒前!」

 鈴が叫び、その場に緊張が走る。

「【グリーンホーネット】! 守って!」

「Never Never Never Never Never Never‼」

 セイヴが蜂の群れを呼び戻し、味方陣営の東側の半円を覆うように展開。

一方で、鈴が西側の半円にかけて無作為に銀の拳を連打。

こうして円を描くように防御網を展開し、スカージ神父の攻撃を防ごうとする二人だったが。

「――行動開始が〇・五秒、遅れたようですね」

 彼女たちの防御網をすり抜け――その内側に立ったスカージ神父が、勝ち誇ったような笑みを湛えて彼女らを背後から見下ろした。

「後ろ!」

「くっ⁉」

 鈴とセイヴが即座に振り返る、まさにその瞬間。

「運命は私に味方するッ!」

 スカージが上段から振り下ろした短剣が、マクレーンへ拳を突き出していた俺の右腕を切り落とした。

 だが、痛みも衝撃も無い。

 鮮血が上方のブラックホールに引かれ、俺の右腕と共にブワリと吹き上がる。

「神のご意思に逆らう不届き者たちに正義の裁きを!」

 スカージは更に短剣をぐるりと一閃。背中合わせの鈴とセイヴの首を瞬く間に切り裂いた。

「セイヴ、あなたの望みは叶いますとも。私が社会構造を組み直した暁に、社会そのものが全人類の養護施設となるのですからね!」

 手向けとばかりに豪語するスカージだが、短剣から伝わる感触に違和感を覚えたか、顔を顰めた。

 短剣は二人の敵の首を的確に捉えた軌道で通過(、、)した。

 恐らく、切った感触が無い(、、、、、)のだ。

「――私としたことが。切ったつもりが、スカをしてしまいましたか!」

 スカージはもう一度短剣を振るう。しかし、やはり切った感触が無いらしい。

 彼にとって奇妙なことは他にもあった。スカージは俺たちとほぼ同じ位置にいるから、時の

流れも同じはずである。つまり、一撃目から数秒が経過している今、俺たちが微動だにしないのはおかしい。スカージに対して何らかの反応を示すはずである。

 見れば、切断したはずの俺の腕も元通りになっているではないか。

「なんだこれは? この妙な感じは、何らかの能力か⁉」

 得体の知れない違和感が、スカージの精神を満たしていく。

「これ以上、お前の好きにはさせない」

 今のはまさしく俺が言った台詞だが、自分で発言した感覚が無い。自分自身を第三者として見ているような感じだ。だから台詞を言ったというよりは、聞こえたという表現が正しい。

 切断されたはずの俺の右腕はなんともなく、しかも何かを掴んでいた。

 それは今まで存在していなかったものだ。隠し持っていたのでも、拾ったのでもない。

 たった今、手の中に姿を現した(、、、、、)ものだ。

「――どういうことです⁉ あなたの右腕はこの短剣で切り落としたはず!」

 狼狽えた様子のスカージが凝視するのは、俺の右手が掴む、スカイブルーに輝く刀身を備えた長剣――【想征剣(ヴァーデン・アイル)・疑似継承(アクティング)】だ。

「お前にとっての常識は、もう常識じゃない」

 俺は悠然と言い放つ。

「【想征剣(ヴァーデン・アイル)・疑似継承(アクティング)】は、征服する剣だ。これを持つ者のために、あらゆる事象を改変する能力がある。ただし無作為に。それでも、持ち主の悪いようにはならない」

 無作為に事象を改変するのか! それならもしかすると、俺がまるで幽体離脱したみたいに第三者の立場から自分の言動を観察しているのは、【自分自身を、自分自身で制御する】という当たり前の事象が、【自分自身の活躍を、映画を観ているかのように観察する】みたいな感じのものに改変されているからかもしれない!

