07話.[今日はもう帰る]

「よし、できたね」

「ん」


 遊びすぎて今日は疲れた。

 慣れないことをしたのもあって珍しく帰りたいという気持ちが強い。

 ちなみに莉杏と駒田君ペアはもう別れて行動しているため、多分、こっちも解散になると思う。

 欲張ってもいいことはなにもないから今日のところはそれでいいだろう。


「俺はもう帰るぞ、じゃあな」

「またね」

「今日はありがとう」

「いらねえよ」


 上刈は後半から楽しそうには見えなかった。

 私が作ったご飯を食べていたときみたいに難しそうな顔をして休憩したり一緒に行動したりしていただけだ。

 帰りたい気持ちは強かったけど雰囲気を悪くしないように最後まで付き合ったのではないかと私は考えている。


「さてと、家まで送るよ」

「寄っていく?」

「いや、今日は送ったら俺も帰らせてもらうよ」


 それならいつものところで別れた方がいいと言っても「いやいいよ」と。

 いいか、本人がこうしたがっているのだから満足するまでやらせておけばいい。

 これはいつものあれ、何度も同じやり取りをしたら疲れてしまうからやめておく。


「うん、りんちゃんはいつものそのスタイルが一番だ」

「髪は基本的に結ばない」

「あと、露出が多ければいいわけじゃないからね」


 屋内で着用しているほど大きい服ではないけど、それでも大きめであることには変わらない。

 お腹とか足とかをどんどん出していく人間ではないし、私的にもこうして隠せているときの方が落ち着くからずっとこんな感じだ。


「正直、刺激が強かったけどね、服を着ていてもさっきのがちらつくというか……」

「上葉はそういう顔が似合っている」

「えぇ」


 上刈が基本的に真顔だから表情豊かで見ていて飽きない、そしてその中でも困ったような顔が彼によく合っていた。

 笑顔とかもいいけど、そう、彼ならそういうことになる。


「りんちゃん」

「ん――え、どうして抱きしめる?」

「したくなったんだ」


 そのまま正直にしたくなったと答えるところが面白かった、とか面白がっている場合ではないか。

 これは違う、別に上刈ではなく彼だからとかではなく、私が恋をしなければならない立場だったから。


「離して」

「うん……」


 彼がどういうつもりでやってきたのかなんて本当のところは一切分からないけど、こういうことをするということはそういう感情も多少はあるということだと思う。

 ただ、やはり相手が動いてしまうのは違うわけで……。


「私の目的は恋をしたときの自分を見ること、相手から動かれるのは違う」

「やっぱり……上刈じゃないから?」

「違う、この先どうなるのかは分からないけど私から動かなければ意味がない」


 家に来ない日であれば別れる場所までもうきていた。

 これ以上送ってもらうのは申し訳ないからここまででいいと口にして離れる。

 動揺しているわけではないし、私は自分が考えたように疲れたから早く帰りたかっただけなので勘違いしないでほしい――なんて考えたところで上葉が聞こえているというわけでもないから意味がないか。


