02話.[それだよそれっ]

「すみません、あそこに突っ伏している人のことを教えてください」

「え、ど、どうして?」

「興味を持ったからです、お願いします」


 あの男の人の名前は上刈平吉へいきちさんという名前らしかった。

 いつも突っ伏していて、起きているときは怖い顔をしている、ということらしい。

 興味を持ったのに近づかないなんて馬鹿らしいから近づくと「そいつに近づかない方がいいよ」と。


「上刈先――」

「待った、だからやめておいた方がいいって」

「なんでですか?」

「感じ悪いからだよ、もしかしてもう被害に合っちゃってる感じ?」

「いえ、全くそんなことはないですけど」


 面倒くさい、放課後に話しかければよかった。

 ただ、放課後だといつまで経っても話せなさそうだったから確実にいる時間を狙ってきた形となる。


「上刈先輩、起きてください」

「あーあ、どうなっても知らないからな」


 よく分からない人が去った後に先輩が顔を上げてくれた。

 まず違うところを見ながら伸びをし、最後にこちらを見てきた。


「邪魔だ、帰れ」

「お友達になってほしいんです」

「嫌だね、誰がお前なんかとなるかよ」


 メリットがないのは確かだ、だから先輩がこういう反応をしてもなにもおかしなこととは言えない。

 でも、なにも成果を得られないまま戻るのはごめんだ。


「あぁ、周りの子は羨ましいなあ、仲良くやれていていいなあ」

「うるさいぞ」

「私なんて転校してきたばっかりなのにひとりで寂しいなあ、話しかけてきてくれた男の子も女の子とばかりいて気になるなあ」


 ちなみにあの普段の話し方は敬語を使っていないときなら常時ああする、というわけではない。

 信用できた相手にのみしていることになる、そのため、この前の宮守さんに対しては失敗をしていたことになる。


「わっ」


 後ろから腕を引っ張られたりするとさすがに対応が遅れる。

 異性が相手でも全く気にせずに触れてくるなんてこの人はすごい。


「悪いことは言わないからそいつだけはやめた方がいい、友達を求めているなら俺がなってやってもいいよ」

「心配してくれてありがとうございます、でも、私はこの人がいいので遠慮しておきます」

「きみもなんでそこまで拘るんだ……」

「悪い人かどうかは直接この目で見ないと分かりませんから」


 あ、余計なことで時間を使ってしまったせいでまた突っ伏してしまった。

 さすがにこれ以上は自分勝手になってしまうから戻ることにしようと動き出したときのこと、先程の人の「上刈だけじゃなくて一年生にも変なのがいるなんてね」という発言が聞こえてきて足が止まる。


「は? ふざけないでください、上刈先輩に謝ってください」


 が、謝るどころか馬鹿にしたような笑みを浮かべてこっちを見てきただけだ。

 自分が原因を作ったとはいえ、ここまで自由に言うこの人がむかついて距離を縮めたタイミングで「あ、なにやっているのっ」と宮守さんが現れた。


「す、すみません、この子はもう連れ帰りますね」

「悪いことは言わないから上刈だけはやめておきなよ、まあ、変なの同士でお似合いなのかもしれないけどさ」

「それならまた行きます、あなたではなく上刈先輩がいいので」


 先程よりも更に強い力で引っ張られてさすがに付いていくしかなくなった。

 彼女はただ廊下に出ただけではなく階下まで移動してから「なにやっているの!」と大声でぶつけてきた。


「男の子のお友達を作りたかった」

「素久でいいでしょ……」

「駒田君とはいられる限り一緒にいるけど、可能性は全くないから探している」

「あ、こ、恋に興味があるということ?」

「ん、そういうことになる」


 男の子関連で問題があって引っ越してきたというわけではないし、どうあっても前の環境には戻れないからいっぱい楽しもうと行動しているのだ。

 で、一応こちらも女だからそういうことに興味があるわけで、でも、好きな女の子がいる男の子とだけ仲良くしていてもこちらのなにかはなにも進まないから少しだけ更に変えることにしたのだ。


