04話.[いられて楽しい]
「ほら、これも食え」
「も、もう無理……」
「駄目だ、食わねえと大きくなれねえぞ」
お休みの日もこうして先輩と行動できているのはいいけど、いっぱい食べさせてこようとすることだけはやめてほしかった。
無限には食べられないし、大きくなることを望んでいるわけでもない、私はいまのままで十分だから。
「あ、そういえば大きい服じゃねえな」
「お出かけするときはさすがに変える」
もう一時間ぐらいが経過しているのに面白かった。
彼にとっては服とか胸とかはどうでもいいということなのだろう。
別にだから彼の方が上葉先輩よりいいというわけではないけど、顔とか服とか胸とかで見られてしまうよりはよかった。
「苦しくねえのか?」
「大丈夫、それより上刈先輩といられて楽しい」
「それならもっと笑みを浮かべたりしろ」
一応言っておくと太っていて苦しいから制服が嫌いというわけではない。
太らないようには気をつけている、細かく意識しているわけではないけど。
誰かによく見られたいからではなく、太っている自分を直視することになったら嫌だからそうしているのだ。
「七月になったらプールに行きたい」
去年は行けなかったから今年こそは絶対に行きたい。
○○とは絶対になんて考えはないものの、多分駒田君と宮守さんのふたりとは行けないだろうからどうしても彼か上葉先輩に頼ることになる。
「は、え? まさか俺に付いてこいって?」
「さすがにひとりでは楽しめない」
「まあ、そうなったら上葉も連れて行くか、運動させておかないと夏休み明けに太って登校してくるからな」
「ん、ふたりと行けるなら楽しめる」
そろそろ私のためではなく彼のしたいことをしてほしかった、だからそう言ってみたら「それなら家に帰りてえ」などと返されてしまったけど。
ちなみに今日誘ったのはこちらだ、それでも外に出ようと言ってくれたのは彼だからそこまでわがままを口にしたわけではなかった。
「って、冗談だよ、そうだな……」
「一緒にいられるならお家でもいい」
寂しいから家に帰ることにならなければそれでよかった、別にお家で寝てもいいから側にいさせてほしい。
嫌だということなら諦めて帰るしかない、ここで無理を言って付き合ってもらうのは自分が決めたルールを破ることになる。
「お前はなんでそこまで俺のことを気に入ってんだ?」
「受け入れてくれたから、優しい人だから」
「優しい人ねえ」
とにかく決めるのは彼だから見つめて圧もかけずに黙って待っていた。
お店とかがあるから目のやり場に困るなんてことはない、あと、人を観察して過ごすのは好きだからこれもまたいい時間となる。
「あー、動物園にでも行くか、なんかお前って動物好きそうだし」
「上刈先輩がいてくれればいい」
「はいはい、じゃあ行こうぜ」
ということで割りと近くにある動物園に行くことになった。
多分、動物さん達を見終えたら解散になってしまうけど一時間で解散にならなかったというだけで満足できる。
ひとりでお掃除とかお昼寝とかをして過ごすことになったときと比べれば遥かにいい時間だと言える。
「結構混んでんな、柵木、はぐれるなよ」
「大丈夫」
水族館などに比べれば入場料も安い気がした、全国のを見て回ったわけではないから勝手な思い込みかもしれないけど。
「アニメみたいなことは早々起こらない」
「そうかい、んじゃ適当に見て回るか」
動物園で特に好きな動物さんはライオンだった、逆に怖い動物さんは猿となる。
猿はライオンと違ってすばしっこく動くというのとよく鳴くのが怖い。
小さい頃の私は檻の中にいる猿に何回も怖くなって泣いていた。
「ナマケモノっていいよな、のっそりしていても怒られないのが羨ましい」
「上刈先輩はペンギンとか好きそう」
「特に好きじゃねえな、俺がいいのはこいつみたいに怒られない生活だ」
