第10話 人間を誘導する事の是非
「悪い子になってしまったのかしら」
自分達の寝室で泣き疲れた様に寝ていた娘を見つけたライルとユミールは翌朝フィスリールにどうしたのか訳を聞いたくと開口一番おかしな事を聞いた。
「ガンドゥム王国が滅びたらブレイズ王国が魔導製品を広めてくれるから都合が良いと一瞬でも考えてしまったの」
そういうと娘はホロリと碧眼の瞳から涙をこぼした。顔を見合わせたライルとユミールは、ついにこの日が来たかと互いに示し合わせた。
「遅かれ早かれ、ガンドゥム王国が滅びる事は、フィスとセイル以外の里の皆は初めから予想していたよ」
どういうことかと驚いた様に目を見開いて不思議そうに見つめてくる娘にライルは続けた。
「大人のエルフ達みんな、自分達が作った魔導製品がもたらす結果をわかっていたってことさ」
そしてそれこそが、里のエルフにとっての
「フィスは昔から人間を良い方向に導くと話していたけれど、人間を導くという事は、裏を返せば導きから外れる者を淘汰剪定していくという事なのよ」
ユミールが本質的な事を話した。
「だから、いつかはその事に気がついて立ち止まる日が来ると思っていたわ」
最後にこう続けてユミールは優しい目でフィスリールを見て半分困った様に微笑んだ。
「フィスはとても優しい子だから」
◇
フィスリールは混乱していた。結局、私は人間を導くことの是非について、本当の意味では理解していなかったのだと衝撃を受けていた。朝食の食卓でぼんやりとして心ここにあらずといった風情のフィスリールを見たカイルとファールは、どうしたのかと息子夫婦を見ると頭を振ってそっとしておくよう目配せしてきた。
考えさせているとなると……ああ、ガンドゥム王国の滅亡で人間を誘導した事に気がついてしもうたか。せめて四十なら惑う事もなく、五十なら為すべき事を悟っていた事だろうが、孫娘にはまだ十年か二十年は早いわ。目を離した隙に世を儚んで万が一にも自殺しようものならどうしてくれようかと、たった十年で潰れたガンドゥム王国の想定以上のひ弱さにカイルは内心で舌打ちしていた。
そもそも人間の統治はなにも手を加えなくとも長くとも数百年もたてば周期的に滅亡する。一世代が維持できる年数が平均して三十年前後であり、どんな賢いものが初代となろうと、その精神は四世代も経過すれば失われるからだ。そんな人間に関わらせることなど酔狂なことではあったが、
(優しい孫娘は何度でも人間を導こうとするだろう)
であれば、今回のようなことは今後何度でも起きることになる。やがては乗り越え、不要な
◇
「カイル、随分と不機嫌ではないか」
長老会の席で、この30年というもの孫娘が生まれて手放しで喜ぶ姿しか見ていなかった長老集は、珍しく不機嫌さを隠せないでいるカイルをみて声をかけた。
「わかっておったが堪えるわい」
人間を誘導した結果に、始終しゅんとして耳を垂れている孫娘の姿を見るくらいなら、孫娘が生まれる前に南に生息している人間を根絶やしにしておけばよかったわい、などと物騒なことをぼやくカイルに呆れていた。
だが無理もあるまい。キースの様子をカイルの孫娘が魔道機で配信した際、ありがとうと言って浮かべた満面の笑顔を思い出した長老衆は、そのような結果になることを見越して敢えて推進させたこともあり、多少、かの幼子へバツの悪さを感じて言った。
「まったく、暴風と爆炎のカイルとファールの孫娘とは思えんわ」
エルフの子供が攫われた際に、率先して南の人間の城塞や城の
そう考えていいの? などとは、幼子のなんともこそばゆいことよ。
「そろそろ限界じゃろう、ここは手を差し伸べるのがよろかう」
幼子が一人で乗り越えるには時期尚早、そう結論付けて長老会は会合を終えた。
◇
カイルとファールは、以前として落ち込んでいるフィスリールを気分転換として魔道都市キースに連れ出していた。今では街の誰もが知っているフィスリールの姿を見かけた人間たちは笑顔を浮かべてあいさつをしていく。
「どうしたんだい、元気出しなよ!」
「この間の新しい魔導コンロありがとな! すごく調子いいよ!」
「今日採れた山菜だ! よかったら持って行ってくれ!」
常になく元気がなさそうなフィスリールに気が付き心配した街のものたちが、かわるがわる励ましの言葉をかけていく。
「フィスや、ごらん。これが、フィスが頑張った結果じゃ」
笑顔がこぼれ活気に満ちた街の風景を俯瞰しながら、じぃじはゆっくり話した。
これまでエルフの誰も人間に積極的に手を差し伸べるような真似はしなかった。人間は短命種の宿命から過去の教訓から学ぶことができず、ひどく利己的な種族であることから、人間同士争うだけでなく時には不干渉のエルフにすら敵意を向けることも珍しくなかったからだ。そんな人間が、こうまでエルフに対して好意的な態度を向けてきている。これは、エルフの長い歴史の中でもほとんどないことだという。
だから、と言葉を区切りじぃじは私を見つめると、
「何も思い悩むことはない。フィスはいいことをしたんじゃ、このじぃじが保証するわい」
そういって穏やかに笑いかけた。
結局、人間を導いて良いのか悪いのか自分では結論はでなかった。星霊としての理詰めの論理と、湧き上がる個人としての感情は必ずしも一致しないのだと悟っただけだった。そんな自分の感情に折り合いがつかない状況に、街の人間たちの励ましとともに聞かされたじぃじの言葉は身に染みた。私はじぃじにしがみつくと、声を上げて泣いた。
「じぃじとばぁばは、何があろうとフィスの味方じゃ」
そう言って、よしよしと髪をなでるカイルとそれを見守るファールは、ようやく胸の奥につっかえていた感情を吐き出した孫娘を見て、優し気に目を細めていた。
◇
それから十年もすると元ガンドゥム王国領にも広く魔道製品が普及するようになっていた。ガンドゥムの西には海が広がっていたので、期せずして剪定してしまったガンドゥムへの餞別として、魔導塩分離器や魔道食品乾燥機を開発して供与した。
魔導塩分離器により純度の高い塩が安価に流通し、魔道食品乾燥機により乾燥させた海藻や鰹節のようにした魚が新たな食材として出回るようになった。乾燥魚にヒントを得た人間は、保存性を考慮した乾燥食材が研究するようになり、農作物が不作の年でも備蓄された乾燥食品の存在により餓死する人間が少なくなっていった。
その頃になると、十年前は感情と折り合いのつかなった私も心の整理がついていた。これから人間を誘導していく際に、淘汰せざるを得ない人間たちもでてくるかもしれない。でも、私はもう戸惑うことはしないと決意した。
そんなフィスリール、四十歳の春であった。
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