第8話 王宮からの使者

 しばらく日が経つと王宮からの使者が到着した。宿の広間で話し合いに入ると、当初は環境保全や生活に便利な魔道製品を引き渡して、今後の定期的な製品供与の日程を詰めるだけだったはずなのだけど、先触れのエルフの使者が乗り合わせた魔導飛行機のことを聞いてきた。


「あれは、いったいどういった原理でできているのでしょうか!?」

「あれをぜひ我が国に売っていただきたい!」


 使者というより宮廷魔術師や軍部の方が来ているのではと思ってしまったが、ちょっと風の精霊を使役して飛ばしているのじゃとかエルフ以外には扱えんでのぅとか、のらりくらりとするじぃじの応対に彼らは追及をあきらめた。


 予定外の話は済んだのかとばかりに、後ろに控えていた国土開発や産業振興を司るという人間が前に出て応対を代わると、汚水処理ユニットやトイレに設置する浄化装置、魔導ポンプ、ごみ処理装置を順次説明し、将来的には水道インフラの敷設の可能性を話していった。

 それ以外は、生活を便利にするものだから、どちらかというと贅沢品になりますねと、目の前で魔導レンジを使って冷めてしまったお茶を温めなおして出してあげると、思いのほか便利で実用的な機能に感心したようだった。


「火を使わなくてもある程度調理にも使えるので、薪を用意するために木を余計に伐採しなくてよくなります」


 あとは肉や野菜のような生ものを保存するのに便利と魔導冷蔵庫を紹介し、冷やしておいた肉や野菜、果物のジュースを出して見せ、コップに次いで上段の製氷機から取り出した氷を浮かべてあげると、関心を示していた。


「これは夏には欠かせないですなぁ」


 とにかく便利だということに納得したのか、持ち帰って応急で同じように紹介して今後の配備にかかわる人員計画や、魔導ユニット設置にかかわる統一規格の制定を検討するそうだ。


「ところで、代金の方は支払わなくてよいのですか」


 使者の人がそう切り出すと、じぃじは見ての通り一方的にエルフ側が儲かってしまって人間社会に還流しなくなってお主らの社会が破綻してしまうと長期的なスパンでの話をした。


「いまここにワシらが泊まっている宿泊費のような必要最低限の経費だけでよい」


 そう言って、先日、商業ギルドで新設したエルフィール商会の口座を指定した。


「しかし、それでは私たちが一方的に施しを受けるだけになりますが……」

「そうじゃな、では一つだけ条件を付けよう。エルフの里から一番近い場所にある山間の街のキースで試してもらえるとこちらも助かるのぅ。孫娘は綺麗好きなのじゃ」


 じぃじはカサンドラの街に来る道中でキースに立ち寄った際の話を使者に聞かせた後、そもそも保守的なエルフがこれらの魔導製品を人間に供給しようという話を出したのが私であることを話した。

 悠久の時を生き、精神的には植物に近い域にある大人のエルフが人間のためになる新しいことをしてあげようなど、プラス方向であれマイナス方向であれ、自発的に働きかけようとすることはあり得ないのだと。


「ここまで来るのも面倒じゃし、キースで物を引き渡したあとは人間側で自国に配給すればよかろう。そうすれば我らへの支払いもほとんど生じないはずじゃ。じゃが、孫娘が鼻をつまむような街では……のぅ、わかるじゃろ?」


 じぃじは、私の髪を撫でて意味ありげに使者に目配せをした。要は、私の機嫌を損ねたら、保守的なエルフが魔道製品を渡すことはなくなるということを仄めかしたのだ。いつも優しいと思っていたじぃじは人間に対しては狸さんだった!


 さすがにそこまであからさまに今回の行動の発端と配給停止の可能性を切り出され、エルフの里の子供に関しての行動の過激さの記憶も残しているブレイズ王国の使者は、その程度の融通お安い御用ですと即答した。

 その後仔細が詰められると、今回運んできた馬車に積み込んでいた魔道製品を引き渡す段になった。魔道製品が積み込まれていた馬のない魔導馬車に、使者……ではないと思しき宮廷魔術師や軍部の人間がまた是非売って欲しいと声を上げたが、じぃじ相手では暖簾に腕押しでどうにもならなかった。