でも、こんなことを言いながらもこうして付き合ってくれているわけだから優しくてありがたい。
「お前が好きな動物はなんだ?」
「ライオン」
「ははっ、似合わねえな」
「格好いい、だけど猿は怖い……」
「まあ、野生の猿だったら確かに怖いがこうして檻越しにしか見えねえしな」
それでもと重ねようとしたら頭を掴んでから「大丈夫だ」と。
せめてそこは撫でてほしいところだけど多くは求めない……ようにしよう。
いてほしいとぶつけることもこれ以上はできない、となると、なにかを聞かれたら反応をする程度に抑えていくしかない。
「そういえばこの前お前の母さんに会って荷物を持ったんだが」
「え、それならなにかお礼がしたい」
上葉先輩にしたときみたいに飲み物を買うとかよりもご飯を作ったりすることでお礼がしたかった、普段はしていないけどできないわけではないのだ。
どちらかと言えば彼のお家で作るよりも自分の家に来てほしいけど、面倒くさいということなら彼のお家に上がらせてもらって作らせてもらいたい。
「俺から言ったんだからいいんだよ、で、母さんから『りんちゃんをよろしくねっ』と頼まれたんだ」
「あ、だから今日は付き合ってくれている?」
母の真似は……置いておくとして、私の母らしかった。
男の子と言うと過剰な反応を見せるのに、実際に会って少し相手のことが分かるとすぐに「よろしく」とか言ってしまう。
多分、これまで付き合うことができなかったのは私に魅力が足りなかったのもあるし、母のそういうところも影響している気がした。
「別にそれは関係ねえ、だが、母親ってどうしてああなんだろうな」
「親として心配になるのは当然のこと、あと、息子や娘のお友達と直接話せる機会というのはあんまりないから会えて自分の目で見ることができたというのが大きいと思う、多分」
「なるほどな」
動物さんに対してだってそうだ、実際に見て近づいてみるまではどんな子なのかは分からない。
「ま、上葉も同じように動いているわけだしな、お前の周りの人間は不安になるんだろうよ」
「高校生だから大丈夫」
なにかがあっても被害者面はしないと約束をしよう。
まあ、どうせなにかがあったら馬鹿みたいに涙を流したりしてしまうかもしれないけど、少なくともこうして関わってくれている人は巻き込まないように頑張る。
暴力キャラばかりというわけではないから多分話し合えば仲良くはできなくてもなんとかなる……はずだった。
「じゃあ俺がこうしてこの前みたいに持ち上げてどこかに連れて行こうとしたらどうするんだ」
「高いからちょっと怖いけどそれ以外なら大丈夫」
仮に無理やり連れて行ってなにかをしたいなら無傷の状態でこんなことをしようとはしない、殴ったりして黙らせてから行こうとするだろう。
だけどこの前だって勢いだけは怖かったけど優しく持ち上げてお家の中まで運んでくれただけだった、だからあんまり彼の場合は意味がないというか……。
「はぁ、無根拠――ぐは!?」
彼とは反対方向を向いていたから上葉先輩がいたのは分かったものの、殴るなんて思わなくて固まっていた。
なんか私よりも立派にヒロインをやれている気がして複雑な気分になる。
そういうことをしないと相手をしてもらえないなどと考えていそう、上葉先輩が女の子なら絶対に素直ではない。
「りんちゃんに変なことをするんじゃないよまったくっ」
「な、殴るなよ……」
「やっぱり休日も俺がいないと駄目だね、ささ、りんちゃんは渡しなさい」
「下ろすから殴るな、鍛えていても後ろからの不意打ちには対応できねえ、痛え」
よかった、喧嘩になって雰囲気が最悪になることだけはなくなった。
あと、自分の足でちゃんと歩けるというのは幸せなことだった。
疲れて眠たいときでもなければちゃんと歩く、重たいとか言われたくないからそうするのだ。
「むむ? というかりんちゃんさあ、それはなに?」
「一応お出かけするときのための服」
