2023年6月まとめ
X(旧Twitter)へ掲載した短い話を集めました。
基本的には笹木さん視点、時期や長さはまちまちです。
◆あと二十分
「見て見て倉田」
「どーした、日下。お、紫陽花、めっちゃカラフルやな。こんなこんもり咲いてたん」
「これ、神社の花手水なんだよね。手を清めるとこにぶわーって。写真OKって書いてたから撮影してきた」
「なんか美味そう。カップケーキの群れみたいな気ぃする」
「……もう少しで昼だから頑張れー」
◆全部で四十五本(倉田さん視点)
笹木がチョコレートのホールケーキを持って遊びに来た。誕生日もあるしせっかくだからと、でかいのを買ったらしい。それは単純に嬉しかったが、
「……俺、まだこんな歳やないけど」
白い箱にはわざわざ別で買ったらしいカラフルな蠟燭がこれでもかとついている。ケーキを埋め尽くしそうな数に目を丸くすると、
「誕生日ケーキのキャンドルって吹き消す時に願い事すると叶うって言うだろ。こんだけありゃ、どんだけデカい願いも叶うかなって」
店員も同じ顔してたわと笑う。
「どんだけ強欲だと思われてるん、俺。まぁせっかくだから頑張るけど」
一息で消せれば、の部分は笹木の中にないらしい。頑張れ、俺の肺。
◆綺麗ですねは言わんが
ストロベリームーンの名は見た目からではないことは知っていたが、ふと見た夜空に浮かぶ満月はほの赤くイチゴとまではいかずとも赤みがかっていた。
月の撮影は難しい、実践したことはなかったので試しにスマホを向けてみれば、なるほど揺らめく歪な円が画面の中で落ち着きなくさ迷っている。こりゃ無理だな。早々に諦め、直接見せようと倉田へメッセージを飛ばす。
何でもない通知に既読がつくこの感覚は知っていてもまだ言い表せない。
◆触れもしない
「最近、いつも読んでる雑誌でパールピアスの特集してて」
「あーここ最近見るよな、ピアスとかネックレスとか」
「モデル効果もあるんやろうけど、いいなと思って探しに行ったらな?」
「クラの誕生石でもあるしいいんじゃね。ん、高かったってオチか?」
「それは覚悟してた。……パールって滅茶苦茶繊細らしくて、手の汗でも酸化しますって聞いて怖くなったん」
「へぇ、パールの石言葉ってそっから来てんのかね」
「どんなの」
「無垢。他にも色々あるけど」
「不純な俺には厳しかったわ」
「純潔ってのもあるはず」
「トドメ刺さんで、さっさ」
◆語彙
今日のランチは全国展開している喫茶店で、ふたり共ナポリタンのセットにした。やや太めで鮮やかなオレンジの麺、グリーンサラダ、そしてバゲットがふたつ。セットドリンクは倉田が食後のホットコーヒー、オレは食前のレモンスカッシュにした。
注文してすぐ運ばれてきたレモンスカッシュはオールドタイプで、レモンの輪切りとサクランボが添えてある。程良いとは言い難い酸味に渋い顔をしつつ、サクランボのヘタに関する話をしていればナポリタンもやってきた。麺はつやつやと輝き、見た瞬間に涎が溢れてくる。
「うまそ。いただきます」
「っす」
これが食べたかったんよ、ご満悦の倉田に頷きながらフォークを動かしてまずはナポリタンに集中する。トマトの酸味と甘み、そしてもっちりとした麺。たまにゃパスタもいいな。そう思った時、
「お、さっさ、この湿ったパンもうまいで」
「いやまずそうだってその言い方」
違和感しかない言葉に反射で返事をしてしまった。ナポリタンを飲み込んだところで良かった。倉田は音のしそうな瞬きを繰り返してから、
「言われてみたらそうやな。バター染み染みだったから、つい」
まぁパンの味は変わらんから、澄ました顔でバゲットを食いちぎる。
「オマエの語彙ってたまにとんでもねぇな」
危うく吹き出すところだっての、かじったバゲットは確かにバターたっぷりだったが湿っただけは認めない。バゲットのためにも。
◆てるてる坊主(倉田さん視点)
「あーめあめふーれふれ」
「梅雨時期にはマズい歌じゃないの、それ」
特に今日は肌寒いしと日下はホットコーヒーの紙カップを大事そうに包み込む。出勤する時にはまだ降っていなかったが、鈍く光るような灰色の空はいつ泣き出してもおかしくなかった。もしかしたら今は降り出しているかもしれない。
「倉田も足の古傷痛むんでしょ」
「この時期は常にこう、じびじびしてるからわからんくなってきたな。痛いような、そうでもないような」
じびじびねぇ、日下が笑いながら繰り返したので、古傷出来たらわかるって、俺は冷たい缶コーヒーを飲む。喫煙所の空気もどこか濡れていて集う面子も揃って浮かない顔をしていた。
「ずきずきとか言わないのが、何というか倉田だね。僕はいいよ、雨を予知できても持て囃される時代じゃないし」
傷が痛むことで雨がわかるという話を覚えていたのだろう。確かに今はスマホで何分後に降るかまでがわかる時代だ。
「そやな。せめて雨を止められればチャンスはあるんやけど」
「てるてる坊主の神様にでもなればいいんじゃない?」
そういえば最近作ってない、という話をしてから解散したので席へ戻ってから小さなてるてる坊主を作り、会議で離席している笹木のデスクへ置いておいた。雨はまだ降らない。
◆ロックの日
手を伸ばすのは何故なのか。聞かれても答えはない。ただそこで馬鹿みたいにでけぇ音が鳴って、暗いハコを切り裂くように光る照明があって、何回もイヤホンから流れた声が直接聴こえるから。
気づけば右手を高く掲げている。手のひらは上に、まるで光を掴むように。両足はリズムを刻み、身体は地面から少しでも離れようと飛び跳ねる。
生を実感するなんて大袈裟なことは言わない。ただ今日も手を伸ばす、ステージへ。
◆流行りの
「古代の魚がこんなに流行るなんて、やっぱりSNSって不思議やな」
「今じゃアクセとかも見かけるぞ。サカバンバンピスピスピアスとか、早口言葉みてぇ」
「それは確かに繰り返し言うの辛そうやわ……ってちょっと待って。さっさ、何か違わんか。もっかい言って」
「あ? サカバンバンピスピスピアス」
「早口言葉以前に、認識が間違ってる。サカバンバスピスやったぞ確か。難易度に自分でバスかけとるわ」
「……ピスピスの方がもっと可愛いからいいだろ」
「正解わからんくなってくるけど、まぁ確かに可愛いか。サカバンバカピスピス」
「あ?」「おん?」
◆夏至の日に
ビルを出て、まだ光が残っていることに気がつき顔を上げれば、同じことを思ったのか倉田も顎を上げて目を細め、今日夏至やなと呟いた。
なるほど、もう今日で一年のピークなのか。早ぇなぁ、ひとり言らしく無意識に零した言葉へまだ半分あんで、呆れたような笑い声が被る。もう半分のオレとまだ半分のオマエでちょうどいいか。
まだ明るいし飲み行こうぜ、夏至祭だと誘うとそれホラーになるん、口角が下がる。違ぇよ。
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