不思議な不思議な夢のお話

隅田 天美

不思議な不思議な夢の話

 別段、いつもの、ありきたり言葉を使えば「平凡」極まる日だった。

 目を開けて、着替えて、歯磨きをして、薬を飲んで髪を整え気合を入れる。

 鞄を肩にかけ、早朝の町を電車で抜けて街に出る。

 コンビニでお昼ご飯を買い、マックでハッシュドポテト、アイスコーヒー、ナゲットを食べ、スマフォでニュースなどを吸収する。

 頃合いを見て会社に向かい、朝礼が始まるまで万年筆で字の練習をする。

 徐々に人は増え始めると字の練習を終えて本日二杯目のアイスコーヒーを飲む。

 朝礼をして仕事をする。

 中休みと昼休みをしてラジオ体操から午後の仕事はスタートする。

『さあ、仕事だ』

 と気合を入れると周りがざわめき始めた。

『どうせ、見学者だろう』

 私は無視を決め込んだ。

 と、横に気配を感じた。

 見ると、赤い服を着て、サングラスをかけた女性が腕を組んで私を見ていた。

「隅田天美さんですね?」

 声で思い出した。

『あ、葛木ミサトだ……この制服ということは……ヴィレか……あれ? 新エヴァは?』

 脳みそはフル稼働で色々な情報を集めるが体は一つの返事しかできなかった。

「はい」

「あなたの使徒の力を使うことになりました」

「はい?」

『使徒の力?』

 私は新世紀エヴァンゲリオンの主人公たちの様な複雑な人生は送ってないし、また、そんな家系でもない。

 当然、クローンなんていない。

 仮にエヴァパイロットになれたとして、すでに四十代のオバサンにプラグスーツはキツイ……(色々な意味で)

 と、周りを見るとすすり泣くものや頭を抱えているものなど仕事を投げ出したものだらけだ。

「……? あの、トイレ行っていいですか?」

「5分以内に帰ってきますか?」

「はい」

 私はトイレに向かい、(現実の仕事場ではやりませんが)隠し持っていたスマートフォンを個室で見た。

 血の気が引いた。

 各社大手ニュースサイトは速報の大見出しで私が使徒の力を使うことを大々的に報じていた。

 日本はもちろん、アメリカ、フランス、ドイツ、アフリカ……

 各国の首相、総理大臣、大統領、女王……果ては、私の好きな俳優(声優)さんたちもコメントを出した。

 ロシアとウクライナの大統領からもメッセージがあった。

 カクヨムでも私の顔写真が大々的に載せられ、「おめーはどっかの文豪か?」レベルな扱いになっていた。

 各作品のPVはたった数分で少なくとも100倍以上増え、レビューに至っては100件越えが当たり前だ。

 普段、個人レビューはないが、私が『使徒の力を使う』ということで特別に個人レビューが設けられ、切り株ねむこさんたちから追悼メッセージが掲載された。

「隅田さん?」

 上司の声がする。

「はい、すぐ出ます」

 私は、水を流してスマートフォンを再び隠して仕事場へ向かった。


 職場は今日一日、私の喪に服すために取りやめになったという。

『? あの案件は今日が期限では? というか、Aはどうなった? Bに至っては今日やらないでいつやるの?』

 心配になった。

 と、帰って早々、葛木ミサトが言った。

「本来なら20分でお別れをしてもらいたいのですが、少しトラブルがあって30分まで可能です」

 皆、口々に「お世話になりました」とか「優しい先輩でした」という。

 もっとも、受け取る本人とすると、『お前さんとは、そんなに話したことねーぜ』という人も何人か混じる。

 と、隠していたスマートフォンが鳴った。

 親からだ。

「何? どうした?」

 母からだった。

「天美、お前は、よく泣いて、よく食べて、色々なものをその小さい体に背負ってきて……」

 感極まったのだろう。

 号泣してしまった。

 代わりに父が出た。

「最後のお勤めをちゃんしなさい」

「はい」

 その時、気が付いた。


――ああ、そうか。私が、消えるんだ


 晴れ渡る空にビル群がある……というか、曇天である。

 私は、全裸にされた。

 その時、気が付いたが、Q及びシン・エヴァンゲリオンのアスカが付けている眼帯のように私のお腹にはガムテープのような包帯(?)で「ザ・昭和のアニメ」のように×がついていた。

 全裸にはきつい気温である。

 空を見る。

『行ってきます』

 私はお腹の包帯を一気に剥がした。

 すると、劇中と同じように線の重なった部分から封印柱のようなものが出てきた。

 それも一気に引き抜いた。


 出たのは、血ではなく、光だった。


 もう、私は人間ではなくなった。


 徐々に私は私であることを忘れそうになる。

 だが、その速度は思ったよりゆっくりであった。

――駅ナカの三割美味しいラーメン屋さん、もう一回行きたかったなぁ

――その前のスタバの新作、何かなぁ?

――うどん、食べたいなぁ

 自分の食い意地に辟易する。

 でも、確かに自我は失いつつある。

 だんだん、訳が分からなくなる。

――これじゃあ、小説が書けないや

 最後に思ったのは

『ああ、早く面白い暇つぶしを考えないと補完されてしまう‼』

 それから、今度は楽しくなってきた。

『ようやっと、死ねるんだ』

 私がなった使徒はゼルエルで、我が家では、なぜか「きしめん太郎」と呼ばれている。


 完全に光に取り込まれた私は自我もなく、やることなく、使命感すらなく、思い出もなく、感情もなくボケーとしていた。

――何で来ちまったんだよ!?

 誰かの、声がした。





「はい、おはようございます」

 聞き慣れたテレビの声。

 目を覚ますと、現実の朝だった。

 思わずお腹を見る。

 つるんとした肌とポッコリした腹がある。

 仕事場でエヴァに詳しい後輩君に聞くと「実に先輩らしい面白い夢ですね」と言われた。

「じゃあ、後輩君。君が私と同じ立場になったらどうする?」

「そうですね……俺、泳げないんでガギエルがいいです」

「あの、テレビアニメ版で海をぴょーんとする、あれ?」

「ぴょーんする、あれです」

「あれはアスカの乗る弐号機にやられるよ」

「アスカたんなら本望です‼」


 今日も平和です。

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不思議な不思議な夢のお話 隅田 天美 @sumida-amami

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