「でもさ、さっきのだと突っ伏していた先輩に迷惑じゃない?」

「迷惑?」

「柵木さんは近づけていいかもしれないけど、あの人からしたらいきなり現れたうえにクラスメイトから余計なことを言われる原因になったんだからさ」


 なるほど、確かにそれは事実だった、なにもないまま戻るのが嫌で行動した結果があれとなる。


「それならこれで終わりにする、ところで、どうして宮守さんは来た?」

「そんなの教室にいないからでしょ、朝からずっと休み時間になる度に出ていたら気になるよ」

「宮守さんは駒田君のことだけ気にすればいい」

「いや、好きでもずっと意識して行動していたら疲れちゃうよ」


 意識なんかしないでただお友達と一緒にいたらいい、なんて言うのは違う気がするからやめておいた。

 教室がある階まで戻ってきていたのもあって自分達の教室にはすぐに着いた。




 男の子探しは想像以上に難しかった。

 あの人にしようと決めて動いても相手の人に拒否されたらどうしようもない。

 それでも諦めずに探していたときにまたあの人と遭遇した。


「変子ちゃんはそんなに男の友達が欲しいの?」

「恋をしたときの自分を見てみたいんです」


 お友達を作ろうとするだけで変なことに該当するならこの世は変人ばかりだ。

 でも、自分勝手だったことには変わらないからそれなら自分勝手ちゃんの方がいい気がする。


「ふーん」

「上刈先輩はどんな感じですか?」

「上刈はいつも通りだよ、休み時間はいつも突っ伏して寝ているかな」


 話しかけられても無視をして突っ伏し続けるという人でもない。


「やっぱり上刈先輩がいいです、協力してください」


 ただ、宮守さんに正論を言われて結局行きますと行ったのにあれから行っていないのが問題かもしれない。

 すぐに行っていれば一応それなりに効力があったかもしれないものの、他の人を探すために時間を使ってしまったからだ。

 そして時間を使った割には成果ゼロというのが一番ダメージを受ける結果だった。


「えー、変子ちゃんにメリットがあっても俺にメリットがないじゃん」

「一回お出かけに付き合ってあげます」

「友達になってやってもいいよと言った俺もあれだけど、きみもあれだね」

「でも、それ以外に思い浮かばないので、お出かけしたときになにか奢るぐらいですかね」


 体に触らせてあげるとかそんなことはできないからそういうことでなんとかするしかない、が、先輩は「うーん」と呟いただけで黙ってしまった。

 あまり他者に協力を求めるということもしてこなかったからこういうときに弊害が出る。


「いらねえよ、俺は求めてねえからお前もそんなことをするな」

「上刈先輩」


 やっぱり上刈先輩がいい。

 みんながみんないい人というわけではないし、誰かといる人ではないからいい。

 教室に行ったときに嫌そうな顔をしながらでもいいから「また来たのかよ」とか言われながらも相手をしてもらいたかった。


「つかそいつは最悪の人間だぞ、ほいほい付いて行ったらひん剥かれるぞ」

「俺は巨乳派だから変子ちゃんは対象外だよ」

「な? 胸で決めるとか最悪野郎だろ?」


 まあ、普段自由にやられている……と思うからやり返す的なことをしても逆ギレはできない。

 それは彼にも当てはまるけど、無駄に敵視とかはしていなさそうだから大丈夫だと思う。


「はは、だけど男の人なら胸まで見て判断するんじゃないんですか?」

「誰だってそうってわけじゃねえ、だからそれが男子の総意だと決めつけるな」

「はい、分かりました」


 普通に話してくれるけどここでしつこくいくと間違いなく相手をしてもらえなくなるから余計なことは言わないようにする。


「変子ちゃんの名前はなんだっけ?」

「あ、柵木りんです」


 そういえば自己紹介をしていなかった。

 名字すらも名乗らない人間からいきなり友達になってほしいなんて言われてもこういう対応になって当然だ。

 自信満々に行動できるのはいいところだと言えるけど、こういう足りないところは直さなければならない。


変子りんちゃんは上刈と仲良くしたいんだよね?」

「したいですけど、上刈先輩が嫌ならやめます」


