2023年7月まとめ

X(旧Twitter)へ掲載した短い話を集めました。

基本的には笹木さん視点、時期や長さはまちまちです。


◆半夏生

 ランチに入った店で、半夏生なのでご飯を無料でタコ飯に出来ますが、やる気のない質問に反射で頷く。半夏生、タコ飯、聞き慣れない言葉に何となく向かいの倉田を見れば、

「もうそんな時期なんやな」

 疑問どころか懐かしさに目を向けていた。

「クラは馴染みあるんだな、半夏生とタコ飯」

 オレは全然ない。おしぼりで手を拭いていると、

「え、そうなん? 土用の丑の日は鰻みたいな感じで全国区だと思ってたんやけど、違うんか。さっさはよっぽど好きなんやなって」

「よっぽどって」

 んな訳、と言いかけたところで注文したメニューが運ばれてくる。倉田の前には焼き魚定食、オレの前にはハンバーグディッシュ。ハンバーグの横にはこれでもかとタコが入った薄茶のご飯が盛られている。倉田はほら、とハンバーグディッシュを控えめに指差した。

 マニュアルなんかクソ食らえだ。



◆ろうそく

 地上の光に負け、見えない天の川を見上げた時口から出たのは、

「ろうそく出ーせー出ーせよ……出さないとかっちゃくぞ、だったか」

 昔七夕に歌った謎の歌だった。缶チューハイを二本冷蔵庫から出した倉田は眉間に皺を寄せ、

「急にどしたん、呪いの歌とか。夏の新作やぞこれ」

 気に入らんのかと隣へ腰かけ、缶チューハイを手渡してくる。青い缶は確かに今の季節らしい。

「いや、別に。あと呪いじゃねぇ……とは思うけど」

「歯切れの悪いのが怖い。ろうそくへの執着もすごいし。かっちゃくってよくわからんけど、よくないことはわかるぞ」

 乾杯、缶をぶつけてからプルタブを引き上げ、何口分かを一気に流し込む。

「ひっかく、なら通じるか? しかもこの歌、噛みついたりもするんだよな。七夕に歌いながら家を回って、ハロウィンみてぇなやつ。北の風習か、これも」

 缶へ口をつけたまま目をくるくると彷徨わせ、倉田は頷いてから、

「俺は知らんなー」

 ろうそくないからサラミでいいか、と立ち上がった。

「切ってから持ってくんなら、爪も歯も大人しくしとくわ」

 戸棚を探る大きな身体へ声をかけ、もう一度窓から空を見上げる。歌いながら夜道を歩いていた頃よりも数段明るい空に、ろうそくは必要なさそうだった。



◆かき氷

「こう暑いと、冷たいもん食いたい。かき氷とか」

「確かに。で、クラ。それは開戦の合図ってことでいいのか?」

「好戦的やな、さっさ。でもまぁ結構噛み合わんからな俺ら。かき氷はイチゴ一択」

「やっぱり今回も噛み合わなかったな。オレはブルーハワイだ」

「舌青くなるやん」

「わざわざ舌の色なんざ確認しながら食わねぇだろ」

「それはそうか。でもブルーハワイって何味なん、結局。カクテルはブルーキュラソー使ってるからオレンジってのはわかるけど、シロップには使ってないんやろ」

「ブルーハワイ味だろ、んなの。食い物を別の何かに例えるなんて無粋だぜ」

「さっさはホンマ、味覚に関しては大雑把やな」

「素直なだけだ」

「そういうことにしておくか」



◆ネオン

 ライブバーの壁にはチープなネオンサインがいくつも光り、そこにもたれた倉田の緩く波打つ髪や大きく丸い瞳をそれぞれの色に染めようとしている。アロハシャツとの違いに悩むような、派手な柄シャツから伸びる焼けた手はビール瓶を持ち、オレの戻りを待っていた。

