月曜日のクリスマス
昼休み、倉田とビルを出るところで日下の長い後姿を見つけ、久しぶりに三人で昼飯を食うことにした。同じ部署には所属しているものの、フロアが違うことに加え、チームのサブリーダーとして忙しくしている日下とは業務上接点があるようなないような微妙さで、喫煙所以外で会うことは珍しい。
さて何を食べるか。顔を見合わせたオレと日下に、決まってないんやったらと倉田が提案したのは最近近所の公園を賑わせている、キッチンカーだった。何店舗か出店しているらしいと来てみれば、確かにカラフルなのぼりが並び、そして同じ目的らしい人々が財布を片手にそれほど大きくはない車へ集まっている。
「結構賑わってるねぇ。食べるとこもあるんだ」
ほら、と日下が顔を向けた先には簡易テーブルと椅子が置かれ、白い息を吐きながらも購入した弁当などを食べる姿があった。
「今日暖かいからいいかもしれんな。さっさ、何食う?」
「鼻の頭赤くなってんぞクラ」
説得力に欠けんだよな、改めてキッチンカーの群れを眺めると一際人が並んでいる店舗がある。のぼりには「ローストビーフ」とあり、丼やサンドイッチなどそれなりに種類もあるようだった。
「今日クリスマスだしって感じかなー見てたら食べたくなってきた。ふたりは夜食べる予定あるの?」
僕あれにしようかと思うけど、と振り向いた日下の言葉。予定ないし俺もそうする、続く倉田の姿に、眉間のしわが深くなるのを自覚する。
今日はクリスマスなのか。朝から何度もパソコンで社内スケジュールを見ていたが、二十五日とクリスマスがイコールで結ばれていなかった。それもこれもここ最近の繁忙のせいだ。突然早められた納期、馬鹿みたいなスケジュール、オレは師じゃねぇと叫びそうになったのは一度ではなく、向かいに座る倉田も同じ顔だったくせに覚えていたとは。
八つ当たりを込めて倉田を一瞥すると、視線の意図を察したのか、意地が悪そうに口角を吊り上げる。着込んだ背中を軽く押して倉田の後に並び、考えていたよりは早い時間でローストビーフ丼を手に入れて空いていた席へと座った。
日差しは季節にしては明るく、足元にはヒーターが置かれていたものの、併せて購入したオニオンスープがやけに熱く感じる程度には空気は冷えている。それでも何も言わず、誰からともなく腰かけたのはどことなく浮かれているからのような気がした。日常に挟まる非日常。ローストビーフは肉々しい薄赤色で、アクセントのピンクペッパーがクリスマスツリーを飾る玉のように艶を見せる。
「ふたり共、クリスマスと言えば?」
ゆっくりとローストビーフを口へ運びながら、日下が切り出す。
「僕は大学の頃に、恋人いないメンバー五、六人で朝までカラオケで飲んでたのが忘れられないんだよねー。悪夢のような二日酔いになったけど、思い返すと楽しいみたいな。いやでも、酒クズでもありゃひどかった」
「よく生きてたなぁそれ。俺やったら年末年始まで死んでそうやわ」
あまり酒に強くない倉田は御免被ると言いたげに肩をすくめ、
「クリスマスかーサンタの正体を妹にバラして、めっちゃ親に怒られたこととか未だに言われんで。多分死ぬまで言われる気ぃする、親にも妹にも」
持ち上げた丼を豪快にかきこんだ。
そういえばコイツ、今年髭を生やしたりもしてたな。時折髭に米粒がついていたことを不意に思い出し、最後まで見慣れなかったとオニオンスープを啜ると、促すようなふたりの視線が集まる。クリスマス、十二月。思い浮かぶのは、
「……スポンジケーキが膨らまなかったこと」
ペタンコのままオーブンから出てきた、狐色のスポンジだった。倉田が不思議そうに視線を寄越す。
「母親が、ケーキの予約忘れたから自分達で作れって言い出した年があって。弟の泡立てが足りなかったのか、オレが何か順番間違えたのか、全然わかんねぇんだけどマジで型に入れたまんま出てきたんだよな。横にスライスなんて出来なかったから、チョコレートフォンデュに使ったわ」
だからその年は、誕生日ケーキもなかったのだ。十二月というだけでクリスマスよりも大分早い生まれなのだが、いつもケーキはまとめられ、サンタとバースデープレートが混在するカオスなケーキが懐かしい。
その部分には触れず、だから菓子づくりはしねぇとローストビーフと飯を頬張る。柔らかな肉はほどよい火の通り具合で臭みもなく、ご馳走の味がした。
「お菓子づくりって難しいよねぇ。僕もクッキー作ろうとして、順番間違えて未知の物体を作ったことあるもん。ゴツゴツしてて……あ、でも味はちゃんと小麦粉と卵と砂糖だったよ」
「えぇ……不味そうなんやけど、言い方。普段からクッキー食ってそう感じてるん、日下。何か怖い」
「いやそんなことないよ! 笹木もそんな目で見るんじゃない!」
「怖ぇなー日下」
笑いながらも食べ進め、気づけばクリスマスの失敗談暴露大会となったランチも終わりが近づいている。最後の米粒までを口に入れてから空になった丼とスープカップをまとめ、ゴミ箱へ放り込んだ。吐いた息が染まることはないが鼻の頭が冷える。まばらな人影もどれも同じような赤い、楽しそうな顔をしていた。
「煙草吸う時間あっか?」「ちょっとくらいは大丈夫やろ」
「真面目に仕事しろよーそこの同僚ふたり」
日下の声に図らずも声を揃え、気の抜けた「おぉ」を返してしまい、ハモってんじゃねぇよと倉田の肩に手を乗せる。日下は仲良しだねと笑いながらも、同じく一服の心配をしているのか、どことなく足取りが早い。
「さっさが真似するからやん」「うるせぇ」
帰り道で見かけたどこかのオフィスビル入口に設置されたクリスマスツリーは、まだクリスマスですと主張するよう暖色に輝いていた。
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