06話.[恥ずかしすぎる]
「うーん、なにが原因なんだろうねえ」
「ちゃんと寝たり食ったりしているんですよね?」
「うん、少しの間は減らしていたけどすぐに戻していたからね、あと、りんは早寝早起きタイプだからそのふたつでなにかがあるとは考えられないけどなあ」
起きるタイミング、いつにすればいいのだろうか。
なんとなくいま起きるのが恥ずかしくて寝たふりを続けているけど、さすがにこれ以上はきつい。
「学校生活への不安、とかかな?」
「俺らといないときどう過ごしているのかは柵木の友達の宮守から聞いていますが、特になにも問題はないらしいです」
「それだ! 上刈君と上葉君がいてくれないから――」
「違う、そこまで子どもじゃない」
○○といられなくて本調子ではないということならそれこそ恥ずかしすぎる。
だってそれだと依存してしまっているということだ、私を上葉から守るために友達になってくれた人相手にそれだと不味い。
いや、もっと前々から過ごしていて、ちゃんと自信を持ってお友達だと言える人だとしても依存してしまうのは不味いだろう。
「体調はどうなの?」
「寝たから学校のときよりマシ、でも、上刈先輩に変なことを言うのはやめて」
「変なことじゃないよ、普段近くで見ている子の話を聞いてなんとかしたかっただけなんだけど」
「大丈夫、どうせ単純だから夏休みにごろごろしていれば治る」
恥ずかしがっている場合ではなかった、もっと早く止めておけばよかった。
相手の親に話しかけられたから、ではなく、彼ならこうしてしまうと分かっていたのにこれだからアホだ。
だからまだその点は上葉の方がいい、甘えそうになってしまっても冷静に断ってくれそうだから。
「プールに行くんだろ、早く治せよ」
「行く、絶対に行く」
「め、目がマジだな」
そこで周りが心配しているほど子どもではないということを証明する。
そうしなければこれから先も子ども扱いのままになってしまう。
私の目的は恋をしたときの自分を見ることだからそれでは困るのだ。
「さーてと、りんも起きたからご飯でも作ろうかな」
「手伝う、上刈先輩に食べてもらう」
「あ、それはいいね、よし、頑張りますか」
ひとりでご飯を作ることもそういうアピールにならないだろうかと期待して、母には相手をしてもらっておくことにした。
というか、変えた日からずっと夜ご飯は私が作っているから譲りたくないというのもあった。
いまさらお客さんに作るぐらいで緊張するような人間ではないからささっと作って食べてもらえる環境が整った。
「あの、少し廊下で話したいことがあるので」
「分かった、待っているね」
え、な、何故逃げようとするのか。
心配しなくても何度も食べてもらっているから大丈夫だ。
そもそも調味料の力が強力すぎるからあまり自分が関われる部分がないぐらいなのにどうして……。
「なにを勘違いしているのかは知らねえが、俺は子ども扱いなんてしてねえぞ」
「そうなの?」
「上葉だって同じだよ、友達だから心配するんだろうが」
「……頼っておいて言うのはずるいけど私が悪い」
「だが、それは間違っているな、まあそれよりも先に食わせてもらうわ」
これは恥ずかしくなかったから一緒に食べることにした。
悪くない、それどころか堂々とここに存在していられる。
母も「美味しい」と言ってくれた、彼は何故かずっと難しそうな顔のままもぐもぐしていたけど。
「ごちそうさまでしたっ、洗い物ぐらいは任せてよ」
「ん、よろしく」
「そろそろ帰ります」
「うん、また来たくなったらどんどん来てね」
腕を掴まれなくても最初から付いていくつもりだった。
母に言ってから外に出ると今回は初めて頭を撫でてくれた。
「食わせてくれてありがとな、美味かった」
「ん」
「あとひとりで無理をしようとするな、そういうときこそ頼れと言っただろ」
「分かった」
来てくれなかったのに、なんてぶつけて困らせることはやめた、この人が自分の意思で「いてやるか」となるまで待っていなければならない。
「ちょっと座っていくかな」
