2023年5月まとめ
Twitterへ掲載した短い話を集めました。
基本的には笹木さん視点、時期や長さはまちまちです。
◆溢れるほど
肺の中に花が咲いたようだった。
暖色を基調とした花束は軽く抱える程立派で、とりわけ中心の、光沢を感じさせる花びらを幾重にもフリルのように重ねた赤や、薄オレンジのラナンキュラスは場の主役は自分だと言いたげにしている。
玄関で花束を受け取ることがあるとは思わなかった。手渡してきた倉田はほんの少し目線を下げた後すぐにこちらを見つめ、
「駅前の花屋で目が合って、気づいたら買ってた」
今日さっさの家来る予定があって良かったわ、と歯を見せる。
「こんだけ花が入るような花瓶ねぇぞ、ウチ。ビールの空瓶はあるけど流石に入りきらねーよ」
口から出たのは感謝よりも軽口だった。倉田は迷惑になると花束にも悪いし、と前置いてから紙袋を掲げる。
「花屋で花瓶も買ってきたん。シンプルなやつだし結構スリムだから、場所も取らんで」
「そこまでしてもらえて花束も本望だな。任せろ、最後まで面倒見てやる」
流石さっさ、笑い声を背に洗面所へ花束と花瓶を連れて行く。ラナンキュラスは気づけば当然と言いたげて、オマエ強気だな、オレの声に花びらは僅かに身を震わせた。感謝の言葉は飾ってからでもまぁ、いいだろう。
◆LUNCH 倉田さん視点
ランチメニューを見た笹木は深く息を吐き、今日のオススメを指差しで注文してからもう一度息を吐いた。
ここ最近、笹木が好んで頼むメニューばかりが儚く消えている。期間限定ならともかく、アボカドオニオンサーモンバーガーはここの定番だったはずだ。俺のてりやきわさびバーガーは期間限定の文字が光りつつ、もう三回目の気がする。
「三軒目やったっけ、これで」
お冷のグラスを押しやりながら指を折ると、
「四軒目。こんな世界間違ってんだろ……」
壮大で物騒な言葉と共にもう一本、薬指が伸ばされた手で折り曲げられた。
「さっさ、世界は大げさやないか。せめて世間とか」
「あんま変わんねぇし、そりゃもう世界だろ。オレが愛するものを愛さない世界なんざ間違ってる」
空腹で機嫌に角度がついているのか、眉間の皺と言葉が相まってまるで魔王のような笹木がグラスをあおる。
「でもまぁ、世界が滅ぶ理由ってそんなもんかもしれんな。愛のためにってことやろ」
「愛をそんなもんとか言ってんじゃねぇよ、クラ」
笹木が歯を剥いて威嚇の姿勢を見せた絶妙なタイミングで、注文のメニューが到着した。今日のオススメにはオニオンもサーモンも、そしてアボカドも挟まっているようで世界の平和は保たれたようだ。
◆こどもの日 倉田さん視点
数日前からちらちらと視界で主張していたかしわ餅を遂に購入した。しかも四個入をふたつ。
買い過ぎの気はしたが、まぁ多少は期限過ぎても保つやろと楽観視した結果を写真に収めて笹木へ送る。今年のゴールデンウイークは繁忙へ向けて英気を養えとのことで、有難くも九連休だ。休み明けの地獄に思いを馳せつつ、久しぶりの急須を洗っていると通知音が気を引く。
洗い終わってからスマホを見れば、笹木から写真が一枚送付されていた。白い皿を埋める、ぽったりとした緑の餅達。微妙な歪みが愛らしい。
『買い過ぎたと思ったけど、さっさの方が上手だったな。草餅?』
目分量で入れた緑茶葉も多いかもしれない。足りないよりは多い方がええやろ、電気ケトルからお湯を注いだところで再度の通知。
『子供の日だからよもぎ餅。菖蒲と同じで邪気を祓うらしーぞ。ウチは昔からこれ』
