秋の日

 鼻の頭が秋を感じる。

 寝ている間に、眠りにつく時には暑いかもしれないと思っていた薄手の掛布とタオルケットを身体に巻きつけるようにし、顔近くまで引き上げていたが鼻までは覆えなかったらしい。そろそろ冬物の布団、いやまずは衣替えかと頭を振りながら身体を起こすと冷えた空気がまとわりつく。

 カーテン越しの日差しは明るく天気は良いらしかった。まだ霞む頭のもやを取ろうとサイドテーブルを探るが、お目当てのモノが見つからない。ライターと灰皿だけじゃどうにもなんねぇんだよ。買い置きのカートンを探しに来たリビングはカーテンのせいで薄暗く、寒さも相まって物悲しさが凝っているようで気に入らない。

 勢いよくカーテンを開け、日差しを入れてから馴染みの紅白パッケージを探したがあるはずの場所は勿論、意外な場所にも姿はなかった。これはつまり、


「……買いに行かなきゃならねーってことだな」


 認めたくない事実に息を吐いても状況は変わらない。はねた髪を適当になでつけ、部屋着のスウェットからパーカーとデニムへ着替えて財布とスマホを尻ポケットにねじ込む。

 洗面所の鏡には相変わらず、むしろ寝起きで鋭さの増した目とはねたというか暴れまくった髪の男が映っていた。歯磨きをしながら髪をとかし、ヘアオイルを使いながらまばらに生えた髭を剃っていると何をそんなに慌てているのかと笑えてくる。一服するのがこんなに大変だとはな。

 いつも通りの姿を作ったところでマンションから出れば、起きた瞬間の感覚通りに晴天でも吹く風に秋が混じっていた。もう一枚重ねてくりゃ良かったか、それでも戻るひと手間を惜しみ、首をすくめて少し先のコンビニを目指す。最寄りのコンビニでは先月取扱銘柄の整理があり、オレ以外に買う客がいなかったのか紅白のパッケージは大半がリストラされてしまった。風が、冷たい。

 信号待ちで立ち止まった時スマホが振動していることに気づいた。メッセージじゃねぇなと尻ポケットから引き抜くと、倉田からの着信。休みの日に何かと通話ボタンをタップした瞬間、


『あ、さっさ! 結局栗とさつまいもってどっち好きなん』


 それなりの声量が耳を脅かす。首をひと回ししたが近くに人がいなくて良かった。


「結局の意味がわかんねぇよ! あ、はよ、クラ」


 つられて大きくなった声を絞り、青信号で歩き出す。時間は昼に近かったが今日の第一声だったので朝の挨拶を付け足すと、


『お? そうか、はよ、さっさ。やなくて、栗とさつまいものモンブランだったらどっちがええ?』

「朝から人生の難問を気軽に聞くんじゃねぇよ。コンビニ行って帰って来ても答えられねーって」

『あ、出先なん? こっちは、近所のケーキ屋で予想以上のモンブラン見つけたとこ。あんまり悩ましても悪いし、ええか、全部買うわ。食いきれんかもしれんから減らそうかと思ったんやけど余計やったな』

「おう、なめんな。来るなら払うからあるだけ買ってこい」


 それを先に言えよ。一緒にいる時間もそれなりになってきたせいか、倉田の唐突さに磨きがかかってきた気がする。同じ口で察しろは悪の文化だと言うのだからタチが悪い。横断歩道を渡りきれば黄や赤に染まった葉が風に乗り、どこかから飛んでくる。秋は自分が思っていたよりも早く訪れていたらしい。


「紅葉してんぞ、葉っぱ」


 口に出してから自分も倉田と何も変わらないことに気づいてしまった。会話というものは結局そうなのかもしれない。喉の奥から自分に対してこみ上げる笑いをどうしようか、考えている間に倉田は、


『秋やなぁ。だからこんなにモンブラン増殖してるんやろな』


 後悔するなよ、挑発するような響きに鼻を鳴らして応えた。飛ぶ葉の向こうにお目当ての青い看板が見え、そういえば寝起きの一服のためにここまで来たことを思い出す。朝飯は要らなそうだ。


「もう少しで戻る」

『おん。俺も買ったから向かうわ』


 どちらともなく通話を終了してスマホを尻ポケットへと戻し、縁石の僅かな段差に溜まった葉を踏んでコンビニに向かう。靴の下で秋はかさり、まだ小さな音を立てた。

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