第28話 相方に求められる最低条件
テイルお兄ちゃんよるとムーンレイク王国の西にカーライル王国という同規模の国が存在していてムーンレイク王国とは比較的良好な関係を築いているらしい。東の大陸のように戦争していないのは良かったけど、魔導製品の需給バランスが改善され、しばらくして人間の代替わりがあればどうなるかわからないわ。
また、二国間の南に住んでいるというドワーフにも繋ぎを付けたい。人口爆発が起きて鉄の需要が増える前に、浄水設備や排ガス除去装置の設置をしないと大変な事になるわ。なんせこの大陸は東の大陸の二倍はあるのだ。二国間の南に集中して住んでいるのなら、公害の規模も二倍以上が見込まれた。
「優先するのはドワーフだけど国に属さないから一から接触をもたないといけないわね」
「ドワーフはドワーフ同士で繋ぎをつけるが良かろ、酒をつけての」
じぃじによるとドワーフには百万言を費やすより現物がいいらしい。鉄と酒に生きるドワーフに、現在のドワーフが作るドローンと私の
それならば、とカーライル王国は一旦置いておき、工業都市のギルド長に宛てて、西のドワーフさんへの繋ぎの依頼と、それに付随して贈るお酒を送り、西のドワーフさんに見せるドローンのサンプルの提示をお願いすることにした。
◇
東の大陸に着いてグレイルはフィスリールの両親に連れられて魔導都市キースを訪れていた。街を通る人間にひっきりなしに挨拶を受ける状況に戸惑いながらも、人間の街であるにも関わらず異臭のカケラもしない綺麗な街並みに驚いていた。
「フィスは優しいから……」
王宮の使者と魔導製品の普及に関しての会合を持つため、商業都市カサンドラに向かった道中、人間の権力者が、こんな片田舎の山間の街の開発など後回しにするだろうと判断するや否や、わざわざ立ち寄り真っ先に魔導製品の供与をしたという。
「あの頃フィスはまだほんの二十歳で、心配で仕方なかったよ」
「お義父さんが甘やかすからです」
二十歳の孫娘を甘やかした結果が、自分の事ではなく他人の、それも人間の街の浄化であったことに、グレイルは衝撃を受けていた。それから二十年かけてドワーフ向けの
街のはずれにあるというそのウイスキーの酒蔵に向かう
「エルフの里のすぐそばで、疫病や木の伐採で起こる土砂崩れや鉄砲水で人間が死ぬのは嫌だってフィスは言うのよ?」
フィスリールに似た顔を困ったようにさせたユミールさんに、ライルさんが笑って言う。
「すぐそばでも、それこそ海を隔てた西の大陸でも、嫌なようだけどね」
やがて、ドワーフとの友好の証とも言えるウイスキーの酒蔵に着くと、精霊により完全に制御された気温と湿度の中で、ひっそりと佇む酒樽が整然と並べられた様子が見えた。
エルフの森中で泥炭を選定したり東の穀倉地帯までついていってウイスキー向けの野生酵母を探し出したりと大変だったと言いながら、幸せな日々を思い出すように頬を緩めるカイル。
奥の部屋には、あの偏屈なドワーフたちがウイスキーの返礼としてこぞって競い合ったという、フィスリールに向けた繊細な銀細工が飾られていた。
「あの子が珍しく漏らした純粋に自分のためだけの願望を叶えるために、お義父さんは手段を選ぶつもりはさらさらなかったわ」
仲が良ければ一流ドワーフさんに銀細工を頼んでみたかった。
それを聞いたフィスリールの祖父は、孫娘にはおくびにも出さずにドワーフめに何がなんでも孫娘に似合う銀細工を作らせると鼻息を荒くしていたという。
「まあ、ドワーフと友好関係を結ぶためだけに、ウイスキーを二十年も掛けて生み出した手間暇を考えれば、ささやか過ぎる願いだったけどね」
ドワーフは、排ガス処理装置に込められた娘の
「突拍子もないことばかりする娘だけど、とても心優しい子なんだ。どうか守ってやって欲しい」
そういうライルに、真剣な顔で頷くグレイルだった。
◇
「ユミール、フィスちゃんの齢に近い男の子が来ているんだって?」
当然の事ながら、里の女衆にはグレイルがフィスリールに恋心を抱いている事など丸わかりであった。わかっていないのは当のフィスリール本人のみであったが、誰も教える事はしなかった。なぜなら、
「セイルちゃんと西の大陸から
こんな面白い状況をぶち壊すエルフの女性はいなかった。セイルの里ではこうはいかないが、フィスリールの里ではより良い縁談が望めるのなら、それに越したことはない。
またグレイルの、歳の割にわかりやすい態度も好印象を与えた。あれなら、死んでもフィスリールに危惧を加える事はあるまい。
「さあ? フィスはあれだけわかりやすい好意を向けられても気がついていないし、どうなることやら……」
一見、興味なさげに答えるユミールも、我が娘のことながら年若い二人の男子の間で揺れ動く乙女心などという、エルフでは
そして、それは
「もう無理! 聞いてよ!」
フィスリールがしてきたことを見せて
そばにライルがいたら、ついにこうなったかと眉間に手を当てていただろう。エルフの女性の噂は千里を走る。セイルの里にこの状況が伝わるのは時間の問題だった。
◇
同じ頃、西の大陸でもう一人の年若い男子であるドイルは、コルティール婆さんに不平をぶちまけていた。
「グレイルばかりずるいよ。俺だって可愛いフィスリールちゃんに会いたかったのに」
南の港町から呼び戻されたドイルは、幼い女の子が実在し、約定の映像から飛び切り可愛い子であることを後から知ったのだ。グレイルが七十歳、ドイルが六十五歳、そしてフィスリールが四十歳であればドイルも候補の資格があるのだ。
しかし、フィスリールが碧眼の瞳を持つハイエルフの先祖返りであることから、釣り合いを取るために同じ碧眼の瞳を持つグレイルにお鉢が巡ることは必然であった。ただし、それも本人同士の感情の問題もあるので絶対ではない。
「そうさな。しかし一度に二人も虎の子の若い男子を外に出せんわ」
「婆さん……」
友好関係を結んだと言っても、大陸間の海上を横断して往復するのだ。豪胆な性格のコルティール婆をしても、リスクヘッジのために一つの
ぞんざいに扱って見えても、コルティール婆にとっては二人とも可愛い里の子に違いはなかった。ずいぶんと思い切ったというカイルの言葉の通り、グレイルを東の大陸に送り出したのは、大空を舞う精霊の舞台から飛び降りるような思いの決断だったのだ。
そんなコルティール婆さんの心持ちを感じ取ったドイルは、照れくささを隠すように話を続ける。
「婆さんもその子に会ったんだろ? どんな子だったんだ?」
「そうさの。心優しいままに、どこまでも目的に向かって突き進む危うさを持つ稀有な魂の持ち主よ」
そう答えるとドイルの方を向き直り、木剣を放り構えさせた。
「じゃから、かの
そう言い放つと、コルティール婆はドイルが今まで体験しこともないような苛烈な剣の稽古をつけはじめた。
カイルは当然のことコルティール婆も、四十という年齢らしからぬフィスリールに唯一大きく欠ける点を看破していた。すなわち、もし愚かな人間が道を誤ったとき、非情に徹することはおそらくできないということに。
そんなフィスリールに代わって非情の剣となれることが、
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