第27話 魔導工学の伝承

 コルティールお婆ちゃんは、しばらくじぃじと互いに目を合わせていたかと思うと、今度は喉を潤すようにお茶を啜り何かを考えるように目を細めた。そうしてしばらく時間が経過した後、考えがまとまったのか私の方を向いて問う。


「嬢ちゃんはどう思っているんだい?」

「短命種であるがゆえに今は愚かな行動を取る人間も、いずれは外部知識という技術的な補助で集団知識を継承できるようになります。それまでは、傲慢かもしれないけれど、長命種であるエルフが人間を持続可能な文明へと導いてあげることで、安定した社会を築けると思うの」


 でも私はじぃじやお婆ちゃんと違って、見ての通り幼い子供でしかなく出来ることどころか思いつくことすら限られている。だから——


「西の大陸のエルフにも、この大陸の人間を導くために協力してもらいたいです!」


 そう言って頭を下げた。それを見たコルティールお婆ちゃんは、天を仰いで目を覆いながら声を漏らす。


「カイルにファールさんや、あんたらの孫娘は吃驚びっくり箱さね」


 じぃじとばぁばは顔を見合わせると、満面の笑みを浮かべて揃うように言った。


「「自慢の孫娘じゃ」よ」


 その後、魔導工学の伝承について西の大陸のエルフの長老会にかけることを約束すると、サンプルの魔導ユニットとお土産のウイスキーを手に、コルティールお婆ちゃんは帰っていった。


 ◇


 コルティールは魔導工学の伝承について是非をかけることを約束したが、長老会の答えは最初から承諾すると決まっていた。ゆえに、魔導ユニットの製作協力やそれに必要となる魔導工学の伝承について、深く議論されることはなかった。

 すなわち、本題はこうだ。


「どうじゃった、かの女子おなごは」

「とんでもない子さね」


 コルティール婆は、魔素エネルギーを利用した持続サイクルと人間の文明誘導の構想を話した。あの嬢ちゃんは、本気で地上に存在する全てのエルフ・人間・ドワーフの持続的な繁栄を目指して行動していると。


「無茶をするのう」

「その無茶を、東の大陸で四十にして形にしてみせたんだ」


 そう言ってカイルに渡された世界地図を放って見せた。そこには、各都市の魔導製品の普及率が書き込まれており、東の大陸は……ほぼ100%だった。西の大陸のムーンレイク王国とほぼ同規模の国に魔導製品を普及させきり、世界地図を作製して満を持して西の大陸にやって来たのだ。

 まったくフィスリールの目標はとてつもなく高く遠いが、


「ここまでみせられたら、わっちらもやってみせるしかないさね」


 あのカイルは、地図を渡してこう言っているのだ。わしらは幼子の理想を壊さずに支え切ってみせた。お主らは支え切れるのかと。

 しかも人間だけではない。港町ボルンを離発着する数多の精巧な魔導ドローンの量産に協力するほどドワーフの信任をも得ているのだと、ボルンの人間のしんエルフともとれる態度を思い出しながらコルティール婆はボルンの北側の庭園の様子を伝えた。


「気に入ったよ。正直、グレイルやドイルにくれてやるには上玉過ぎさね」


 対面で確認したフィスリールは、その外面や性格はもとより、挫折してなおくじけぬ強き精神こそが尊く美しかった。

 そうコルティールは締め括ると、お土産にもらってきたドワーフ向けのウイスキーの水割りが入ったグラスを傾ける。エルフが作るワインにはいまだ及ばないまでも、他の種族の為にここまでの完成度の酒を作り出してみせるフィスリールの優しさがそこには込められていた。


「このウイスキーという酒、四十の娘が二十年という半生をかけても到達し難い逸品いっぴんよのぅ」

「まったくドワーフにくれてやるには勿体ないわ」


 人間が作った大麦とエルフの森の恵み、そしてドワーフの協力により生まれたという三種族の協調の結晶ともいえるプレミアム・ナンバーズのブレンデッド・ウイスキーは、西の大陸のエルフの長老衆に感銘を与えるクオリティに昇華していた。

 この心意気に答えられずして融和はあるまい。そう結論付けると、長老衆は会合を閉じた。


 ◇


 あれからしばらくして西の大陸のエルフから協力する書簡が届けられた。書簡を届けに来てくれたテイルさんは、とても物腰の柔らかく親しみやすい男性エルフで、西の大陸のエルフのことやムーンレイク王国以外の人間の国、そして争いを避けるように移動したドワーフ自治区など、色々なことを教えてくれた。


