新たな命と神道無念流

それから、千夜は、試衛館には行くものの、門下生の前では、稽古をしなくなっていった。

事件を起こした門下生達は、すでに亡くなっている。しかし千夜は、その門下生達の所為で、男に対して恐怖心を抱く様になってしまった。


触れる事すら出来ず、場を明るくしようと努める食客たちの気遣いすら千夜にとっては痛いもので、そんな空気を作り上げている自分に心底腹が立っていた。


何もしないのに試衛館に行く。

祝言からもう数ヶ月の月日が流れた。

季節は、夏特有の温かな陽気。

試衛館に来るのは、強くなりたい為で、俯いてるためでは無い。


「————千夜ちゃん。」


不意に呼ばれ視線を上げていけば、そこには近藤と祝言をあげた、つねの姿。


彼女は、土方に断りを入れ、千夜を自室へと招いた。


彼女と話した事は無い。呼ばれた意味も分からない。ただ彼女は、にっこりと自分の笑い手を取っていく。


「此処に、近藤さんのややこが居るんです。」


膨らみも何もない場所に手を導かれ、触れたそこは、温かさしか伝わって来ない。


「近藤さんの…。」


どうして彼女は、それを自分に告げるのか。


「きっと人には、幸せの形は色々ある。私の幸せは、いま此処にある。」


「————幸せ。」


今自分は、つねの幸せに触れている。目には見えないモノ。


自分にそんなモノがあるか考えた時、思い浮かんだのは土方で、試衛館の仲間達で、それは、彼女の幸せとは駆け離れていた。


「勇さんには、まだ言ってないんです。この子が無事に生まれるか、まだ分からない。無事に産まれてほしい。」


自分にないモノを彼女は持っている。

優しい笑みを浮かべ、彼女は腹を摩る。それは、自分が思い出せぬ母の様に感じ、目を細めていく。


「きっと近藤さん、喜びますね。」


近藤だけじゃなく、きっと周りも喜ぶ筈だ。祝言の時の様に……。



「つねさん。ありがとう。」


自分の幸せは、彼女とは違う。それでも、大事な事に気付かされた。


目に見えない幸せ。それは、自分の周りにはまだ在る。失ってなどいない。


少しの胸の温かさに部屋に戻れば、ある男が千夜に声をかけたのだ。


「千夜、俺から盗んでみろ。」

「――…………?」


永倉の声に首を傾げる千夜


神道無念流しんどうむねんりゅう、俺から盗んでみろよ。」


そういった永倉は、木刀を千夜に渡した。その木刀を手にしてしまったのは、神道無念流に興味があったからだ。しかし、目の前の彼が千夜に教えてくれる事は、無かった――――。


「新八っつあんっ!」


スタスタと道場に歩いて行ってしまう永倉の背中をただ、見ていた千夜。


「――――不器用な奴だよな。アイツ。」


原田の声に、「え?」とだけ言葉を返した千夜は、訳がわからないと言った表情で彼を見た。


「新八は、前に進めねぇお前の背を押そうとしてんだろうよ。」


「……前に……進めない?」


自覚症状などない。


「ちぃ、道場行こうぜ。」


ニコニコした、藤堂の手を千夜は迷いながら握った。


それを見ていた宗次郎が土方を見て、声を上げる。


「土方さん、止めなくていいんですか?」


その言い方は、”止めろ。”そう言っているかの様だ。


「行くか、行かないか。やるか、やらないか、決めるのは、ちぃだ。」


「でも、ちぃちゃんは、男の人が怖くて――――」


それは、土方も気づいていた。だが、今のままでいいはずがない。


「前に進まなきゃならねぇなら、あいつは、進む。お前も、そう言われた筈だ。」


ギュッと手を握りしめ、宗次郎は、道場へと駆けた。


「――――過去に囚われたらいけねぇんだ。どんな、辛いことがあったとしても…」


なぁ、ちぃ。お前が、お前達が俺に教えてくれた事だろ?――――宗次郎。ちぃ。


今度は、お前が前に進む番だ。


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