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Rinora

01話.[食べに行こうぜ]

 家の事情で中途半端な時期に転校することになった。

 それでも全く気にならない、まだ一年生の内にしてくれたから助かっている。

 一週間、二週間とどんどん時間が経過していて上手くやれているつもりだった。

 つもりなのは自信がないわけではないけど他者から言われたわけではないからだ。


柵木ませぎさん、もう慣れましたか?」

「はい、大丈夫です」

「そうですか、それならよかったです」


 柵木りん、高校一年生、早生まれだからまだ十五歳。

 こういうことは過去に一度だけあって経験があるから慌てることはない。

 いま話しかけてきてくれたのは担任の平櫛ひらぐし先生だ。


「柵木ー」

「あ、これで失礼します」

「はい」


 先生と別れて呼んできた子に近づくと何故か持ち上げられてしまった。


「柵木は軽いな、ちゃんと食べているのか?」

「食べているよ、多分、駒田君よりも食べる」

「それなら今日食べに行こうぜ」

「分かった」


 駒田素久もとひさ君、彼は横の席の男の子だった。

 触り方がやらしいとかそういうこともないから触られても気にならない。

 昔、ある男の子に触られたときは鳥肌がすごかったけど。


「なにを食べる?」

「肉がいいが、ここは柵木に合わせるよ」

「それならあそこ、お肉もちゃんと食べられるお店」

「そうか」


 案内してもらった席に座らせてもらってメニューを見る。

 どうせ食べるならケチらずにいっぱい食べたいから色々見るのを忘れなかった。

 彼が待ってくれていたから少し急ぐ羽目になったものの、まとめて注文してもらえてありがたい。


「初対面のときも言ったが柵木は転校してしまった女子に似ているんだ」

「ん」

「あのときは上手く相手をしてやることができなかったからやらせてもらっている形になるんだ――って、これも言ったが」

「聞いた、私はそれで満足できるならいいと答えた」

「ああ、だから感謝しているんだ」


 彼は頭を掻いてから「柵木で練習をしておけば今度似たような女子と出会ってもなんとかしてやれるからな」と。

 でも、それだって全部教えてくれたから新鮮味はない。


「お待たせしました」


 とりあえずはこっちに集中することにする。

 もっとも、向こうの県にもあったお店だから何回も通っていて味も分かっている。

 店員さんが違っても変わらない、どれも全て温かくて美味しい料理達だった。


「ごちそうさまでした」

「確かに俺よりよく食べるみたいだな、悪かった」

「大丈夫、お金を払って帰ろ」

「だな、俺がまとめて払うから出たらくれ」


 頷いて、だけど先に出ることはしないでおいた。

 別行動をする意味がない、入り口だって混んでいるわけではないから邪魔にはならない。


「はい、ありがとう」

「おう」

「ここから離れていないからひとりで帰る、今日は楽しかった」

「そうか、また明日な」


 彼は向こう側だったから別れただけで、決してひとりでいたかったからとかそういうことではなかった。


「ただいま」


 まだまだばたばたしているから両親の帰宅時間は遅い、そのため、ただいまと言う意味があまりない。

 それでも損をするというわけではないから毎日繰り返している。

 普段は帰宅してすぐにご飯を作るところだけど今日は食事済みだからお風呂を溜めて入ることにした。


「ふぅ、苦しかった」


 合っているはずなのになんか制服は窮屈だ、大きめの私服を着ていられるときの方がいい。

 私服でも通えるそんな高校があることは知っていて、ついつい何回も調べて羨ましいと感じてしまう。


「よし、入ろ――」

「ただいまー」


 脱いでしまったけど譲ることにした。

 風邪を引いてしまっても嫌だから大して汚れているわけでもないし、私服を着てから母を迎えに行く。


「ご飯を作っておくから先に入って」

「りんちゃんは食べなかったの?」

「お友達と食べてきた」

