第23話 ボーイ・ミーツ・ガール
昨日まで感じられなかった大きな精霊の気配に、グレイルは訝しげに足跡を辿って商業ギルドまでくると、目の前の入り口から美しい少女のエルフが飛び出してくるのが見えた。
陽光を反射して艶やかに煌めく腰まで届く紫銀の髪、そして自分と同じ碧眼の瞳をくるくるとさせて踊るようにステップを踏む女の子の仕草の端々から、里の長じた女性からはついぞ感じられない若葉が萌え出るような躍動感を感じる。
「か、可愛い……」
少女はこちらに気が付いたのか、その美しい碧眼の瞳を見開くと、身を固くさせて奥に引っ込んだ。思わず我を忘れて少女の後を追いかけようと踏み出したその瞬間、突然、冬の湖に放り込まれたような
里の長老たちのような威圧感を醸し出す金髪碧眼のエルフと、それに負けず劣らずの同じ碧眼をした女エルフが姿を見せたかと思うと、風と火の大精霊の精霊力を全開にして、先ほどの少女を庇うように前に出る。
それに続けて、緑の瞳の長じたエルフが前に飛び出してきたかと思うと、いつ抜剣したのか魔法のように右手に抜き身の剣が握られ、その剣先はこちらを向いていた。
「なんじゃ、
「じぃじ! 私の飛行機に砲撃してきたエルフだわ!」
拍子抜けとばかりに殺気を引っ込めた長老のような風格を持つエルフは、続けて発せられた少女の言葉に、先ほどのそれが生ぬるいと思えるほどの苛烈な殺気を向けてきた。
抜剣した男からも里の剣聖級のような鋭い剣気が吹き付け、グレイルは幾度となく切り捨てられる自分を幻視する。
「ま、魔獣かと思って。ごめんなさい!」
「カイル、ライル。大人気ないわよ」
エルフの女性に
「それで? 人里まで追ってくるとはどういう了見じゃ」
グレイルは目の前のエルフの男からコルティール婆さんと同じ老成した叡智を感じ取ると、隠し事は無意味と悟り洗いざらいを話した。
「なるほどのぅ……こちらのエルフも悩みは同じというわけじゃ」
一切の偽りなしを看破したのか、緊張を解いた老エルフは思い出したように名乗り始めた。
「わしはカイル、こちらが嫁のファール、そして息子のライルに孫娘のフィスリールじゃ」
「俺は北の森のエルフの里のグレイルです」
場の緊張が解けた事を感じたのか、先ほどの少女が祖父と祖母の後ろからぴょこりと顔を出すと、鈴の音を転がすかのような声で訊ねてくる。
「もう砲撃したりしない?」
「し、しない! 絶対だ!」
慌てて
やばい、ドキドキがとまらねぇ!
「えっと、私の方こそごめんね。この大陸が安全かわからなくて……」
そしてふと気がついたように腰のポシェットからリボンで結ばれた包みを取り出すと、俺の手をとり、そっと
「私が作ったクッキーなの。よかったら食べてね!」
「あ、ありがとう」
顔が赤くなってどうにかなってしまいそうだが、かろうじて声を捻り出した。
「私たちは海を超えた別の大陸から来たんだけど、この大陸のエルフと争うつもりはないから、仲良くしてね」
「わ、わかった。超仲良くする!」
壊れた玩具のように首を縦に振る俺に満足したのか、安心した笑顔を見せると、市場を見て帰るからと、またね、と手を振って去っていった。
グレイルはその後ろ姿をいつまでも見送っていた。
◇
「わかりやすいやつじゃったのぅ」
「私たちの孫娘を見れば当然よ」
とりあえず現地のエルフと争いは避けられそうと胸を撫で下ろした。じぃじやばぁばの様子を見るに、差し迫った危険はなさそうだ。
「問題なく交友が持てそうでよかったわね!」
「問題……なさすぎたね」
「パパ! 問題ないことはいい事だわ」
「ははは、そうだね……」
と答えつつも、困ったようにカイルとファールの方を見るライル。カイルとファールはライルに首を振った。どうやら自覚はさせない方がいいらしい。
こんな状況、ユミールが来ていたらその日のうちに里の女衆に知れ渡っていたと冷や汗をかくライルだった。
◇
東の港町に貼り付かせていたはずのグレイルが戻って来たかと思うと、包みを眺めながらぼーっとしているという。一体何をさせたのかとグレイルの祖父母と両親に詰め寄られたコルティール婆はグレイルの部屋を訪れていた。
