ドワーフとの関係構築
第11話 ウイスキーの完成
商業都市カサンドラにはじめて訪れて市場で大麦を見つけてから、いつかドワーフへの手土産代わりにと少しずつ研究を続けていた酒造が一定の成果を見せるようになっていた。
酒造を研究しはじめた頃、じぃじやパパには酒なら山葡萄のオールドビンデージワインで良かろうと言われた。「そうなの?」と問うと、悠久の時を生きるエルフならではの秘蔵のワインを味見させてくれた。あのときは本当に心が折れそうになったが、エルフという種族の舌に合うものはこれ以上のものを望めなくとも、ドワーフには合うのかしら?
それを聞いたじぃじは、私の目的に気がついて、昔を思い出したのか顔を顰めるように言った。
「あやつらにワインの味などわからんわ。エールのようにジョッキで口に流し込んで、水のようだと言っておったわ」
つまり酒精が足りないのだろう。それを聞いてからアルコール度数が高いウイスキーを作ることを決めていた。
初期段階では、大麦を糖化させるのに必要となる発芽で生み出される酵素を得るため、大麦を水に浸して浸漬して発芽を促し、酵素が失われる前に乾燥させる最適なタイミングを探った。成長し過ぎると酵素が失われるからだが、エルフにとって植物の成長具合をはかることほど簡単なことはなかった。精霊に聞けば、気温や湿度などの季節要因に関わりなく、常に同じ成長具合を伝えてくれるからだ。
乾燥する段階で
焙燥後、乾燥させた大麦を細かく砕いて
この発酵に用いるウイスキー向けの野生酵母を探すのに苦労した。エルフの森付近では適当な酵母を発見できなかったので、結局、商業都市カサンドラの東に広がる穀倉地帯まで足を伸ばし、大麦畑で発見した野生酵母を培養して使用するまで十年の時が経過していた。
酵母菌を加えて二、三日発酵させてアルコールを含むモロミができた後、通常は蒸留して原酒を取り出すことになるが、ドワーフ向けの高いアルコール度にするために風味が飛ぶのも味気ないと思い、酒精の強いアルコール度数でも風味が残るよう魔導蒸留器を開発した。ただ、エルフの舌では正直言って違いがわからなかったので、アルコール度数が高くなるほど風味が飛ぶように調整した魔導蒸留器でも蒸留し、あとでヴァッティング・ブレンディングして調整が効くようにいくつかのパターンで取り出し、エルフの森の特定区域に群生しているオーク木に似た木で作った樽に詰めた。その後、棚に横倒しとした樽を保存する蔵は、専用の魔導空調機により温度15度程度、水の精霊への働きかけで湿度70%程度を維持するようにして、ウイスキーを熟成させた。
酵母探しで時間を取られてしまったけれど、あれから十年が経過して基本的な熟成期間を確保することができ、十年もののウイスキーが出来上がってきていた。天使の分け前で8割ほどに減った樽から容器に取り出しカップに注いでチビチビと舐めるように味見していたフィスリールは、突然ガバッと顔を上げたかと思うと開口一番こう叫んだ。
「よぉーし! わからないわぁ!」
アルコールに弱いフィスリールにウイスキーのテイスティングは荷が重すぎた。というか飲んでは駄目だったのだ。妙なテンションでケラケラ笑いながら帰ってきたフィスリールを見て、母親のユミールは目を吊り上げて叱った。
「フィスは大人になるまでお酒禁止よ!」
◇
なんということでしょう、あと十年はお酒を禁止されてしまったわ!
翌朝、我をとり戻したフィスリールは頭を抱えた。なんとなくそれっぽいのは出来た気がするのだけれど、自分では出来が全くわからない。アルコール濃度だけは製造過程で作った魔導機で正確にわかったけど、ヴァッティング・ブレンディングで調整するどころじゃないわ。
「そうよ! ストレートで飲もうとするのが間違いだったのよ。水割りならそれなりに飲めるのではないかしら」
でも禁止されてしまったし、ここは協力者を募るしかないわね。でも当初の目的に立ちかえると、ドワーフに合うように調整しなくてはならないのだから、協力者はドワーフそのものが望ましいわ。でもどうしたらドワーフの協力を得られるのかしら。
「じぃじ、ドワーフ向けの酒を作ってみたのだけど、私では味がわからないの」
その翌日、困った時の知恵袋とばかりにじぃじに相談するフィスリールの姿があった。
「どれ、酒ならばこのじぃじが味見してやろう」
先日容器に取り分けたウイスキーをカップに注いで渡したところ…ブフォッ! っとじぃじが咽せた。あっ! とばかりに先ほど考えていたことを思い出し、水割りしたものを渡した。水割りウイスキーで、一応、香りや風味はわかったのか、じぃじは顎に手を当てて考え込んだ。
じぃじが考え込むなんて珍しいわ。そう思って祖父のカイルを大人しく見つめていると、やがて結論が出たのか、長老会に話を持っていくので、酒造記録と酒を少し取り分けてくれと言付けられた。幾千年の試行錯誤をしたエルフのワインに比べれば荒削りだけど、同じ年月を掛ければ全く新しい方向に完成する可能性を秘めていることは保証するそうだ。
「ところでドワーフには何を望んでおるのじゃ?」
「はじめは川に鉱毒を流すのをやめてもらったり、人間のお酒に釣られて考えなく大量破壊兵器の開発なんかをしたりしないようにお願いしようと考えていたけれど…」
統一国家が出来てドワーフが住む工業都市にも魔導浄水装置が普及した今となっては、それらは既に達成されていた。
次の段階として、人間社会が近代的に安定したあと、今度は産業革命期のように人口が増えたり生産性が上がったりすることで、次第に需要が増していく鉄の影響が懸念事項にあがっていた。
魔導製品によって環境を保ったまま安定した人間社会では、人口は増え続けることだろう。やがては鉄を大量生産するようになり、その結果として大気汚染が起きるのだ。魔石を使った大出力の魔導製品の流通を制限しているため、鉄鉱石や金属を溶かすほどの熱を得る手段は、依然として木材や化石燃料を燃焼させるだけだった。仮に高出力製品を解禁するとしても、今すぐには魔導製鉄設備を実現はできない。だから、
「とりあえず魔導排ガス浄化装置を使ってもらって大気汚染をしないように協力してもらいたいわ」
人間の人口が増えて鉄鋼業の規模が拡大していくと、鉄鉱石や石炭に含まれる硫黄分を含む排ガスが大気に放出されることで、酸性雨が降るようになり、農作物に悪影響を与えたり森林をゆるやかに破壊したりしていく。気がついた時には、原因がわからないまま、エルフの森が禿げ上がっていてもおかしくない。常に無く発展を遂げた近未来の環境に与える影響をじぃじに伝え、今思いついたとばかりに、そしたらドワーフ向けに作ったウイスキーに使っているオーク材も枯れるし、泥炭や仕込みに使う水も汚染されて酒造もできなくなるわ! と冗談めかして付け加えた。
「なるほどのぅ」
「もっと仲が良ければ、人間たちが憧れるという一流ドワーフが作る女性向けの銀細工を頼んでみたかったけど、エルフとドワーフの距離感では無理なのでしょうね。ドワーフは難しいわ」
そう言って肩をすくめる孫娘の様子を見たカイルは、孫娘に次の試練の時がやってきたことを予見し、気を引き締めた。もう当分は落ち込んだ孫娘の姿を見るのは御免だったのだ。
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