「よう」

「上刈?」

「俺しかねえだろ、家、上がっていいか?」

「いいよ」


 もういまならどこでも寝られるから飲み物を渡したら寝転んだ。

 上刈はそんな私の側に座る、それからこちらを見下ろしてきた。


「上葉は意外と興奮していなかったな」

「巨乳じゃないから対象外」


 でも、私の胸が大きくなにかに突き刺さってプールのところで興奮されても困るからこれでよかった。

 窮屈だと感じていたのも私が単純に制服が嫌いだった、ということだけで済んでしまう話だろう。


「へえ、対象外の人間にあんなことするのか?」

「え、見ていたの?」

「まあ……な」


 彼は違う方を向いてから「いやでもあいつ勢いで行動しすぎだろ、柵木じゃなかったらどうなっていたんだろうな」と。

 ある程度仲が良ければ私みたいな反応になるだろうし、仲良くなければ叩かれるか逃げられるかというところだろうか。

 なかなか勇気のいることをしたのは確かなことだと言える。


「なあ、恋をしたときの自分が見たいって言っていたよな?」

「ん」

「じゃあ……」

「どうなるのかは分からないけど、私はふたりのどっちかに恋をする」


 いまからまた新しい人を探して恋をしてというのはしたくない。

 それに誰だっていいわけではない、最初衝突した上葉も対象になっているのは面白いところだけど。


「はは、凄え発言だな」


 基本真顔だけど、上葉と違って少ないけど、それでもこうして笑ってくれる。

 悪い考えは含まれていないから見ていて落ち着く、自然と近づきたくなる。

 結局精神が子どもで笑いながら頭を撫でてほしいと考えてしまってるからだ。


「上葉みたいに抱きしめる方がすごいと思う、私はこの前癖でしようとして慌ててやめたから」

「上葉に?」

「『暇だから一緒にいてやるよ』と言ってくれたときに上刈と上葉に」

「ああ、何回もいいのかと聞いてきたときのことか、あれはお前らしくなかったな」


 別に全てが嘘というわけではないものの、自信満々に行動できるときばかりではないと分からされてしまった。

 まあ、なにもなかった中学生のときみたいにはしないと決めて行動しているからこそのそれだろう。


「調子が悪いのに無理するしな」

「迷惑をかけたくなかった、でも、結局上刈がいてくれたから治った」

「上葉もだろ」

「最終的には上刈……」


 だけど上葉だって私を運んでくれたりしたわけだからなんかこの言い方は違う。

 どちらかだけを贔屓なんてしたくない、いつか自然とどちらかを優先するようになってしまうかもしれないけど少なくともいまは両方にフラットに対応するべきだ。


「つかあいつは分かりやすすぎだ、名前で呼んでもらえなくて暗くなったり、柵木の部屋に入ったぐらいで緊張したりな」

「貴一と呼んだタイミングで冷静になったから調子が悪いのにもやもやして寝られなかった」


 彼が言っていたように最初から頼っておけばよかったのだろうか。

 でも、たまたま治ったからというだけで、それが正解だったのかは一生分からないままとなる。


「そうか、ならりんに合うのは上葉だな」

「え」

「帰るわ、色々聞けてよかったよ」


 え、なんでそうなるのか……。

 分からなすぎて馬鹿みたいに固まることしかできなかった。




「へえ、それならよかったよ」

「そ、そうなの?」

「だって俺としてはりんちゃんに振り向いてもらいたいわけだからね」


 そうか、抱きしめるぐらいなのだからライバルがいなくなれば安心できるか。

 まだどちらかに恋をするという段階だったのに離れられてしまってこちらは困っているけど。


「でも、これじゃあ駄目だ、きっとこのまま仲良くしてもきみが振り向いてくれることはない」

「分からない」


 分からないからそういうことを考えずにただお友達として一緒にいさせてもらう、お友達としてすら仲良くできなければ恋をすることなど不可能だからだ。

 なんて同じようなことを考つつ行動しようとしていたところで昨日のあれだった、だから結局できなくなって翌日に彼に来てもらった形となる。


「だけどフェアじゃないから、それにきみが言ったんだよ? 『あなたではなく上刈先輩がいいので』ってね」

「あのときとは違う、上葉は私にも優しくしてくれたから」


 ただ、余計なことを言ってしまったのは確かなことだった。

 ちゃんと仲良くしてから抱きしめたりしたいと考えているように、○○がいいなんてあの時点で言うべきではなかった。


「それに上刈も露骨だ、なんにもないならいちいち帰ったりなんかしないでしょ」

「確かにそうかも」

「俺は勝てないな」


 私としては一緒にいてくれる方に期待をすることになると思う。