「邪魔するよ! ……って、どうしたんじゃ?」
バンッと勢いよく扉を開けると、可愛いリボンの付いた包みを掌の上に乗せて上気したような表情でそれを眺めている
近づいて、胸倉をつかんで往復ビンタをかますと、ハッとしたような顔をして、
「なんだ、婆さんか。どうしたんだ?」
たった今、コルティール婆に気が付いたような声をだした。こやつ……言いつけを忘れて遊び
「例の
「あ、会えた! すっげぇ可愛いの!」
そこからグレイルの怒涛の演説が始まった。突然にして元気な声が聞こえだした様子に、祖父母や両親も何事かと扉から部屋の様子をのぞく。
フィスリールが如何に可憐で、くるくると変わる表情が可愛くて、吸い込まれるような碧眼の瞳が美しくて、煌めくような紫の髪から薫る香りがいい匂いで、鈴の音を転がすような可愛らしい声で、すごく優しい子なんだと、リボンで包装されたクッキーを手渡す様をして、仲良くしてねと、リプレイして見せた。
(こやつ、幻術でもかけられとるんじゃなかろうな)
そう思って肩に手をかけて体内の魔力を探るも全く正常で操られた痕跡は見当たらなかったが、
「俺、いや僕はフィスリールと出会うために生まれてきたんだ」
と、胸に手を当てて陶然と天を仰ぐグレイルを見ると、この歳にしてはじめて自分の診断に自信が持てなくなった。なにが
なぜ、あのときテイルの
すると、長老級の魔力を持ち風と火の大精霊を侍らせる碧眼の瞳を持つ祖父母に、剣聖級の剣気を感じさせる父親が付いていたとか。そういえばと、少女自身も戦時級魔力を平然と維持し、ほぼ均等の六属性の中級精霊を従えていたそうだ。
なお、長老級の風格を感じさせる男のエルフは、コルティールと同じ老成した叡智を感じ、次のようなことをつぶやいていたという。
「こちらのエルフも悩みは同じ」
そんなことを話していた様子や会話のやり取りの一部始終を聞くと、コルティール婆は手を口に添えて少し考え、舞い上がっているグレイルに告げた。
「なるほど……の。その
その言葉に
「おぬしも、その
じゃから
◇
「そうか、敵意はないわけじゃな」
わざわざ大事な孫娘をグレイルに直接接触させて返したのは、こちらに対するメッセージだ。未熟なエルフは長じたエルフのように完全に感情を隠すことはできない。長老級というエルフにはグレイルのような
逆にあちらからこちらに対して隔意のない腹の内を見せるには、グレイル以上に未熟な孫娘を通して敵意がないことを伝えるしか方法はなかった。長じたエルフ同士ではどこまで行っても平行線だからだ。そして——
「どうやら孫娘が欲しくば、相応の男子を見せよということらしいの」
コルティール婆に匹敵する叡智を感じさせる者が、わざわざ子供が少ない状況を未熟なグレイルに示しつつ、孫娘の名前を告げたのだ。可能性がなければ迂闊に孫娘をグレイルに近づけさせなることなどしない。
逆に長老級の碧眼の瞳を持つものが二人も居ながらグレイルを確保することもなく、こちらに無事に帰したのだ。つまり、既に
その相反するような二つのことから導き出されるのは、現状の候補に満足しているわけではないが、積極的にグレイルを孫娘に宛がうことができない立場にあることを暗に示している。
「それほどか、グレイルが
「齢四十にして、戦時級魔力を常時維持する完全な六属性のハイエルフじゃ」
三十歳の差がある現時点のグレイルでも釣り合わぬと、吐き捨てるようにいうコルティール婆。
「どうやら
「いや、そうでもないようじゃぞ? グレイルはなぜ僕はテイルの教えを真面目に聞かなかったのかと、ぬかしおったわ」
存外、役立つかもしれん。そういったコルティール婆に長老衆は含み笑うようにして結論を付けた。
「では、娘の気を引くためにテイルに教えを請いつつ、鬼特訓に放り込む、で決まりじゃの」
「「「異議なし——」」」
こうして西の大陸のエルフの長老会は会合を閉じた。
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