 さっき左目に《【想征剣(ヴァーデン・アイル)・疑似継承(アクティング)】との連動開始》とかって表示されてたし。

 要するに、これから【剣】の能力によって、本来なら起こり得ないような特殊な現象が起きるってことだ。

「どうやら、遅れを取ったのは私のようですね……」

 額に汗を浮かべるスカージ。

 俺が見つめる先――まさに映画俳優と化した俺が、右腕でスカージ目掛けて剣を振るうと、彼は後方へ大きく跳躍。ホールの外周へと移動して再び速度を加速させた。

「継承できたのはいいけれど、油断は禁物よ? 神父様はグラヴィティ・ネオの重力を、自分に都合のいいように操れる。わたしたちは引力に引っ張られてスムーズに動けないのに対して、あの人は自在に動き回れるわ! あの人が影響を受けるのは時間の速さだけ!」

 と、セイヴが俺に忠告してくれているが、第三者視点でその様子を観察しているからか、声

が遠く聞こえる。

『奴だけ何にも引っ張られることなく、このホール内を自由に動き回れるのか! 道理でさっきブラックホールの穴からコンニチハしやがったわけだ! チートな野郎だぜぇ!』

 継承が済んだマクレーンだが、まだ消えることはないみたいだ。

「では、高速で移動する私の攻撃を防ぎきれますか?」

 そんな声がホールの外周から響き渡った瞬間、一度に数本のナイフが飛んできた。

「あいつ、本当に神父が本職なの⁉ 武器裁きが恐いくらいに巧(うま)いわよ⁉」

 目を丸くする鈴の前で俺は剣を一振りし、彼女目掛けて飛来したナイフを迎撃。

「改変(かいへん)ッ!」

 俺が映画俳優っぽく言い放つと、飛来したナイフが見えない何かにぶつかったかの如く突然空中で静止し、そのまま床に落下。乾いた金属音を響かせた。

 改変は俺の身体にも及んでいた。たった今まで苦しめられていた引力から解放されたのだ。これで俺も、スカージと同様に自由に動き回れる!

「お前の動きは、完全に見えている!」

 出したこともないイケボを、俳優状態の俺が出してる! けどたまに裏返ってるぞ! 自分で自分にツッコむのも変な感じだが、慣れないことをするんじゃないよ!

 俳優状態の俺はカッコつけて言い放つと、その場で飛び跳ねた。 剣を中途半端な位置に掲げた蟹股(がにまた)の姿勢で。ダサいッ!

 しかもそのまんまの姿勢で高速飛行。外周を移動中のスカージに追いつき、壁際で切り結ぶ。

「――バカな⁉ なぜ動けるのです⁉」

 蟹股の姿勢で【剣】を振り下ろす俺に、盾を構えたスカージが言う。

「これが【想征剣(ヴァーデン・アイル)・疑似継承(アクティング)】の能力だ。相手がどんな能力を持とうと、それが生み出す事象を書き換え、征服する!」

 事象改変は俺の容姿にまで手を出しやがったのか、俳優状態の俺の顔はまるでメイクしたみたいに眉毛が綺麗に整って、目力もすごい! 瞳もぎらぎら輝いて、まるでミュージカルみたいだ! 

「能力の一部しか発動できない疑似継承(アクティング)でさえこれほどとはッ!」

 見る見る青褪めていくスカージの顔。

 この事象改変、俺の意思で自由に操れないのがネックではある。俺の容姿とか、要らんところまで改変してくれちゃうからな。

「ヴィンセント・スカージ。お前を殺人未遂、及び器物破損の現行犯で逮捕する!」

 俳優の俺は裏返った声と共に、渾身のスイングを見せる。その使い方、【剣】じゃなくてバットやん。

 瞬間、うまい具合にブラックホールの事象が書き換えられ、これまで吸い込んでいたものを

吐き出し始めた。

 おかげで、今までは上方へ吸い上げられそうになっていた鈴たちが、今度は上方から吐き出される重力で床に倒されてしまった。

 ブラックホールからは、吸い込まれてそうめんみたいに伸びていた安倍とジャンベリクが巻き戻しみたいに戻ってきて、そうめんサイズからスパゲッティーサイズに、そして人の形へと徐々に回復。鈴たち同様、床に押し付けられた。

