近藤勇と悪さする猫たち
毎日毎日、先輩の暴力を振るわれる宗次郎。
————何が楽しいの?…バカみたい。
痛む腕をさする彼の腕は、痣だらけだ。
「おお、宗次郎、元気だったか?」
げっ……。
その声に、急いで着物を直した。見られたら面倒な事になるに違いない。自分の姿を確認しながら、
はぁ。嫌な人が来たよ。
と、宗次郎は、土方を見てニヤリと笑った。
「あー。土方さん。いつもいつも、暇そうでなによりですね。」
「テメェ、挨拶ぐらいしろよ…」
可愛くねぇなぁ…
ぶつくさ文句を言う土方を見て、宗次郎は、鼻で笑ってやった。
いつもヒョッコリ現れる男。別に道場の人じゃ無いのに近藤さんに慕われる彼を宗次郎は、快くは思って居なかった。
この人が道場に来るのは、憂さ晴らしと近藤さんに用事がある時だけだ。僕も土方さんはカッコいいとは思うけど、節度はない。と良く聞く。
ずっと、見上げてて気づかなかった。土方さんの足元に隠れた小さな子に————。
「…えっと…土方さん?子供、居たんですか?」
「……」
「は?違ぇよ!ほら、ちぃ挨拶は?」
「えー、よっちゃんも挨拶してない。」
————よっちゃん?
「ちぃ、こいつは宗次郎だ。お前より……。三つ上だな。」
「そうじろー?」
そう言って首を傾げる仕草は、可愛らしいと思った。
(僕より年下?えっと、六歳?桜色の髪に碧い瞳。綺麗な子だな。同じぐらいにしか見えない・・・。)
「えっと、私、千夜。宗ちゃん、よろしくね?」
「…あ、うん。よろしく。」
変わった子。それが、千夜初めて会った時の印象だった。
「宗次郎、稽古頑張れよ?」
頭を乱暴に撫でられる。
「やめてよ…」
そう言いながらも、実はこの撫で方は、僕は好きだった————。
「ちぃ、近藤さんに会いに行くぞ? 」
——あぁ。行っちゃうんだ。——
そう思った瞬間だった。
グイっと、袖口を引っ張られたかと思ったら背中に痛みが走った。
へ?いつの間にか僕、倒れてる?
しかも、千夜って子が僕の頭を撫でていた。
————何?この状況?
「ちぃ、お前何してんだ?」
「頭なでなで!」
「だからって、倒さなくてもいいだろ?大丈夫か?宗次郎。」
土方さんに手を貸してもらって、宗次郎は起き上がった。
「————なにが?」
起こったの?訳わかんない。
「だから、頭なでなでしたの!」
うん。それはわかった。流石に………。
「なんで倒れたの?僕…」
「押し倒したから。だって、届かないもん!」
頭に手が届かない。だから押し倒したらしい。
変な子……。
その後、その子は、土方さんに怒られて近藤さんの所に行っちゃった。多分昨日、土方さんが話してた子だろうけど、僕には関係ない。
*
「ほう。綺麗な子だなぁ。」
そう、声を出したのは多分、近藤さんという人だ。よっちゃんは、”勝っちゃん”と、呼んでいるけど。
「……?…。いつも、よっちゃんがお世話になってます。」
ガハハと、笑う近藤。
「トシより、しっかりした子だなぁ。」
大きな手で、頭を撫でられた。
————あったかい人だな。近藤さん。
「かっちゃん、俺よりってどういう意味だよ!」
そのままの意味だと思うけど?