「そうなんだ、でも、それなら先にりんが入っていいよ」

「そう? それなら入らせてもらう」


 一度確認して大丈夫ということになったら断ったりはしない。

 もちろん入りたいと言ってきたら譲っているから自分勝手でもない。


「お友達って女の子?」

「違う、男の子」

「えっ、りんちゃんのお友達の男の子……」


 鳥肌が立ったときのあれを知っているからそういう反応になってしまってもおかしくはない……と言っていいのだろうか。

 別に全ての男の子があの子みたいというわけでもないし、仮に同じような子ならもう同じような失敗をしないから。


「心配なら連れてくる、いつなら大丈夫?」

「明日もこれぐらいの時間に帰ることができるから明日、かな」

「分かった」


 連絡先を交換しているわけではないから明日学校に行ったら頼むことにする。

 受け入れてくれるかどうかは自信満々に生きている私でも分からない。

 相手をしてくれていてもいきなり家に行くとはならない子もいるからだ。


「出る、もしかしたら無理かもしれないからあんまり期待しないで」

「うん」

「服を着たら部屋に戻る」


 兎にも角にもしっかり休んで明日も頑張ろう。




「悪い、それは無理だ」

「分かった」


 朝に答えが分かったからメッセージを送っておく。

 まあ、無理もないことだから驚いたりがっかりするようなことではない。

 初めての告白をして振られたというわけでもないし、あくまで今日の授業に集中するだけだ。


「でも、写真ならいいぞ」

「多分、直接話してみないとお母さんは安心してくれないと思う」

「って、それだと俺の見た目が怖いみたいな感じだな……」

「話してみないと分からないことはある」


 女の子の場合でも似たような反応を見せるから彼が悪いというわけでもない。

 とりあえずやりたいことは終えたから合間の休み時間にトイレに行かなくて済むように行っておくことにした。

 ただ学校の、というか個室みたいな狭い場所は苦手だ。

 なんか息苦しい感じがする、これはトイレが臭うからとかそういうことからきているわけではないと思う。


「はぁ」


 あとやっぱり制服は窮屈な感じがするから私服登校がしたい。

 自分に合ったサイズではなく男の子が着るぐらいの大きさでなければ駄目だ。


「ねえ、柵木さんって素久と仲がいいよね」

「見ているあなたが言うならそうかもしれない」


 髪を染めるのは禁止だから黒髪だけど、なんとなくそういうルールがなかったら金髪とかにしていそうな女の子が話しかけてきた。

 ○○と仲がいいよねという話しかけ方をされたときは大体いいことがない。

 小学生のときには別に狙っているわけでもないのに水をかけられたことがあった。


「素久だけはやめてくれないかな」

「好きなの?」

「好き、男の子としてね」

「ちなみにあなたのことを駒田君は知っている?」

「そりゃそうでもなければ好きでも図々しく名前で呼んだりはしないよ」


 言うことを聞いて離れるのは簡単だ、というか、断った場合のことが容易に想像できるから自分のことを第一に考えるならそうするべきだろう。

 とはいえ、なにかこちらが彼女にとって悪いことをしているというわけではないからどうするべきか悩んだ。

 考えている間に相手が「次は移動教室だから行くね」と離れたものの、これではなんにも解決していないことになる。

 こちらも手を洗って教室へ。


「駒田君、この子、知っている?」

「ああ、莉杏りあんだな、宮守莉杏」


 ちゃんと出てくるということは私が描く絵は悪くはないということだ。

 彼は笑いながら「どこで知り合ったんだ?」と聞いてきた。

 トイレとそのまま答えたら「長かったのはそれか」と。


「莉杏と友達になったのなら頼みたいことがある」

「できることならする」

「莉杏の側に男子がいたら教えてくれ、ちょっと心配になるからチェックがしたい」

「駒田君はあの子のことを好きでいるの?」

「す……きはどうかはともかくとして、仲良くしたいやつではあるな」


 向こうが離れることを選択しない限りこのままでいいだろう。