「ぐうぅッ! お、の、れ、ぇええええええええええええええええええッ‼」

 自らの能力までも俺の【想征剣(ヴァーデン・アイル)・疑似継承(アクティング)】に改変されたスカージが、上方からの重圧に耐えきれず、怨嗟のような雄叫びを上げて倒れ伏した。

 ――勝負あったな。不格好な活躍ではあったが、なんとか全員を死なせずに済んだっぽい。

 と、一人だけ安心ムードの俺だが、俳優状態の俺は様子がおかしい。

「おい、マクレーン! まだいるか? この能力の止め方を教えてくれ!」

『悪いが俺もよくわからねぇんだ。俺のときは確か、戦場の瓦礫か何かでずっこけて頭を打った衝撃で止まった記憶があるが、確証は無ぇぞ?』

 俺の問いにマクレーンが答えると、

「だったらわたしに任せなさい。おりゃあああああああああああああああ‼」

 鈴が上着を引き裂いて、背に生えた翼を大きく広げた。そして持ち前の怪力で重力に逆らって立ち上がると、ドシン、ドシンという体格以上の重量を思わせる足音を響かせ、俳優状態の俺へと歩み寄る。

「栄治。わたしが駆け付けるまでの間、よく一人で頑張ったわね」

 鍛え抜かれた身体と、ドラゴンとも蝙蝠とも見て取れる巨翼。その迫力を吹き飛ばすほどの美しい笑顔を、鈴は俺に向けた。

「できればもう少し、被害を抑えたかったところだけどな。これは帰ったら始末書地獄だ」

 照れ隠しで苦笑を浮かべる俺。

「幸い死人は出さずに解決できたんだし、あんまり気にしないの。わたしも一緒に書くから。あ・と・は――」

 眩しい笑顔で俺の目の前に立つ鈴。俺は俳優状態。そしてもう一方の俺は傍観者状態という奇妙な構図。こ、これは傍観者の立場から言わせてもらうと、あれですよ! アクション映画とかでよくある、吊り橋効果的な心理で惹かれ合った主人公とヒロインのキスシーン!

「わたしがあんたの尻拭いをやってハッピーエンドよォッ‼」

 そう叫びながら、鈴は俺の脇から胴部に腕を回し、華麗に軽々と躊躇なく容赦なく持ち上げてバックドロップみたいに投げ飛ばした。

 ですよね。マクレーン曰く、能力止めるには頭に衝撃が必要ですもん。

 せめてチョップとかにしてくれれば――。

 傍観者の俺がそんなことを思いながら見つめる先で、俳優状態の俺が博物館の床に頭からめ

り込んだ。その瞬間、傍観者側の俺も意識がブラックアウトしたのだった。


   ★(キラリ)


 その後、セイヴは自分が犯した過ちを認め、反省の態度と共に自身の能力を解除。そうして目覚めた署長やピッグズを始めとする異能課(ウィルセクション)の面々が博物館に駆け付け、事件は収束した。

 セイヴは、後から宣言通りに駆け付けた介渕の同行依頼に同意。病院で怪我の治療を受けた後、統括センターに赴いて意思能力(フォース・オブ・ウィル)の登録を済ませ、改めて警察署で取り調べを受ける話でまとまった。

 安倍とジャンベリクは白目を剥いて気絶したまま病院へと搬送され、スカージもピッグズとアクアのコンビに見張られる形で病院へと向かった。彼らはすべての治療を終えた後、改めて身柄を拘束される手筈だ。

 俺と安倍も異世界人とはいえ、本来なら統括センターで能力を登録しなければならないらしいが、安倍はあの状態だし、俺は俺で事件の後処理でとても手が空かない。だからしばらく猶予をもらうこととなった。

 マクレーンはというと、【想征剣(ヴァーデン・アイル)・疑似継承(アクティング)】を継承したら消えるとかって話だったのに、未だにマントの背後霊状態でピンピンしていた。