 カウンターで同じものを受け取り、すぐに声を掛けようと思ったものの、蛍光色に浮かぶ姿に出しかけた声を飲み込んで立ち止まる。ピンクのコウモリに染まる、倉田の顔。

 こんな顔してるんだな、コイツ。さて声を掛けようか、もう少し眺めるか。ギターの音が始まりを告げる。



◆海(倉田さん視点)

 眠れないからと適当に選んだ「睡眠」ジャンルの音楽は定番の波音で、落ちた夢も海だった。潮の香り。青と呼ぶよりは水の色と呼んだ方が相応しい場所から、強い力で引き上げられる。息と共に塩辛い水を吐き出し、自分が海で溺れていたことを知った。とにかく息を、むせながらも精一杯肺を動かす俺の背を擦る手。

「大丈夫だ、落ち着け」

 波に溶けるような細めの声には聞き覚えがある。海水に負けそうな目をこじ開けて振り向けば、予想通りと予想外が同居した男が砂浜へ座り込んでいた。陽光よりも強く光る目、すっきりとした額は間違いなく笹木だったが、下半身は細かなガラスのような鱗で覆われなだらかな流線型を描いている。

「……人魚、姫、やん」

 服着てるけど。喉が焼けたのはこちらかもしれない。掠れる声を振り絞って笑うと、歯を見せ、

「泡にはなんねーぞ、残念ながら」

 オマエを助けるのなんてオレしかいねぇだろ、背に拳をぶつけてきた。どんな夢でもお前はお前やな、さっさ。



◆夏夜

 自分の家で倉田とふたり、雑に缶のまま酒を酌み交わしていたが、クーラーを越えてくるような暑さに辟易して思わずベランダへと身体を逃がした。

 小さなベランダでは室外機が唸り、肌にへばりつく熱は室内比ではなかったが生々しい匂いにどこか安堵する自分がいる。缶を手に遅れて出てきた倉田が並べば肩が触れるギリギリで。そこに熱があった。

「……夏だな、クラ」

 広がる夜は街明かりが賑やかで、生きている匂いが生々しい。不愉快で仕方ないのが愉快だ、そんな気持ちを込めて呟くと、

「夏やなぁ、さっさ」

 汗ばんだ顔が真正面から笑った。明日マンションに警告文が出されるかもしれないと思いつつ、そのまま汗を拭いながら言葉を重ねる。夏だから。



◆幽霊の日

 振り向けばそこにおばけがしゃがみ込んでいた。少し前までそこには倉田が居たはずと首を傾げている間に、シーツおばけはケタケタとらしい笑い声を上げる。床にはカクテルの空き缶がいくつか。

「おい。そのシーツどっから持ってきた、おばけ」

 酔ってんな、クラ。呼びかけへおばけは事もなげに、

「寝室。今日幽霊の日らしいで、さっさ」

 何がおかしいのかまた、ケタケタをどこを向いてるのかわからないまま笑う。

「おばけと幽霊は違うんじゃねーのか」

「一緒やろ、どっちも怖いもん」

 もん、じゃねぇんだよ。オレの言葉におばけは可愛いやろと見えないドヤ顔をした。はいはい。



◆赤い果実

 瑞々しく赤い果肉にかぶりつけば青臭さと同時に滴る甘さが口へ広がる。咀嚼する間もなく崩れた実からは水分が溢れ、種だけが舌に残り、飲み込まないよう移動させてから液体を飲み下した。そっと下を向いて種を皿に落とすと、倉田がしげしげとこちらを見ている。この目には覚えがある。

「……んだよ」

 あんま見んな、本当はスイカが温くなるのが嫌なので話したくはなかったが、見つめられるのも落ち着かずに口を開くと、

「さっさは食うの上手やな」

 俺はどうも種が、といった瞬間に倉田の口から小さな破裂音がした。眉が下がる。

「……ほらな」

「ほらなじゃねぇよ、ヘタクソ」

 諦めて種まで愛せ。オレの言葉に倉田は、骨までなら愛せるんやけど、と項垂れた。誰の、と聞くのは面倒でまたひとくちかぶりつく。果汁が顎を濡らした。

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