本当の気持ち
久しぶりの道場。
他の門下生が見てる中、永倉の前に立った千夜
神道無念流に興味はあった。力強い永倉の剣は、試衛館一強いと言っても過言ではなかった。そんな流派を学びたいと思うのは、自然な事。だけど彼は、ずっと教えてはくれなかった。教えるのは柄じゃない――。そう言って………。
「やらねぇのか?」
だらりと木刀を床につけたままの千夜を見て、永倉が声をかけた。
「……やる。」
木刀を持ち上げ、その先を永倉に向けた。
「平助。」
「わかってるって。よし。んじゃ、始めッ! !」
藤堂の掛け声に、2人は一斉に床を蹴った。カンカンッと交わる度に鳴る木刀。力強い永倉の木刀を避けるだけで、千夜の体は、後退する。
神道無念流は、「ユルい打ち」が許されない流派。兜やヨロイごと斬ろうとする力強い剣風。だから居合を会得えとくしない。
永倉の木刀を受け止め続ける千夜だが、腕が悲鳴を上げ始めた。
「ちぃっ!テメェが習った剣術は、木刀を受け止めるだけなのか?――――勝ちてぇなら全力でぶつかっていけっ!」
土方の声が道場に響いた。
――――全力で……ぶつかる……。
私が習った剣術は、一つじゃない。
近藤さんに教えて貰った、天然理心流。敵の剣を無理矢理どかして、空いた隙間に斬り込む剣風。
山南さんと平ちゃんに教えて貰った、北辰一刀流。あくまでも中心突破を狙う。
烝に教えて貰った、香取流は、剣術、居合、柔術、棒術、槍術、薙刀術、手裏剣術等に加えて、築城、風水、忍術等も伝承されている総合武術。
打太刀と仕太刀が何度も何度も技を繰り出し合うという独特な長い形を数多く持つ。
現存最古の武術流儀であり、その意味で貴重な流派…
そして、よっちゃんには、実践で役立つ、流派にこだわらない剣術を教わった――――。
生きる為に始めた剣術。
負けたくない。前に進みたい。弱い自分なんて大っ嫌い!!
夜、泣きながら、竹刀を振った。道場に来るのも怖かった。男の人が怖かった。
何したって、思い出してしまう過去。
振り払っても思い出してしまう光景。
私は、女だから、男に負けるのは仕方ないと諦めていた。あの時、私は、諦めてしまったんだ。
もっと、抵抗すれば、
もっと、叫べば、
全ては、変わっていたかもしれないのに、諦めてしまった。烝の手を汚してしまった。もう、そんな過ちを起こさない。
ガコンッと木刀が千夜の手から離れる。
強くなりたい。――――生きる為に。
手から離れた木刀
その時、永倉と目が会った。余裕の永倉。しかし千夜は、笑った。木刀が手から離れたのにも関わらず――――。
誰もが千夜の負けを確信した。そんな中、土方だけは違った。
床に落ちる筈の木刀……だが、いつまでたっても落ちた音がしない。
永倉が木刀を振り上げた瞬間だった。
シュッと音がして、パーンッっと、道場に音が響く。千夜の手には、落ちた筈の木刀が握られ
「……一本……」
藤堂の信じられないと言った声が、道場に響いたのだった。
「……ちぃが…新八っつぁんに勝った…?」
「今、何が起こった?」
「 木刀が床に落ちる前に千夜は、足で弾いて手にもどしたんだ。」
「そんな事出来るの?はじめ君。」
首を振る斎藤
「かなりの訓練をせねば、出来ぬだろうな。」
無表情が多い斎藤の口角が上がったのは、その時だ。首を傾げる宗次郎
「何?」
「いや。俺も千夜に、剣術を教えたくなっただけだ。」
女が剣術をするのは、如何なものかと思っていた。千夜は嫌いじゃない。だけど、今の動きに目を奪われた――――。
俺の得意とする居合斬りをあいつに教えたら、どんな動きをするか…。見てみたい。そう思った。
ダンッ千夜が道場の床に膝をつく。
「ちぃっ!大丈夫か?」
千夜を覗き込む藤堂
「……大丈夫……」
「チゲェだろ?本当は、大丈夫なんかじゃねぇんだろ?