「お母さんが気になった?」
「まあ、少しな」
母はいつもあんな感じだからこれから家に来てくれる回数は増えなさそうだった。
見守っているだけというのは絶対にしない、話しかけて、よく見て判断をする。
私が連れてきている時点で悪い相手ということはほとんどないけど、一度だけ「関わるのは駄目だよ」と止められたことがあった。
まあ、それが掴まれたときに鳥肌が出た子のことなんだけど……。
「いまさら言うのもあれだが着替えてこい」
「あ、すぐに着替えてくる」
着替えてふたり分のアイスを持ってから外へ。
この間に消えていたなんてことはなく普通にいてくれたから渡しておく。
夏ということもあってすぐに溶けてしまうからぺろぺろ舐めて食べていたものの、またひとつ恥ずかしいことに気づいた。
やはり単純だからちょっとしたことで治ってしまったことについて気づいてしまったのだ。
「顔が赤いが大丈夫か?」
「単純だから治った」
「はは、いいことだな」
な、治ったならいいか、どうせ自分には甘々だから意味がない。
「プール、明日行こう」
「水着買いに行かなくていいのか」
「え、必要?」
「どうせなら買った方が楽しめんじゃねえのか、ずっと友達と行きたがっていたならそうなんじぇねえの?」
「莉杏に頼めばよかった、連絡先も交換していないからもう会えない」
なんならふたりともできていないから今日別れたら最後まで会わないままで終わるなんてことにもなりそうだった。
だけどこれも調子が悪かった自分が悪いから仕方がない。
「それなら明日行くか」
「え、いい、上刈先輩が行きたいわけじゃないだろうからいい」
彼の方から言ってきたなら駄目だと止めてあげなければならない。
これは自分の意思ではない、私のことを考えてくれているだけだ。
「どうせ暇だからいいよ、明日の十時ぐらいに行くから予定入れんじゃねえぞ」
「そ……ういうわけには――な、なんで掴む……」
ただ、こういうときに掴むより撫でてほしいと考えてしまっている時点で子どもみたいなものだった。
いつかは分からないけどプールに行ったときに頑張ったところで、余計に周り的に心配になる人間になりかねない。
「多分、分かりやすく上葉に礼ができるぞ」
「えっ、なんで……」
「約束な、それじゃあな」
ああ、行ってしまった。
とりあえず明日ちゃんと付いて行けるようにお風呂に入ってすぐに寝た。
「これとかどうだ?」
「どういうのが正解か分からない」
「それでもなんとなくこれがいいとかあんだろ」
しっかり体型維持をしてあるからお腹が出ることになっても構わないと言えば構わない、学校の水着で行こうとしていたのはそれでも水に触れられて楽しめるからであって恥ずかしいからではないからだ。
「色は?」
「青……?」
「青……? なんかもっと黒とか白とかでいいだろ」
そういうものなのか、って、これはありがたいことなのかもしれない。
だってふたりのどちらかに対して恋をしたいわけだから彼がこうして好み……かどうかは分からないけど意見を言ってくれているのはいいことだろう。
「あ、これ可愛い」
「ま、お前に合うんじゃねえの」
「サイズは大丈夫だからちょっと高いけど買ってくる」
日焼け止めは朝に母に協力してもらってたくさん塗ろうと決めた。
よし、これで確実にプールに行くという目標を達成できる。
彼はここにいてくれているから後は上葉が大丈夫なら今日行くこともできる。
「後にすると面倒くせえから今日行くか」
「行くっ」
「お前、プールに行きたすぎだろ……」
お小遣いにはまだ余裕がある、プールで遊び終えた後に余ったお金を使ってお礼、なんてことも可能だ。
幸い上葉はすぐに来てくれたから待ちきれなくてひとりで突撃っ、なんてことにもならなかった。
何故か今日も監視役として莉杏がいたけど、彼女は駒田君のことが好きだから変な勘違いはできない。
「じゃ、また後でな」
「ん」
楽しむためには色々なことでお金を使うことになっても不満を表に出さないこと、これを守っていれば最後まで悪い雰囲気にはしないで済む。