そのため普段は全く使用していないことになる、まあ、それも当然だ。
お出かけするときのためなのに普段使用でボロボロになっていたら意味がない。
ちなみにこれは母と話し合って買ってきた服だからそれなりに自信があった。
ただ、やはりいつものなにも考えていないような大きな服の方が楽だけど。
「そうじゃないよっ、やっぱり隠していたんだねっ」
「ん? 隠していたと言うより今日初めてお出かけすることになったから着てきただけ、知りたいなら教えた」
「はあ~、お嬢さんはなにも分かっていないねえ、というかなんで制服のときは小さく見えるんだろ」
「変態は放っておいて行こうぜ、入場料を払ったのに見ないなんて損だからな」
「ん」
が、少し歩いた後に「疲れた」と彼が言ってきたため帰ることになった。
そうやってはっきり言ってくれたときにそれ以上聞かずに行動しなければ彼は多分付き合ってしまうから気をつけなければならない。
「今日もありがとう、楽しかった」
「おう」
「でも、これ以上は迷惑になるから帰る、またね」
「またな」
ある程度自宅に近い場所までは一緒に歩いてきていたから着くのはすぐだった。
何故か上葉先輩は得意気な顔で一緒にいたけど、気にせずに鍵を開けて中へ。
家に着いたとなればこの服を着ている意味もないから着替えを持ってきてから洗濯ネットに入れて片付ける。
「いつからいたの?」
「実は最初からふたりを追っていたんだ、そうしたらいきなりりんちゃんを持ち上げたから我慢できずに突撃したことになるかな」
「そうなんだ、全然気づかなかった」
「尾行能力が高いんだよ」
飲み物を渡してから休憩、歩いたり食べたりしたから結構疲れた。
欲張ると大抵いいことはないから先輩の方からああ言ってくれてよかった。
「りんちゃんが誘って受け入れてもらえたんでしょ?」
「ん、普通に受け入れてくれた」
正直、あまり期待はしていなかった。
学校で相手を頼むのと、お休みの日に相手をしてもらうのは違うから。
だけど実際は土曜日も一緒にいたいとぶつけただけで「分かったよ」と受け入れられてしまって慌ててしまったぐらい。
あのお出かけ用の服もほとんど着ていなかったから消臭スプレーを振りまいた形となる。
「上刈も楽しそうだったからよかったよ、梅雨なのに雨ばかりじゃないというのもいいことだしね」
「あ、七月になったらプールに行こ」
自分ひとりだけではない方が正直ふたりきりよりももっと気にせずにいられる、上葉先輩もお喋り大好き人間だからというのもある。
この人がいてくれればもっと自分のしたいことをできるだろうからそれがいい。
「な、なんだと、つまり自ら出していくということかい?」
「これまで家族以外とはあんまり行けていないから楽しみ」
「ちょっと会話が噛み合っていないけどそういうことなら参加させてもらうよ」
よし、それなら初めての期末テストなどを頑張るだけだ。
頑張った分だけ楽しくなるならいくらでも頑張ることができる人間だった。
七月になった。
ただ、七月の頭ぐらいから十日現在まで調子がいまいちよくないから先輩達のところへは行かないようにしている。
水分をしっかり摂っていてもこれだから熱中症というわけではないけど……。
「りんちゃんは教室にいることが増えたね」
「夏だからバテないようにじっとしている」
「それがいいよ、教室に行ったときにりんちゃんがいないと寂しいから」
莉杏と駒田君の距離感は大して変わっていなかった。
元が近すぎるというのもあるけど、ふたりとも相手を振り向かせようと行動をしていない気がする。
別に誰かに急かされてするようなことではないからなにかを言ったりはしないものの、少し気になるのは確かなことだった。
「あとね、最近はこのお馬鹿さんが寝すぎなんだよ」
そういえばどうしてなのだろうか、先輩のことを知って真似をしている……とか?