『まさか、俺ってやつは永久にこうなのか⁉ 【なかなか死なない(ダイ・ハード)】って言ってもよぉ、限度ってもんがあるだろうによぉ』

 と、嬉しいんだか悲しいんだかわからない涙を流してる。

「あなたのお父さん、とても娘思いな人ね。わたしの両親はそうじゃなかったから、よくわかるの。……不思議なのだけれど、あなた達みたいな親子関係を守ることが、わたしの理想なんじゃないかって思ったわ。今までの罪をきちんと償って、別の道から、わたしの理想を目指すつもりよ」

 去り際に、セイヴはそう言った。

「お前の罪状は、武装組織を利用して金をせしめたってだけだろ。その額が額だし、闇取引への加担も睨まれてそれなりの刑期がつくかもしれないが、まだいくらでもやり直せる」

「わたしをそこまでで止めてくれたのは、お巡りさん。あなたのおかげよ? 忘れないわ」

 言い残したセイヴはパトカーに乗せられ、病院へと去っていった。

 まるで償いの一環だとでもいうかのように傷口を舐め続けてくれていたセイヴの蜂が、俺の肩と鈴の腕から離れてパトカーに着いていく。おかげで俺たちの怪我は病院に行くほどのものではなくなっていた。

「……頭は平気?」

 蜂たちを見送りながら、鈴が聞いてきた。

「ついに死んだかと思ったけど、何故かピンピンしてる自分が恐いぜ」

「死ぬわけないでしょう? 手加減したもの」

「タイル張りの床に穴が開くほどのパワーでよく言うぜ! 余計な始末書増やすなよ! これが映画の世界じゃなかったら頭陥没してるところだよ!」

 一件が片付いて少しは心が安らぐかと思ったけど全然そんなことなかった。

「あの程度で音を上げるなんて、まだまだね。――って言いたいところだけど」

 鈴はクスっと可愛らしく笑って、

「いい顔になったわよ? あんた」

 バチィン! と俺の背中を叩いた。

「痛い! 背骨が粉々になったらどうすんだ⁉ 軟体動物は御免だからな⁉」

 ほんと、鈴と一緒に仕事してると心身が嫌でも鍛えられるよ。

 映画【フォース・オブ・ウィル】のパート1はこれで完結だ。

安倍の言っていたエンディングは、そろそろか? 

 恐らく俺と安倍は自動的に元の世界――あのワンルームのアパートへ戻るのだろう。

 なら、ここで鈴とお別れか……。

「……なぁ、鈴。時間いいか? 言わなくちゃいけないことがあるんだよ」

「なに?」

 と、首を傾げる鈴。彼女はどうしてこんなに可愛いのか。

 俺は深呼吸して、覚悟を決める。これでお別れなら、言っておきたいことがあるんだ。

「俺、もっと強くなるよ。鈴に負けないくらい、立派な警察官になってみせるから」

「ど、どどどうしたのよ急に! 強くなってくれるのはいいわ。頑張りなさい! そうすればわたしの肩の荷が下りるってもんよ!」

 何故だか、また鈴の顔が赤くなってきた。

「……そ、そんなに見ないで! なんだかよくわからないけど、凄く熱いわ!」

 それはお前がまた無理したからだろう。警察署で横になって少し休んだ程度で全快するかっての。

 と、いつもならツッコむところだが、これは真剣な話だ。もう時間も少ないだろうし、最後まで言うぞ!

「だから鈴も、負けるなよ? これから先のシリーズで、いろんな強敵と戦うことになるだろうけど、俺、ずっと鈴のこと見てるから。応援してるから!」

 ――ボンッ!

 なッ⁉ また鈴の頭から煙が出た! なにその現象⁉

 ふらりとした鈴は真っ赤な顔のまま後ろへ倒れそうになる。彼女の細い身体に腕を回して支

えた俺は――、

「俺は、……鈴。君が好きだ。短い間だったけど、ありがとう。本当に、感謝してる」

 多分、もう聞こえていないであろう憧れの人に、自分の最後の思いを告げるのだった。

 恐い思いもたくさんしたけど、あっという間だった。貴重な体験だったよ。

 俺は目を閉じた。なんとなく、そうしたら元の世界に戻るような気がしたから。

 …………。

 ……………………。

………………………………ん?