 絶望的とまではいかなくても拒否されて少しやる気がなくなってきているから動くのはやめる。

 年上の人をメインに探していたのが間違いかもしれない。


「だってさ、上刈はどうなの?」


 この人がいてくれているからスムーズに進められている、悪い人かと思ったけどそうでもない……のだろうか。

 一応数時間ぐらいは話せばその人の大体のところが分かる、だからできることなら一緒にいられた方がいい。


「なにが目的なんだよ?」

「絶対に相手をしてもらいたいのでひとりでいる人の方がいいんですよ」

「ははは、上刈が馬鹿にされてるっ」

「こんな可愛げのないやつは駄目だな、じゃあな」


 彼が去ってよく分からない人だけが残った。

 普通に仲良くできている感じがするのにどうして悪く言ってしまったのかと聞いてみると「上刈のことをよく知っているからね」と。


「違う、俺が好きだった巨乳の女の子が上刈のことを好きになったからだ」

「え、嫉妬ということですか?」


 というか、巨乳巨乳と口にしすぎだ、恥ずかしくないのだろうか。

 仮に好きでも抑えておくのが人間だろう、大抵の女の人は冗談でもそんなことを言っている人に意識を向けないと思う。

 昔から一緒にいられた幼馴染とかなら「スケベ」とか言いつつも一緒にいてくれるかもしれないけど。


「そりゃ嫉妬するよ、だけどあの子が選んだのならと納得しかけていたところで上刈が断ってしまったんだ」

「断るか受け入れるかなんて上刈先輩の自由なのに駄目じゃないですか」

「あんなに可愛くて巨乳の子から告白をされたのに断るなんて馬鹿だ!」

「人それぞれ好きになるところが違うので仕方がないですよ」


 そんな理由から止めていたなんて思わなかった、さすがにこれには呆れてしまう。

 でも、自分勝手に行動をするならこの人と変わらなくなるため、結局先程決めた通り大人しくしておくしかない。


「とりあえず私はいいので上刈先輩を変な人物扱いはやめてください」

「なにをそんなに気に入っているんだか、本人から断られたぐらいなのにさ」

「それとこれとは別です、あと、お世話になったので後でジュースを奢ります」


 挨拶をして教室へ。

 教室では宮守さんが駒田君と楽しそうに話していてまた羨ましくなった。




「雨ですね」

「はい、でも、こればかりは梅雨だから仕方がないですね」


 放課後の教室で休んでいたら平櫛先生がやってきたから話しかけさせてもらった。

 とはいえ、まだまだお仕事があるだろうからこれだけにしておく。

 相手から話しかけてきた分には問題ないからと待っていたものの、先生は「なるべく早く帰ってくださいね」と言って教室を出ていった。


「変子ちゃーん」

「ジュースはもう渡しましたよね?」

「違うよ、ただ俺がきみといたかっただけだよ」


 巨乳が好きとか、嫉妬とかしてしまう人だから同じく変な人ということでいいか。


「さてと、どうすれば上刈が友達になってくれるのかを考えないとね」

「え、本人が嫌がっていますからもうしませんよ?」

「駄目だね、きみを守ってくれるような男がいないと不安になってしまうよ」


 いや、別にそういうつもりではなかったけど近づいたときに止めてきたのがこの人なのに……。

 あれがなかったかのように振る舞えるのはすごい、あと、そういう行動力があれば女の人に振り向いてもらえそうだった。


「だって上刈がいいんでしょ?」

「そうですけど、断られてしまいましたからね」

「ああいうタイプはとことん素直になれないからなあ」


 素直になれないからあの対応とは見えない、いきなり現れた変な人間に普通の対応をしているだけだろう。


「ふぅ」

「ん? どうしたの?」

「あ、制服を着ているときは少し気になるんですよ」

「別に普通だよ?」

「大きな服が着たいんです」


 先輩はなにを勘違いしたのか「いきなり上刈の服を借りるのは無理だろうね」と。

 お喋り大好きだからこのまま話しておきたい気持ちもあったけど帰ることにした。

 早く帰って母のお手伝いでもした方がいい。


「そうだ、話し合いを続けるために変子ちゃんの家に――」