それと浮かれすぎないで相手の話をちゃんと聞いておくというのも大切だろう。
「あ、これどうしよう」
「それなら任せて、えっと……あ、あった、よいしょっと、はい」
「ありがとう」
買ってきたばかりの物をすぐに着用するというのはそこそこ新鮮な体験だった。
「は……」
「もしかして見られていると脱ぎづらい? あ、問題なく着られている?」
「そ、それは大丈夫だけど、え、え?」
髪もまとめているからいつもより涼しいかもしれない、なんて、水着なんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
それからも彼女は「え、なんで、どこから?」などとよく分からないことをぶつぶつ呟いていたものの、ふたりとも着替え終えたからふたりを探すことにした。
「遅えぞ」
「ちょっと時間がかかった、ごめん」
「ま、いい、行くか」
「ん」
ちょうど休憩時間だったからその間に準備体操をしておく。
じろじろ見られているなんてこともないから本当に問題がないのだ。
だから今日は目一杯楽しもう、せっかく水着を買ったのだから楽しまなければ損というものだ。
「あれ、莉杏と上葉は?」
「ん? いねえな、なにやってんだあいつら」
最初から一緒に行動していたからないとは分かっていても怪しく感じてくる。
「あ、日焼け止め……」
「塗ってやろう――」
「ふたり揃って変態ですかっ、私が塗るからりんちゃんはこっちに来てっ」
よかった、真っ赤になるのはごめんだから助かった。
当日にすぐというのはあまりよくないことを知った。
自分の欲求を優先すると大抵はいいことがないということが分かる。
「できたよ」
「ありがとう」
黙ったままの上葉は気になるけど結局欲求を優先してしまう自分がいた。
先輩はいつも通りでいてくれているから隣を陣取っていた。
そうしない内に休憩時間が終わり、やっと入れるようになったので突撃する。
「待て、なんか今日のお前は危ういからこうして掴んでおくわ」
「人がいっぱいいて泳げないし、下手するとはぐれそうだから助かる」
「おう、あっちは……あ、宮守が上葉の腕を掴んでいるから大丈夫だな」
ただ、あのふたりが仲良くなると気になるのは確かなことだった。
駒田君のことを気にしていないならいいけど、相手をしてもらえるからと上葉に近づいているのなら微妙だから。
「水着、似合ってんぞ」
「え、上刈先輩がそんなことを言ってくれるとは思わなかった」
「上刈でいい、どうせほとんど敬語じゃないんだからな」
似合っていると言ってもらえるのは嬉しい。
正直に言ってしまえば自分の体にピッタリな物ならそれでよかった。
これで楽しめると満足していた、だからこれには……。
「なんだ?」
「……恥ずかしくなってきた」
「は? 似合ってると言われてなんで恥ずかしくなんだよ」
「上刈から言われるなんて思っていなかったから想定外のことが起こって暴走中」
上葉を上刈といさせて私は莉杏といることにした、莉杏にくっついていることで彼に見られないようにするという作戦だ。
「よいしょっと、はは、りんちゃんは軽いなあ」
「莉杏は上葉に切り替えたの?」
「え? ううん、全くそんなことないよ、今日だってたまたま一緒にいただけだよ」
そうか、ならよかった。
多分、男の人は可愛い異性が近くにいてくれると意識してしまうだろうからはっきりした方がいい。
他の誰かとそういう関係になりたいのであればなおさらのことだ。
「あとほら、私が余計なことを言っちゃったのもあるからさ」
「巨乳大好き男の人だけど大丈夫」
「うん、そうだよね」
ある程度のところでいつも通りに戻れたから莉杏とお喋りをしながら歩いていた。
泳ぐことよりも水に触れられればそれでいいから歩いているだけでも楽しい。
途中で「なんでプールなのに野郎とだけなんだよ」と言ってきた彼の存在によってふたりきりではなくなったけど。
「腹減ったからなにか食うか、行くぞ柵木」
「それならお金を取ってくる」