…………………………………………あれ? まだ?

俺は目を開けてみた。

 そこには、俺に支えられた鈴の小顔がまだあった。しかも、バッチリ意識を保っておいでだ!

 えっ⁉ もしかして、俺の最後の台詞、全部聞こえてた⁉

「い、いま、好きって、言ったの?」

 と、鈴はか弱い声を出す。やっぱり聞かれてた!

「そ、その、なんというか、じ、ジョークだよジョーク!」

 バッカ俺! なんでそんな誤魔化し方するかね!

「……あんたねぇ――ッ!」

 ほらぁ! 鈴さんが怒ってしまわれたじゃん!

「――からかうのも、大概にしなさぁあああああぃ‼」

そう叫びながら、鈴は俺の脇から胴部に腕を回し、華麗に軽々と躊躇なく容赦なく持ち上げてバックドロップみたいにまたしても投げ飛ばすのだった。


   ★(キラーン)


 これは後になって俺が導き出した推論だが、安倍が言っていた、元の世界に戻る引き金(トリガー)。則ちエンディング。これは多分、この映画の全シリーズを終えた、正真正銘最後のエンディングのことじゃないかと思う。

 だって、帰れなかったから。

「栄治! 踏ん張りなさい! 舌噛んで死んだら殺すわよ!」

「待て待て! マジかぁああああああああああああ‼」

 鈴の運転するパトカーが助手席に俺を乗せたまま、暴力団の事務所がある建屋に突っ込んだ。

 そこは、ルームリフォームの看板が掲げられたダミー会社の建屋一階。爆発が起きたような大轟音と衝撃で身体がガクンと前に折れた。俺も鈴も無傷なのが不思議なくらいだ。

「――なにやってんだよ⁉ 死んだかと思ったぞ⁉」

「ドアをノックしたって居留守使うか、誤魔化してくる連中よ? こうした方が手っ取り早い

わ。お巡りさんが入るわよー?」

 コンクリート製の壁をブチ破って停止したパトカー。そのドアを蹴破って平然と降車した鈴は、そう言ってつかつかとブーツを鳴らしながら建屋の奥へ進んでいく。

「――いや、友達の家に上がるんじゃねぇんだからさ」

 ツッコみ役がハマってきた俺は、後からふらつきながら続く。

 千葉県警はこんなごり押ししないよ? ちゃんとドアをノックして、悪党が相手でも最低限の礼節は守って接するよ?

 俺も助手席側のドア――は壁をブチ破ったときにもげたから、普通に降りて室内を見渡す。

 パトカーによって穿たれた大穴から粉塵はあっという間に出ていき、突然の事態に腰を抜かしてこっちを凝視する暴力団員たちが目に入った。

 総じてガラの悪い身なりをざっと見渡してチェックしたが、ほとんどは非武装で脅威は無さそうだ。その厳(いか)つくていかにも気性の荒そうな顔以外は。

「はい、全員注目。これ《逮捕令状(オフダ)》ね。わかったら抵抗なんて考えないで、両手を頭の後ろに回して寝てなさい。言うことを聞かない奴は身体を真っ二つにへし折って頭をケツに突っ込んで粗大ゴミに出すわよ?」

ツッコみが追いつかん! もういいや。なるようになれだ! 

「俺たちは異能課(ウィルセクション)だ! お前たちを麻薬密売の容疑で逮捕する! お前たちの中に意思能力(フォース・オブ・ウィル)使いがいるのもわかってる! 抵抗は無駄だからな? 頼むから、妙な気を起こして俺の相棒をキレさすなよ? この建物どころか街一つなくなるかもしれないから!」


 ――人生ってやつは、本当に何が起こるかわからないものだ。

 突如、同僚から応援の要請を受けて出動したと思ったら、意思能力(フォース・オブ・ウィル)使いの力で映画の世界に入って、映画のキャラクターと一緒に事件を解決したりする。