「フィスちゃんは、ムーンレイク王国が受け入れを断ったらどうするつもりだったんだい?」


 私は、東の大陸での魔導製品を採用したブレイズ王国と、断ったガンドゥム王国の闘争の歴史とその成り行き、そしてその時に感じたこと、もう惑わないと誓うように決意した人間を誘導することにより生じる結果への責任を話して聞かせた。


「今の王様で駄目なら次の王様、今の王朝で駄目なら次の王朝。私は何度でも人間さんに働きかけるわ」


 エルフからすれば近い未来に、私がもたらした魔導製品のせいで、西の大陸の人間の国が東の大陸の人間の国を滅すのを見るのは忍びない——


 それを聞いたテイルさんは少し驚いたように目を見張ったかと思うと、フィスちゃんはとても頑張って来たんだねと、はにかむように微笑を浮かべながら、頭を撫でてくれた。私は嬉しくなってお願いした。


「テイルお兄ちゃんって呼んでいいですか?」

「もちろんだよ。何かあったらいつでもお兄ちゃんに相談しにおいで」


 その後、じぃじと何人かの大人のエルフを里に遣わし、魔導工学の伝承を推進する段取りをつけると、テイルお兄ちゃんは私が魔導レンジで焼いてみせたクッキーを手土産に北の里に戻っていった。


 ◇


 里に戻ったテイルはコルティール婆に今後の段取りについて報告をしたあと、フィスリールについての所感を話した。


「テイルとしては、いまのグレイルには、とてもフィスちゃんは任せられないな!」

「やっぱりそう思うかい」


 同じようにお婆ちゃん呼びされたコルティール婆は訳知り顔で答えた。手土産に渡されたクッキーを食べながら、テイルは言う。


「ミシェール以上に心優しい風情でいて、それを裏切るような目的に向かって邁進まいしんするあのしんの強さ……」


 真剣にこちらを見つめる碧眼の瞳からは、幼子特有の隠しようのない真心からの想いが伝わっていたのだ。テイルはお手上げとばかりに手をあげて言う。


「あの子の相方パートナーを務めさせるのなら、小手先の対応を教えても釣り合いませんよ。コルティールさん」


 今まで気楽に生きてきたグレイルやドイルとはが違い過ぎた。コルティール婆は「わかった」と言葉短く答え、今後の教育についてしばらく考えると、一つの結論を出した。


「可愛い子には旅をさせよ、ということかね」


 そう言って東の方向を遠く見つめるコルティール婆に、テイルは小さく頷いた。


 ◇


 魔導工学の伝承にあたり、交換留学というわけではないが交流もかねてグレイルさんが東の大陸のエルフの里に来ることになった。

 じぃじはコルティールお婆ちゃんに連れられるようにして庭園に来たグレイルさんの姿をちらと見たあと、コルティールお婆ちゃんに探るような目を向けたが、


「ちぃとばかり、嬢ちゃんが成した事をみせてやっとくれ」


 そのコルティールお婆ちゃんの一言で、何かを納得したように感嘆の声を上げた。


「ずいぶんと思い切ったのぅ」

「ふん、東でもさぞ苦労しておろうに」

「……まあ、そうじゃの」


 そう短く答えたじぃじに、そんなにみんなに苦労をかけていたのかしらとシュンと申し訳なくしていると、それに気がついたじぃじとコルティールお婆ちゃんは揃える様に慰めの言葉をかけてくる。


「フィスは、なぁんにも悪くないぞい!」

「そうじゃ、此方こちらが至らぬだけさね!」


 本当にそうかしら? とにかく、問題なく魔導工学の伝承とエルフ同士の交流が進むということだろうと気を取り直した私は、あらためてグレイルさんに挨拶する。


「これからよろしくね! グレイルさん!」

「あぁ、俺のことはグレイルって呼び捨てにしてくれ」

「わかったわ、私のこともフィスって呼んでね!」


 そう言って握手をして笑いかけると、少し戸惑い気味にしていたが、やがて笑いかえすようにして、わかったよフィスと返してくれた。

 こうして、エルフ同士の交流にもとづく魔導工学の伝承が進み、懸案の需給バランス改善への目途がついたのだった。

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