第30話 それぞれの飛躍の予感
西の大陸で人間とエルフとドワーフの協力を取り付けることができ、西の大陸における魔導製品の地産地消に目処が付いた。これにより、港町ボルンに常駐気味だったフィスリールは、いったん東の大陸のエルフの里に戻る。
そして、それと入れ替わるようにして西の大陸にグレイルが戻ってきた。久しぶりにグレイルにあったコルティール婆は、帰ってきたグレイルを見ると、その変化に気がつく。
「ふん、少しはマシな
内心の嬉しさを隠してグレイルに話しかけると、グレイルはコルティール婆さんに語り始めた。
「フィスは二十歳の幼い頃から自分のことそっちのけで人間やドワーフの為に心血を注いでいた」
西の大陸から東の大陸に渡る前のグレイルからは想像もつかないほど真剣な表情で、東の大陸で見たフィスリールがしてきた成果をコルティール婆に話すグレイルは、自分を振り返るようにして続ける。
「それに比べれば、俺は七十まで、ちゃらんぽらんに生きてきただけだった」
(ありゃりゃ、こりゃ薬が強過ぎたかね)
コルティール婆は、グレイルが平均的なエルフと比べて自堕落に過ごしてきたわけではないことを長いエルフ生による経験からわかっている。だが、百歳にも満たないグレイルにフィスリールの高密度のエルフ生はショック療法に過ぎたのかもしれない。
隣で聞いていたドイルも、久しぶりに会った親友の消沈し切った様子と、フィスリールが東の大陸で残したという成果に、戸惑いを隠せないでいるようだった。
仕方ないねぇとコルティール婆は溜息をつきながらつげた。
「フィスリール、あの子は早熟な子さね」
あの年齢で、自らの至らなさを認めながら、他者に協力を求めることで足りないものを補い、目的に向かって
コルティールから見ても、まるで短命種の人間のような早送りの成長振りなのだ。
「グレイルもドイルも、わっちが教えてきた、今はもう大人となった子たちとそう変わらん。だから、千年と言わず数百年もしないうちに、フィスリールと同じ次元でものを考えたり行動できたりするようになるさね」
「でも、どうしたらフィスに見合うようになれるのかわからないんだ」
そう言って捨てられた子犬のような目を向けるグレイルに喝を入れた。
「馬鹿だね。あの子が成してきたことを見てきたなら、わかるはずだよ! フィスリールは、優しすぎる。あの子が、もし剥き出しの人間の悪意に晒されたらどうなるか、その時、お前がどう動くべきかだけを考えるんだね」
そう言ってコルティール婆はグレイルに木剣を投げてよこした。ハッとするように顔を上げたグレイルに、ようやく理解の色を見たコルティール婆は言い渡す。
「考えてもわからないうちは難しいことはあの子に任せて、お前たちはひたすら鍛錬を積んでおきな! それが、あの子を守る盾となり剣となる」
至らぬうちは長じたエルフのように一人で完結する必要はない。二人で一つ、それが
「最初からこの婆のようだったら、番う気にもならんじゃろ」
そうコルティール婆はグレイルとドイルを見ながら冗談めかして言う。それを聞いたグレイルとドイルはようやく調子を取り戻したように
「あたりまえだぜ」
「婆さん相手じゃ頑張れねぇわ」
「
そうして笑いながら稽古を始めるコルティール婆だった。
◇
同じ頃、東のエルフの長老会で、カイルが西の大陸での成果を報告していた。
「では、西の大陸でもエルフとドワーフと人間の協調関係に目処が付いたのじゃな」
「早いのう、もう数百年ほどかけても遅くはなかろう?」
「そうじゃが、孫娘が未成年のうちでないと円滑に進まないこともあろうて」
年齢を重ねればエルフ同士やドワーフとの信頼を得るのが難しくなる。なぜなら長じた者同士では、腹の底から割った話はできなくなるからだ。
「しかし西のエルフが若い男子を送ってくるとは思わんかったぞい」
「一時はシリルの里のものは気が気ではなかったようじゃが」
実際には、グレイルがフィスリールの成果に圧倒されて何も進まなかった。
「孫娘に正面切って接近できるほど精神的に成長しとらんからの」
先方の思惑がフィスリールにあろうと、発破をかけねば始まらんじゃろうて。その点、セイルは、フィスリールの良い点も悪い点もわかっとるからの。あとはどれだけ強くなれるかじゃろうて。
そう言うカイルに、シリルは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
「気楽に言ってくれるのぅ。もう恋の三角関係がとヒートアップして大変じゃったわい」
そう言うシリルに長老衆は笑いながら話す。
「成長するには、たまには刺激も必要じゃろうて」
「そうじゃの。向こうは七十歳と六十五歳の男子がおるのじゃろ?」
「二人で切磋琢磨できる分、こちらもライバル意識を利用させてもらわんとのぅ」
若葉が四枚、互いに影響しながら成長できるなど、エルフの出生率からすれば贅沢な話だ。そういう意味では、東のエルフと西のエルフが早期に交友関係を持てたことは、中長期的に見ればスケールメリットとして得られるものは大きい。
欲を言えばもう一人くらい女子が生まれていればバランスが取れたが、それはエルフの小子の歴史からすれば贅沢な悩みだった。
「次は、さらに西のカーライル王国に接触をはかるのか?」
「まだ当分はムーンレイク王国の需要を満たすだけで精一杯じゃろう」
「では、しばらくは、そう大精霊の儀式までカイルの孫娘には時間ができよう」
「カイルもようやく骨休みできそうじゃの」
「骨休みか。そのようなもの要らんのう」
孫娘との時間が骨休みそのものよ。そう答えるカイルは好々爺の爺そのものだった。
◇
東のドワーフである工業都市のギルド長グスタフは、西のドワーフのギルド長が送ってきたドローンに使われる複合材料に舌を巻いていた。東のドワーフが機構部品を得意とするのに対し、西のドワーフは材料知識に一日の長があったのだ。
そのように実際には互いの腕を認めながらも、譲れぬものがあった。それが、プレミアム・ナンバーズの決定権だ。
「正直、嬢ちゃんの為に煽り過ぎたことは認めよう」
そう、だとしてもだ。
「東の不戦勝とは聞き捨てならんな」
前回優勝者であるゲオルグ老が不敵に笑いながら言う。だがドワーフにとって百万の言葉を弄するより、一つの作品、現物が物を言うのだ。
「見せつけてやろうではないか、東の一流ドワーフの銀細工の実力を」
数年後だというのに、もうこんなに競い合いたい。
ドワーフは鉄と酒において、飽くなき探求を止められない種族であった。一人より二人、二人より三人で競う方が、技術力が高まり、より研鑽を積める。一気にパイが倍以上に膨らむ品評会では、さらなる激戦が予想された。
しかしやめられない。
「それはそれとしてだ。ドローンも材料面でまだ改良の余地があろうとは、良い着眼点をもらった」
「倍以上に膨れた我らドワーフ、まだまだ技を磨けるな」
そう言って酒を酌み交わすギルド長とゲオルグ老は遥か遠い未来の高みを見据えていた。
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