第29話 ドワーフ自治区への挑戦状

 ある日、ドワーフ自治区のギルド前にギルド長に宛てた妙な荷物が届いていた。ギルドの職員によると、空から飛んできて静かに着陸したらしい。そんな妙な話があるかと、報告を聞いたギルド長のベンドルトンは荷物を運んで来させ、妙に頑丈にできた鉄の箱を開いた。すると、


 <東の大陸のドワーフから西の大陸のドワーフへ>


 そう書かれた手紙と、グラス一杯分だけ残された琥珀色の液体が入った瓶が鎮座していた。


「東の大陸というと、最近耳にするようになった東端の港町に拠点を持つエルフの商会と縁を持つドワーフか」


 そう判断して手紙の封を切ると、一枚目に大きな文字で一行だけ記載がされていた。


 <まずはウイスキーを飲め、話はそれからだ>


 どうやら、箱に入っていた琥珀色の液体は酒らしい。エールなど一杯こっきり飲んだところでどうにもなるまい。だが、酒と聞いたら興味が湧くのがドワーフよ。

 そう思ってベンドルトンはグラスを用意して瓶に封入された酒を注ぐと、一思いにあおる。その瞬間、全身を駆け抜けるような衝撃が走った。うまいなんてもんじゃない! 神のごとウイスキーを前に呆然と立ち尽くしていた。

 どれだけそうしていたかわからないほどの時間が過ぎ、やがて我に帰ったベンドルトンは急いで手紙の二枚目を読んだ。


 <東の大陸のエルフの幼子がとの友好の為に、二十年かけて作った真心からのウイスキーだ。一流のドワーフとしての腕も示さぬ者に、プレミアム・ナンバーズと呼ばれる至高の酒を一杯だけでも譲ってやったことを感謝しろ>


 なんと、フィスリールが西のドワーフに向けて渡したウイスキー瓶は、一杯を残して全て飲まれていたのだ!


 <俺たちの腕は手紙と酒を送った飛翔物の金属部品を見て判断しろ。それすらできない未熟者は、バッカスの申し子に協力する資格はないからすっこんでいろ。分け前が減る>


 どうやら、この精巧な金属製の飛翔物は東のドワーフの手で造られたらしい。

 全く摩擦を感じさせない金属の真球を配した軸受け、そして高速で回転させても全くぶれない金属軸。断面急変のない金属筐体。そして着陸の衝撃を吸収しきるバネの機構。ウイスキーを運ぶにあたって一切の妥協を排除したドローンは、ベンドルトンの目からも言うだけのことはあると唸らせた。


 <鉄と酒に生きる一流のドワーフとして、ウイスキーの申し子たるエルフの嬢ちゃんの前に立つ気概きがい矜持きょうじがあるなら、送った箱に自治区の会合場所と日時を記載した手紙を入れて嬢ちゃんに送れ>


 返送の操作方法は手紙の最後の一枚に記載され、最後に署名として東の大陸のドワーフ工業ギルド長グスタフと署名されていた。

 フィスリールがこの手紙の内容を知っていたら、こんな喧嘩腰の内容などとんでもないと差し止めたに違いないが、ドワーフにはドワーフ同士で話をさせるべきというカイルの言葉に従いギルド長に一任したため、そのまま送られてしまったのだ。


「おもしれぇ! 受けて立ってやらぁ!」


 しかして、ドワーフにはドワーフでという言葉は正しかった。

 ここまでのドローンウイスキーを提示されながら、自分達の腕も示し返さずにいられたらドワーフのギルド長など務まらなかったのだ。


 ◇


 西の大陸のドワーフ自治区から魔道運搬ドローンを介して、会合の場所と日時が記載された手紙を受け取った私は、港町ボルンから西の国境南に位置するドワーフ自治区にじぃじとばぁばと一緒に飛び立っていた。

 東の大陸で工業都市を訪れたときと違い、魔道飛行機に魔道運搬ドローンを引かせる形で、ある程度の荷物を積載して移動できたことから、ドワーフさんたちに使ってもらう一通りの浄水装置、排ガス処理装置、その他の生活用の魔道製品のサンプルを運ぶことができていた。


「こんにちは、東の大陸のドワーフの紹介を受けてきました」


 ギルド受付で挨拶するとすぐに広間に通された。議長席と思しき場所にはおそらくギルド長と思しき風格のあるドワーフさんが座っており、両脇を囲むように壮年のドワーフさんたちが座っていた。

 互いに名乗って挨拶を済ませ、さっそく魔道製品の紹介をと思ったら、


「まずはウイスキーだ」

「あっ、ハイ……」


 なんだかデジャヴを感じるわ。でも反射的に返事をしてしまったので、以前と同じようにドワーフさんたちの前に置かれたグラスにプレミアム・ナンバーズのブレンデッド・ウイスキーを注いでいく。

 ギルド長のベンドルトンさんに注いでいるところで、この前は一杯分しか送られてこなかったので待ちかねていたと感慨深げにつぶやいたのを不思議に思い、尋ねてみる。


「あれ? 一瓶送ったはずですけど、運搬中に割れてしまいましたか?」

「……あの野郎」


 なんだか不穏な雰囲気をまといだしたので、そそくさとじぃじの元に戻ると、皆にウイスキーが行き渡ったところでベンドルトンさんが音頭を取った。


「鉄と酒に乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 ベンドルトンさんを除くドワーフさんたちが、かつて工業都市で見たドワーフさんたちを再現するように時が止まったかのように静止した。