 たまにしか会えない存在に多分恋はできない、安心よりも不安が勝ってしまって落ち着かなくなるだろうから。

 でも、私と過ごすか過ごさないかは向こうの自由だからそれならそれでいい、中途半端にやって来て優しいところを見せてくるよりもずっとだ。


「そもそも今日りんちゃんが俺のところに来ている時点で証明してしまっているようなものだよ、引っかかったからこそ来ているわけだからね」

「いや……」

「いいんだ、いきなり抱きしめたのに怒らないでくれただけで十分だ」


 いや、これは誰かがいて諦めるしかないというわけではなく、ただ理由を作って離れたいようにしか見えない。

 私がなにかを言ったわけでもないのにすぐに行動しようとするところが怪しい。

 まあ、向こうから動かれるのは違うからいいと言えばいいけど、なんかこのままお友達としてすらいられなくなりそうな雰囲気になっているのが駄目だ。


「上刈も上葉もただ私から逃げたいだけ」

「ただ逃げたいだけならこんなことにはなっていないよ」

「そういうのはむかつく」

「はは、むかつく、か」


 私らしくいるだけでこうなっているのだからどうすればいいのかは分からない。

 というか、本当に離れたがっているのならこちらは認めるしかない。


「俺だってむかついているぞ、りん」


 多分、それなりに離れていたはずなのに耳がいい。

 上刈はこういうやり方を好むらしい、私としてはそんなことをしても意味がないから早く近づいてくればいいのにと思うけど。


「上刈も下手くそだねえ」

「駒田に似合っていると言われたとき分かりやすく嬉しそうな顔をしていたからな」

「年下の男に嫉妬しない、しかも駒田君は分かりやすく宮守さんが好きなんだから」

「関係ねえよ」


 上刈は横まで歩いてくると昨日みたいに見下ろしてきた。

 身長差的に仕方がないところはあるけど、今日は圧がすごくて思わず目を逸らすところだった。

 変なことをしているわけではないからそのまま見続けたものの、お互いになにも言わないから結局変な時間となった。


「ふっ、結局上刈も男だったってことか」

「胸は関係ねえぞ、俺はりんの頑張るところとか色々なことができるところに惹かれたんだよ」


 頑張ってひとりで耐えていたのに馬鹿とぶつけてきたのが彼だった。

 だけどそれだけではなく「頼れよ」とも言ってくれた、それだけではなくそれ以外にも色々な言葉で私を……。


「でも、揺れたでしょ? あ、上手いこと言っちゃったな」

「前々から分かっていたことだったからな」

「素直に吐けばいいのに、そういうことを繰り返すとむっつりって言われるよ」


 それで治ったからこそ昨日プールで楽しめたわけだし、本当に感謝をしている。

 が、だから彼がいいとはなっていない。

 それともこういうことを考えてしまっている時点で答えが出ているのだろうか。

 未経験だから恋をしているということにすら気づいていないのかもしれない。


「それに見てよ、君を見るりんちゃんの顔を」

「いつも通り無表情だな」

「いやいや、恋する乙女の顔をしているでしょ」

「お前、本当にそう見えてんのか?」

「……で、でも、やっぱり上刈の方がいいと思うんだよ」


 抱きしめてしまったこととかを後悔しているということなのだろうか、そのために○○の方がいいと言ってなかったことにしようとする。

 彼らも私にむかついたりしたときがあったのかもしれないけど、これは納得のできることではなかった。


「お前分かりやすいな」

「お、俺?」

「違う、りんだよ」


 控えめに怒ったって意味はない、相手に知られたくないならなんらかの他の手段で発散させた方がいい。

 こういうやり方は好まないけど言葉だと上手く伝えられなさそうだったから思い切り上葉の手をつねった。


「いたたたっ!?」

「はははっ、いい顔をしてんじゃねえかっ」

「い、いやっ、笑っていないでりんちゃんを止めてよっ」

「ふっ、本当に素直にならなきゃいけないのはお前だったんだよ」


 彼はこちらの頭を撫でてから「りん、進展したら教えてくれよ」と残して歩いていった。


「むかついたからした、上葉もむかついたならやり返していい」

「……そんなことしないよ」

「それなら今日はもう帰る、色々と聞いてくれてありがとう」


 お昼寝でもしてこのなんとも言えない気持ちをなんとかする。

 次のことは明日の私に任せることにした――のに……。


「りんちゃん、上刈のところに行って」

「行かない、今日はもう帰る」


 そういう気にはなれないから今度こそ別れた。




「は? じゃああの後なにもなかったのか?」

「なかった」

「はぁ、それでいいのかよ」