「それでは、いったん持ち帰って細部を詰めたら親書をお送りします」


 そう言って、王宮からの使者たちは宿の広間から引き揚げていった。


 ◇


「思っていたよりも簡単に話がまとまって助かりましたよ。温厚な方々でよかったですね」


 ほっとした表情を浮かべて、使者をつとめた男性はに話しかけた。それを聞いた宮廷魔術師団長と第一騎士団長は、互いに顔を見合わせて溜息をつく。


「温厚などと、あの広間に渦巻いていた途方もない魔力に気が付かんのか」


 後ろに控えていたエルフの女。少しでも我らが不審な魔力の動きを見せようものなら、全員まとめて一瞬で消し炭になるほどの強烈な魔力を自然体で収束させていたぞと宮廷魔術師団長がぼやく。


「脇に控えていたエルフの男も只者ではないぞ」


 特に……、と一旦言葉をとめてつづけた。


「紫銀の髪をした少女に向けて目を向けたときには、エルフの男が発する剣気に幾度となく首や両手両足が胴体から離れる様を幻視した」


 そう言って、剣技において当代随一を誇る第一騎士団長が冷や汗をかいていた。その後はずっと中央に座る少女から目を反らしていたという。


「それより使者であるお前は、もっと国益の為に粘り強く交渉すべきではなかったのか? 魔導飛行機や魔導馬車があれば、どれほど兵站が強化されることか……」

「交渉!? 王宮にきたエルフの使にすら手も足もでなかったんですよ? あそこに居たのはエルフのです。悠久の時を生きる彼らの長を前にして、私風情が少しでもブレイズ王国に有利な条件を引き出せると思う方がおかしいですよ」


 ましてやがいる前で、と乾いた笑いをあげる使者に両者とも先ほどの強者としての圧力を思い出し黙り込む。

 それでも、その孫娘が無償で人間の為になることを考えてくれたというのだ。これ以上の僥倖ないだろう。孫娘の機嫌を損ねることさえなければ、エルフの長老をはじめとした里の老エルフたちは好々爺のお爺ちゃんでいてくれると言外に言っているのだ。

 ここは素直に、心優しい見た目通りの年齢のエルフの少女に感謝して施しを受けるのが一番だろう。


 互いの専門分野である文・武・魔において、長じたエルフが何れも人間からは上限が見えない域に達していることを確認しあった使者たちは、受け渡された魔道製品を積み込みが終わると、粛々と王都へ旅立っていった。


 ◇


 エルフの里から一番近い人里ですら思うように導くことができないのかと本心では後ろ髪を引かれるように気にしていたフィスリールは、いとも簡単にキースを魔導製品の社会適用するモデルケースに仕立てるよう仕向けることに成功したじぃじを尊敬の目で見て抱きついていた。


「じぃじ、すごーい!」


 大したことはしとらんと言いつつも、孫娘がキースの生活環境を気にしていることを看破していたカイルは、はじめからキースを整備せざるを得ないよう誘導するつもりでいた。キースの人間がどうなろうとカイルにはどうでもいいことだったが、孫娘が顔を少しでも曇らせたことはどうでもよくなかったのだ。

 孫娘の懸念を解決すると共に、運搬の手間を最小限にすることで孫娘が遠出する距離を削減し、ついでに人間からの支払いを限りなくゼロにして孫娘が気にしていた貿易摩擦を回避する一石三鳥の打ち手は、どこまでもフィスリール・ファーストで考えられていた。

 そんな様子をファールもライルも我が夫あるいは我が父ながら孫娘には甘いと思いつつ、全く同意であったので結果に満足していた。エルフの里で待つユミールも心配しているだろうしとライルは出発する際の心配そうな顔を思い出していた。


 ◇


 カサンドラに遣わした使者が帰ってくると、もたらされた魔導製品の効果と規格の情報が報告された。直接的に国力に寄与するものではなかったが、思っていたよりも便利で役立つことがはっきりわかる魔導製品の効果に舌を巻いていた。

 判断するのが王侯貴族であったため、貴族たちは自分が欲しいと思う生活を上質にする魔導製品を公務として公然に、かつ、ほぼ無料の取引で得られるとわかると、聞こえの良い理由で飾り立てた。

 現代風に言えばステークスホルダーの利害が完全に一致していたこの件は、満場一致で強力に推進されることになり、規格統一されたインテリアや上水配管の発注が相次ぎ、好景気が訪れることになる。


 期せずしてその恩恵に預かることになったキースの領主は、モデルケースとして魔導ユニットの試験的社会適用のため、国のバックアップのもと強制的に整備することを決定事項としして通達を受けた。さっさと前提条件とされたキースの街を済ませ、自分の領地に便利な魔導製品を適用するのだという思惑の元、迅速に採決されたキース開発は数年で終わりを告げたという。

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