「東の大陸のドワーフによると、エルフの嬢ちゃんが二十年かけてとの友好の為に、二十年かけて作った真心からのウイスキーだそうだ。だから、腕に自信がない、もしくは、協力する気のない工房の親方は今すぐ帰れ」


 ベンドルトンさんがそういうと、ドワーフさんたちは我に返ったように一様に首を横に振った。集まった親方ドワーフさんたちが話を聞く準備ができたことを確認すると、ベンドルトンさんはこちらに話を進めるよう促してきた。

 私は、河川への鉱毒を浄化する浄水設備や、そして製鉄などで発生する硫黄酸化物や窒素酸化物などの排ガスを浄化する排ガス浄化装置を一通り説明し、これらの浄化・浄水ユニットを利用してもらうことで、大気汚染や水質汚濁しない自然環境に配慮した持続可能な鉱工業への転換をお願いした。

 続けて、可能であれば西の大陸で普及を推進している魔導ポンプを利用した浄水インフラ、それに利用する配管、魔導レンジや魔導冷蔵庫など、木や石炭を燃やすことなく生活を豊かにする魔道製品の筐体や部品などの製造協力をお願いした。


「東の大陸のドワーフさんたちに手伝ってもらっているんですが、西の大陸までは供給がなかなか追い付かないんです」

「エルフの嬢ちゃんは、どうしてそこまで環境保全にこだわるんじゃ?」


 親方の一人からそんな質問がでた。そこで、水質汚濁による健康被害や疫病などの発生、大気汚染で発生する酸性雨による森林被害、それにより失われる命などを話した。


「木や石炭、地面から沸く燃える油などによるエネルギーの代わりに魔素エネルギーを使えば、それらの弊害無しで持続的に発展していけるんです」


 そして、魔道製品の恩恵で人間さんたちの人口が増えていくと、東の大陸と同様に西の大陸でも鉄の需要が爆発的に増えて、遠からずドワーフさんたちが大幅増産して街が煤で汚れきるほど汚染が進んでいく。

 そうすると、エルフの森のオーク材や泥炭、人間さんたちの穀倉地帯の大麦が酸性雨で被害を受け、今日持ってきたようなお酒は数百年もしないうちに作れなくなっていく。


「そんな刹那せつなの享楽のような消費で後世に残せなくなるものが出るなんて悲しいわ」


 そこまで話したところで広間は静まり返った。ギルド長のベンドルトンさんは、議論は出尽くしたと判断したのか決を採った。


「「反対するドワーフがいるとは思えんが」異議なし」


 被せるように全会一致で協力が決まり、今後の北のエルフが作る魔道ユニットの規格や組み立て・運搬に関する段取りを決めた。


「ところで東のドワーフからの手紙によると、東のは一流ドワーフとしての腕を嬢ちゃんに見せたと読み取れるんだが、何をしたんだ?」


 うっ……あの願いは若気の至りという感じがするので、ごにょごにょと口ごもっていると、それまで黙っていたじぃじが口をはさんだ。


「簡単じゃ。当時の孫娘が欲しがっていた憧れのの銀細工を、ドワーフたちが真の一流をかけた品評会で優勝を決した銀細工を友好のウイスキーの返礼として送り、優勝した者にドワーフ向けの十パターンのウイスキー樽の混合比を、満足いくまで協力をしてもらっただけじゃ」


 そうしてウイスキーの瓶を掲げてみせ、さらに言葉を重ねる。


「そして、今日そなたらが飲んだのが、その品評会で優勝したドワーフが混合比を決定したブレンド、名付けてプレミアム・ナンバーズというわけじゃ」


 ウイスキーの熟成期間は三十年くらいかけるそうで、まだ味が上質に変わっていく。酒の味に妥協をしないために何年かに一度品評会を開いて、その都度、ナンバー・ワン・一流ドワーフを決めて再調整する。だから、と呼ばれるのだ。

 そう続けたじぃじの説明に、ドワーフの親方衆が雄叫びを上げるように名乗りをあげはじめた。


「このゴッズが! 嬢ちゃんに似合う最高の銀細工を作ってみせる!」

「なんの、このガランならば東のドワーフなどに負けんわ!」

「わしらも参加させてくれ! 不戦勝の東に、一流ドワーフは名乗らせられん!」

「「では東西でナンバー・ワン・一流ドワーフを決めるということで」異議なし!」


 うう、困ったわ。流れるようにして東のドワーフ不在で議決された内容に、どう伝えたものかと頭を抱えていると、じぃじが私の肩に手をかけて言う。


「なに、ドワーフにはドワーフに連絡をつけさせれば良いのじゃ」

「なるほど!」


 私はベンドルトンさんにグスタフさん直通の連絡用ドローンを渡し使い方やユニット構造などを説明したあと、今後の直接的な調整に使ってもらうように依頼して帰路についた。


 ◇


 後日、西のドワーフから東のドワーフのギルド長に向けて改良された魔道運搬ドローンが届いた。ギルド長に宛てた手紙にはこうかかれていたという。


<東のドワーフが稚拙な技術で作ったドローンを改良してやったので送り返す。炭素の配合や複合材料利用などの軽量化に関する工夫が足りないようだな。を名乗るのは早いのではないか?

 ついては、プレミアム・ナンバーズをかけた品評会は、次回から西のドワーフも参加させてもらう。の東が真の一流を名乗るのは、俺たち西にバッカスの申し子に相応しい腕を見せてからにしろ>


 そして、お返しとばかりに、グラス一杯分だけ残されたプレミアム・ナンバーズの酒瓶が添えられていたという。

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