へぇ珍しい、返信を打つ間に次のふきだしがやって来る。
『なかなか見当たらねぇから、見つけて思わず買い過ぎた』
画面の向こう、深い眉間の皺が見えるような返信に途中まで打ち込んでいた文字を消し、改めてふきだしを送り出す。
『物々交換しよ。今なら何と俺の淹れた緑茶つき』
『乗った』
今行く、その言葉を確認してからスマホを伏せてまずは自分の分を淹れる。午後の日差しに目を細めた。
◆そうとしか言えない
「さっさって出身北の方だっけ」
「おう。大学まで向こうだけど、何かあったか」
「べこ餅って知ってる?」
「知ってる。白黒で葉っぱの形した餅な。確かこどもの日に食うはず……こっちじゃ見ねぇなそういや」
「俺は生まれてから一度もないわ。昨日テレビで知った」
「おれ、由来は牛柄だからとか、べっこうだとか色々あるらしいぞ」
「へー味は?」
「……べこ餅味?」
「べこ餅に謝った方がいいでそれは」
◆まだ食べてない
わざわざ人の多い休日に水族館へ足を運んだのは、自分でもよく分からない気まぐれだった。理由をつけるなら、駅で見た特別展のポスターがくらげだったからかもしれない。
初めて訪れた小さな水族館は子供が多く、水槽の前でスマホを構える姿が見慣れなかった。特別展のくらげは全体的にこじんまりと、水族館の活気からは切り離されて存在している。赤いネオン光に浮かぶ柔らかで様々な不定形は、やはり食べられるようには見えない。
今年こそ、倉田にくらげ入の冷やし中華を食わせてもらわねぇと。決意を新たにしたオレの前でくらげはくるりとひっくり返った。
◆きっとあるだろう 倉田さん視点
GWだしと北海道へ旅行中の妹から数枚の写真が送られてきた。スーパーの野菜売り場で通知に気づき、カートを売り場の隅へ押しやってから改めて確認すれば、赤みの強いピンクが鈴なりの花。
続くメッセージにはまだ桜が咲いている、ぼんぼり桜らしいとある。確かにたわわな咲き姿は提灯に見えなくもない、気もしてきた。日本は縦に長いしなぁ、自分でもよくわからない感想を抱いて綺麗やなと返信してからナスをカゴへ入れる。
休み明け、笹木へ思い出話でも聞いてみよう。
◆食べきれないからね 日下さん視点
食べたかったから、にしては多すぎた。明日も休み、ビールもある、見逃していた映画の配信日、全てがピザを食べるための免罪符になり、気づけば僕の前にはLサイズの宅配ピザが湯気を立てている。
『欲望のままに』
タイトルのような言葉と共に倉田、笹木とのトークルームへ写真を送付すると瞬きの間に既読通知がふたつ。
『え、日下んち行ったら食えるん』
『コーラ欲しい』
同じく欲望のままな返答へ大笑いするカカポのスタンプを押して、
『早く来ないとなくなるぞー』
続けた言葉にもすぐに既読通知が並ぶ。コーラは買って来いよ。
◆メイドの日
「今日はメイドの日だってよ、クラ」
「メイド……」
「初めて聞きましたみたいな顔すんな。知らねぇのか、メイド。専門店もあるんだぞ」
「いや、それは知ってるけど。バニーの日ではさっさと意見が割れたなぁって思い出してん」
「あったな。今回も割れるか? オレはロングスカートのクラシカルスタイルがいい」
「お、俺もスカート長いのがいい。今回は一致したな」
「多分日下は全然違うと思うぞ」
「あいつはなぁ……後で聞いてみよ。パステルカラーのショートパンツとか言い出したりして」
「それもうオレらの知ってるメイドじゃねぇな」
◆SUMMER?