復活して食欲もかなり高まっているからちょうどいい。
「素久もいてくれたらなあ」なんて呟いていた彼女の腕を掴んでから更衣室へ――となる前にこちらが腕を掴まれて足を止めることになった。
「俺もだからあそこで集合――なんだよ?」
「俺もりんちゃんといたいんだけど」
「だったらお前も来い」
それで結局なにもないまま一旦別れて更衣室へ。
「駒田君を呼ぼう、どうせなら莉杏にも楽しんでほしいから」
「よ、呼ぼうかな」
「ん、その方がいい」
もし呼ぶのであれば来てくれるまで莉杏と分かりやすい場所で待つつもりだった。
自分だけが楽しむなんて駄目だ、ちゃんと参加しているメンバー全員に合わせなければならない。
「あー、でもなー」
「なにか気になることがある? あ、水着姿を見られるのは恥ずかしい?」
「りんちゃんのそれが過激すぎるからなー」
過激、でも、上葉がいつも通りどころか暗めな時点で物語っている気がする。
それでも結局呼ぶことにしたみたいなので、こちらはその間に説明しに行くことにした。
「は? いらねえだろそんなの」
ただ、彼的には納得ができないみたいでこっちの腕を掴んで行く気満々だ、上葉も「場所を指定して宮守さんも一緒に行動すればいいんだよ」と。
ちなみにわざわざ戻る前に「来てくれるって」と彼女がやって来た。
「腹減った、行くぞ柵木」
「ん」
「宮守さんも行こう」
「はい、私も小腹が空きましたからね」
少しだけ並ぶ必要はあったけど自分が食べたい食べ物を買うことができた。
少し早めということもあって座る場所に苦労するなんてこともなく、四人で仲良く座って食べていたら駒田君が登場。
「お、柵木は楽しむ気満々だな」
「さっき買ってきた」
「そうなのか、でも、似合っていていいな」
「莉杏のは?」
「似合っているに決まっている、色も莉杏に合っていてすごくいい」
はっきり言う子だから莉杏としては恥ずかしいかもしれないけどいいと思う、彼女は「ありがとー」なんて言ってあくまで余裕な態度だったけど。
それに比べてこちらは恥ずかしくなってしまったから負けだ。
「さ、後半は俺がりんちゃんと歩かせてもらうから」
「俺は少し休憩してるわ、だから好きにしろ」
上葉とも過ごしたかったからこれは悪くなかった。
一緒に来ているならみんなと行動がしたい、上刈と莉杏のふたりとはもうできたから残るは彼だけになる。
お金を払っている身としてなるべくじっとしていたくないから彼の腕を掴んでまた中へ。
「上葉は莉杏が好き?」
「宮守さんは駒田君のことが好きだからね」
「それならよかった、好きになっても悲しい結果になるだけだから他の人にした方がいいよ」
お友達の悲しんでいるところを見たくはない。
多分、見ることになったらそれがお友達を作ることのデメリットだと言える。
自分が関わっていなければ問題ないとかそういう風に終わらせられないし、どうすればいいのかも分かっていない。
「りんちゃん、遊び終わってからでいいから連絡作を交換しようよ」
「分かった」
「へへへ、上刈は素直に褒めていたからね、上刈のも教えてあげるからさ」
彼は上刈のことが好きすぎる、上刈も変態とか言いながらも自分から連れてきたりとかしていたからお似合いのふたりだ。
こういうお友達が自分にもいてほしい、これからできるだろうか。
「それと毎日とまではいかなくても家に行かせてもらうからそのつもりでいてね」
「分かった」
「あと……水着のことだけど、可愛いね」
「ん、可愛いから買ってきた」
単色ではなく黒と白色というところがよかった、しかも真ん中にリボンみたいなものがついていたから選んだ形となる。
お世辞でもなんでも可愛いとか似合っているとか言ってもらえてよかった。
安いお買い物ではないから逆のことを言われていたらどうなっていたのか……。
とにかく、お友達と行けた一回目としては本当に楽しい時間を過ごせたのだった。
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