「受け入れるのはやめておけよ、なにをされるか分からねえぞ」


 こうも連続で同じようなことが起こるとは。

 あれか、お互いに知っているみたいだから先輩を追ってきているのか。

 それでその先輩は何故か私といてくれているから話す機会ができると、そういうことだろうか。


「上刈っ、もしかして聞いていたんじゃないだろうな?」

「こいつは酷いやつだが邪悪な奴から守ってやらねえといけねえからな」

「何回も言っているだろ、俺は巨乳派なんだって」


 どっちでもいいから早く帰りたい。

 あまり一緒にいるとまたなにかお返しをしなければならなくなるからでもある。

 特になにかを言うこともなく歩いても勝手に付いてきてくれたから助かった。


「ここです」

「って、簡単に教えるなよお前」

「上がりますか?」

「き、聞いてねえ……」


 どの方角にお家があるのかは分からないけど付いてきておいてその発言はあまり効果的ではなかった、宮守さんだったら「家を知りたくてわざとしていますよね」とか言いそうだ。


「おかえ」

「ただいま」


 リビングまで連れて行ってから玄関に戻ると「あ、あれは駒田君じゃないっ」と。

 宮守さんから写真を見せてもらっていたし、確かに駒田君ではないからそこまで変な反応でもない。


「飲み物を渡したら着替えてくる」

「わ、分かった」


 なんとなく麦茶ではなくジュースを注いで渡してから二階へ。


「ふぅ」


 頑張った後にゆったり過ごせるようにかなり大きめの服を買ってもらっているから冗談でもなんでもなくこの瞬間が一日で一番最高かもしれない。

 ただ、お風呂に入ってからベッドに寝転びたい派だからその誘惑に負けるようなことはない。


「父さんの服なのか?」

「私の服です」


 自宅なら敬語ではなく自分を出していきたいところだけど残念ながらまだ継続するしかない。

 それとも、もう学校ではないということと、先輩達が勝手に付いてきたということでやめるべきかどうか悩んだ。


「もっと自分に合うサイズの服を買えよ、なあ?」

「がぁぁ、な、なんだと……」

「やっぱりこいつは駄目だな、柵木、明日から警戒して過ごせよ」


 自分からは近づかないし、仮に警戒していても来てしまいそうだからどうしようもない、が、先輩が来てくれれば上刈先輩と自然に話せるようになるかもしれないと期待している自分がいた。


「ここは自宅だから敬語はやめる」

「自由にしろ」

「ちょっと待ったっ、本当になんなんだきみは!」

「柵木りん、そろそろ名字ぐらいは教えてほしい」


 どうせ一緒にいるなら知ろうとした方がいい。

 あとリアクションが面白いから私自身がいたいと思っている。

「あなたではなく上刈先輩がいいので」とか言っておきながら矛盾しているけど、多分、この人の方が来てくれそうだから。


「上葉貴一きいち、それがその変態の名前だ」

「教えてくれてありがとう」

「そうじゃなくてっ、それだよそれっ」

「大きい服を昔から着るようにしている」

「はぁ……」


 母には申し訳ないことをした、せめて連絡をしてからにしておくべきだった。

 あのままリビングに入ってくることはなく多分部屋に行ってしまっているため、後で謝罪をしようと思う。


「ねえ上刈、もしかして変子ちゃんって胸……」

「は? 知らねえよ」

「いやいやいやっ、そこにいるんだから見てよっ」


 母はあんなことを言っていたけどそこまでではない。

 肩もあんまりこったりしないし、私が気になるのは胸なんかより制服だ。

 もう少し大きいサイズを買ってもらえばよかっただろうか、まあ、あれは一応成長することを考えて大きめの物を買ってもらったわけだけど……。


「まあいい、友達になってやるよ」

「嫌じゃない?」

「こいつが思ったよりやばい奴だから止めるためにな」

「ありがとう、明日から教室に行く」

「好きにしろ」


 最初の対応について上葉先輩には謝罪をしておいた。

 言えるときに言っておくのが自分のスタイルだから謝れてすっきりとしていた。

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