第22話 西の大陸の湊町
「おぬしら、しばらく東端と南端の港町に張り付け」
例の魔道具がどの方向から飛んで来たのか問い質したコルティール婆さんは南の方向から飛んで来たことを聞き、少し考えたかと思ったらそんなことを言う。
「はぁ? 無理に決まってんだろ。魚が腐った匂いで鼻が曲がっちまうぜ」
「まったくだ。冗談はフォレストマッドベアーにでも言ってろ、婆さん」
「もっと穏やかな口調にせんかい! いいかい、今から見本を見せてやるから真似をしなッ!」
口を揃えてぞんざいに言い放った二人の頭をポカリと叩いたコルティール婆さんは、隣の男に顎で見本を促した。隣の長じたエルフ男性は、極めて自然な所作でコルティール婆さんの手を取り、婆さんの目を覗き込むようにして
「わかったよ。
それを聞いたグレイルとドイルは反射的にブフゥ! と吹き出したかと思うと、腹を抱えて笑いながら言い放った。
「「無理無理無理ィー!」」
「そう言わずに真面目に身につけた方がいいと思うけどなぁ。その子、あの、おっとりミシェールに比肩するほど優しいんだろ? 君ら、四十のミシェールが目の前に居たらどうするんだい?」
長老会の老エルフ達から再教育要員として派遣されたテイルは、おどけたように肩をすくめて言う。
グレイルとドイルは、ポプリ作りが好きな天然お姉さん然としたミシェールを思い出すと、ブンブンと首を振って答える。
「どうしていいかわからん!」
「婆さんの対極に位置する
そう言って互いに顔を見合わせるグレイルとドイルに、ため息をつきながらコルティール婆さんは突拍子もないことを告げた。
「その子がひょっこり湊町に姿を現すかもしれないんだよ」
南からあの位置に飛んできたと言うことは、人間の街道に沿って北上したと推測できる。だとすれば初めは人間の街を観察していたということだ。そして、どこかの
そんな予測を聞いた二人は、感心するように言った。
「さすが里の倉庫番」
「つまみ食いしたらバレるわけだ」
「わかったら無駄口叩いてないでさっさと行きな!」
コルティール婆さんに追い立てられるようにしてグレイルは東の湊町に、ドイルは南の湊町に向かうことになった。
◇
「というわけで、南東にある湊町に行こうと思うの」
あれから魔石を積載した予備の魔導飛行機を複数飛ばしたり海上に点在する島に補給基地を設置たりして簡易物流網を敷設していたフィスリールに、遂に言い出したかと一度だけ思い留まらせてみる。
「そんなに急ぐこともないと思うのじゃがのぅ」
具体的にはあと数百年くらい。そう付け加えたわしに、最初は人間の国の様子だけでも方向性を決めたいという。
「南には人間しか住んでいないから大丈夫よ!」
「そうかのぅ。嫌な予感がするんじゃが……」
同等の
「じぃじとばぁば、それにライルも一緒が条件じゃ」
「ありがとう! じぃじ大好き」
本当に仕方ないのうと、無邪気に笑う孫娘にカイルは目を細めた。
◇
心配そうに三人を見送るユミールを後に、途中に点在する中規模の島に降り立ったフィスリールは、魔導配達ドローンで構築した簡易物流をカイルに紹介していた。
今までと違って金属製のメカメカしい筐体をしたドローンは、中継する島々をバケツリレー式に受け渡することで、一メートル四方で統一された小箱を運んでいる。これにより島に設営した簡易ロッジは、それなりの生活ができるようになっていた。
「このドローンという魔道具はドワーフどもに作らせたのかのぅ」
「木製の見本と図面を送ってお願いしたら作ってくれたわ」
これにより魔導制御ユニットと魔導動力ユニットを除いた筐体の量産が可能になり、点在する島々を中継点とした大陸間物流網の構築に目処がついたのだとか。
「大きなものや重いものは運べないけれど、部品に分解できるものや魔導ユニット程度なら運べるわ」
「なるほどのぅ。それにしてもドワーフが作った筐体や機構はさすがに良くできとるわい」
最初に持ち込んだ見本やフィスリールが提示したベアリングやギア、スプリングなどのアイデアを元に、あれこれと改良されたドローンは、プロペラや足を折り畳む機構や雨天を考慮したシャッター機構を備えており、原型をとどめていなかった。空飛ぶ機構物は、ものづくりを営むドワーフにとって格好の玩具になっていたのだ。何より、
「この運搬能力で離着陸時に無衝撃なら、酒瓶でも運べるのぅ」
というのが要求性能だった。
西の大陸の市場でこちらの大陸では珍しいものがあったら、大型船の建造を待たずして大陸間貿易できそうな気がするのだけれど、依然として魔石を要する魔導製品を供与できるほど人間を信用することはできない。人間の需要は人間で満たすが良かろうというカイルの以前のアドバイスを思い出し、大陸の存在を教えるだけでよいと判断した。
◇
「こんにちは、人間さん」
鈴を転がすような澄んだ声が、目の前の碧眼の瞳に紫がかった銀の髪をした美しい少女から門番の耳に届いた。入港許可証も街への通行証も持っていなかったフィスリールたちは、港ではなく街道沿いで降り立ち、魔導馬車を組み立てて街道を引き返し、港町の門に来たのだった。
はじめて人間の街を訪れた時と違い、フィスリールも戦時魔力展開による強力な精霊の守りを得ていたので、カイルとファールによる過剰な圧迫がない分、緊張感は生まれなかったはずだ。
しかし、どういうわけか門番は目の前の非現実的な光景に目をパチクリとさせている。
「湊町に入るのには、何か必要なものはありますか?」
続けて発せられた質問にようやく我に返った門番は、同じ国の中で人間の街に出入りするのに通行証や通行料などは必要ないそうだ。どうやら言は同じと気を良くしたフィスリールは、ついでに国や湊町の名前や商業ギルドの有無など、一通りのことを教えてもらった。
どうやらほとんど文化に違いはない事を知り、ありがとうと門番にお礼をすると、フィスリール一行は門を通り街の中に入って行った。
「あのエルフが人間の街に来るなんてどうなっているんだ……」
東の大陸との違いは西の大陸ではエルフによる蹂躙から復興してそれほど間もないという状況の違いだったが、うめくようにして出た門番の
西の大陸でも同様に、人間はエルフに対して短命種故の過ちを繰り返していたのだ。
◇
商業ギルドの仕組みがほとんど変わらないことを知り、フィスリール一行はいつものようにフォレストマッドベアーやディープフォレストウルフといった毛皮を換金するついでに、フィスリール商会の登録をしていた。
「主要な商品は、魔導製品、毛皮、酒と」
「この魔導製品というのはなんでしょうか?」
そう問いただすギルド職員に、簡単に魔力を使って動く道具と話すと、「ああ魔道具ですね」と言われた。どうやら、こちらでは魔道具という名前になるらしい。少しニュアンスが違うけれど、どうでも良いわね。そう思ったフィスリールは、魔道具と記載を追記した。
これで一応は魔導製品を流通させる体裁は整ったけれど、今回は持ってきていないから後日として、市場でも見にいきましょう。
そう言って商業ギルドを出たフィスリールの瞳に、かつて偵察飛行機を通して見た金髪碧眼のエルフの男性が映り込んだ。
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