発作と強さ

「強くなりたいの!」


山崎に会って早々に、そう言った千夜。


「?なんや、急に……?」

「烝、強いんでしょ?私を強くして下さい。」


頭を下げる小さな千夜は、必死に山崎にお願いをする。

しかし、強くして下さいと言われても、強くなれるか、なれないかは、本人次第……。


まだ、幼い彼女に、教えられる事なんて、ごく僅かだ。


「せやなぁ……。

ちぃは、力弱いから立て直しを早うすれば、今より強くなれるで?」


「……立て直し?」

「せや。体の立て直し。心の立て直しや。」


そんなので強くなれるの?と、言わん限りに、小首を傾げる千夜は、可愛らしい。山崎は、ニヤケる顔を片手で隠しながら、千夜の問いに答えた。


「後は、せやなぁ。素早さがあれば…。」


素早さか……。



◆◇◆





あれから千夜は、山崎からの特訓を受けながら生活し、試衛館にも何度も足を運んでいた。


今日も、土方と試衛館に向かう途中だ。


「よっちゃん団子買ってこ?」

「あぁ?団子?みんな飯食っただろ?」

「いいじゃん!私が食べたいんだって。」


ちぃは、道場に行くとき、必ず団子をせがむ。自分が食べたいから買ってくれと。


「わかったよ!今日は、みんなの分は無理だぞ?」

「えー、よっちゃんケチ~。」

「人数分買ってたら、破産するわ!」

「そうだねー。よっちゃんの稼ぎじゃね~。」


かなり失礼だぞ…ちぃ。


だが、言い返せないのは、あながち間違っていないからだ。繋いだ手に、頬を緩ませながら、土方は、小さな歩幅に合わせて歩いて行った。


道場につくと、

ちぃは、必ずアイツのとこに行くんだ。宗次郎に団子を渡しに。



僕はごはんの時間が一番嫌い。


「あ、足が滑った。」

「俺は手が…」


兄弟子達の言葉の後、バシャンッと音を立てて

僕のごはんは、地に落ちる……。それはもう、食べ物ではない————。


踏みつけられて、味噌汁もただの床の汚れと化す。

悔しくないわけじゃない。だけど何処かで諦めてる自分がいる。


————どうせ僕は、捨てられたんだから。



しばらくして、パタパタと足音が聞こえてきた。


————あぁ。またあの子だ。メンドくさいな……。


「宗ちゃん?」


ほら。やっぱり……。

だがしかし、今日は、いつもより来る時間が早かった。宗次郎の食べるはずだった御膳は、物の見事にひっくり返ったまま。


「入ってこないで!」

見られたくなかったからか、いつもより大きな声が出てしまった。


しかし、声を掛けるのが遅く襖は開かれた。彼女は、部屋の中を見ても慌てる様子もなく、


「ヤダよ。あーあ、こんなにして…。猫がまた暴れた?」


悔しかった。

宗ちゃんの御膳がひっくり返される意味は、きっと無い。

猫が暴れた。なんて言う以外どう言ったら良いかわからなかった。溢れた食事達を片付けていく。


「なんで、、、」


きっと、見られたくは無かっただろう。

知られたくもない。そして、触れて欲しくもない。彼は、そう思ってる。


「何が?」


「————どうして、僕を宗ちゃんって呼ぶの?」

そんなに仲良くなった訳じゃないのに。


雑巾で床を拭きながら千夜は、沖田を見た。


「みんなと同じ様に呼びたくないから。」


皆、呼ぶときは宗次郎。

言われてみれば、確かに皆同じ様に呼ぶ。

片付けが終われば、いつものようにお団子を机に置いて行くんだ。「ちゃんと食べてね。」って言葉を残して————。

今日も、そう言って立ち去っていった。


なんで僕に構うの?そんなに僕は哀れ?


空になったお膳を片付け様と、御膳を手に部屋を出た。


たまたまだったんだ。聞く気なんか無かったのに、偶然、縁側で話していた土方さんと近藤さんの話しを僕は、

聞いてしまったんだ————。


「歳、あの子。まだ両親か身内は見つからんか?」


「あーもう二年もたつんだが、手がかり無しだ。あっちこっち、連れ回っては見てるんだがな…」


「可哀想にな。女子なのに……。」


「フッ。近藤さん。あいつに女子って言うと怒られるぞ。」


「女子だろうに…」


「嫌なんだと。そうやって女、男って区別されるのが。あいつは強くなるぞ。親が見つかっても手放したくねぇな……。」


「歳、まさか……」


「あぁ?かっちゃん、馬鹿言ってんじゃねぇよ。」


「そうだよな!あははは。」


近藤さんからは見えてなかったんだ。

土方さんが悲しそうに笑ったのを————。


千夜って子は捨て子?しかも女の子?