人間なんだから弱ってしまっている可能性もある、それか暑くて寝られていない可能性もありそうだ。
「だからりんちゃんがいてくれてありがたいの、あの巨乳大好き先輩と距離が置いてほしいのもあるけどね」
「私でいいなら相手をさせてもらう」
「うん、ありがとう」
それでも早く治さなければプールを楽しめなくなるから駄目だ、よく食べてよく寝てを繰り返せばなんとかなる――と思って繰り返していたのにこの結果だけど……。
「柵木は……って、いたな、おいなんで来ないんだよ」
な、なんで今日になって来るのか、元気になったらと考えていたからこれはあまり嬉しくない。
あと、自分の方から誘ったりして悪いところが出始めていたからちょうどよかったのにこうなるなんて……。
「体力温存のためみたいですよ?」
「上の教室に行くぐらいで大して疲れねえだろ、ほら来い」
今日は体育もあるから動きたくなかったけど仕方がないので付いて行く。
普通に歩く分には問題はないからすぐになにかが出てくることはなかったものの、やはり自分の理想通りには進まないということが分かった。
これではなにもなかった中学時代と変わらない、所詮私は私だからこれも仕方がないことなのかもしれない。
「お前、ちゃんと食ってねえだろ」
「ちょっと食欲は減っていますね」
こちらに触れてきたわけでもないのに何故分かったのだろうか。
あれからは帰宅したばかりの母に作ってもらうということをしていない私だけど、なんか作るだけで満足できてしまうのだ。
とはいえ、食べないと間違いなく怪しまれるからご飯の量とかを減らして調整をして食べている。
「調子が悪いから来ていなかったのか、馬鹿、そういうときこそ頼れよ」
「でも、体調管理を失敗したのは私ですから」
「うるせえ、ちょっと来い」
ああ、教室から距離ができていく。
彼は私を少し離れた空き教室へ連れて行くと「寝ろ」と。
いかな調子が悪いとはいっても掃除をされているのかも分からない床に寝転がるのは嫌だと抵抗していたら無理やり寝転ばせられた。
「こうすりゃまだマシだろ」
「……上刈先輩は意地悪」
「なんでだよ、今日はうるせえ上葉が来るよりマシだろ」
「一緒にいられて嬉しい、マシじゃなくて嬉しい……」
一週間以上離れたことで関係がなくなったとしてもそれは私が悪いと片付けるつもりでいた。
先程も口にしたように体調管理をしっかりできていない私が悪いし、自分が決めたことを破って距離を作ってしまっていたからだ。
なにかを求めるときだけしか来ない人間なんか私だったら絶対にいい評価にはできないから他者だったらなおさらということになる。
「勝手に来ないでおいてなに言ってんだ、じゃねえ、いいからいまは寝ろ」
「まだ授業が……」
お昼休みでもないからゆっくり安心していることができない。
あとはやはりこの床に寝転がることになるのが気になる。
「じゃ、放課後まで頑張ったら家まで運んでやるよ」
「ん、ありがとうございます」
いまこれに頼るのは危険だ、ついつい甘えて最後まで集中できなくなる。
私がどうしても避けたいのは駒田君はともかく莉杏にばれることだった。
母はどうせ鋭いから言い当ててくるし、いま言ってきていないのは私が言われたくないからだと察してくれているから……だと思う。
とにかくだ、莉杏にさえバレなければ私はまだまだいつも通りでいられるのだ。
「調子が戻るまでは俺から行く、いてえなら上葉も連れてくるがどうする?」
「上葉先輩が行きたくなったときだけいいです」
「分かった、じゃあまた後でな」
なんとなくこういう考えのときは来てくれなさそうな気がした。
求めていることとは逆のことが起きるということをよく知っている。
でも、上葉先輩はいないのにどうして守るためにいるはずの先輩が来てくれたのかは分からないけど、嬉しかったことには変わらないから内でありがとうと言っておいたのだった。
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