そうした予期せぬ体験が、その人の人生にとって吉と出るか凶と出るかは別として、心のどこかで、予想外のできごとが起こる可能性に備えておく意思が大事だと思う。

そしてそれにワクワクしてみたり、楽しめるようになることは、とても素敵なことだ。


「てめぇらこそ、それ以上近づくんじゃねぇ! 俺の能力は銃弾の軌道を操れるんだぞ⁉ てめぇらが逃げようが隠れようが、確実に仕留められるんだ! 全身をハチの巣にされたくなかったら、俺たちがここをずらかるまで動くな!」

 と、ずんぐりと太ったハゲ頭の野郎が隠し持っていたらしい回転式拳銃を引っ張り出し、こっちへ向けてきた。こいつがこの事務所のボスかな?

「どうしたの? 手が震えてるわよ? 撃ち方はちゃんと習った?」

 鈴は銃を意に介した様子もなく、更に前進。俺は内心ビビッてるのを悟られぬよう、鈴に歩

調を合わせて動く。

「と、止まりやがれぇえええええええ!」

 上擦った声で叫び、野郎は両目をぎゅっと瞑ってトリガーを引きまくった。

 計五発の弾丸が部屋中に跳弾。偽物臭が半端ないツボを粉砕し、大人しく床に伏せる他の野郎のケツを掠り、テーブルの上に並ぶ灰皿や酒瓶を破砕。壁や天井にめり込んだ。

「バカ! 目を瞑って発砲するやつがあるか!」

 あまりの危なっかしさに、俺は思わず怒鳴る。

「黙れ! 黙れ黙れぇ!」

 尚も銃を構えたままの野郎の膝が笑ってる。奴の銃の総弾数は六。残るは一発だけ。どうやら俺たちへの恐怖で能力を制御できていないみたいだ。

「考えてるわね?」

 得意げに言って、鈴は床に落ちていた自動式拳銃を拾って構えてみせる。野郎どもの誰かが腰を抜かした際に取り落とした銃だ。

「――異能課(ウィルセクション)のわたしの能力は果たして、あんたと同じ射撃系か、他の何かか」

 やれやれだ。鈴の射撃はパルプンテ。どこに当たるか何が起こるか誰にもわからない。

 この俺が、支えてやらない限りはな。

「当ててやる! てめぇの能力は後方支援だ! そんな細身の弱そうなボディで前に出て戦えるわけがねぇ!」

「ふーん。だそうよ? 栄治。試してみる?」

「俺は構わないぜ? ただしこれ以上モノを壊すなよ? 説教を飛ばす署長の喉が持たないからな」

 俺は言って、銃を持つ鈴の手を片手で掴み、狙いを定めてやる。

 鈴の腕の傷は、セイヴの蜂のおかげでかなり回復しているものの、まだ本調子ではない。だからこうして支えてやるのがベターだ。俺の命的(てき)にも。

 ここで、またしても原因不明の赤面を見せる鈴。


 ――予期せぬできごとはいいことばかりじゃないのも確かだ。でもな。

 少しでもいい。それをどうにかして、自分の糧にできれば。

 それをどうにかして、自分の経験値にできれば、人生は変わっていく。

 基本は小さく、ときに大きく変わるものなのだ。

などと考えたりする俺も、少しは鈴に恥じない警察官に近づいているだろうか?

良い方向へ、変わって進んでいるだろうか?

これだけは言える。

俺はかけがえのないものを手に入れることができた。

自分ではわからないことだらけだし、きっとまた危険な目に遭ったり、落ち込んだりすることもあるだろうけど、鈴となら、必ず乗り越えられる。

 ですから、警部補。帰る目処が立つまで、どうか待っていてください。

 俺、こっちで警察官を頑張ります!


 そんな決意と想いを胸に秘めた俺は、頬を朱色に染めた鈴と一緒に、彼女の決め台詞を言い放った。

「撃ちなさい。望むところよ!」

「撃ってみろ。望むところだ!」


【FIN】

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フォース・オブ・ウィル ゆう @TOYOTA1LRGUE

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