「……あ、あの、よかったら、これ、みんなで食べてください。」
来る途中で買った団子をそっと差し出した千夜。お茶がまだであった事に、近藤は、その時に気づいたのだ。
「おー。ありがとう。じゃあ、茶でも入れてくるか。」
と、近藤は腰を上げた。
しかし、お茶を淹れに行った筈の近藤は、なかなか帰って来ず、ガシャン。ガシャンっと、物音だけが部屋に聞こえてきた。
「…………。よっちゃん。私、見てきた方がいいかな?」
千夜が、心配になって、そう声を上げる程であった。
「ったく。茶なんで入れた事ねぇのに、見栄っ張りだなぁ。かっちゃんは…。」
2人が腰を上げた瞬間だった。
「勝太っ!何してんだいっ!」
そんな声が聞こえた。
あーあ。フデさんの雷が落ちた。と、土方は思ったが、千夜には、分かるはずがない。何しろ、今日初めて此処に来たのだから。
「……誰の声?」
よっちゃんが両手の人差し指を一本ずつ立て頭に持っていく————。何かの合図?それは、千夜の中では、その意味しか知らない。
「……オニ?」
シーッと、土方は、口元に指を動かす。
なんとなくわかったのは、怖い人という事だ。
声の主は、フデさんという人で近藤さんの義理の母上だと教えてもらった。
台所を覗けば、叱られてる近藤さんの姿とその前に立っているのがフデさんだと思う。その2人しか居ないし。
いつまでも続きそうな説教に、土方は、ため息を吐きだした。
「……こりゃ、
今日も、フデさん機嫌が悪りぃんだな。」
と、土方がボヤく。
「————あのっ!」
鋭い視線をこちらに向けたフデ。
「……誰だい?」
「初めまして。あの、千夜といいます。
ここ、私が片付けますから。」
と言うと、フデは、近藤に視線を向け、
「……。ちゃんと片付けとくんだよ。」
そう言い放ち、台所を出て行った。しかし、お茶を淹れるだけなのに、台所は、物盗りに合ったようだ。
「さて、片付けますか。」
と、腕まくりする千夜の姿に、近藤は、項垂れた。
「……すまない。」
テキパキと片付けをしだす千夜。流石、ノブに仕込まれただけはあるな。と、関心した様に土方は、千夜を見つめていた。しかし、近藤はと言えば、それを見て謝ったのだ。
「なんで、謝るんです?近藤さんは、おもてなしをしてくれようとしただけじゃないですか。私は、嬉しかったですよ。」
ニコッと近藤を見て笑った千夜に、近藤は土方に視線を向けたが、口元が上昇したまま、千夜を見る彼に何も言葉は、掛けられなかったのだった————。
その後、千夜がお茶を淹れてお団子を食べたのだった。
土方と近藤が話をしている間、千夜はずっと宗次郎の事が気になっていた。
誰も信じない。自分は1人だと彼の目が言っているみたいだった。本当は、1人は嫌なのに————。
「……よっちゃん、私、厠行く。」
厠の場所を聞き部屋を出た。本当は、厠なんて行きたくない。廊下を歩いて、彼の部屋を探した。手土産の団子を懐に隠して————。
*
バシッ、ドンッ
「口減らし。」
そう言って、僕を殴る試衛館の門人たち。ある意味、この子達って可哀想だよね。 こんな事でしか、憂さ晴らしできないんだからさ。
あー、早く終わってくれないかなぁ。
バシッ
そんな事を考えていたら顔を殴られた。口の中に広がる鉄の臭い。それを見て、ケラケラ笑う門人たち。
何が面白いのか、全く理解出来ない。ペッと吐き出したら、床が赤くなっていた。
やっぱり、血か……。
あーあ。口の横切れたのかな……?面倒臭いなぁ。
その後も宗次郎は、殴られ、やっと門人たちは部屋から出て行った。その様子を物陰から見ていた人影があった事をこの時誰も気付く筈が無かった————。
「ふうーん。なるほどね。あの、猫ちゃんたちは、かなり、悪い子だね。」
門人らを見ていた千夜は。静かにそう呟いた。何事もなかったかの様に、千夜はゆっくりと部屋を覗く。
「……ッ。痛い…何で僕が……どうして……?」
助ける力がない。かける言葉も見つからない。ただ、今は、気付いてないフリをしなければいけない。
「……あれ?厠どこだっけ?」
その声に着物を直し床の赤を拭く沖田。それは、手慣れている様に見えたんだ。
千夜はその姿を見て、唇を噛み締めた。
わざとらしく開けっ放しの戸の前に立ち宗次郎を見た。
「あ!宗ちゃん。」
「……なに?」
「ねぇ?厠ってどこだっけ?」
「……真っ直ぐ行ったとこ。」
「ありがとう。そうだ。お団子!よかったら食べて?」
手を出せば、アザが見えてしまうからか、直接は受け取ってくれなかった。
「ここおくね。」
机に団子を置き、そう声を掛けた。
「……早く厠いきなよ。」
口を押さえた宗次郎。
千夜は、なにもできない悔しさにただ言う事を聞くしかなかった————。
部屋を去って行った子に、宗次郎は呟いた。
「なんで厠に行くのに、団子持ってんだろう?
やっぱ、変な子。」
痛む体を見て、宗次郎は苦笑いした。部屋を出た彼女が唇を噛み締めていた事なんて、気付くはずもなかった。
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