「今日もう夏やん。え、いつの間に春って終わったの」
コンビニから戻った倉田から焦げた気配が伝わる。
「知らねぇ。今日死んだんじゃねーの」
煙草を手に立ち上がれば炭酸飲料を手についてくる身体は熱をまとっていた。
「殺すなや、来年来ないと困るで」
「復活するってきっと」
無責任な言葉に汗ばんだ顔が破れるのを見て、
「夏か、今年は踊りたいわ」
エレベーターの中で軽くリズムを刻む。フェス行こうぜ、オレの誘いに倉田は親指を立てた。
◆印
デスク横のカレンダーへ会議予定を書き込もうとしてめくれば、六月の休日に印がついている。休日出勤はここしばらくないはず。眉間に力を入れて予定を辿ったが思い当たるものはない。首を傾げた瞬間、
「あ」
閃くものがあった。丸だと思っていた赤い印はにこりと微笑んでいる。
「もっとわかりやすくしろよ、クラ。これ、オマエの誕生日だろ」
控えめなのか大胆なのか。カレンダーを持ち上げるとバレたか、デカい笑い声が響いた。そもそも忘れてねぇよ、って聞こえてねーな。
◆キスの仕方
「印象的なキスシーンってある? さっさ」
奮発したらしい刺身定食のマグロへ醤油をつけながら倉田が問う。焼鮭をほぐしつつ、
「突然だな、昼時の話題にしちゃギリギリな気もするし」
今までに観た映画やドラマ、読んだ本のワンシーンを検索しながら応えた。ランチタイムの居酒屋は同じように会社勤めらしい人々の話し声がBGMをかき消してはいるものの、何となく気まずさを感じる。
「どんだけ官能的なシーンを思い浮かべたのかは知らんけど、今日キスの日らしいで。日本初の、キスシーンがある映画が公開された日」
ほら、と見せられたスマホの画面には雑学サイトが表示され、唇の間には消毒液を含ませたガーゼを入れていたとも書いてあった。
「エタノール味のキスは経験したことねーな」
自然鼻の奥へよみがえる香りに唇を引き締めると、倉田も確かにと頷きながらイカを頬張る。
「ファーストキスもレモン味ではなかったし、そもそもキスってあんま味のある印象ないんよな」
目を閉じて回想する男の回答に、夜の居酒屋らしいノリで返しそうになる自分を抑えて、
「レモンって別に甘酸っぱくないしな。単なる酸っぱいだろ、あれは。あんなん初めてだったらトラウマだわ」
前からの思いを口にした。
オマエ、そりゃキスが浅ぇんだよ。
抑えた言葉は夜まで取っておくことにする。どんな反論が来るのかを楽しみに、ようやく小骨を取り除いた鮭を頬張った。
◆夢診断 倉田さん視点
ベッドへ入ってからもスマホの画面を見ていたのが悪かったのか、それとも段々と荒れてきた天気のせいか。何度目かの寝返りを打ってから息を吐いてまたスマホを手にしてしまう。気圧も下がり始めたのか、古傷が存在を主張してきて更に眠気は遠ざかる。
笹木が最近始めたというアプリゲームは最近の流れに逆らうかのように課金要素が一切なく、単純に運が物を言うターン制のバトルものでスタミナ制限もないせいで余計に止め時がわからない。日下もはよ沼に落ちんかな、最後の一戦をぎりぎりで勝利し、今度こそとスマホをサイドテーブルへ伏せ、目を閉じた。
久しぶりに羊でも数えてみるか。星の輝く草原、木製の柵、白く柔らかな羊。走って来ては柵を飛び越え、一匹、二匹と柵の中で群れを作っていく。
白の池くらいになったところで不意に、腹が動く気配がした。次の瞬間には草原は熱せられて煙を上げるジンギスカン鍋、柵はこんもりと盛られたもやし、そして走って来る羊は箸で並べられていくラム肉へと変化してしまう。うわ、こんなんセルフ飯テロやん、なんて思ったところで目が覚めた。
全ての元凶であるスマホを手に、目を擦りながら検索欄へ「夢診断 ジンギスカン」と入力したが結果は芳しくない。せめて笹木の笑いが取れますように。寝不足と空腹にため息ひとつ、ベッドから這い出ることにした。
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