ちぃ、テメェの気持ちは、テメェにしかわからねぇ。
――――言わなきゃ、伝わらねぇんだよ!」
「…………私…の気持ち……」
土方の手が、千夜の頭に触れる。そんな些細な事に、強張っていくのは、あの事件の所為で、
「――――……怖かった。」
千夜の口からあの事件後、ずっと言わなかった言葉がこぼれ落ちた。みんなに心配をかけたくなくて言えなかった言葉が、自然と出てきた。
「……怖…かった。痛かった…
助けて、欲しかった……。でも、誰も来なかった……。何で私、————女なんだろう…。」
言葉と共に流れる涙。
道場に居た男達も涙を流す。助けてやれなかった悔しさは、彼らの中に強く刻み込まれる。
「――――っ。そうか。ちぃ、助けてやれなくてすまなかった…。」
泣きじゃくる千夜の頭を優しく撫でる土方。ずっと大丈夫なフリをしていた千夜。 やっと、本当の気持ちを知る事ができた。そして、土方もずっと言えなかった言葉を、やっと言えたのだった。
あの日から、ずっと抱きしめる事さえ躊躇っていた。そう。触れる事すら怖かった。小さな千夜の体が壊れてなくなってしまうのでは無いか?と、そんな事すら考えた。
土方の着物を掴み泣きじゃくる千夜に誰もが胸を痛める。しばらくすれば、泣き声は消え、土方に枝垂れがかる彼女からは、寝息が聞こえてきた。はぁっと息を吐き出した土方。
「ちぃちゃん?」
心配そうに彼女を覗き込む宗次郎は、彼女の涙の跡を手拭いで拭ってやった。
「寝ちまっただけだ。」
そう言って、土方は千夜を抱き上げ、
「新八、礼を言う。」
「……俺は別に……」
と、言いながらも、照れ臭そうに頭を掻く永倉
「そうだぜ。土方さん。新八っつぁんは、負けたんだしよ。」
そう言ったのは、藤堂だ。
「ばぁーか。わざと、負けたんだよ。新八はな……」
ふっ!っと笑った永倉。
「あんたには、何でもお見通しだな。」
それを聞いて土方も笑った。
「でも、千夜は、まだ強くなるぞ。土方さんも大変だな。」
「……うるせぇよ。」
そんな大変な事なら望む所だ。
俺はこいつと【生きる】と、もう、決めっちまったんだからな。
その後、千夜は、試衛館の空き部屋に運ばれ、布団へと寝かされた。
「でも良かった。顔の傷、残らなくて…。」
宗次郎が千夜の顔を覗き込みながら、ツンッと千夜の頬を突いた。
「……そうだな。」
本当は、助けたかった。泣きもせず、ただ、作り笑いをしている千夜を見るのは皆、辛かった。
「なんです?土方さん。神妙な顔しちゃって…
ちぃちゃんは、前に進んだんですよ。だから、そんな顔したら、ダメですよ。」
ねぇ、ちぃちゃん。と、寝ている千夜に言う宗次郎
その姿を見ているのは、男だけではなく、お孝が道場の窓から見ていた。ギリッと奥歯を噛みしめ、悔しそうな表情で――――。
どうして?汚れた千夜には、皆の視線がいくのに自分には向けられないのか…?1番自分を見て欲しい相手が千夜に微笑む
ただ、私は沖田さんが好きなだけなのに、あの子はいつも邪魔をする。――――あの子さえ、居なければ……。
お孝は、ある人に聞いた話を試衛館に入ってきたばかりの門人に話した。
――――千夜は、吉原で働いていて、毎夜、男と関係を持っていると。
醤油が切れたと言って、千夜を試衛館から出す事に成功して、なんなく、あの子は犯された。
沖田さんは、そういうふしだらな女嫌いそうだから千夜から離れると思ったのに、あの子はまだ、試衛館にやってくる。
フデさんもあの子には優しい。
みんなどうかしている。あのガキをチヤホヤする意味がわからない。
でも、あの門人達は、一体誰に殺されたのか……?
そんな事を考えるお孝。だが、犯人などわかるはずもなく、何日たっても、犯人が捕まる事など無かった――――。
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