 というかこれなら簡単だ、なにもないならあそこで間を作ったりはしない。

 話しかけてもらえてありがたかったから私にできることならする。


「協力する、駒田君はもっとあの子といた方がいい」

「い、いや、チェックするためだぞ?」

「ん? そんなことをするぐらいなら振り向かせてしまえばいい」

「か、簡単に言ってくれるなよ……」


 ぶつぶつと聞こえないぐらいの声でなんらかのことを呟いていたものの、授業が始まったから意識を前に向けた。

 前の高校とあまり授業内容も速度も変わらないから慌てずに済む。

 授業中も少しの考え事をするぐらいなら問題ない、いま考えるとすればあの子が許可してくれるのかということだ。

 仮に「駒田君と付き合えるように協力をする」と言ったところで自分が近づくためと判断されたら困ってしまう。

 彼にあの子の元へ連れて行ってもらうというのもよくない、そうしたら間違いなく敵扱いしてくることだろう。

 こうして少し難しいことが出てくると絵を描いて過ごすのが癖になっていた。

 もちろん先生の話も聞きつつ、板書をきちんとしつつだから手が忙しくなる。


「あ、莉杏だな」


 GWが終わってから登校することになったけど今日初めて彼女が教室に来た。

 迷いなく彼の席のところまで移動してきて「よっ」と元気いっぱいな感じ。

 彼も「よう」と慌ててはいなかった。


「あれぇ? 柵木さんって素久と同じクラスだったんだぁ」

「そんな変な演技はいらない」

「って、つ、冷たいね……」


 いま来たところで悪いけど手を掴んで廊下に出る、そして彼が来ていないのを確認してから足を止めた。


「協力する」

「だから近くにいさせてほしいって?」

「自分から離れるような馬鹿なことはしない」


 マイナス思考人間というわけではないからありえない。

 これは過去に失敗をしてしまったから変えている、ということではなく生まれてからずっとこうだから変えたくない。


「なるほどね、柵木さん、私はどうしたらいい?」

「それなら簡単、駒田君と一緒にいればいい」

「でも、一緒に過ごしてきた結果がいまだと思うんだよね」


 変わらないことに、あと一歩踏み込めないことにやきもきしているということか。

 ちなみに泊まったりも駒田君が断ってくることでできていないという話だった。


「おいおい、俺を放置しないでくれよ」

「駒田君がお家に泊めないようにしているのはどうして?」

「そりゃ付き合っていないからだろ、簡単に上げたりするべきじゃないだろ」


 彼女にだけ許可をしているということなら楽だったけどこうなると……。


「だが、莉杏だけは他の女子とは違う」


 難しくなる、とはならないのかもしれない。


「一緒にいた時間が長いから?」

「長いだけじゃない、俺が莉杏と特に仲良くしたいと考えているからだ」

「本人がいるのにいいの?」

「もう言ってしまおうと思ってな、柵木に頑張ってもらうんじゃ情けないだろ?」


 やはりあと一歩踏み込むというのが一番難しくて怖い行為なのか。

 勝手に解決してしまったから教室に戻る。

 空気を読むとかではなくて、人の絵が描きたくなったからだった。




「無理だったけど、代わりに宮守さんが来てくれた」

「女の子のお友達もちゃんといたんだね、それならよかった」

「それだけじゃない、駒田君のことも知っているから不安なら聞けばいい」


 母と話し始めたからこちらは今日のお絵描きを再開する。

 勝手に描くわけにはいかないから見た目は変えてあるけど、いま描いているのは宮守さん達だった。

 実際に起きた出来事通りにではなく、勝手にストーリーを作って遊んでいる。


「可愛い、なんのアニメの絵?」

「アニメじゃない」

「オリジナルキャラクターということか」


 付き合ってからよりそれまでの過程が面白いから振り向かせようと頑張っているところだと説明しておいた。

 女の子の方が積極的で、手を握ってみたり、横からついつい触ってみたりしているということも。


「え、な、なんかこれ……私達、じゃない?」

「そうなの? あのとき以外は一緒に行動していないから分からない」