 いいのかもなにも、上刈も上葉も同じぐらいだからどうしようもない。

 だって離れるのかと思えばこうしてすぐに私のところに来てくれるからだ。

 まあ、中途半端であることは認めるしかないけど……。


「しかもあいつも変なことを言いやがる」

「優しいから、上刈だって上葉のことを考えて離れた」

「上葉のことを考えてというか、無理なら離れるしかねえからな」


 でも、中途半端なことをしているのは彼らも同じ――彼も同じだ。

 上葉については昨日こちらから呼び出しただけだから同じ扱いはできない。

 本人がいるところでもいないところでも徹底して「上刈の方がいい」とぶつけてきていた上葉なら……。


「りん、余計なことを考えずに上葉だけを見てやれ」

「それはできない」


 恋ができればそれでよかった、確認できればそのまま伝えずに終わらせるつもりでいた。

 それだというのになにかが変わってこんなことになってしまっている。

 どちらと仲良くしたいではなくまだどちらとも仲良くしたいという段階なのに急かされても困ってしまう。


「なら俺を見てくれよ」

「こういうのはあり?」

「知らねえ、だがお前も悪いんだぞ」


 距離が近い、触れていなくても相手の熱が分かる。

 前も言ったように身長差があって普段自然にこちらが見下される形となるけど、いまは寝転んでいるのもあって端から見たら変なことをしようとしている男女に見えると思う。


「はぁ、嘘だよ、いいから上葉を見てやれ」

「上刈のせいでもある、その気がないならやめてほしい」

「仕方がねえだろ……」


 彼は横に寝転ぶと大きなため息をついてから目を閉じてしまった。

 どうしようもないけどとりあえず体を起こして座り直す。

 どうしようもないで固まっているわけにはいかないから行動しようとしたときに携帯の着信音が鳴って見ることとなった。


「え」


 先程のところの写真と『上刈も大胆だね』というメッセージ。

 窓の外を見てみるとそこには上葉の顔が……。


「上葉も馬鹿」


 見たことはないけどある意味幽霊さんよりも恐ろしかった。

 ひとりでのんびりしていたときふと窓の方へ視線を向けたら目が合った、なんてことになっていたら叫んでいた。


「そう言わないでよ、まあちょっと危ない行動ではあったけどさ」

「ちょっとじゃない」

「それより上刈のこの感じだと進展はしていないのかな?」

「上葉のことを考えて遠慮ばかりしている」

「なるほど、俺が抱きしめたのと一緒で行動したのはいいけど~ってやつか」


 上葉はまだ黙って寝転んでいる上刈の手を引っ張った、それで怒ることはなかったけど彼は「余計なことをしていないでりんを連れて行け」と。


「上刈がそんなだと困るなあ、守ってくれる奴がいてくれないと目的を果たせない」

「お前が守ればいいだろ」

「でも、結局帰らないで残ることを選択したんだから素直じゃないよねえ」


 こちらが言えることはないから飲み物を用意するために移動をする。

 こういうごちゃごちゃしてしまっているときは甘いジュースが一番だ。

 なにかに頼らなければ駄目だ、彼がそう言ったのだから私はそうするだけだった。


「俺は諦めるよ」

「は? なに考えてんだお前」

「ま、付き合えなくてもりんちゃんなら一緒にいてくれるしね、それに上刈には助けてもらったという恩があるからさ」

「その割には俺に近づこうとする人間を止めていたが、特に女子」

「ははは、俺が相手をしてもらえなくなる可能性もあったからね」


 相手をしてもらえなくなることを恐れて相手をしてもらえなくなるようなことをするというのは逆にすごい。

 そして彼は上葉の目的通り、相手をしてくれていたわけだから成功なわけで、なにが正解かなんて時間が経ってみないと分からないということになる。


「抱きしめられて満足してる、滅茶苦茶柔らかかった!」

「上葉は変態」

「だな、変態だ」

「変態でいいよ、俺はいまでも変わらず巨乳が好きだからね!」


 気持ちのいい笑みだ、これ以上ごちゃごちゃすることなくただのお友達としていられるからだろうか。


「負けたよ、俺はお前みたいに行動することができなかった、諦めたような雰囲気を出しておきながら翌日にこうして会いに来てしまった。昨日のお前はりんに呼ばれたからだったんだろ? この時点で駄目だよな」

「は、え、ちょ、だからもうこれは終わった話――」

「俺は負けたんだ、りんのこと頼んだぞ」


 また同じようなことになる――そう分かっているのに上葉のときみたいに止めようとする自分がいなくて固まることになったのだった。

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