訳がわからない。だっていつも袴履いて、剣術をしに道場にきてるじゃない。


いつもニコニコして、土方さんと笑い合ってて、、、


知らなかった。

あんな笑顔をする子が、自分と同じ様な過去を持つなんて…。



————————

————


ゴホゴホッ


咳をした後に、赤が床に落ちた。

宗次郎の部屋を荒らした猫達に挑んだものの完敗した。


中庭の片隅で倒れ千夜の身体はあざだらけ。


身体の痛みに、負けた悔しさ。

己の無力さに涙が勝手に流れ落ちる。


「……強くなりたい」


誰かを守れるぐらい。力になれるぐらい。

————強くならなきゃ……


立ちあがろうとするのに身体は意志に反していく。杖にしようとした木刀は、派手な音を奏でて地に転がり、千夜の小さな身体は地に倒れた。


その後、土方が音に気付き千夜を発見するも彼女の意識は無く、口の端は切れ、身体には無数のアザ。怒りがふつふつと湧きあがった。


ひとまず近藤に部屋を借り、座布団を2つ並べてそこへ寝かせた。


「————不味いな。」


千夜の額に手をやった土方は、つぶやいた。


「何が不味いんだ?」そう聞いた近藤。

「ちぃは、持病を持っている。

肺の管が押し潰されっちまう病気らしい。」


一度だけ発作を起こした事があった。

自分が代われるモノなら代わってやりたかった。そんな事を口にした土方は、手持ちの金子を確認し、千夜を抱き上げていく。


「医者に連れていく。」


大袈裟だとも思った。だが、しばらくの間中庭で倒れていたかも知れない千夜。熱もある以上、大袈裟でもなんでも良かった。大した事ない。そう医者が言うならそうなんだろう。それならそれで良い。



近藤の返事も聞かず、試衛館を飛び出して行った土方は、医者へとひた走った。


医者に着き、診療所の床に横たえていく小さな身体。そしてその時、千夜の小さな手が視界に入った。


毎日、毎日、竹刀を振る彼女の手は、血豆や潰れたマメが沢山あった。


剣術を教えたのは土方。痛々しいその手を見て顔を顰めた。自分より遥かに小さな手に本当に、剣術を教えるべきだったのか…?と、いつもは考え無い様な事を考えた。


医者が言うには、肺の音が思わしく無く、いつ発作が出てもおかしくは無い状態。激しい動きは、しばらくやめる様に。そう言われた。




その夜、山崎は、土方が部屋を出た隙に千夜の眠る部屋に忍び込んだ。薄っすらと目を開いた千夜は、山崎の姿を捕らえた。


「……す、すむ?」


ゴホッ


「しーや。」

顔の前で、人差し指を立てた山崎を見て、千夜は、コクコクとうなづいた。


「ええか?苦しなったら、誰かに背中軽く叩いて貰うんよ?そしたら、痰が出るようなるからな。」


「……お医者さんなの?」


「せや。お医者さんやってん。すぐ、ようなるから、ええ子に寝とるんよ?苦しなって、誰もおらへんかったら俺を呼ぶんよ?」


「わかった。」

「ええ子や。」


そのまま、スーッと眠ってしまった千夜。それを見て山崎は、熱い額に手を置き、顔を歪めたものの、物音が聞こえ、土方が医者で処方された薬を麻黄にすり替え、すぐに屋根裏へと戻ったのだった。


麻黄これには鼻詰まりに効果のある成分プソイドエフェドリンや、気管支喘息に効果のある成分エフェドリンが含まれる。現代にも、漢方として残っているもの。



スッと、開く襖。土方が部屋に戻って来たのだ。


土方は、千夜の眠っている姿に安堵した様な表情を見て、温かくなってしまった手拭いを水につけ固く絞ってまた千夜の額に再び乗せた。


「……よっちゃん…」


目が覚めたかと思ったが、スースーと寝息が聞こえる。どうやら、寝言だったみたいだ。


「俺は、ここに居る。」


千夜の指先を握ったら、彼女が笑ったように見えた。


丑三つ時も過ぎたころ。

ウトウトと睡魔が土方を襲う。無理もない。行商を終え、試衛館で稽古をして来た後の事だ。身体の疲れを取るべく目蓋が勝手に下りていく。しかし、痰が絡む咳を耳に土方は目を覚ます。


「……大丈夫か?」

「だい……ゴホゴホゴホゴホッ」


ヒューヒューと、呼吸がオカシイ事に土方は、気が付いた。


ゴホゴホと咳き込む千夜。


「……よっちゃん…苦し……」


それ以上言葉が続かない。

やってやれる事は数少ない事しかなく、代わってやりたいと思うだけで、痛みや苦しみを取り除けない事に腹が立った。


そうしているうちに、治まってきた発作。千夜は、スヤスヤと寝息を立て、土方も安堵しながら急速な眠気に目蓋を閉じた。


日が昇り始め少しした時、時間にしたらそんなに寝てない千夜は、目を覚ます。寝ている土方に気づかれないよう、いつも日課にしている剣術の稽古をする為に布団から抜け出し竹刀を手にした。


ゴホゴホッ


口を手で覆っても、咳は止まってくれず、土方を起こしてしまう。


「……ん……ちぃ?」


ガバッと体を起こした土方。

咄嗟に竹刀を背に隠すが、千夜の体の大きさで竹刀が全て隠れる筈がない。


「…おはよ?」


「はぁ、ちぃ、稽古は、ダメだ。そんな体で————」

「ヤダ。稽古する!」

「ちぃ…まだ、熱があんだろ?」


まだ頬が赤いし、はぁはぁと肩で息をする千夜

稽古なんてできる状態じゃないのは、一目瞭然だ。


「……もう、治ったもん。」

「ちぃ!今日は、大人しく寝てろ!」

「……強くなんなきゃ…いけないの!」


ゴホゴホッ


咳き込みながらも竹刀を離そうとしない千夜

土方は千夜を抱きしめ、背をトントンとリズム良く叩く。


「……んー」

「あ?ああ、痰が出たのか…」


懐紙を千夜に渡し、痰を吐き出させた。


はぁはぁ


まだ体が熱いのに、竹刀を離さない千夜。


もう、充分強ええと思うぞ。

心の方はな————。



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