 本当のことだ、あくまでこれは妄想して遊んでいるだけだから見ていたとかそういうことではない。

 もし当たってしまっているということでも変わらない、相手のことが好きなら恥ずかしく感じつつも積極的に動こうとする自分も直視することになるだろう。


「だ、だって、さっき確かに私は素久に……」

「知らない、校門で待っていたから見ていない」

「そ、それはそこで合流をして一緒に帰ってきたんだから分かっているけど……」


 協力すると動いた日にこれだからというか、彼女達を元にしているんだから似たようになって当然だ。

 さて、母も満足できたみたいだから送って行くことにしよう。


「梅雨でもやりようはある。雨が降ると外にはあまりいられなくなるし、駒田君は決めているあれでお家で過ごすことは無理になるけど、放課後の教室に残ってゆっくり過ごすのがいいと思う」


 きっと余計なことを言わなくてもふたりきりになれば上手くやってしまう。

 駒田君本人からああ言われたことが自信に繋がった、ことになるのかなと。

 欲しいのは私からの言葉ではなく彼からの言葉だ。

 それを分かっていてもこうしてどんどん口にしてしまうのは私が単にお喋り好きだからだった。

 何度も言うけどうじうじして結局抑えて終わる、なんて人間はないんだ。


「残っていこうよと誘うと『いいぞ』と言ってくれるからありかもね」

「でも、自分達の教室だと誰かが来るかもしれないから空き教室がいい」

「な、なにかをするわけじゃないけどね」

「膝枕とかしないの?」

「ゆ、床は奇麗か分からないし、なにより足が痛いから」


 もし私が誰かを好きになったらどうなるのだろうか。

 自分が関係していないことだから自由に言えているだけで、いざ自分がするとなったら色々理由を作って回避しようとするのだろうか。

 抑えてというか抱え込んで終わる人間ではない人間なのは確かだけど、誰も好きになったことはないからそのままできるのかは謎なのだ。


「あ、ここだよ、送ってくれてありがとう」

「ん、ばいばい」

「うん、また明日ね」


 いつか役立つかもしれないからしっかりと覚えながら帰った。

 家に着いたら母がもうご飯を作ってくれていたため、食べさせてもらってからお風呂に入ることに。


「りん、あの子は駒田君のことが好きなんだね」

「なんでそう思う?」

「駒田君のことを話しているときに見ていたら分かったよ」


 そこは本人ではないから分からないということにしておいた。

 ほとんど両思いみたいなものだからそうしない内に関係は変わるだろうけど、駒田君は家には来てくれないから一生母に会わせることができない。

 母を連れて外に出てまで会わせるというのも不効率すぎるし、なにかが起きない限りはそういうことになる。


「出る」

「分かった」


 ドライヤーは母がしてくれるみたいだったから拭ける場所を拭いておいた。

 髪が長いのは冬は寒くて大変だけどいまぐらいの季節ならなにも気にならない。

 あと裸だから自由な感じがしているのもよかった。


「よし、完了かな」

「ありがと」

「それにしてもりんちゃんって私のお母さんに似ているね」

「顔が?」


 身長か、だけど女性は高い人ばかりではないから低身長でも気にならないだろう。

 ある程度低い方が男性は守ろうと行動すると思う。

 そういう点で駒田君と宮守さんの身長差は凄くいい。


「あ、もしかして胸の話?」


 まだじっと見てきていたから言ってみると「うん、お母さんも隠れ巨乳なんだよ」と返されてしまった。


「制服を着ているときに窮屈だから嫌、メリットがない」

「い、言ってみたかった……」


 いいところだけを見て判断するのは危険だ、気をつけよう。

 とにかく服を着て挨拶をしてから部屋へ、部屋に着いたらベッドに寝転ぶ。

 好きな子ができたときに自分がどういう反応を見せるのかが気になるため、男の子探しを始めようと決めた。

 誰かいい子を見つけることはできるだろうか。

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